2013年12月30日

【参考】そうだったのかグラミン銀行との付き合い方

1-1)1改稿.2015/09/22...20131230...

> グラミン銀行とは‥バングラディシュに有り、主に小口融資を取り扱う独自機関。


 海外資本が現地に入るとグラミン銀行と組まざるを得ない環境に置かれる。
 また、投資した資金から利益を得ても、国外持ち出しができない由の契約を結ばされる。
 (公的機関と表記されずにある点は、半公的な業態にあると思われるが、その定義には曖昧さを含む)


> 雪国まいたけの場合‥(※経営再編成以前時点)


 緑豆を現地農家に栽培してもらい、
 現地栽培の緑豆を日本に輸入して、もやしの原材料に回している。

 「さて資本回収は?」

 考えるまでなく、中国産より安く買い取ることで、仮利益としているものと思われる。
 ‥現地人がそれを知ったら、「もっと儲かるのかよ」とぼやきそうな中身でもある。

 それにしたって、

 バングラデシュの経済発展が進むまでの間に回収できるかどうかだろう。
 バングラデシュでも賃金上昇すれば、どうなるかなんてわかったもんじゃない。
 ‥微妙な戦略である点において、誰も文句の付けようがない。

 「日本国内向けには、なによりも、まずは安全な食材の確保である。」


> ユニクロの場合‥


 現地のTシャツはなんと日本円にして百円とか‥
 それでもさらに安いものはないかと安いものに群がるのが現地の消費マインドにある。
 どこの国も同じ。まぁ銀行の仕組みが仕組みにあるなら当然か‥

 ‥ところが、現地女性は
 地元ブランドの民族衣装じゃないと着ないという事情を抱え持つ。


 まぁそこはさておき、柳井正の腹の内はこんな感じにあるらしい。


 雪国まいたけの論理で考えれば、
 バングラデシュの品を直に日本に持ち込んでも、ただの値崩れにしかならない。
 ‥それはどう見たって業界の首を絞めるだけである。

 そこで、ユニクロでは中国に持って行く。
 次に、中国の品を日本に持って行く。
 ‥そんな感じでうまく行けば、世界同一賃金が可能になるとしたそんな皮算用らしい。

 しかし是は、資本主義の末期状態の絵図にしか見えてこない。
 ‥どこかで行き詰まるのが明らかな無謀な策だ。
 (柳井正の海外展開意欲は、帝国主義の植民地戦略と同質。さすがブラックの代名詞。)
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2013年12月29日

【刮目】王首民立を憲法風に書き下してみた

1-3)0
 日本の民主主義は、
 神道の教えたる天と地の調和を軸とし、すべて国民の自立たる探求を保障する。
 天皇を頂きに座する国政の体制は、王首民立を受け継ぐものである。

 それら話し合いの場として、国会を開き、議会政治を敷くものとする。

 議会政治の営みは国民の役割とする。

 天皇は、国民が行う政が神道に適っているかを顧み、否とあらば決断権を発する責任を有する。
 天皇は、決断権を発する際、必要とあらばその都度、審問委員会を設置することができる。

 決断権は最高権限であり、内閣の罷免と統帥権の発動の二つに限って認められるものである。
 決断権の行使により、天皇は年号を改めるものとする。

 審問委員会並びに統帥権の発動の際に必要となる人事権は、天皇に有する。
追記
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2013年12月28日

【刮目】憲法を改正すべき本当の視界、それは神道をどう示すかである。

1-2)0
 閣僚のとくに首相の靖国参拝批判を見るにつけ、思うことは、
 靖国の複雑な事情もさることながら、
 信教の絶対的自由が、国政を司る者に認められていないとする国民感情の現れでもある。


> 国政を司る者に信教の絶対的自由が認められていない最たる要因は、


 信教の自由の定義の中において、自由の限度を認めたる要素として、
 基本的人権を不定するまでの信教の自由を許さないとする理解がそこにあると判断される。


 戦後日本における信教の自由の憲法上の定義こそが、
 日本国の政の乱れの元凶であり、
 古古来より伝わりし神道をどう示すかにこそ、憲法改正の真の意味を問うべき事柄がある。

 天皇立場の法的解釈を正す意味でも其は必須である。
追記
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2013年12月26日

【刮目】王政の腐敗も民主主義の腐敗も同根

 近・現代における民主主義とは、

 民衆の日常生活を、
 戦争たらしめる看忙の無慈悲に追いやる上からの搾取手段の隠蔽であり、
 実的戦闘行為を、経済競争に置き換えただけの児戯である。


> この時、上とは何であったのかであるが、


 私たち民衆は、あまりにも王族の権威を盲目にも信じてきた裏返しであるかのように、
 自分たち民衆の今まで見てきた王侯貴族の勝手気ままな振る舞いが、
 民主化と同時に、自分たちにも与えられる時代が到来したのだと、かようにも思い込み、
 同時に、王侯貴族がただ落ちぶれてもかまわないとする安易さを心に抱いたとも言える。

 そこに沈んでしまった無知は、そのままに民衆の秩序へと跳ね返るばかりに至った。

 それはそうだろう。王侯貴族の衰退を受け入れたのだから、
 自らの衰退する可能性においても了承したに等しいではないか。

 どんなに法の文言に、基本的人権の保障が約束されていたとしても、
 王族でさえ困難を極めたその難問を、
 ただ他人任せにすることが自由権であるとしか解釈できていない烏合の衆に何ができようか。

 それで、保障が成り立つわけがないことぐらい、考えるまでもなきこと。
 何はともあれ、気に入らない政権は打ち負かせば良い。
 協力なんかする必要がない。それこそが民主主義の醍醐味だと錯覚を見たのだ。


 王権と言うだけの名の下に、問答無用で一致団結を余儀なくされていたにせよ、
 王族の権限をすぎたるものとして扱うことなく、我が儘にも、
 王族の贅の部分のみに憧れ、自らの自由権に思い重ねただけで、

 王侯達が骨を折ってきた王道には至って無関心を示した。

 それこそが、権力の座についた側の腹の内であり、
 民主主義の時代に、私たちが上と呼ぶ輩の精神構造である。


 だからこそ、


 王族がそれなりに取り組んできた平穏たる五穀豊穣、天地との調和たる気概などなく、
 「勝手に蒔いて勝手に刈れよ」の競争を強いるばかりになっている。

 頂けるものは頂くとばかりの競争原理の支えとしての裏側に、
 一向に平等が前に出てこない政は、未だ王道以下の愚を、
 民主主義においても尚、抱えたままにあるという立証にしかあれていない。

 たとえ、陰謀論等の要素が絡んでいたとしても、

 王政に優ったと言える、納得感など「あるようでいてない」としか言えないのではないのか。
 優秀と言われた王の政を凌駕した民主主義が、どれほどに敷かれたというのだろうか。
 有史の中においても、民主主義におけるその輝きはあまりにも短く、反省点ばかりであろうに。
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【刮目】シュールにも似かよる軍階級構図の現代社会

1-3)0
 旧日本帝国軍隊の縦構図と来れば、
 上から順にこんな感じ。


 将校クラス
 士官クラス
 下士官
 一般兵

 銃後の一般庶民


 士官クラスに上るには、
 士官学校を出ていないと士官には至らない。
 士官とは、少尉から上の身分を指す。
 下士官とは、ベテランの熟練パイロットでもその程度の待遇であり、教官になったりした。


> ただし、これは日本の事情で、


 世界的な傾向としては、優秀であれば尉官クラスぐらいまでは上がれる。
 ‥戦争を積極的に輸出しまくってきた他国の事情など、ここではどうでもいい。
追記
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2013年12月25日

【参考】日本人に八重歯が多い理由

1-4)改稿.2015/08/24...20131225...

 日本人に八重歯が目立つようになったのは、
 ‥昭和バブル期頃あたりからだろうか。

 飽食のあり方に関係しているように思われる。
 ‥それは赤ん坊の頃にまで遡るろう。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 14:10 | Comment(0) | 考察 | 更新情報をチェックする

2013年12月24日

【刮目】同意依存から脱する為に

1-3)改稿.2015/09/21...20131224...

> 人は、自身が汗した糧だけは信じられるものだ。だから、汗した糧を失いたくなどない。
> たとえそれらが周りと比べて未熟にあろうとも、人はそこからしか前進できない。


 「同意依存症候群」
 マインドコントロールされた状態を、日本語に訳せばこんなだろうか。
 ‥同意依存だけで用いれば、個人の思い込みの方を強めに意味することになる。

 世間の情報をどんなに取捨選択しようとも、自分の見方でしか解釈できない。
 ‥それら価値観の根っこにあるのは自我である。

 同意・うなずいてしまう思考の中には、
 ついつい引き寄せられて、それの辻褄を点検することなくうっかり信じ込む癖がある。
 ‥人とはそういうもの。それの経過を見ないことには、互いの存在感としての意味合いにも欠く。
 (頭から疑ったり、否定ばかりでも、おもしろくも何ともない)


 「汝は何を望み信じたか?」‥まずはそこを確認する癖を付けることだ。
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2013年12月23日

【妄想】天皇万歳?

1-3)0
 歴々とした天皇権威に絡んだ確執は、
 下々からすれば、まったくの未知の世界であり、
 妄想の極みでしかない。

 それこそ‥

 歴史の真実を知ろうと思ったら、
 当事者ら自身にしてみたところで、
 同様の様になることだろう。


> 天皇家の歴史を知りたいと思うことは、高天原の意図を推し量りたい欲求に等しい。


 藤原不比等がもたらしたと言われる歴史の改ざんや、
 その子孫の嫁ぎ先やら何やらまで、
 高天原における神道派閥の確執を地上に降ろすためだったのだろうか‥
 (その世界転写バージョンが、ロスチャイルド家?)
追記
posted by 木田舎滝ゆる里 at 12:19 | Comment(0) | 破棄処理中 | 更新情報をチェックする

2013年12月22日

【刮目】天皇と国民の間にある鏡似性

1-3)0
 裏社会=王政復古と言ってもいいような実情は、
 聞いて呆れる内情である。

 しかし、

 そこを表にしても、民主社会が成り立てば良いわけであり、
 陰謀論として隠しているような状態だからこそ、こそ泥も紛れることになる。


 王族が、発行権の裏付けとなる金塊を、
 国家の財務省に管理させたとしても特に問題はない。
 国民主権発行においても、裏付けが必要ならそうすればいい。


 それにしても、今や日本の天皇は、世界の王族の中でも秀でた権威を見せている。
 その裏付けにあるのは、言うまでもなく、
 手元にある金塊では無い。日本国民の国民性にある。


> 天皇と日本国民は、一蓮托生である。


 天皇が日本国民を撫民として慕えばこそ、
 世界から見た天皇への敬愛にしても、一層にして巌に苔のむすほどに長きに亘ると言える。
追記
posted by 木田舎滝ゆる里 at 13:45 | Comment(0) | 破棄処理中 | 更新情報をチェックする

2013年12月21日

【アイデア】巨大津波に負けない防潮堤を考えてみた。

1-3)0
 南海トラフ級の大規模津波災害を完全にシャットアウトしようとして、
 進撃の巨人よろしくな壁を太平洋側に築こうとも、
 結局は、防がれた波は回り回って日本海側に回り込むことになる。

 だから、アニメよろしくに、
 レーザー照射をして蒸発でもさせない限り防ぎようが無い。

 しかし、巨大震災直後における安定したシステム稼働は期待できないのだから、
 列島を電磁バリアで覆うような考えにしても、
 どこからエネルギーを得るかという所で行き詰まる。
 (‥巨大震災直後にあれば、強制的に電力を対津波に回すとする手段は可能だろう。)

 つまり、

 津波が発生してしまった以上、受け入れるよりほか手立ては無い。
 その上で、破壊されない構造を施し、かつ、
 津波の威力を削るような構造を持つ防潮堤を検討する方向性ということになるだろうか。
追記
posted by 木田舎滝ゆる里 at 12:58 | Comment(0) | 目の付け所をナス | 更新情報をチェックする