2012年03月16日

006 とある金細工師のその後と歴史の痕跡

1-5)1
 それにしても、この金細工師がどこまでバレずに投資を続けていられたかは疑問である。一時は何事もなく預け入れていた側が引き返したからと言っても、要求された条件を反故にしていては痛い目を見るのは目に見えている。
 そして、仮にその要求に応えたとしても、応え続ければ続けるほどに、彼の投資手法に対する切望の眼差しは日に日に増したことになる。それが金貨を預け入れている側の心理であったはずだ。

 つまり、その後の金細工師がどうなったかは別として、そこにあった秘密が一部の者たちの共有の財産と化する流れは疑いようがない。
 そして、その金細工師がそこまで読み切ってだんまり投資をしていたかは謎である。もしそこまで読み切っていたとしたら、相当の器のワルだった事になるだろう。

> では、ここでは、その金細工師が編み出した手法を「奥義、担保偽造小切手の術」、それを知り得た者たちを「偽造の秘密結社」とでも呼んでおこう。
> 彼らが、如何なる思惑を有したかを考えてみるのだ。

 まず一番の事は、如何に担保偽造小切手から生み出される利益を勘ぐられずに、如何に多くの金貨を確保できて、如何にその運用を進めて行けるか‥だと思う。
 疑った側の自分たちがそうであったように、そこに説得力が確保される事こそが、秘密を隠し通すための担保とできるのだから‥偽造の秘密結社のメンバー達はそう理解したと思われる。

 そこで、今の銀行システムを参考に遡って、思いつく手段がいくつか挙がる。

@.預かった金貨に利子を付ける。
A.利子の得られる証券商品を売買する。
B.銀行間で金貨を融通し合うためにも、本店と支店、並びに、銀行同士で結託して送金サービスを始める。
C.さらにBのカムフラージュとして、銀行同士が高度に貸し借りをし合っているように見せかける。

 @は、当時、大航海から南洋の特産物を手にして戻って来るだけでも大変なリスクだった。一度や二度の外洋投資に成功したからと言って、そんな簡単に部外者にまで利益を回せるような状況にはない。よってこれはキャンセルされたと考えていい。

 Aは、投資で得られる利子には、返済が終わるとそれまでと言う限界が伴う。それゆえ、「持ち続けていれば、半永久的に利益がありますよ」的な商品としての魅力を打ち出すことは難しい。しかし、当時からそれを実現させるためのカラクリがザックリ二つあった。
 一つは祖税であり、もう一つは寄付である。
 ならば、貴族と教会にさらにたっぷり貸し付けてやればいい。それを細切れの債券にして売り出せば魅惑のキャッチフレーズ通りの商品ができあがるだろう。しかし、そんな今風の金融証券のようなアイデアを思いついたかどうかは不明である。
 そしてそれをやるからには、継続的に貴族と教会とがもっとお金を借りたくなるような、魅惑に溢れた新しい日用品が同時になければならない。
 従来の日用品に対する購買欲はすでに満たされていたと考えられる点から、まずは貴族や教会がもっと欲しくなりそうな魅惑ある商品作りの方から検討されるべきである。そう考えれば、これは思考の凍結下に置かれていたと見ていいだろう。

 Bは、預かり証明を手にしている誰かの引き出しが、どこで行われてどこに向かうのかを知りたければ、銀行自らが金貨の送金サービスを始めれば良い。ナイスアイデアだ。
 馬車や帆船を前提にした金貨の輸送網作りは大変な労力になるが、どちらにしてもそれは時代の変化を予期させたはずである。
 それゆえ、送金サービスから得られる手数料は、立派な新しいビジネスとして誰からも注目された事になる。よって、これは実行に移されたと言っていい。否、今の銀行サービスの根幹そのものだ。

 Cは、Bを始めた本来の理由を知らせずに、金貨輸送サービス網の参加に加わりたいと思うような新顔の金貸しや銀行家を振るい分けておくための意図を持つ。
 また、本店と支店の資金の流れを気取られないようにしておくためにも、知らなくてもいい立場の者を遠ざけておく上で重要視されたはずだ。

 ‥平たく言えば、送金する金貨の搬送を「短期の貸し借り」と呼び、それの理解の範囲において、提携関係にある銀行同士で資金を融通し合う‥とした協定が結ばれたと解釈して良い。



1-5)2
> いわゆる無担保コール取引の先駆けになる。

 ただし、この時代的にコール取引は問題外。現代のような有線・無線回線が前提ではないのだから、今日借りて明日返すというような超短期など成り立つわけがない。
 せいぜい‥馬車の往復に懸かる時間+現地での枚数勘定の確認作業+作業完了の伝達等を含めて、数週間は見ていいと思う。また、その繰り返しにかかる経費削減を狙えば、数ヶ月を前提に借りてしまう取り決めもあったと考えられる。
 中には、盗賊対策として、結社メンバー同士による内々での送金保険を設置して補償金の積み立てをしたり、情報網維持のための共同出資なんかもあったと考えられる。

 送金サービスの在り方についてふつうに考えれば、本店と支店を軸にしたサービス展開が前提になる。
 しかし、この場合のそもそもは、送金サービスではなく担保の偽造がバレないようにするためのカムフラージュなのだから、偽造の秘密結社のメンバーがそれぞれに別々の銀行を経営しながら、そしらぬ顔で、ビジネス有志が集って始めた画期的なサービスである点を強調させておく必要がある。
 そのようにあれれば、途中から参加してくる銀行家の抱くような「資本だけを吸収されて切り捨てられてしまうのではないのか‥」という欺瞞も晴れるというものだ。
 何はともあれ、秘密結社内で自由にできるお金、奥義に用いることの適う資金は多いに越したことはない。

 だから、その提携による繁盛ぶりを見せつけるといった段階からのスタートになったとと思われる。

 また、このような時代環境下での提携で注意すべきは、協定のみの理屈で融通し合えば、融通しすぎての融通倒れ‥誰かが一手に金貨を集めて運用したいだけ‥などの疑心暗鬼が渦巻く点である。
 今の時代であれば、どこからどこに資金が動いたかを後から即座に追跡可能にあるため、馬鹿な使い込み事件も直ぐに足が付くことになるが、輸送手段が馬車か帆船でしかないとなると、情報が上に上がってきた時点で破産を迎えてしまう危険性が大きいのだ。
 ゆえに、そこはキッチリとした定率での手数料と、短期での貸出という約束が交わされていたことになる。



1-5)3
> それでは、初期の初期においてどのような送金サービスがされていたのだろうか?

 そこはもう、電話も無線もまだ無い時代だったため、呼び出してあれこれ確認し合うなんてシステムではなかった。
 そこで考えられることを挙げれば、顧客向けの送金サービスの馬車や帆船とは別に、提携店から事ある度に早馬や伝書鳩が出され、お互いの情報をいち早く知らせ合いながら、資金にゆとりのある銀行は、資金の欲しい銀行に別口で貸付をしていただろう点である。
 そうすることによって、奥義、担保偽造小切手の術は、知る者と知らざる者とを隔てたまま、何事もなく、投資を進めていたものと思われる。

 一方で、その派生として考えられるのが郵便事業である。お客が送金を願い出たとしても、銀行がするのは金貨の搬送のみであり、預金証明等の記された支払い書類や、その支払い連絡云々の手紙をお客の取引先に届ける事ではない。
 その点、現在のように相手方の口座に振り込むという概念が理解されていれば、話は別だろうが、初期の初期のサービスにおいてそんな理解は有り得ない。よって、郵便事業とのコンビは欠かせなかったと見ていいだろう。
 つまり、銀行業による送金サービスの始まりは、郵便の歴史を切り開いた歴史でもあったのである。



1-5)4
> では次に、それで、時代に如何なる変化が現れたであろうか?

 送金によって貸し出した後のその間は、貸し出した分だけ必然的に融通または無理な貸付ができない。その見返りとして、定率での金利を手にするのが業務内容になった。
 それがお互いの信用を担保することになった。信用のない個人に貸し出すよりは、ずっと手堅い商売が成り立つ勘定は誰にでもできただろう。
 無論、コールして呼び出せるような状況にはなかったのだから、金利差に差別化を求めるような市場競争は、未だ思考の凍結下に置かれていた。それこそ、融通し合えば利益になるというだけの協定内容にあったと思われる。

 ここまでの内容であれば、例の奥義を無理に教えて理解させずとも、提携に参加すれば、金貨を融通できるという内容の方が際立って、金貸しにしてみれば実に有り難いことに思えたことだろう。
 そして、送金サービス網に参加できることは、同じ奥義を獲得していた外部の銀行家にしてみれば、同士の狼煙を見つけたも同然だったはずである。

 一方で当時の金貸しにしてみれば、融通し合う内容の提携は信じられない展開だったことだろう。なにはともあれ、そんなことをすれば、商売敵の敵方に貸付の機会を与えてやっているようなものだからだ。だからそれ以前では、ライバル意識・縄張り意識が絶えなかったはずだ。そう考えるのが普通だ。

 そしてその提携は、知らずとも奥義を使っているのと同じ効果となり得るものだった。

 なせなら、担保偽造小切手をまき散らさずとも、借りてきた分を知らず知らずのうちに地場に貸し付けていれば、確実に、地場の金貨流通を一時的にインフレ化させる効果を持つからだ。
 つまりそれは、自分の銀行で貸す機会が増えるのとイコールで預金者が増えることを意味し、それだけ銀行同士で行う取引機会が増える事を意味した。
 早い話、借りなきゃ損損、貸さなきゃ損損の思惑が渦巻いたはずである。
 そしてそれは、銀行の資金運用能力がそのまま、町経済・地域経済の担っていた経済枠を打ち壊し、銀行の都合による金貨のインフレとデフレを引き起こしていく因果となった。

 しかしながら、そこまでを想像して提携に参加した金貸しも銀行家も居なかったであろう。そもそもにしてその性質を、戦争が当たり前だった西洋の文化色で推察してみれば、馬の耳に念仏だったことになる。それが競争社会への狼煙だったのだ。

 ところが、不幸中の幸いだったかどうかの評価はさておき、その変化の原因となる奥義を繰り出す側にいた資産家や銀行家たちは、知ってか知らずか、今で言う主要都市にその基盤を陣取り、今に到ったと考えられる。
 担保偽造小切手の術は、繰り出せば繰り出した分だけ、地場地域での他人資本を同時に生み出すことにも繋がるのだから、そもそもにおけるスピード差を鑑みればわかることで、じわりじわりと、地方の金貨を都市部に集め出し、奥義を知らない提携銀行の町経済を結果的に圧迫することに繋がったと考えていい。

> つまり、秘密結社が繰り出した奥義こそが、都市と地方をクッキリと色分けすることになった過疎と過密の発生の因果だったのである。



1-5)5
 ただしその一方で、金貨自体の量も増えなければ‥どうしたって、地方の銀行や金貸しは、都市部の銀行に資金を融通しっぱなしに陥ることになる。それの流れは避けられないのだから、資本を戻すためにも、その後の提携条件として、金利の値上げを要求するのが経営判断だったことになる。

 そこで再び注目を集めるのがAである。
 だが、当時の欧州では戦争を仕掛けて踏みにじれば、それでチャラだった。だから、金利の要求を呑まざるを得ない頃合いにもなると、すでに戦争を始めるための準備は整えられていたと考えるべき展開だ。
 戦争で無くなってしまった金貨の行方などいくらでも屁理屈が付けられるだろう。たとえAを銀行間だけの商品にできる段階であったとしても、未だ思考は凍結した状態だったと思われる。

 それが、中世イタリアのあっけない衰退に裏付けられていると考えてもいいだろう。
 イタリアの没落は何も大航海時代の航路が変更されたというだけではない。そのタイミングでイタリアに戦争が仕掛けられている点で、その戦争の目的が、イタリアからの巧妙な金貨資本の引き上げと絡んでいた事を匂わせるに十分だ。

 仮にイタリアにまだ資本が残っていたならば、後々的に、盛り返してもいいと思うのがイタリアの芸術性だと信ずる。ただし、お金(パトロン)がないとどうしようもないのも当時の芸術家達の世知辛いお金の事情だったとも言えた。そう考えれば、的外れな推理ではないと思う。
 また、イタリアはローマ時代より道の整備が進んでいた分、道路整備のような新たな投資を必要とせず、海路にしても主要貿易航路変更の煽りを受けて、地中海域の船乗り達は仕事に飢えていたと見ていい。つまり送金に掛かる経費をさらに叩けたことになる。
 そして仕事に飢えていた芸術家達を、イタリアからスペインに送り込むのにも一役買ったであろう。

 イタリアの次に繁栄したのはスペインであるが、スペインは、大航海を通じてヨーロッパに金を運んで来るのと、イタリアから送金してくるのに都合の好い場所だったと判断できる。
 その後、投資がフランスとイギリスに向かったのは述べるまでもない。
 そして再び同じ展開が起きた‥スペイン艦隊は無敵と呼ばれていただけに手強かったが、結果的にイギリスに敗れて敗退し、スペインはその後イタリアと同じように、盛り返すことなくずるずると没落している。そういう段取りだったとことになる‥。

 それはつまり、イタリアもスペインも繁栄のために欠かせない血液だった金貨流通を完全に骨抜きにされて、抜け殻状態にされてしまったと見ていい。

> ここにおいて、Aの投資とは、戦争であった事が確定する。

 戦争をさせるための武器を新たに開発して貴族に売り、教会には医薬品の援助でもしていたのだろう。
 そして、怪我人や孤児を養うための貸付は、新たな開発投資の不要である点において、為すがままの取引が交わされていたと思われる。
 中でもイタリアとスペインとの間に共通した宗教的混乱は、資本の流れを安定に導くだけの地元勢力からの裏付け(寄付・賄賂)が得られていない点を物語っているとの判断が可能だ。地元の息の掛かった教会事情にあれば、混乱などあるわけがないのだから。

> つまり、宗教の乗っ取り、宗教への資本統制が企てられていたことを合わせて意味する。
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005 とある金細工師と金庫の中身

1-5)1
 時代は未だ、王侯貴族に貸し付けた債権を商品として売りさばけるような環境にはほど遠いのんびりした時代だった。そんな債券のような手段より、約束された儲けを帳消しにしてでも欲しかったのが、自らの肉親を王侯貴族と結びつけることだ。
 貴族と血縁を深める方が遥かに得策の時代だった。そのための口実作りとしても、借金の帳消しは対価として成立したであろう。
 そんな時代環境にある発見がされた。それがとある金細工師が思いついた金貨の運用方法である。

 金細工師は、その商売柄、貴金属の保管に長けていた。その確かな管理能力に目を付けたのが、金貨を貯め込んでいた町商人だったり貴族や役人たちだった。
 金細工師はそれぞれから金貨を預かると、預かり証明を書いて渡したり、預かり証明を持ってきた人にその分の金貨を手渡すのが仕事になった。
 ちょっとした手数料で稼ぐ貸金庫屋だった。

 そんな折り、その金細工師はあることに気が付いたのだった。

 金細工師に金貨を預ける資産家たちは、金貨を持ち運ぶことを煩わしいと思っていたから、いつの間にか、お互いの支払いを預け入れ証明の権利を譲った証を記した決済書にサインをして済ますようになっていた。いわゆる為替と小切手だ。
 その結果、取引の多くが支払い証明だけのやり取りになり、一定量の金貨が常に金細工師の金庫に収まっているのが日常模様になった。
 それに気が付いた金細工師は、そこにある他人資本を担保にすることを思い付いた。
 それは、自己資本の金貨を直接手渡して貸すのではなく、手元で山になっている他人資本を裏付けとして、自分名義の預け入れ証明を発行し、それの信用で貸付て金利を得たとしても問題はないと踏み、勇んで投資ビジネスに参加したのだった。

 今で言う金融の走りであるが、その事実を貸金庫利用者たちには知らせずに、こっそりはじめたというわけだ。

 そして、その金細工師は自らの投資センスを開花させる所となり、運も手伝ってか、貸付分からの金利を手にし始めると急激にリッチになった。
 その様子に、預け入れていた資産家たちは自分たちの資金が使われているのではないかと疑いを持ち始め、こぞって彼の金庫を確かめに行ったのだった。
 しかし、金貨を直接に貸し出すのではなく、担保偽造の預け入れ証明だけでやり取りしていた彼の金庫は手つかずの状態だった。

(※これの偽造は、担保の偽造が偽造なだけで、貸付けの要証にはキッチリ自分の名が明記される。自分名義であるからこそ、投資から生ずる金利を我が物にする事ができるのだ。 そして、投資損を出さない限り、取り付け騒ぎにならない限り、他人資本を運用し続けることができる範囲であれば、右から左に回すお金に困ることはまずない。世界でそれを始めた者が一人でしかないならばなおさらだった。)

 どういうカラクリかまでは見破ることは出来なかったものの、それでも金細工師への疑いは晴れる所がなかった。
 そして、見に来た人たちは目ざといビジネスのプロでもあった。彼らは、その金細工師が投資ビジネスに成功している話を耳にして来たのだから、兎に角、預け入れていた側は彼に対して、直感的に、預け入れている分から得られる割合の分け前を、要求して帰って行った。



1-5)2
> もう少しわかりやすく言えば、こういうことだ。

 金細工師の金庫には、引き出しに来る人もいたが、その分をまた預け入れに来る人もいて、結局の所、金庫の中身の枚数はゼロサムゲームだった。
 なぜそうかは、貨幣の鋳造がされなければ、地域全体の貨幣が増えることが無いという中世時代さながらの事情がそれを確かにしていたことにある。
 つまり、金庫の中身の量がほぼ一定でありながら、その名義だけが変更を繰り返すという、金庫の中での金貨の為替状態にあったのが、彼の金庫の中身の日常模様だった。

 だから、その中の名義をこっそり自分名義にすり替えて、本来の持ち主と担保が重複していたとしても、名義を記した権利を貸し出しているだけなのだから、誰にもバレようがなかった。
 勿論、時には自分名義の預け入れ証明を持ってきて、丸々引き出しに来る客もいたであろう。だが、彼にはその金貨の分量が再び自分の店に預けられに戻ってくるとの確信があった。
 同じだけの量のお金が戻ってくれば、それで辻褄が合うというのが、彼の思いついた投資のポイントだった。

 それはそれで投資能力もさることながら、賞賛に値する肝っ玉の持ち主であった。

 ちなみに、仮に彼が投資に失敗していたとしても、少額からであれば、一度や二度の失敗は何の問題にもならなかった。なにしろ金庫に収まる分量を心得ての冒険なのだから、時間が来れば忘れられたように帳消しになるだろう。その保険としても、普段からの手数料は欠かせなない実入りになったはずである。
 そしてそんなことをしでかしているのは彼だけだった。
 問題となるのは、そんなことを同時多発的にしでかしていた場合のケースである。なぜなら、彼みたいな行動を取る輩が同時多発的に存在していたなら、世界中で金貨の枚数が合わなくなるのが道理になる。
 しかし当時の投資人口とその規模は、まだまだその域にはほど遠かったし、嵐に遭ったり、海賊とやり合ったりして沈没してしまう船もざらだった時代だ。金貨の枚数がどこで増えようと減ろうと、誰も気にすることのない時代でもあった。

 だから、バレそうな頃合いともなれば、それだけの利益が、確かな自分名義のお金に変身して収まっている流れだった事になる。その金細工師もそう確信していたであろう。
 それが完済を前提にしない、金利収入だけに目を付けた、金利業というスタイルをした金庫貸しならぬ新しい金貸しの姿だった。
 元本が戻ってくるに越したことはないが、返済など当てにせず、金利さえ入り続ければそれで十分なのが、この金細工師の考え出した投資手法の画期的な点であった。

 仮に、他人資本の方が傷ついていたとしても、その減り具合は自分から切り出さない限り誰にも分からないし、その分を補充しなければならない場合があるにせよ、店に引き下ろしに来た人の要求する金額次第なのだ。
 つまり、その範囲が想定内であれば、一時的な自腹を切る必要もないし、とりあえず収まっている金庫の中身の勘定さえ揃えられれば、何食わぬ顔でやり過ごすことができた。
 そして、その金庫の中身に、確かな自分名義の金貨が増えて足された状態である分(金利による利潤)においては、それにケチを付ける人などいないのだ。
 それで、疑い有りだからと言っても、あるべき物があるならそれで良く、金庫の中身にいちいち手を付けて帰る予定の人もいなかった。そのお陰で、取り付け騒ぎの憂き目にも遭わなかったという下りまでの話が、伝説として今に伝わっている。

 無論、その場で取り付け騒ぎともなれば、彼の投資ビジネスは真っ青になっただろう。
 いずれ、自分の書いた自分名義の預け入れ証明を持った誰かが、外で取引された金貨分としてその預け入れを確かめにやって来ることになっているのだから‥渡すべき金貨がそこにないと知れれば一大事だ。
 だから、彼も突き付けられた条件が、分け前の分配だったことで安堵しただろうし、むしろその騒ぎは、彼にとって、理解を得るための交換条件に気が付かされたとも言える出来事になった‥はずだった。



1-5)3
●古来一般の金貸し手法
・金貸しの金庫の中身→自腹A

・自腹Aを→支払いに困っているaに直接手渡して貸す

・負債者aは支払先bに自腹Aを渡して支払う→自腹Aは支払先bの資本Bになる

・資本Bがその後どこに流れていくかを金貸しは知る由もない

・結果として金貸しは→負債者aに催促を繰り返して自腹Aを取り戻すより他はない



1-5)4
●とある金細工師の投資手法
・金細工師の金庫の中身→他人資本Z

・他人資本Zの一部、仮に担保Yを→支払いに困っているaに預け入れ証明Iにて貸す

・負債者aは支払先bに預け入れ証明Iを渡して支払う→支払先bはそれが本物かどうかを金細工師の金庫まで確認に行く

・支払先bは、受取人bとして預け入れ証明Iの担保Yを受け取る→担保Yは受取人bの資本Bになる

・金細工師は当然のように資本Bをそのまま預け入れることを勧める→引き出す必要がないなら資本Bは金細工師の金庫に収まる

・結果として金細工師は担保が戻ってきたので、負債者aに金利を催促していれば金利分を自分の物とでき、その上さらに元本が回収できれば、資本Bが回収されたことになるのだから再び証明Iと同額か、それよりも少し足された金額での投資が可能になる。


> ※ただし、他人資本Zには毎日の引き出しと預け入れとからの変動差が生ずるため、貸し出すにしても注意が伴う。

 仮に変動率を33%とすれば、残りは67%であり、その中から貸し出せる枠は、資本Bの流れを考えてもご察しの通り、貸した分だけ変動する総額も足されて増えることになるのだから、まずは資本Bの増分に対しても、基本ベース変動率33%を考慮に入れておく必要が伴う。
 だから、変動率33%であるなら、金細工師が自分名義で担保偽造できる金額の最大値が割り出せる。残りの67%を貸してしまえば、167%のうちの33%が手持ちの最大変動額に膨れあがる。それは全体の55.11%になり、手元に残しておくべき33%分に対して、22.11%の不足が発生する計算だ。
 だから、(1+Y)×0.33=0.33+(0.67−Y)を解いてY≒50.3759…だ。
 全預かりの変動率が33%ならば、{全預かりから自分で担保偽造した総額を引いた残り}≦{もともとの全預かりの半分}までが、担保偽造できる目安の上限になる。

 ただし投資には焦げ付きが付きまとうので、投資案件の焦げ付き発生率の平均を想定しておく必要がある。金融業で問われる自己資本比率うんぬんのルール設定は、概ねそれなのだと考えても的外れではない。
 兎に角、自腹を切りたくなければ、50%をまるまるつぎ込むのは軽率な考えだ。
 ‥勘のいい人はもうお気づきだろう。変動率が高くなることをインフレと呼び、首が回らなくなるのは言うまでもない。その反対に、変動率が低くなることをデフレと呼び、金庫の中の金貨の比率が自己資本で占められたことを意味する。
 早い話が、他人のお金で投資する手法が成り立たなくなったわけだ。
 デフレは金融の自腹投資状態を意味し、もはや古来一般の金貸し手法と同じリスクで投資するしかない状態なのだ。

 自腹を切るリスクを抱えたくなければ、変動率33%を維持するように心懸けて、発行と投資を調節していくことが望ましい。
 ここを中世の経済モデルで考えれば、貸金庫の中身である他人資本、つまり金貨の枚数は実質増えてなどいないのだから、貸金庫の中のお金の半分ぐらいの総額を担保重複したら、それ以上は欲張らない方が賢明となる。それだけでも金利で十分にリッチになれる勘定だ。
 それでいて、入ってくる金利分のお金を金細工師自身が右から左に消費するならば、地域振興この上ない。地域経済がデフレに陥らなければ、より長くおいしい思いができる計算になる。

 今でこそ銀行業は、この金細工師と同様の手法を合法的に行っているにすぎないわけだが、当時としては画期的な発見であった。
 古来一般の金貸し手法は元本の返済の方が最低でも大前提であるのに対して、とある金細工師の投資手法は、金庫の中身の価値が同じかもしくは想定量が確保された状態であれば、とりあえず間に合うという点がまったく質を違えている。
 その結果、後者は元本の返済よりも、金利獲得の方により重点を置いた金貸し商売ができることになった。



1-5)5
 日本の藩札の失敗は、藩の財貨の残りが底を付くようになってから藩札を刷るのが落ちだったのだから、どうしたってうまく行くわけがない定めだった。それは日本人らしい性格という意味での定めだった。
 それで無理にでも貨幣との交換を実施せしめれば、領地外の商人に頼み込んで借金を繰り返すのがパターンになる。抵当に入るのはやっぱり来年の年貢なのだから、どこまで行ってもカツカツだったってわけだ。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 03:30 | Comment(0) | 壁際の懲りない拝金 | 更新情報をチェックする

004 遠征商人ゆえの強みと王ゆえの脆さ

 それにしても、国の鋳造する貨幣にどこまでの信頼があったであろうか?

 その疑問を一番に理解していたのは遠征商人たちであった。
 どこに持っていっても通用する代価としての貨幣の理解は、持ち運びとその出自の理解の助けにはなった。しかしそこに含まれる金銀の含有量ともなれば、目ざとい商人たちには別の話だった。

 それは、当時の発行(貨幣鋳造)に付きまとう悩ましい問題でもあった。

 貨幣の数の確保は、商売繁盛の目論みにおいて重要視されたであろう。ならば、いつの世でも貨幣の鋳造量を増やしてもらいたいのが商人の希望であった。
 言うまでもなく、それを実現させるには金鉱山・銀鉱山の開発しかなかった。もしくは、含有量を削って鋳造し直すかのどちらかだった。

 ところが、金や銀をお金にして用いているとしても、その本質の意味において、それの価値は含有量としての実価値での交渉であり、含有量を減らした国の貨幣は信用を失うだけだった。それが貴金属を裏付けにしたシステムゆえの方向性だった。
 厳密には、貨幣の鋳造年度別に含有量が異なれば、遠征商人をはじめとしたその手の商人たちの間では、それを厳重に管理した上での取引がされていたことになる。

 王が貨幣の鋳造を管理しているはずだったのに、いつのまにかそれを流通に使用する側にこそ、実質的な決定権があったことになる。そう考えて良い。
 民意と言えば民意だし、不甲斐ないと言えば不甲斐ない展開だ。

> そしてその不甲斐なさに拍車を掛けたのも、王をはじめとした貴族達だった。
> そこに起きた因果ゆえに、王は含有量を削り直してでも、鋳造量(発行)を増やさざるを得ない状況に追い込まれて行ったのだ。

 王の他国への侵略が、富の独占に魅了されていたからだとすれば、その富を普段から手に入れるための手短な在り方として、領民への増税があった。その税の捉え方は、すでに王としては落第点の有様である。
 そして次に、それに飽き足りなければ、戦費を商人から借り受けることになる。

 モノ欲しさ、贅への欲望から、商人から金を借りれば借りるほどに、返すための金や銀が求められた。正確にいえば貨幣の枚数だ。
 王にしてみれば、貴族に貸し与えている領地はすべて自分の所領であった。その一部が借金のカタに取られるような不名誉は是が非でも避けたい。王自らが借りていればなおさらだっただろう。
 そこで王をはじめとした貴族たちは、返済において、常に自国貨幣での返済という契約をしていた事になる。今風の言葉で言い表せば、自国金貨債・銀貨債ということだ。
 そうであれば、含有量を変更すべく、黙って鋳造し直してしまっていても、返すときに見破られなければ、それでチャラにできる‥そう考えたとしても何ら問題はない。それが王権というものだ。

 ただし、商人も黙ってはいまい。商人にしても自分たちの資本を守るための護衛団を抱えていた。大きな商いをしていればしているほどに、その規模も軍隊さながらであった。
 最新鋭の武器を装備できたのも、武器を直接商いする商人お抱えの私設部隊ならではだったことだろう。そういう所には、その手の道具を好む屈強な傭兵が集まるものだ。
 どんなに権力があったとしても、そのような武装団と白黒付けてみたいと思う王侯貴族はいない。それの負け戦ともなれば恥の上塗りにしかならないからだ。

 それでいて、借りたいだけ借りることに何の疑問を持たないのがフヌケタ貴族というものである。いわば、相場のようなものだ。
 その点からしても、王の握っていた鋳造権は、金1g銀1gの対価よりも弱かったことになる。否、身から出た錆ゆえの弱さだったことだろう。

 それでよく言われるのが、金の切れ目が縁の切れ目だ。そして内乱が起こる。

 その時、商人たちは何もわざわざ自分のところの部隊を使う必要はない。戦って勝ったとしても、自分たちまでもが疲弊してしまっていては、誰かに漁夫の利を狙われるだけである。
 ならば、誰かと組んで、そいつをそそのかすのが常套手段だ。それでまたたっぷりと組した者に貸し付けて、誰しもが泥沼にはまったというわけだ。
 それが人類の有史に刻まれて来た戦の足跡だ。その誰かというのも、言わずと知れた軍人という輩だ。英雄とも言われているが‥。

> 結果、税の大半が商人の懐に転がり込んでいたというわけだ。もちろん、商人は商人でも自治領商人なんかではない。その手の商品を扱う遠征商人もしくは大規模商人である。

 ただし断っておくが、商人にも背に腹は代えられなかった事情があった。その昔の金貨や銀貨の重さには大きな問題が絡んでいた。それの運搬に掛かるコストを下げようと思えば、いろいろと知恵が求められたのだ。
 当時は、商品だけを運搬すればいいというものではなかったのだから、どうしたって、重い貨幣箱をぶら下げたまま進むよりは、王に庇護のための見返りを払ったり貸し付けたりして、同じだけの輸送に商品を積んでも同じだったという勘定になるはずだ。
 行きも帰りもそうだったと考えて良い。
 それはそれだけ、生産地の生産に拍車を掛けたのだから、遠征商人と産地民との間に交流がまるで起こらなかったという話にはならない。

> ‥とはいえ、商人がずる賢く、相場を正しく産地側に伝えていなかったとすれば、喰い物にされていた意味合いは同じになる。
> 今更、誰もそれに異論を唱える口を持たないはずだ。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 03:04 | Comment(0) | 壁際の懲りない拝金 | 更新情報をチェックする

003 褒美という名の美酒と毒

 その昔、王には発行権(鋳造権)があった。それがいつ頃から発生したのかは、貨幣経済がいつ頃から発生したのかと同じぐらいの起源に遡った話になるだろう。
 そもそもお金が発明されたからと言って、王がそれを即座にお金のなんたるかを理解し、その権益をどうしていくのかという具体的なことを思いついたとは思えない。それが世間一般の頭の固いお役所体質への理解ともなれば、なおさらだったと思う。

 ゆえに、お金の魔力は人々の間に少しずつ広まり、いつしか、力の強い豪族が自ら王に成り上がると、貨幣を鋳造できる権限を我が物にした‥と考えておくのが一番にシンプルだと思う。

 しかしそれにしたとて、当時の下々の庶民にしてみれば、そんなキンキラの金属の塊で取引ができようとできまいと、物々交換が身近だったし、それで十分の理解だったろう。
 それが基本にあれば、地域の治安を守ることがその等価交換であるとして、庶民に納め物を要求していた土着の豪族たちにしても、その土地で採れた産物で事足りたはずである。それが自治領を守ると言う意味合いだったことになる。
 それで満足できなければ、他国を侵略する意図に繋がるわけだが、そこにある懲りない因果が豪族の豪族たる特権を維持させていたわけだが、一方の民衆までもが同じだったとは限るまい。
 その流れに乗らんと欲するだけの「長いものには巻かれろ」の心情が起こるべくして起こるだけの因果があらねば民衆は動かないものだ。
 そう考えれば、何も巻かれるのが当たり前という視点ではなかったと思う。戦なんて、みんながみんなしたいわけでは無いのだから‥

 だから、お金を世紀の発明品として捉える場合、流通経済の都合を頭から優先させるのではなく、その当時のニーズがどうだったかを読み解く方が無理がないように思う。

> 国の治安を守るには、守る人が命を懸けるのだから、より優れた兵を集めるには、希少性が高くそれの行いに対して相応しい、誰にでも自慢できるようなインパクトのある何かを褒美にする必要があった‥そう考えてはどうだろうか?

 そこから金や銀、宝石の類の加工品がもてはやされ、いつしか形式的にあちこちで金や銀の塊を大雑把に分け与えるのが習わしとなり、それが増えたお陰で、日常的に金や銀での取引が成り立てば、それを奪い合うためのいざこざがさらに戦を呼び、それではいくらあっても足りないことになって、目方や大きさ、含有量等の細かい取り決めになったと考えられる‥そっちの方がしっくり来ると思う。
 それが、金や銀の希少性ゆえの理解だったことなる。

> つまり、誰がお金を概念的に発明したとかではなく、成り行きからの必然を総合的に膨らませて解釈するのである。

 例えば、王の仕事の第一は、国家の治安であり、とくに外敵から領民を守ることはその最たる仕事であった‥と考える。
 そうであれば、その第一義務を、賄われる税から果たすことができてさえいれば、今風に語られるような流通経済を活性化させて、さらに多くの繁栄を求める必要を、王自ら願う志は起きなかった‥と考えたとておかしくはない。
 それが、貨幣草創期の時代性を見つめなおす上での一つの道理になるかと思う。

 だが、国が貧しく、民自ら王に進んで、他国の繁栄を自国に求めるという要望ともなれば、王は民にそのための見返りとしての命を求めることになるだろう。
 それが志願から徴兵への理解へと繋がっていくことになる。もしくは、増税を課して、柄の悪い傭兵を雇うかのどちらかだ。
 なぜそうなるかは、それが等価交換の考えに基づいているとの判断になる。
 租税で賄うべき範囲は、今ある領地の維持であり、それ以上の戦には、それとは別の見返りが求められると考えればそうなるだろう。それが王の立場というものだ。

 ゆえに王が優秀であれば、国内の租税の範囲でなんとかすべきなのが、領主の責任となりえ、それが成り立ってさえいれば、遠征をしてまで戦を求めないのも、王の王たる筋目になる。そもそもにして自領民ほど戦を好まないのが普通だ。
 だからこそ、和平の証として他国と交易をするとの考えもあるが、結局はその交易の安全を保障したり、こちらからの交易品を見繕うという話にもなれば、それはそのままに民にその分の負担を求める事になるのだから、性質における違いはゼロのようなものだ。
 違いが明らかにあるとすれば、流されるだろう血の量の多少だけであろう。
 そこで、国が貧しいからという事情にあれば、残された選択肢はもはや力尽くしかあるまい。それが野蛮であるかどうかではなく、力が強く、正しく賄う王であればあるほど、民の王への期待も安易にそこに集中したと思われる。そう考えるのが一つの流れだと思う。

 ただしそうあるためには、国家としての威光や規模が、ある一定の規模を有している必要がある。
 それは、敵国との対峙の前に圧倒的な差があったならば、民は王の武勇にはこだわらずに、大国への臣下の礼を望むのもまた歴史の流れの一つだからだ。

> 豪族が身勝手に領地の拡大を目論むような意図とは違い、民自ら進んで、王にさらなる繁栄を願い入れるということは、そういう筋書きが下地になる。

 民主経済などと謳い、今時の経済をもてはやそうとも、軍の運用と比較すればそれだけの話だ。それはそのままに、今の経済社会がその経済基盤の維持に、一定規模の市場が欠かせないと言う理解と同じだった‥、それだけの話になる。
 そこを思えば、昔から豊かさの犠牲に強いられてきた民の負担という本質的な部分は、何一つ変わってなどいないのがよくわかるだろう。

> 民衆の生活への飽くなき渇望がそうさせていたとも言えることだ。
> ただし、それの一番の嘆願者が遠征商人だったともなれば、毎日の生活を領内で暮らす素朴が取り柄の地元の領民達にしてみれば、寝耳に水の話だったことだろう。

 民は戦になど関わりたくないからこそ、王に税を納めることで済ますという選択肢を選んで来たのだ。民自らがそこを自覚していれば、自給自足の中での創意工夫の欠かせないことを、民自ら悟っていたであろう。それが故郷での暮らしという基本形の理解だと思う。
 それに対して、遠征商人たちは、旅途中に用心棒を雇い入れるのと同じように、見返りを差し出して、王に願い出るだけのことになる。いつの時代もそういうものだ。

> ゆえに、地元の領民たちにしてみれば、王に裏切られたの感は否めまい。

 なぜ、王がその類の話に乗ってしまうのかは、一つの素朴な疑問ではあるが、それが金や銀を褒美として推奨し、推進してきた存在のミイラ取りがミイラになった瞬間だったのだろう。
 王自身が魅了されていたからこその褒美としての価値基準だった。それが金や銀をお金たらしめたエネルギーだった。
 であれば、商人からその類の話を受けて望まない王の方が矛盾していると言えるのだ。
 だから、もしそこで多くの王が、王自身の在り方としての道徳を選ぶばかりだったとすれば、褒美自体が意味のない詐欺であったという感触が生まれていたことになろう。

 結局そこは、道徳ばかりが世の中の辻褄であるというだけではなく、物に価値を見いだした人の欲としての、辻褄の絡んだ因果にあったと言っていい。
 残念ながら、人類の多くはその類だったのだよ。多くの者が、資本主義に一目置いてしまうという現実がその証拠だ。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 02:47 | Comment(0) | 壁際の懲りない拝金 | 更新情報をチェックする

002 お金と発行と面の皮

1-2)1
 古来よりの創意工夫の結果、今やお金を増やす・発行するための方法として、紙幣があり、電子マネーがある。
 それの極論を挙げれば、口座の中身のデータを書き換えれば、いくらでも増やせるという技術面での獲得を得ている。

 しかし実際のお金の増え方・発行は、特定の商人たちの都合に左右されている。裏付けの都合とも言えるだろう。
 それが市場原理をもっともたらしめているわけだが、それはそのままに、特定の商人の財力もしくはそれぞれの事業成長力の都合でしかあれていない。
 決して人類全体での都合などというものではない。地球生命全体での都合などと言うものではない。
 ‥にも関わらず、らしく見えてしまうのは、自由の名の下に、世界地図の中を多くの者たちが勝手きままに蠢くからであり、中でも、生産に重きを置いた面々に担われているというお任せの連鎖になっているからである。
 それゆえにその全貌が把握しづらく、そのままで居てもらった方が発生し続ける根本因果に対して、目を逸らしておける効果を持つ。いわば、不公平に対して鈍感で居てもらった方が、何かと、私的な思惑での経済企画が立てやすいと言ったところだ。

 その証拠に、人類の底なしの欲望は呆れるほどに頑丈だ。生産よりも消費である。だからこそ、成長率などと言う田分けた言い分が成り立つのである。
 本来なら、生産可能なだけでなく、必要と思われる目安分だけを供給したら、あとは休業でも暮らして行けるように計らわれて然るべきだと思うのだが、そうはなっていない。

 それがどこまでも市場競争という足枷なのだ。

 それは自由にしてあるからそうなるのだから、誰かがそれの調整を請け負わなければ、地球はあっという間に破産することになるだろう。

 それの視点を見るだけなら、どこにも間違いが見当たらないように見えてしまうものだ。

 だから、どうしたって、ちまちまとしたペースでの発行が繰り返され、人口がさらに増えてもそのペースは相変わらずにある。なにはともあれ、国債という操作された仕組みが要にあるのだからそうなる。否、裏付けが無いと発行ができないという頑固さだろう。
 地球全体の人口増加で割れば、一人あたりの取り分は減る一方だ。そこに抜本的な対策を施さなければ、どうしたって不公平は生まれ続けることに変わりはない。
 それでも、ちまちまとではあっても、発行分だけの成長率は維持されることになる。
 それが数字上での辻褄なのだ。
 だから景気は、いつも玉虫色に感じられ、希望が転がっているように見えるだろう。そして人口が増加した分だけのチャンスもまた同じように感じられることになる。
 しかしそこには、その裏返しとしての不幸もまた同じように転がっているという理解がなされていなければ何の解決も見いだされるまい。

 されど民主選挙などという奴は、景気回復へのステップを主張しておかないと当選できない定めにあるのか、矛盾の指摘だけでは通らないかのようだ。否、国民の側にもそういう考え方が根強い。だから、どうしたって良くなるわけがない。
 それが資本経済を基軸にしたままの民主選挙の澱である。
 インチキと言えばインチキにあるが、まったくの不誠実とは見られない点が、民主選挙という枠組みだ。

> しかしである。そこで見せるべき誠実は、地球に向けられてこそであるべきだった‥
> そこを見事に裏切ったとなれば、どうしたって不誠実だったということになる。

 そしてそれは選んだ側、日々資本経済を消費する側にも当てはまるのだ。
 ゴミを散らかさないという段階すらクリアーできない人類でしかないのであれば、誠実を示せと誰かを叩く前に、まずは自分から示すべきにあろう。
 そうであれば、発行を担って来た連中がすこしぐらい馬鹿に見えるぐらいがちょうど良いということにもなろう。それが釣り合いといえば釣り合いだからだ。

 人類の多くは、生産よりも消費分配の方に意識が行くばかりで、生産への生真面目さをそれほどに多く求めてなどいない。それが合理化、機械化、ロボット化の流れでもある。
 求められている生真面目さは、日常管理に対する生真面目さと言ってもいいだろう。
 これは民主選挙の選び方に見られる特徴と同じで、人との関わり方の方向性の意識問題そのものだ。人が克服すべき課題にあたる。
 人を知らずに人は選べまい、それと同じである。生産を知らずして管理は成り立たないのである。もし違うというのなら、その管理者は、現場を一度も見に行かなくてもモニター画面の報告だけがすべてだと思っているような危うさを孕ませていることになる。

 資本主義の台頭以来、地球という足下‥地域という地場‥そのような日常一番に拠り所とすべき生産基盤が中心ではなくなり、暮らしが成り立つなら、生産の基盤はなにも地元になくとも地球内であれば十分という見方に変わってしまっている。
 その結果、隣人との繋がりが希薄になり、希薄で乾いた分だけ自制もないがしろになった。多くの者が、何食わぬ顔でプライベートを強調するばかりに変わってしまっている。
 それは流れだから止めようもないが、だからといって自制の許容域までを縮めてしまっては、民主主義など有って無いようなものだ。

 そこにあるのは民衆が貴族化してしまったという痕跡だけになろう。その結果、大量生産・大量消費の犠牲を強いられていたのが地球環境だったというわけだ。

 それではどうしたって、贅による環境破壊が深刻になるのは誰の目にも明らかなのだから、多くを持たせるべき段階にあるとは判断されるまい。もしくは、消費する暇さえ与えずに鞭打ちするように仕向けるしかなかろう‥

> つまり、すべてはそういう天意の絵図にあったのだよ。



1-2)1
 詰まらないことを言うようだが、人類の多くが良くできた存在で、自制すべきを自制し合うようにあるなら、お金の仕組みに新しき概念など付加する必要などないのだ。
 なにしろ、負債などという奴は、投資した側が、投資した案件の体現を見届けた後に、丸呑みすればいいだけのことなのだから。
 親が子に向かって、教育に掛けた額の返済を求めるかね?‥求めたとしても、家督の跡継ぎぐらいのものだ。
 そのようにあれればこそ、「人類の多くが良くできた存在で」‥という表現を可能たらしめることになるだろう。

> お金という道具に価値はない、道具をどう扱うかで人の価値が問われるのだ。
> あなただって、他者に対してそう思って生きているはずだ。

 だから、お金の仕組みに新しき概念を模索するということと、それを考えて提案すると言うことは、それを語る側の人としての真価が問われるという中身にあたるというわけだ。

 永遠の転生流転の流れの中で、それの提案で失敗するような大恥を誰しもは掻きたくはあるまい。なのに‥不思議と今時の風潮は、憲法改正改正とあまりにも軽々しくて、「皆さんって随分と立派な方々なんだなぁ」と、恐悦至極この上ない。
 だって同じ事なのだから‥石橋を叩いて渡らないぐらいの慎重さが空気だと思う。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 02:28 | Comment(0) | 壁際の懲りない拝金 | 更新情報をチェックする

001 壁際の懲りない拝金

 とてもよくわかる、壁際の懲りない拝金の章 はじめに



 人類がお金の概念を共有してから、モノとモノ、モノとサービス、サービスとサービスとの交換だけはスムーズになったものの、なぜかそれ以上に多くの問題を抱えたままだ。

 とくに、人口増加の絡んだ生産と分配においては、まるで無知であるかのように、足踏みの状態が続いている。
 それが、お金を供給しようとすると、常に蛇口の前に金融という巨大なプールが置かれていて、人の暮らしの底辺にまで行き渡らないという矛盾である。貸すことでしかお金を刷れないというシステム上のジレンマである。
 なぜ人類は、もう一段階上の仕組みを求めて、お金の在り方を再構築することを試みないのだろうか?

 資本主義が当然だと思っているから‥
 市場原理が最善だと思っているから‥
 裏付けがないと誰も請け負わないから‥

 確かに、そこに見いだされてきた利権を手にすれば、手放したくはないと思うのが普通なのだろう。
 しかし、そこにあるのは一部の資産家や成功者たちだけが、モノとモノ、モノとサービス、サービスとサービスとの交換をしやすくできるようになったというそれだけの‥小さな楽園を目の前にしてほくそ笑んでいる段階にすぎない。
 地球全体で見れば、ほんのわずかな既成の至福にしがみついた有様にも見えるのだ。

> なんてちっぽけで軟弱などん欲であろうか!
> 市場の独占を自分たちで禁じておきながら、それを目指すという奇怪な愚かさに、いつまでも絆されているべきではない!
> もっと多くの生命が、幸福の再生産を繰り広げられるようにあるべきだ。

 目指すべきは、もっと公正広大な視点からの生産と分配・安心と安全・教育と医療‥を交換できるように整えるべきである。
 人類は今より、それの交換がスームズに成り立つように整えたいというどん欲を目論むしかあるまい。否、お金の概念に新たなる認識を追加するべき段階に来たと言えるだろう。

> ここに示す章は、人類がお金に対して、如何に不器用に接してきたかという反省を一目瞭然化できるようにと、記すことを試みたものである。
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2012年03月12日

非営利の自由と営利の自由

1-1)0
 非営利の自由は、国民の健全な暮らしに欠かせない非営利行動の継続を全面的に尊重し、人権の精神で認められる公平なる享受を約束する。

 営利の自由は、国民生活の創造と発展に欠かせない主体的請け負いに対して、社会と環境への道徳責任を課す代わりに、個人並びに団体による利益の追求を承諾する。

 国民は、非営利の自由と営利の自由の片方もしくは両方を選択する権利を有する。

 非営利の自由と営利の自由は、互いの利点と欠点を補完しあうべきであり、国民はどちらか一方の主張に偏らならぬよう、双方を尊重していく姿勢が求められる。
 また、それを推進していくための創造力と理解を共有するために、国民には生涯を通して教育を学ぶ機会と健康を養うための安定が与えられなければならない。追記
posted by 木田舎滝ゆる里 at 01:00 | Comment(0) | 金慮 | 更新情報をチェックする