2024年12月08日

【痔日記】通院五回・六回目

記稿.2024/12/08

> 通院二回目の時、押し込まれる際に痛みが小さかった理由を考えてみたら
> 前の日に気まぐれに試した「電位治療器エナジートロン」の効果だったのでは?


 ‥早速、毎日の使用を試みることにした
  (5400wで30分、温熱あり、朝夕に一回ずつぐらいでの使用とする)

  結果、確かに、押し込まれる際の痛みが軽減したのだった
  (これは良い、医者にしたって負担が減るってもんだろう)

  でもまぁ、押し込んだ後に来る無理矢理感痛は、痔が小さくならんことには無理くさい
  でもまぁ、五回目の時に較べたら、六回目のそれはかなり軽減した
  (何だかんだで、通院する間隔も、年度末調整も相まってなのか四日置きに伸びた)


> ちなみに、「電位治療器エナジートロン」の効果についてだが


 ‥コロナ禍が始まってから父が全く使用しなくなった
  そしたら、2023年を過ぎた辺りで高血圧に転じた
  それで「血圧計を買う」などと‥早速に、無駄買い沙汰を言いだした‥

  いくら出して「電位治療器エナジートロン」を購入したんだよ!?

  と問い質したところ、再びやりはじめた
  まぁ俺の部屋に置かざるを得ぬ形なので、周辺を片付けないとあかんのが少々手間なんだけど‥


  (なにはともあれ、エナジートロンのスタート前に金属のスプーンを握っていたとすると)
  (治療開始後に、そのスプーンを空中に放ろうもんなら、途端に静電気痛に見舞われるのら‥)


 ‥で、一ヶ月もしねぇ段階で、効果を発揮して、血圧は通常に戻りましたとさ
  とまぁ血の巡りを良くするには絶大な効果を得るらしい

  (こんなことなら毎日使用してれば良かったのだろうか?)
  (そんな愚直行為をやらかしてたら、未だに医者に行かず終いのまま保険証停止オチだったかも)


> 腫れが引き、括約筋の働き具合が薬を飲むことではっきりし出して
> 痔核部位に対するてめえの勘違いに気が付いた


 ‥どこまでが痔核で、どこからが括約筋なのか
  大きくなってしまったこともあり、その辺、素人判断で理解が及んでいなかったのだが

  どうにも肛門部が閉じずに形を為さぬのは、外側だけに非ず、内側を含めて痔核部と考えざるを得ず
  つまり、脱肛した状態で、糞が出てくる内側の穴周辺からの膨らみを含めて痔核部位だったのであり

  塗り薬を最良にて効かすには、まず、その内側から攻めて、塗りまくる方が効能が高くなるとみた


  主に内側を攻めて、内側からの肉痩せを誘う作戦だ(脱肛中なのだから手塗りである)
  (指に付き残った分も勿体ないので、その後に患部に当てるガーゼで以て拭き取るのら)


  さすれば、外側の土手として堅さを見せている部分の垂れる度合いが増すことになるはずで
  それはそれで小さくなったらなったで、押し込んだ際の指の分の隙間を得やすくなるはずだから
  押し込みやすくなるという予想が立つのら

  (てめえで再びに押し込める様になれば、W度がV度に後退を見せたことにならん)
  (押し込まれた際に打つ、痛み止めの注射代にしたって、馬鹿にならないからな)


> これが坐薬のままに、チューブで押し込むだけだと外側にはみ出す部位にしか行き渡らない
> そう考えると、通常仕様のチューブの押し込む部分は短いのでは?‥と疑わざるを得ず
> (なので、チューブ押し込みで効果を得やすい度合いが、U度まで想定に思われる)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 12:30 | Comment(0) | 日記/2024 | 更新情報をチェックする

2024年12月07日

【ネタ文学】「女神」と「魔女」の違いってなんじゃらほい?

記稿.2024/12/07

> ‥「神」と「魔王」の違いと言えば、「善」「悪」なる安直な思いこみありきだが
> 神にも魔王にも様々な個性が備わり、一概に善悪とした判断が成り立たない
> という摩訶不思議が通るのも異世界表現である


 ‥「女神」にしても「魔女」にしても同じだとすると
  そもそもの違いってなんじゃらほい?

  とくに、地上に降りてるパターンの女神ともなるとそりゃなんじゃらほい?
  神とも龍とも人間とも見分けの付かぬ徘徊もあるわけで、そりゃなんじゃらほい?

  まぁ異世界表現なんだから、其れ其れの都合ありきとして解釈すりゃ好いだけなんだろうけど

  その都合から話の展開を引っ張るのも芸にあるわけだし
  そりゃまぁ、そうなんだろうけど


 ‥魔王に蹂躙されちまってるどん底世界を想定し得るなら
  女神級に管理好きの魔女が管理する世界があっても構わないのだし、仮にありきだとすると
  「女神」と「魔女」に然したる差が無いという見方が生ずるのだ

  地球の女神と魔女に見られる格の違いがスゴすぎて、脳内スルーしちまっているだけで
  可能性としてありきだろう(そうでなくて魔女とした響きとはなんだろうか?)


> もっと言ってしまえば
> 「女神派閥」vs「魔女派閥」とした衝突世界がまかり通ったとて不思議ではないのだし‥


 ‥まぁそれはそれで、世界の管理の仕方の取り組み方の違いがあるばかりだろう

  それともなんだ

  呼び方が違うだけで、双方共に地球での竜宮界とやらを指しているのだろうか?
  もしくは、その中にあるだろう派閥闘争な空気を指すのだろうか?
  それとも、有史の影響による印象の開きだろうか?


> 例えば、女神には当然に扱われる祝福と加護とした能力
> 魔女にはその印象は薄い、代わりに魔法のアイテムグッズを授けるみたいな阿吽を呈する


 ‥もしくは、呪詛なのだ
  そもそもからして、魔女だとバレると蛙になるなど
  てめえらの存在性に呪詛ありきだったりする
  (呪われてしまうような弱点ありきで世界の管理人をこなせるだろうか?)
 (それではまるで、種族丸ごとに堕天追放されてしまったかの様なオチなのら)
 (結果、粛々と世界のどこかに辿り着いて営んでいるのが、隠遁とした魔女世界とかなんとか‥)
  (ならば、女神族とした表現にて扱われるなら、魔女族とした見方が出て来ても問題なし)

  無論、斯様な要素を付加するもしないも世界観の自由なのだからそれはそれであるわけだが

  魔女と隠遁性とを、どうにも切り離せぬ傾向を示すのはなんじゃらほい?
  そこはまぁ積極的に争いごとを避けているとも解釈できるが
  まぁその辺も演出上の都合だったりするのだろう


> さらにツッコむなら、魔女には魔女見習い云々とした向きから学校概念を導入してるのに
> 女神には聞いた試しがねぇ(まぁそれを言うなら天使の学校みたいな趣になるのかな‥)


 ‥そげな意味で問うと、そもそも女神にしろ神にしろ天使にしろ‥どこから発生するの? 
  そう考えると、魔女の方が人間くさい趣が強いことになる‥‥

 ‥種族を造り出せるのが神クラスなのか?(謎)
 ‥魔導師クラスでは性格的にもそこまでをやらかさないのか?(謎)

  管理好きと世話好きとが、必ずしも一致しないのは
  マッドサイエンティストを見れば一目瞭然なんだし

 (ゴーレム止まりでしかないなら、そりゃまぁ文明開化までは無理そうである)

  創造者の多くにしたって、造ったら造りっぱなしで、破棄も同然の放置プレイあるあると言うし
  女神と魔女でどちらが研究熱心に見えるかと言ったら魔女に思えるし
  だからといって
  管理好きと世話好きと研究熱心とでは、目的も方向性も異なるのは明らかだ

  ‥だからだろう
   面倒くさいことはちゃちゃっと異世界召喚なんて筋書きに及ぶのが
   駄女神とした流れに違いねぇ(文化交流=輸入に偏った考え方は所詮そんなもんなのだろう)


> 結果的に人間に課せられるのは「あなたたちで頑張りなさいよね」‥みたいな
> (頑張れるように造り込まれてあるなら話は別だけどな)


 ‥ちなみに地球の現実は、斯様にも造り込んであるが故に
  それな成長発動を不都合に思う連中による邪魔立て→巧妙なる地上支配とした筋書きらしい
  (いやぁもう実に面倒くせぇ最終調整テストやらだz)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 07:19 | Comment(0) | ネタ文学 | 更新情報をチェックする

2024年12月05日

【ボケて痛っ】暮らしの中の善悪概念をモチベーションの変化に置き換えてみるべし

↓2)記稿.2024/12/05

> 人生の中の善悪概念をモチベーションに置き換えて振り返ると


 ‥其は単純に、てめえのモチベーションの上がる其れは正義にあり
  其れに有らざるものは悪にあり

  そもそもにして、自由主義とはそんなものであろう
  てめえの好き嫌いをモチベーションの上がる下がるに置き換えたような様なのら

  其を多数決とした見解で述べれば、攻撃性モチベーションへの警戒は高まり
  其を外して考えないのでは、生活における正義などどこにも存在しないに等しい


 ‥なのでまずは攻撃性モチベーションを外して考えるべきが
  日常を豊かにしていく上での物事の見方と言えようか‥‥


> では質問だ
> 攻撃性モチベーションを外して日常のモチベーションを保持できない割合はどのぐらいだろうか?


 ‥それにしてもこの問いは矛盾している
  なぜなら、てめえのモチベーションの上がることを正義に定義しておきながら
  周囲への影響、つまり、周囲のモチベーションの盛り下がりが多大ならば
  たとえそれが過半数の賛同を得ているモチベーションの高め方とて悪になるという
  多数決は必ずしも正義には成り得ないと説いたも同然だからだ

  其は、攻撃性モチベーションの描かれていないマンガ・アニメのタイトルを挙げて見よ
  と質問しているに等しい(タイトルの何%が生き残れるだろうか?)

  私たちの日常感(希望・夢・憧れ)とはザックリその程度なり


> では、攻撃性モチベーションとは何のためにあるのだろうか?
> 「上」を目指した所で「正しさ」を掴める道のりにあるとは限らない


 ‥そもそも、正しさを目指す者は、攻撃性を強要しないものである(むしろ避けるべきと説く)
  それは仏教からのうけうりである部分の方が大半に思うも
  それが東洋と西洋との宗教観の大きな差に思うも

  大半の者は、攻撃性モチベーションを抜きに人生を語ることが出来ない

  出来ないからこそ、文学表現においても「正しさ」を目指さずに「上」を目指してしまうのだ
  まさに「遭難したら山頂を目指せ」と言わんばかりに
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 14:18 | Comment(0) | 日記/2024 | 更新情報をチェックする

2024年12月04日

【ボケて痛っ】地獄に仏観vs人権論

↓2)記稿.2024/12/04

> 日本人の人権に対する気概とは、「地獄に仏」である
> 一方の西洋発祥の人権論のそもそもは、奴隷の管理の仕方ありきに思われる


 ‥「地獄に仏」を実現するには、各々が己の信じる道を進んで、世の為人の為を為す方向性を指す
  (備えが無いなら、日常の仏頼みからして頭から無理ッ)
  なのだから、主君と家臣の関係において不都合が出ない範囲で領地を活用せよ‥
  とした概要を構えていた‥

  それが、戦国から江戸の世に引き継がれた武士の仏教観だった事だろう


 ‥だがしかし、そのような視点から西洋発祥の人権論を問い出すと何かが怪しい

  そもそもの人権論のバックボーンにあったのは、産業革命の際の雇用確保だった
  その際、安い雇用で以て生産効率を上げていく為には
  どうしたって、奴隷階層を含めたすべての民衆に対して、社会教育が求められた

  &「どのような仕組みを採用すれば、彼らはその気になるのか?」とした思惑ありきだった


  ‥それ以前の奴隷概念としては
   人口そのものが少なかったのだから、奴隷人口の拡大からして課題があった
   中でも一番に手っ取り早かったのが戦争孤児のような孤児を救って活用するとした見方だった

   だがそれとて、実の子以上に愛情を注ぐ事など有るわけも無し
   (日本のそれにしたとて水呑百姓とした下層を形成するに留まった)

  その際に、彼の者らをどのように扱うかは、持ち主の自由だった

  それでも、世間で得られる奴隷の数が少なかったことから
  奴隷数を減らしてしまうだけの様な、杜撰な扱いは望ましくないとした見方は普通だったろう

  それにしたとて、それは規模とした概念から来るだけであって人権云々とした様相に非ず
  そもそもにして、奴隷の持ち主に無理強いも出来ないのだから
  「生かさず殺さず」とした合言葉の様な意味合いに留まるばかりだったろう

  なのだから、西洋に「地獄に仏」なんて期待感は皆無だった‥
  その代わりに機能していたのが、教会云々な表向きの慈善活動だった事だろう


> そげな状況以前に、奴隷を確保するために積極的に動いたのがローマの帝政だった
> (其は、私たちに植え付けられている奴隷観そのものになった)


 ‥そのような奴隷観は中世の間に、延々と続いていたのに、突如として市民革命が演出され
  あれよあれよという間に人権憲章なんて代物が登場した事に成る

  (そして、西洋独特の城郭都市とした街並みの姿も一様にして消えたのだった)

 ‥その当時の善の人間観とやらが、世界名作劇場に描かれている様に思われるも
  名作劇場の随所に登場する富豪と庶民との差についてにまではツッコんでは居まい
  それは既に過去形じゃんと問わざるを得ずも
  それでも私たちは、その辺を気にすることなく名作として扱っている

  (時代の狭間の矛盾というかジレンマというか‥それは、それでしかないからでもある)
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 17:22 | Comment(0) | 日記/2024 | 更新情報をチェックする

2024年12月03日

【ボケて痛っ】悪の本質─そのフラクタル性に及ぶ原点─

↓1)記稿.2024/12/03

> この世界は実験場である
> その実験とは、意識体が織りなす文明群の観察である
> その手の実験では、実験者側の予想と方針と経過観察が繰り返される
> その時、最も重視されるのは、「持続可能か?否か?」とした可能性と失敗原因の選り分けだ
> あと、退屈しのぎがてらの注目にたるユニーク個体の発見である


 ‥以上のような様相を呈すると
  その中身は学校教育のそれと然したる差なき状況を醸すらしい

  つまり、合格には合格域とした許容が付き纏うのだから

  その許容の範囲ながらの自由が確約されるなら、誰もそれ以上に挑戦しようなどとは考えない

  何をしようとも生かされている場面の方が多いのなら
  そりゃまぁ神なんか居ないとした悪事のやらかしだって、お互いの間にバレなきゃ好い
  という具合に隠蔽工作ありきとした割合が生ずる所にもならん

  お互いの間に秩序を保つ気概が生じ得ぬなら尚更で、割れ窓理論の如しだ
  (もっともそれとて、実験側のトライアンドエラーの果ての調合たる結果かも知れん)


> 実験側が如何様なる正しさを意識しているのかなど、実験対象側には理解不能だ
> というよりは、実験側とて
> 持続可能を為すに値する意識群の図面を知らんからこそ実験を繰り返すのだ


 (まぁつまりは、初期の予想が失敗だったので、延々と繰り返していたらこうなった‥みたいな)


 ‥ゆえに、予想と方針を超えてくれないのでは、すべては失敗の連続だ
  自らに矜持を抱き、その信念に従って行動をする様に成るのか成らないのか‥
  それが所謂、悪事ありきとて重要な兆しだった事に成る

  有り体のモブよりは、ずっと気が利いているとして注目したであろう

  それらを解析して、遺伝子を弄る繰り返しだっただろう想像に難くないところだが
  それはそれで、とくに優秀な意識群をより集めた文明実験もあったであろう


> しかしそれとて‥‥「上」を目指すことはあっても「正しさ」を目指す傾向は低かった‥
> 実験側とて、「正しき」を目指す傾向を高めるにはどうすれば良いのかを再認識したことだろう


 ‥簡単に述べると、実験側が取り扱う
  予想と方針の間には、必ずや、合格と不合格に許容が生ずるものである

  その許容を「寛容」「自由」として、勘違いしたままに甘えやらかすのが人類だった

  そして、それら上に立つエリート群にしたとて、お互いに凌ぎ合う程度には頑張るけど
  自らに矜持を抱き、その道に向かうとした傾向には疎かった

  というかその程度の意識群のやらかしの多くが、格差と環境破壊だった
  つまり、「持続不可能」=「悪」が蔓延るばかりだった


> 正しさ(全体的な持続可能)を求め抱いて、立ち進まぬ限り、正しさなど身に付かぬなり
> (科学万能主義程度では、永遠に辿り着くこと叶わず)


 ‥其を各々が自ら求めるようにと実験側が遺伝子改造したとて
  それはそれで‥協力し合うという流れには至らんかった草
  其れの状況を一言に語れば、「自由主義」「競争主義」「実力主義」「成果社会」となり

 ‥集団教育として取り扱おうなら、途端に「全体主義」などと罵り合う様を見せるらしい

  (まぁそれもこれも、実験側とて派閥ありきだからだろう)
  (それな傾向の入れ子式みたいな状況に陥るのも又、宇宙の性らしい)


 ‥もっとハッキリとした物言いをするなら
  実験側の「無知」含み故の経過こそ、実験地上の失敗に次ぐ失敗なり
  (そもそもの上からして「無知」=「悪」を抱えているのら)
  (そして、無理に躾けんが故に、多少なりの悪が欠かせない‥‥というオチを呈するらしい)

  (実験を進める上での個体に対する好奇心の%植え付け‥みたいな)
  (其の手の調整はやってみなけりゃ分からない=無知でしたオチどえす)


> それの状況を裏返して正当化しようとすりゃ
> 人類が学んで立ち進まないからこそ、悪巧みこそが、持続継続可能状態を見せている‥どえす
> (まぁバレたらバレたで滅するし、再起するのも悪意の類似やらかしなんだけどさ)
> (それにしたって、人類のエリート群とした注目がそちらに偏っているからなり)


 ‥それに依存しているのが「下」の労働群にございどえむ
  てめえの出来損ないさに甘えて、いつまでもてめえを「下」に戴いていたらまず無理どえす

 (正しさに歩み出すのに、上も下もニャ、しんどさが付き纏うか否かだけだったりするニャ)
 (それにしたって単純に、グレーゾーンなエリート群にこき使われるのと差なんてニャ)
 (今日と明日とその後のパンとサーカスが欲しいばかりだったりするだけニャん)


> とはいえ、ニャンと素晴らしい‥
> 依存だけは継続意欲ありなのに、其を自らでひっくり返すことだけが不能とか
> 実験側としては、あともう一息とした見立てなのだろう‥‥
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 14:34 | Comment(0) | 日記/2024 | 更新情報をチェックする

2024年12月01日

【ボケて痛っ】思い・想い・念いを纏うその纏い方の差に活路あり

記稿.2024/12/01

> 文武両道として「知性を纏う」「健康を纏う」「身体能力を纏う」等々
> 人とは、想念とは‥須くして「纏う(まとう)」ところ大なり


 ‥だがしかし、纏うと同時に選んでもいる
  「何を以て選んだのか?」とした所に大きな差が生じて来るものなり

  単純に、其れを欲したから、体験を欲したから

  としたそのままを保てるか‥といったらそれがなかなかに難しい


 ‥選んだ時点で、すでに、勝手気ままな価値を見いだしている
  それは事象に対する差別であり、てめえが選んだ優遇願望だったりせん

  宇宙には事象に対する優遇なんかねぇ、都合があるばかりだ
  其を、単純に其れを欲したからとした有り様だとすると

  そこに価値基準とした過ぎた色を足してしまえば、次の変化の用に遅れを取る所とならん
  必用に遅れを取れば、それだけ負の連鎖が大きくなるばかりだろう

  (物事の価値が均等である由を抜きに、お互いに尊重を貫くこと能わず)


> そして都合が悪くなる程に
> それに対する思い・想い・念いを積み重ねてしまい「重くならん」
> (思い詰めるほどに重くなっていく傾向にあるのは明らかなり)


 ‥てめえの価値基準程度なんざ、宇宙には通用しねぇ
  それはただ単にてめえの好き嫌いに入れ込んだだけの七つの大罪性ありきだ
  (傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲)&諸々とした思いこみ

  斯様な雑念やら煩悩を濃くしてしまっては
  「単純な其を体験したかったから」とした阿吽から遠ざからん


> 例えば、過剰なサービス(デマカセ含み)なんかがそれだ


 ‥向こうがそう言うからとして、馬鹿の一つ覚えみたいに迎合する意味なんかねぇ
  なのに、習慣的に言われるままにお得だからまぁ好いだろうとした迎合は身を危うくせん

  「要らんものは要らん」とした貫きも必要なり
  ただの口約束程度なら、忘れてしまうのもありなのら

  日本の文化では、その辺、アバウトにもアテにする傾向(性急さ)が小さかった
  だが、欧米との付き合いから、白黒ハッキリさせるように、用向きの白黒を強要されてきた

  お陰ですっかり、その辺の空気の読み方を忘れてしまったかの様に
  売り言葉に買い言葉としたバトル上等に陥っている
  (大人げない社会性の獲得にまっしぐらと禍した)


> そこから社会の認識を元に戻すには、それこそ、てめえの欲求をハッキリされるのみなのら
> お得だからとか、都合だからとか‥それらとは異なる隠れた自身の欲求に気を回すことである


 ‥てめえ自ら、そこに気が付いていかないと駄目と言うことである
  (まぁ気が付いたから正しいからとした性急さも又危ういだけなんだけどさ‥‥)
  (修正の仕方には、それこそ見直しと智慧と共感と支持が欠かせないのは、述べるまでもなし)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 13:12 | Comment(0) | 日記/2024 | 更新情報をチェックする

2024年11月30日

【痔日記】通院四回目

記稿.2024/11/30

> やたらと話しかけてくる看護婦さんが居たのでついでとばかりに訊いてみた
> 飲み薬&塗り薬だけでも痔核が縮小するんだそうだ‥‥(しかもちんまりずつに‥‥orz)


 ‥それはそれで、V度のうちに通院を開始していたら
  何の苦痛も無しにやり過ごせていたことになるくさい

  (それで良かっただろうか?)
  (てめえのその辺の好奇心の無駄な有り様=恥ずかしがり屋な一面はイコールなのかも知れん)


  (会話の中の先生の口調からすると、それこそ痔核持ちT度程度だったなら)
  (一週間程度の薬療法だけで事なき状況を経るっぽい‥‥ )

  (それとて、妊娠中の痔絡みともなると、また別なんだろうけどな)


> もはやルーティンな流れになったので書くこともまぁ無いのだから
> 処方されている薬情報でも載せておくとしよう




◆アドナ錠10mg    一日三回毎食後(内服薬)‥‥出血を抑える薬です。
 (副作用に、食欲が無い、胃の不快感などが現れることがある)

◆カロナール錠300mg 一日三回毎食後(内服薬)‥‥痛みを抑える薬です。
 (副作用に、気持ちが悪い、吐く、食欲が無いなどが現れることがある)

◆ヘモナーゼ配合錠   一日三回毎食後(内服薬)
 ‥‥痔の出血、痛み、腫れ、かゆみをやわらげたり、肛門部の手術後の治癒を促す薬です。




◇ヒルドイドソフト軟膏0.3%   一日二回(外用薬)
 ‥‥血行を良くし、痛みや腫れ、炎症を改善する塗り薬です。

 (プラケースに10gがまとめて収まっており、1週間で使い切るのが頻度になっている)
 (二回にこだわらずに複数回に分けて塗るのもありらしいが、分量の度合いに要領を得ず)


◇ネリザ軟膏(坐薬)      一日二回(外用薬)‥‥痔の症状を改善する外用薬です。
 ‥‥12gとあるのだが、明らかに表記が不可解しい(容器込みなんじゃねぇの?)
   内容量2gと容器の側に書いてあった(容器込みだと16gに修正して来た‥‥なんだかな)

 ‥‥ネリザ軟膏を塗った後に、ヒルドイドソフト軟膏をガーゼに塗って張っておく。
   その際、ガーゼを二重にして重ねて、医療用テープで外れない様に工夫して固定する。
   (通常は入浴後と排便後としているが、時間を合わせなぁならんのが手間すぎる)
   (基本は二四時間、ガーゼで保護しておくべし)




> そして、下剤としてのマグミット錠である


◆マグミット錠200mg  一日三回毎食後(内服薬)
 ‥‥過剰な胃酸を中和する、便通を良くする、尿路結石を予防する薬です。
 (副作用として、下痢、血栓マグネシウム値上昇などが現れることがある)


 ‥否否否、飲みすぎると途端に便秘まがいの消化されすぎに陥ります
  (それこそオナラしかでねぇ‥一体全体どうなっとんじゃ??)

  明らかに、食の細い女性には多すぎる分量どえす
  普段の食事の量を鑑みずに処方するのはアウトに思われる


> でもまぁ、オナラだけで済むなら済むで、発想も違ってくるz


  例えば、緊張すると直ぐにお腹がゆるくなる神経質なタイプの御仁なら
      その手の場面の前の日から飲んでおけば良いことになる‥‥

      体重を増加したいスポーツ事情にしてもそうで
      食べた分を全部消化できれば、それだけ太れるに違いねぇ
      消化が進んだ分だけ、腹が減りやすいというのが狙いになる
      でもまぁ飲み過ぎはあかんだろうから、食事を四回に分ける範囲までだろうな


  あと、手術の前前日辺りから飲み重ねておけば、手術後しばらく便秘まがい状態にしておけそう


> まじで、大が腸内で消失して、オナラしかでねぇ状態に移行せり(腸内フローラ事情ありきかも)
> なので、被災した際のトイレ不足にも対処できるかも知れねぇz


 ‥あと、飲む水の量の違いでも差が出るっぽいので
  個々にその差が往々にしてある様に思われる

 ‥あと、都度の食事の最後に食べるものを間違えると
  排便時の最後が、ベトベトの軟便と化する傾向を見せり(糖分系がちょっと怪しいかも)

  これが超手間(‥トイレにお尻シャワーがあるなら不問だろうけど‥)

 (オナラだけの際にも、ガーゼになにやら便の代わりみたいなちんまい粘液が付着していたりする)
 (脱肛してるのにオナラをブーブーやるのは、出ちまわないかとしたスリルが伴うわけだけど‥)



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2024年11月27日

【痔日記】通院三回目

↓2)記稿.2024/11/27

> 今回は方針を変えることにした‥‥医者に押し込んで貰ったその日の内のお通じも止むなし‥
> (その段階で何が起きていたかを確認せずに、その先なんかねぇ)


 ‥すると、食事の調整もそういうタイミングと言うことになるのだが
  痔の療法のほとんどが、当人による自己管理に任せた薬療法で、その中に下剤を含む
  この下剤の効果が、「へぇ〜」と呻らずには居られない

  とはいえ、まずは自分に合った下剤を確認する必要がある


 (※ これより下剤と排便の話になりまーす、あしからず)
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2024年11月24日

【痔日記】通院二回目

↓4)記稿.2024/11/24

> 先生曰く「ここまで酷くなってから持ってくるのは今どきは珍しいね」と話してきたので
> 待ってましたとばかりに訊いてみた


 「先生の診てきた中で一番に最悪ですか?」
 「ああ、最悪だね。今どきの若い人だと、ここまで酷くなってから持ってくるのは見かけないね。
  昔の人には居たけどね、昔の人には‥‥それにしても最悪だね。」


 ‥のような言葉を述べていた様に記憶する
  そうですか、一番に最悪の症例ですか、そりゃ初診の時の顔が素っ気なかったわけだ
  (久しぶりに厄介なのが来た‥‥みたいなそんな感じだったわけですね)


> そして二回目の脱肛戻し、割りと気分半分ぐらいの時間で押し込み終わった


 ‥よし、血染めの際に、ケツの穴周り諸々の毛を毟っておいたのが功を奏したのだろう
  血がついて固まった陰毛やらは、まとめて引きちぎりやすい(加齢した状況もあっただろう)

  (ガーゼを当てるにしても邪魔だし、そもそもの作業の邪魔だからな)
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2024年11月20日

【健康】痔核とは何か?

↓3)記稿.2024/11/20

> 人柱の様な流れをやらかさずとも、さっさと医者に行けとも思えるが
> 折角得た理解なんだし、途中で果てるかも知れんので、ササッと綴っておくとしよう


 ‥当然私の好奇心だからして、大痔に至るまでの経過観察をたまにはしていた(手鏡確認)
  痔持ちの医者が居たとしてもW度まで頑張って観察する医者は居ねぇ(ここ重要)
  折角だから経緯観察を記すとしよう(お馬鹿な人柱草)

  著生は、恥ずかしがり屋さんだから、医者には行かずにスルーしちまってたz
  でもそれは結局、世界の諸々とした大問題をスルーしている御仁らと余り変わらないのでは‥‥
  と、今回に限っては猛省の思いに至ったのだった(鏡似性)


 ‥そもそも、ネットで検索しても、痔について今一つ見えてこない所があった
  医者に行って、渡された「疾患名」「内容」「治療方法」の羅刹と痔核の数と位置を説明され
  漸くに、自分の勘違いに気が付いた(帰宅後)


> それは‥とその前に、著生の痔への見解を述べておこう
> それは、菌感染なのでは?(それってどんな菌)


 ‥西郷隆盛で有名な巨大化する金玉持ち、其れが菌感染なんだという(へぇ〜)
  なら、痔だって怪しいよね

 ‥日本人の三人に一人と言われる痔持ちとした中身を鑑みても
  青カビの付いたままの餅でも食えるとか、青黴チーズに興味を抱いて食ってみたなどの
  好奇心の差を考えても、三分の一は妥当なのではないだろうか‥

  (其れとはまた別に、アナルセックス絡みなんてのも、同程度の好奇心率に思われる)
  (身体のサイズが違うのに、何そんな所まで欧米化なんだよ?‥みたいな)


 ‥著生が青黴チーズを口にしたのは二十歳の頃で
  欧米から輸入されていたチーズセットに興味を示して買って食べてみたら
  その中にゲロまずの青黴チーズが入っていた
  確か、一回目はさすがに吐いて捨てたように記憶している
  でも、そのチーズセットのそれ以外がおいしくておかわりとばかりに買ってきた

  そして、青黴チーズの二回目に挑戦してしまうというチャレンジャーだった
  (無理に完食しきった記憶がある‥‥二度と食うまいと思った事は忘れない‥)

  それから、二〜三日後だったか、スゲー下痢になった
  そんなスゲー下痢が何回となく繰り返された
  当時はそれが何で引き起こされているのかには鈍感だった(どちらにせよ後の祭りだった草)


> そしてそこからなんと、加齢と共に、雨後の竹の子の如く成長を見せるのだった‥orz


 ‥尻の穴を「梅」に例えるなら、背骨を「竹」に例える連想なんだろうけど
  梅だと思っていた連想が、実は、「筍」だったという摩訶不思議な現象こそが「痔」であり
  その筍群に苦しめられる様を「痔核」と呼んでいる様な話になる

 そして、その苦難を乗り越えないと「松」には至らないとした宇宙の仕込みがあるらしい

  なんでそんな苦行を要求されにゃならんのだろうか?
  そりゃまぁ好奇心に飛んだ輩ほど、やりたい放題をやらかすのだから
  其れとした殺生の差を、人間への負として置かないと
  食べられる生物からすれば公平ではないとした蘊蓄がありそうである


> その竹の地下茎を根絶せしむる治療法を「ジオン注」と呼ぶそうだが
> 其が登場してから、痔の治療法世界は大きく変わっていたどえす
> (知らずに過ごしてしまい大失敗どえむ)
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 19:36 | Comment(0) | 日記/2024 | 更新情報をチェックする