2015年04月29日

【日記】ビデオのチューナーが選局再生できない

記稿.2015/04/29

 ビデオのスイッチは入る。
 録画ファイルは再生できる。
 選局は正しく認識されている。番組表も確認できる。
 モニターチューナーの選局再生に異常は無い。


> なのに、ビデオのチューナーの選局再生だけができない。


 去年の年末辺りにも同じ症状が発生した。
 ‥その時は
 ボディーカバーを外して、まぁ気分出して内部のホコリを払ってみたら
 ものの見事に選局再生が復帰解消した。


 ‥異常の原因として想定できるのは

 ケーブルの接続部分を絞めすぎて、そこだけがガクガクになってしまっていることだ。
 内部を開いた時に確認できたのは、そのパーツの中側でガクガクになっていた。そういう構造だった
 だから、中から締め直しの度合いを調整してガクガクを消すとしたチョイ直しはできない。
 ‥部品をまるまる交換して、半田で付ける作業が必要になっている。
 (大体だ、テレビケーブルの接続が、未だにワンプッシュ式に進化しないのが信じられん!)

 では、なんであの時は復帰したのだろう。
 今回も同じことをして復帰解消するとはとても思えない。


> 番組録画ができないとなると、TV番組の録画からの視聴を止めるしかない‥


 ただでさえ録画が溜まってしまっているし、まぁ良い機会か。
 ‥どちらかと言えば、拾い溜めてあるアニメの方をチェックしたい。PCのHDDがパンパンだ。

 PCでの録画も考えたが、Windowsの開発は10で間を置くこともなく
 ガンガンに年度更新でバージョンの改訂を推し進める予定だという。
 マイクロソフトは一体何を考えているんだ?
 そんなんしたら、互換性を警戒して、誰も市販のツールに手を出せんだろう。
 チューナーカードは、高い買い物になるわけだから尚更だ。

 ‥新規インストールをするにしても、Windows10でも買うかなんて気分は失せた。
 販売から一年以内なら、Windows8→Windows10にアップする作戦をとれば好い。
 8.1update1にまで上げてから入れ直す必要は無い。(フォントは回収しておかないと)


> ビデオそのもののお値段的なことを言えば


 今や最安、BD付きで4万円程度にまで値が落ちている。手頃感は十分にあるが‥
 (ケーブルテレビ会社からのレンタルサービスというのもある、年間1万円ぐらいだったかな‥)
 俺的にはFHD再生できるモニターの方が欲しい。
 ビデオだけ買ってどうする‥BDは特に要らないし、液晶TVでも録画機能は充実している。
 ‥2番組録画できる液晶TVの選択肢だってある。

 実に煮え切らないタイミングだ。
 一番にカネの掛からない選択支と言えば、番組録画の停止である。まぁそうなるだろう。
 ‥結果、面倒くさいので、TV番組もつられてほとんど見ないの流れになりそうだ。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 16:36 | Comment(0) | 日記/2015 | 更新情報をチェックする

【疑問】DNAが先か?タンパク質が先か?

記稿.〜2015/04/29

> DNAが先か?タンパク質が先か?


 と言う問いは、「鶏が先か?卵が先か?」の問いに等しい。

 これは即ち

 環境の変化から如何にもタンパク質さえ出来得るなら、
 生命が誕生するとした科学者の言い分は、総崩れになっている。
 (科学者らは、わかっていて研究を進めている模様)

 「これら二つは常にセットである」(いわゆる鏡似性)


 「なぜそうなのか?」という処に、この手の疑問の本質が浮かび上がる。


 ‥もう少しトンチなことを言えば(仮定の域での話ではある)
 人間または知的生命が化学合成するから多様なタンパク質が合成できるのであり
 自然界が合成し得た成分がどれ程にあるかというと、生命を存在させる範囲でしかない。
 (もしかしたら、原子そのものがデザインされ得た姿かも知れない)

 人間の手であれこれと合成できるからという性格は、自然界から見れば不自然な形である。
 そもそもにして、人間が安易に手を加え得ず状態とは、それ以前の淘汰の形だった‥

 といっても‥生命の創造自体が何者かの手に因るものであるなら淘汰も糞も無い、
 そこには、そういうデザインの痕跡が散らばるばかりになる。


 ‥それはつまり、デザインセンス無き科学者なんか「糞」ということだ。


> ‥さらに言うなら


 それらタンパク質の効率に見合った生活スタイル・価値観があるという次第であり
 そのタンパク質の効率に沿った生活を営めない人間は糞と言うことになりそうである。

 何の話かというと寿命の話だ。

 タンパク質なり酵素なり体内菌なり‥それら一体となった良好な活動状況が寿命を決めている。
 これは予想でもなんでもなく、物質の辻褄を考えれば成り行きとしてそうなる。
 ‥そこまで考えると、生活における自由性など、あって無いようなものだ。
 (人生において、美容と健康と寿命を目的にすれば、まぁそうなろうか)

 それにしても、そんな規格染みた人生観に魅入られる方こそを糞と呼ぶべきだろう。
 じゃなんだ‥世の中の研究に何の意味がある!?
 ‥これはそういう疑問にも繋がっていくものだ。


 「寿命重視か?好奇心優先か?」
 どちらかが好いのかというと、そこに答えは無い。

 ただ、言えることは‥
 二つが同じ方向を向いて歩き出すと、ストレスの蓄積ぐらいは改善されそうだと言うことだけである。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 12:42 | Comment(0) | 哲学/宇宙的に | 更新情報をチェックする