2014年01月03日

【妄想】金鴉体制といえど、教義の一部すり替えは可能

1-6)0
 雑誌「ムー」に載っていた、金鴉の話の内容が、
 あまりにもキリスト教を主軸とした例えだったのに違和感を覚えたので、
 いろいろと考えてみた。


 違和感について一言言っておくと、
 俗に古神道と分類される以前から、神道はあったとする解釈に基づく。
 著生の指しているそれは、10万年ぐらい前に遡っての話。

 そもそも、太古の日本において文字は降ろされておらず口伝が基本だった。
 ‥ムー大陸とも繋がっていたとか、変な古代文字もあるにはある。


> で、その文字の主流になった漢字にしても、


 文字の意味を成すための起源として前提になっているのは、なんらかの宗教時代。
 もしかしたら、象形文字が海を渡って行き来した挙げ句の果てに、
 ようやくにして、漢字が見いだされたとか‥なんて考えも涌いてくる。

 ‥夏の国が漢字の発祥と言われても、
 夏の国の宗教的価値観だけで、漢字の様々な説明は難しいのではないのかと。
 なにしろ多民族世界である。まるで漢字に示された宗教観は単一民族的であるとしか思えない。

 そもそもにして、中華で行き着いた宗教と言ったら、無宗教じゃないか。
 漢字文化に対する恥そのものだ。
追記
posted by 木田舎滝ゆる里 at 00:49 | Comment(0) | 刮目/2014 | 更新情報をチェックする