2010年09月29日

【参考】米国の制裁法案から学べる点

1-2)改稿.2015/08/29...20100929...

 日本の場合、戦争放棄を主張している。
 ‥だからだろう。他国への対抗措置を法案として掲げる例は多くない。

 そもそもにしてそのような制裁法案の類いは、他国に攻め入るための戦争勧告を示唆することになる。

 経済制裁にしてもそうだが、そもそもにしてそこに有るべき精神とは、
 お互いの国交を有益な基盤にあろうとする前に、公正無私にあるべき姿勢が問われる。
 ‥火のない所に煙は立たぬのだから、そこにはすでにお互い勝手な乱れがあると言わざるを得ない。


> テーブルの上では、にこやかに握手を交わすも、その下では蹴り合っている様は一体何様なのだ?
> そこにあるのは国民を代表とした姿勢ではない。すべてを欺こうとしている不義である。


 ‥相手の主権を一時的にも取り上げようなどとの剣幕は行きすぎというものだ。
 其を話し合う議会を報道情報を通して見ていながら、平然と了承している国民もまた不可解に当たる。

 そのような怪しさをまき散らすばかりは、どう見たって
 ‥売り言葉に買い言葉だ。幼稚な国家体制にしか見えてこない。
 ‥どこに民主的な政治国家としての手腕があるというのだろうか。まるで軍属だ。

 特に米国に見られるそれは、如何にも攻撃的で何様と思うところがある。
 ‥いつまで経っても、植民地支配時代の空気が抜き切れていないのだ。


> しかしその呆れた態度からも学べるべき点が一つ見いだせよう。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 12:13 | Comment(0) | 刮目 | 更新情報をチェックする