2012年12月31日

あれからまた、無駄にペンネームを考えてみた‥

1-3)0
 いわくの2012年も残すところあと幾時間‥
 巳年になってからのPN変更はゲンが悪そうだ。
 どうせなら辰年の内に決めておきたい‥それには、決めたという証が求められる。

 こんなことを言うと巳年生まれの人はどうしようもない言われように聞こえるが、まぁそんなことはどうでもいい。あくまで個人的な感覚だ。
追記
posted by 木田舎滝ゆる里 at 07:30 | Comment(0) | お知らせ | 更新情報をチェックする

2012年12月22日

BravoBabyに当て字を考えてみた

 当ブログのposted byは、BravoBabyになっていた。これがハンドルネームなのかというと、そういう感覚は一切ない。
 由来は「テレパシーは脳をモニターにする」に書いてあるが、横文字のペンネームはどことなくお気に召さないのが著生の心情にある。
 だから記事内でBravoBabyを名乗ることはなかったし、使わないでいた。

 しかし、アクセス数が伸びているようなのでそうも行かなくなっている‥
 そこで、BravoBabyに当て字を考えてみた


> 笑良坊餅備(ぶらぼうべいび)


 当て字の印象から来る見た目は、どことなく落語家のイメージだ‥まぁ落語の話の半分は、教養だったり教育だったりするから半分は射ているとは思う‥
 当ブログの話を辿って、何に笑いを見いだすかはそれぞれだと思うが、少なくともそこに在るのは笑いと言うよりは「腑に落ちる話」だろう。もしくは、壮大なオオボラ話のオオボラ度がどうかになるだろう‥
 落語のそれとは違えど、焦点は通ずるところがありそうだ。
 しかし著生は落語にはてんで興味がない。それは、独り芝居という奴が好きではないからだ。そこんところお間違えなく。


 ブラボーは、音をベタで行けば、撫良坊(ぶらぼう)なのかも知れないが、踏み込みが浅い感じだ。そこで、bravoのイメージを鑑みて笑良坊(ぶらぼう)としてみた。

 それにしても画数が多すぎてペンネームとしては難がある。書くとなるとめんどくさそうだ。しかしインパクト感において強烈さはありありだと思う。それでも、笑良坊餅備を初見で、名前に思う人がどれだけいるかは別の話だ‥
 そこを差し引いても、縁起の良さそうな所が印象的で気にいった。good。

 とりあえずこちらのブログではこいつを名乗るとしよう。よろしく。


> それにしても著生はペンネームを未だ一つに決めていない半分名無し状態である。
> まぁハンドルネームなんて所詮はそんなもんなのだろう‥
posted by 木田舎滝ゆる里 at 05:30 | Comment(0) | お知らせ | 更新情報をチェックする

2012年12月19日

略食から学んだこと

1-5)0
 略食とは、料理に手を抜くことではなく、調理過程を最大限に略して食事を済ませることを意味する。(個人的造語)
追記
posted by 木田舎滝ゆる里 at 04:43 | Comment(0) | 目の付け所をナス | 更新情報をチェックする

2012年12月18日

【考察】武士道の解釈は、日の本の東西において異なった

改稿.2015/09/16...20121218...

 武士道、それは家臣の心得。
 武士道、それは主君の心得。
 されど、領民なくば成り立たぬもまた武士道なり。

 主君が領民に礼を為せば、領民もまた領主に礼を為すだろう。
 巡り巡って、家臣もまた地場にかしずくことになる。


> ところが、日の本の東西においてその色彩は甚だに異なった


 日の本の西の武士道は、家臣の心得の色彩に厚し。
 日の本の東の武士道は、主君の心得の色彩に厚し。
 なぜそのような違いになったか‥其は、歴史の痕跡を遡って見るべし。

 その違いは明らかなり。

 西の平家は敗れた。西の豊臣は敗れた。
 そのどちらもは公家文化を引きずり、領民への配慮に乏しき
 民を下に扱いし偏った栄華にその痕跡が見られた。「公家とは何だったのか?」
 其は己に跳ね返り、お家を死に所とし、主君の恩義を死に所とし、その有様として敗れ敗れてた。
 されど、其もまた武士の本懐にあった。
 ゆえに、尚更にお家のプライドが優先されたと言えるだろう。


> 命など惜しくはない。命を賭するが武士道なのだと‥


 東の源氏は勝(まさ)った。東の徳川は勝(まさ)った。
 そのどちらも武士の棟梁を名乗り、領民からの支持を得るところに土台を見た。
 だから、領民を慮る痕跡が見られた。
 其は主君の足下の大事を心得、主君の意図は、領民を大事にする方向に向かい長きを育んだ。
 だから、民を拠り所とするを優先した。人としての生き様に武士道を見た。


> 人は城、人は石垣。民との繋がりにこそ、武士道ありと‥


 西は急進勢力、東は保守勢力。
 明治維新以降、日本の地に根ざして来たのは、西の武士道だった。(是は大雑把な見方だ)

 西のかしずく心は、立身出生を好み求め、
 東のかしずく心は、全体の平和を望み心得とした。(是は大雑把な見方だ)

 西と東では土壌が違うのだから、同じ武士道の言葉を使おうとも
 その意味する所は自ずと違ってきたように思う。

 ‥日本にある独特の違和感の一つとして、日本人ならそこの違いをお互いに感じているはずだ。
 特にそれは、日の本の繁栄のあるべき方向性を問うに現れよう。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 07:11 | Comment(0) | 考察 | 更新情報をチェックする

2012年12月17日

未知の眠気防止成分の可能性

1-1)0
地球ドラマチック「ピタハン謎の言語を操るアマゾンの民」より

番組14分20秒〜14分40秒辺りの映像

ピタハンの男が、とある枝を両手に持ち語る。

「俺たちはこれを使う」
「俺たちは夜眠らない」
「俺たちはナイフで削る」
(枝の切り口の辺りを削る仕草)

「目の上に塗る」
(削りカスを鼻の頭と瞼の上に持っていき擦る仕草)
「俺たちは一晩中起きている」
追記
posted by 木田舎滝ゆる里 at 09:54 | Comment(0) | 目の付け所をナス | 更新情報をチェックする

2012年12月11日

【歴史認識】戦艦大和特攻、生き残り乗組員のもの凄い証言

1-4)改稿.2015/08/17...20121211...

> NHKドキュメント番組で、もの凄い証言をされていたので記録。


 「あれだけの巨躯の中に取り残されて尚、生き残った‥!?」
 「しかも、缶詰のまま海に引きずり込まれ、心臓が止まった(?)のに復活したとのこと‥」


 脱出そびれた乗組員たちが今にも息絶えそうだったその時、白光りの閃光が辺り一面を覆った。
 そして次の瞬間、自分の身体が、ペンギンかイルカかミサイルにでもなって水中を突っ飛んでいた。
 その衝撃波の威力で止まっていた(?)心臓も心臓マッサージ効果で復活。
 押し出された我が身は、なんと海面に復帰。

 しかし

 動転覚め止む間もなく、空から恐怖の塊が降り注いだ。
 気が付けば、目の前に一緒に浮き上がっていたはずの戦友の首がスパッと落ちて消えた。
 それは、艦内の内部爆発に乗じて同時に舞い上がっていた爆発物の破片やら色々な残骸が
 空高くから降り注いだ鉄くずの雨だった。


> 絶句・・・
> 生かされる時は生かされるという話。生かさない時は生かさないという話。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 08:48 | Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする