1-2)記稿.2016/03/19
> wikiによると
分校(ぶんこう)とは、学校において本校と分離して設けられる教育施設。
一般的なものとして、小・中・高校などにおいて、
交通機関が不便な地域や、離島等通学が困難な遠隔地に設置されるものが多い。
病院内に病弱者を対象とするもの(院内学級)、
刑務所で受刑者を対象とするもの(塀の中の中学校など)、
冬季など季節を限定して設置されるもの、
児童や生徒の数が多すぎて、本校だけでは賄いきれないために設置されるもの等がある。
分校の規模は原則、小学校では5学級以下、中学校では2学級以下と規定されている。
※ 学級=一人の教師が担任する組・クラス
> ‥とまぁ、このぐらいにしておこう。
つまり、のんのんびよりの旭丘分校で見るなら、そこにある隠れた不可解とは‥
「バス通学である意味とはなんだろうか?」
「どうして町並みの外れに学校が作られているのだろうか?」
「分校の規模・定義としても、村の適度な近くに建っていて然るべきではないのか?」
「雰囲気が出るとしても、それでは、町のはずれに建つように至った背景とはなんだろうか?」
‥という疑問が湧いてくる。
考えるに
一時的に小学校の廃止が進んだが、中学在校生も残りわずかの所で、小学生が急遽出現‥
仕方がないので、中学校の中に小学校を立ち上げて、小学生もバス通学せざるを得なくなった。
> のんのんびよりの背景を見ていると
そこそこにカネを持ってそうな住民もちらほら居るように見える一方で、
それでありながら、過疎化している状態をひしと感じてしまうというちぐはぐさがそそる。
そのような町並みが形成できる条件を考えてみても、
現実には、なかなかに無理すぎるものを感ずる。ハッキリ言えば、勘違いとデフォルメだ。
そこにリアルな理屈づけを付けて納得させようというのは、所詮おかしいのだろうが
だからといって、分校なる表現に変わりうるものは見当たらない。
‥言葉とは、時としてそのように一人歩きしてしまうものである。
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