2014年09月16日

【刮目】年貢は「村単位」での課税だった

1-5)記稿.2014/09/16
> とくに江戸の年貢は、村単位での課税だった。


 太閤検地を学ぶことで、
 明治以降の教育を経た者は、
 年貢もまた個人単位での課税だったとの思い込みを得ていると言える。

 ところが、その検地の本質は、村の石高を調べるものであって、

 とくに土地の所有者が誰かという所の調べの強調にはない。
 なぜなら、所領の持ち主は、農民ではなく、領主だとの認識の方が大きいからだ。

 ‥それでなくても、身分が下になればなるほど農民は、
 戦の後や年貢の重さに耐えかねて、勝手に逃げ出したりとしたのだからそうなろうか。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 19:43 | Comment(0) | 刮目/2014 | 更新情報をチェックする