記稿.2015/11/04
一般に共産思想が嫌われる理由に
給料が同じだと、手を抜く輩が増えるという見解がある。
だから競争または能力を前提に査定すべきだという。
‥しかしどうだろうか?
私たちはそこにある問題性をすでにうんざりするほど十分に経験した。
ずばり、競争社会では、
上に行ける椅子の数に限りがあることから、嘘つきが増えるのだ。
良い暮らしがしたいと思わざるを得ない状況・・
否、せめて普通の暮らしをという状況下において、それは深刻度を増していく。
> だが、事の問題はそこではない。
怠け者をどう定義するかにも依るが、
中国の共産党内部を見ても分かるように、
‥汗を好まない且つ欲深な者ほど、そのままに嘘つきの側に回る率が高い。それはもう明らかだ。
そもそもにして、
共産主義を批判する上での怠け者像が前提にされてきた。
しかし、何もすべての人間が、競争主義に於いて正されるわけではない。
‥儲かるという意味で言うなら、懲りない性分にまでチャンスを与えてやるような代物だった。
> 私たちの社会は、そんなことも見抜けないままに競争に煽られたままだ。
特殊な部類の怠け者にまでエンジンを掛けさせたことで、嘘が蔓延ったのだ。
‥そこの失敗を素直に認めるべきである。
競争にインチキが混じれば混じるほどに、誰しもは誠実の価値を見失う傾向にあった。
インチキがなくても、競争モデルはその時点で破綻していた。
なぜなら、諦めの悪いプライドが嘘を生み出すからだ。
‥そのような性分は、社会の上層に行けば行くほど割合も増える。(歴史の織り込み済みだ)
怠け者を見て、「あいつ大丈夫かよ‥」と汗をしていられる内は幸せだった。
しかし、嘘つきが増え出して、ひとえに汗すら掻いている場合ではなくなった。
‥それはもう、泣き寝入りの世界が、明日は我が身ということに成ってきている。
「‥実際その通りだからな。いい加減に自分の本音に正直になろうぜ」
「競争だけでも助け合えないのだと。科学の向上に比例して滅びる確率も上がるという実際に」