2009年06月29日

100万ドル資産保有割合のうんちく

世界で100万ドル以上の資産を保有する富裕層人口

2007年末時点…前年比+ 6.0%の1010万人
2008年末時点…前年比−14.9%の 860万人
※UFBメリルリンチ日本証券発表
世界人口2007年7月現在の推計、66億人
※フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』参照

100万ドル(※円換算100円で1億円)以上を保有する割合は、全体比0.13%程となる。

ちなみに日本の富裕層は−9.9%の136万人
2005年国勢調査時点1億2776万7994人
およそ1億2700万人とすれば、全体比1.07%程となる

富裕層が持つ資産残高は−10.5%減の32兆8千億ドル
3千億ドル以上の資産を保有する超富裕層−24.6%減、数公開なし

08年度末富裕層の上位5ヵ国
米国  246万人 −18.5%減
日本  136   − 9.9
ドイツ  81   − 2.7
中国   36.4 −11.8
英国   36.2 −26.3

 この情報を参考にすれば、100万ドル以上を稼げる割合は全体の1%を満たすことがないとよくわかる。そして、0.13%ならば、富裕層は全体の一人あたりから769ドル程度売り上げている計算が成り立つ。円換算95円ならば7万3千円程である。
 これはそのまま、個数売却の差を無視すれば必要品目あたりの利益率の差を示唆しているのだと思う。生活必需品を必ずしも対象にしているかどうかを推し量れるデータにはあれていないが、全体での利益率の不自然な格差を感じさせるに十分な数値なのだ。
 なにしろ地域住民一人あたりからではなく、地球人類一人あたりからなのだから‥DVD一枚がヒットしたところでそんなレベルでなんか売上も利益率も生じない。ならば不自然極まりないのである。それで真面目に単価競争をしたところで、返済など全体でまかなえるわけがない。
 それが自由競争・市場主義社会構造の不確実さである。どこかで、需要と供給だけで価格が決められていないことの確たる焦臭さなのである。

 ここから逆にこう考えることもできる。
・仮に、資源が無尽蔵にありかつ資源価格の上昇が緩やかで、従来通りのやり方を通し、一人あたり769ドルずつ人類に毎年等しく給付したとする。
・当然、デフレは止み、インフレへと流れは逆転する。
・そのインフレ上昇分もまた毎年加算して等しく給付し続けるものとする。
・その結果、富裕層の上昇率が倍増して中間層が安定的に増えたとしても、根本的な競争による敗者の割合が常に従来通りにあるのならば、負債破綻の割合もそれに伴って追随し、結果、それはバブル崩壊的な経済危機の起こされる比率に何ら変化を与えないことを意味する。
・もちろん資源が無尽蔵にあるのならば、バブル危機の崩壊も無さそうに思われるが、人口増加による、不動産不足から起きる森林資源の伐採は避けられない事態であるからして、酸素不足危機の不安からなるバブル崩壊だけは絶対に避けられないのである。
・よって、資源が無尽蔵でない現実を賢明に見つめるのであれば、循環型社会を競争によって演出されれば良いとする考えは不毛でしかない。
・たとえ、科学力の上昇がそれを補うとしても、新技術理解の伝搬がそれに伴わなければ、宝の持ち腐れにしかならない。それを避けるにはまず博士教育までの教育無料化が大前提なのである。

 まずはなにより、精神的な舵の切り替えが根本的に求められるは必然であろう。
とりあえずの一番の理想は、地球民族総一次生産者にあると思われるが、人口増加し続けるのならば、お互いの耕す割り当ても割切れず、そもそもの課題は多いと言える。
 少なくとも従来通りの競争原理が成り立たないことの意味ぐらいはイメージされたであろう。
がんばれば何とかなるの時代から、一致団結しなければどうにもならない時代になっているのである。国内勢同士の競争などまさに愚の骨頂なのである。そういう時代なのだ。

 ついでながら、「切磋琢磨」と「競争」の意味の違いをはき違えていてはどうしようもないとだけ付け足しておく。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 14:52 | Comment(0) | 破棄処理中 | 更新情報をチェックする