2014年11月08日

【命題】公私の興廃この一生にあり

1-2)改稿.2014/11/08...20141103...

> 「公私の興廃この一生にあり」


 上の文句は、
 彼の戦時下で使われていたあの戦闘用意な文言を、民主社会下風にもじってみたわけだが‥
 当時の何が凄いかって言うと、
 そこに団結していた得体の知れない結束というか‥滅びまいとする抗戦意識だったと思う。

 一言で言えば、「やまとのたましい(日本魂)」である。

 日本人のテーマって奴は、いつどこでもそうだが、
 ある意味で日常の正論ではあれども、ある意味で大げさな気がしないでもない。


 「公私の興廃この一生にあり」


 なんて表現をしてみると、まさにそのまんまに迫ってくる感じが
 実に日本人の性分、否、日本のテーマを思わずには居られないのである。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 01:07 | Comment(0) | 命題 | 更新情報をチェックする

2014年11月07日

【命題】男に勝てると思っている女の割合は?

1-3)記稿.2014/11/07

 男女平等が社会に与えている根本要因として、
 近代以前まで続いて来た王政即ち男系主義に異を唱えた主張と見ることができる。


> 王政は崩壊したのだから、男女の立場は対等であらねばならない。
> 思想としてそういう方向性が得られて然るべきである。


 ‥とまぁ、そういうことになるだろうか。

 ところが、市民革命を得ても、男どもは戦争に夢中になり、
 一向に女性の意見を取り入れようとせず、なんだかんだで世界規模での戦争を経るに至った。
 陰謀もさながらだったにせよ、手段としての戦争の時代はもはや続かなくなった。

 そこで、女性の地位向上に合わせて、

 男女平等なんだから税収も平等であるとする方向に舵が切って取られた。
 否応でも、女は男と競争することが求められることになった。


> ‥ところで
> 男に勝てると思っている女の割合はどのぐらいなのだろうか?
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 21:26 | Comment(0) | 命題 | 更新情報をチェックする

2014年11月04日

【刮目】野球ルールで説く経済格差のうんちく

1-4)記稿.2014/11/04

 野球は九対九のスポーツだ。それ以上の人数を増減させることはできない。
 それがベースボールが時代を経て得た適数である。

 資本社会の市場拡大は、その淘汰でさえ、市場原理の下に改善を要求するものである。


> 例えばこうだ‥


 もっと多くの者を出場できる様にした方が、公平である。
 これは、規制緩和をもっともらしい意見にした場合の説得論である。

 そこで、次のような案を提示したとしよう。

 出場できる人数を増やすため、
 ピッチャーに用いられているDH制度を自由化。
 何人でも、どの守備であろうとも、DHを適応できる。

 つまり、

 攻めは攻め専門、守りは守り専門にすれば、
 最大で、十八対十八の出場枠が確保されることになる。


 ‥資本社会と民主主義の組み合わせは、常にこのような応酬が繰り返されるばかりである。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 20:26 | Comment(0) | 刮目/2014 | 更新情報をチェックする