記稿.2016/01/09
> 古代ギリシャ人の肌は褐色だった。
> 瞳もエーゲ海を思わせるようなブルーとは限らない。
地形的にもオリエントの境目であり、南にはアフリカが見えている。
混ざっていたと考えてもおかしくない。
しかし、そう考える以上に古代ギリシャ人の肌は褐色だった。
‥瞳も黒く髪も黒かった。
> 彼らはどうして、なんちゃって白人にすり替わったのだろうか?
古代ギリシャ人は多神教を営んでいた。
古代ローマ人も始まりは多神教だった。後に皇帝の改宗をきっかけに一神教の新興宗教に変貌する。
‥ここがポイントである。
古代ローマは三つの政治形態を経ている。
始まりは王政、次に共和制、そして帝政である。
‥この違いは、領土の拡大に従って、必要として派生した。
> 領土を拡大していく上で欠かせないのは、土着の宗教を認めることである。
モンゴル軍の壮大な侵略と統治の両立を振り返れば一目瞭然なことだ。
旧日本帝国の大東亜方針の行き違いもそんな所にあるのだろう。
それ故に、ローマが中途段階で共和制を担ったのは必然だった。
‥当然その中には比較的近所だったギリシャも入ってくる。
ギリシャを侵略したことで、ローマ人が流れ込む。
時代が進めば進むほど、西洋全体の血が流れ込む。
‥そして奴隷制度だった。
> 古代ローマを思う時、市民は白人‥なぜかそういう印象が私たちにはある。
基本的に奴隷に落ちるのは、ローマ軍に侵略を受けた地元民または捕虜が中心だ。
‥ローマ兵士に奴隷の獲得を戦利品として認めていたなら、勝手に加速することになる。
‥実際の所は、それなりの秩序があったものと思われるが、詳しくは知らない。
‥それがいつの間にか、白人優位にすり替わって行った。そう思われる。
‥奴隷が当たり前だったから、特にプロパガンダを立てて洗脳誘導する必要も無かった。
そして
時が経てば、いつの間にか市民の多くが白人だ。
‥元々から市民と奴隷の風土だったギリシャの土地柄がそれを後押ししたとも言える。
‥何の疑いもなく、自分たちの先祖を碧眼に金髪の白人と思い込む。
‥ギリシャ彫刻が白いのであれば、尚のことだったろう。
もしかしたら、ローマには、多くのギリシャの職人が移民もしくは奴隷していたのかも知れない。
‥その移動先が主にポンペイだったとか。火山の噴火で記憶が途絶えたとか。どうだろうか。
> そんな時代の隠蔽が一息つきはじめる頃合いに、古代ローマは帝政に変わるのだ。
当時、新興宗教だったキリスト教の始まりも、そんな古代ローマの事情に都合良かったのだろう。
‥そして世界には、地中海から一神教のスタンダードが根付くことになった。
‥その最たるは、イエス・キリストを白人に仕立てる為のお膳立てのような筋書きにも見える。
‥そもそもにして、イエス・キリストは、オリエント側である。西洋人でも白人でも無いのだ。
‥どうして、キリスト教の総本山が、ローマにある必要があるのだろうか。
‥西洋の組織が興したから、総本山がローマにあるとしか考えられない。
「是を、陰謀的計画性と呼ばずしてなんというのだろうか‥」
「目的はただ一つ。如何にして自然に一神教を立ち上げて‥すり込ませるかだった」
「‥それも自分たちの種族的な宗教の神として、その後の世界を支配せんと為に」
さらに念入りにとばかりだろうか‥
ローマ帝国の東西分裂で、ギリシャは東に置かれることになり
ギリシャ文化は、西洋圏でありながら、西洋とは一線を画す印象を残すことになった。
‥つまり、古代ギリシャ人は白人だったとの印象が、ぼかしてより強まったことになる。
‥そんな錯覚が尾を引いて
イエス・キリスト=白人などとの思い込みに、なぜか逆らわず、
「それで好いじゃん」という淡白に、世界中が嵌まったのでは。
> 西洋の組織の興したキリスト教こそ、世界に戦争を仕掛けている元種である。
ローマ帝国こそが、まず手始めにキリスト教を国教にしたのだろう‥
「その目的とはなんだ!」総本山を保護する為だったのだろう‥他に何があろう。
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