2016年09月09日

【宇宙全史】東海地震は先伸びしたのか?

記稿.2016/09/09

> 熊本地震の時期に、北海道との二択だった様な発言の覚えがある。


 その北海道が今や水難におおっておるということは
 すこしばかり時間軸が巻き戻されてる感覚だろうか?

 「地震と雨、どっちが好い?」
 「今年の地震の数がずっと減ったわい」

 という発言を加味すれば

 東海地震は先伸びした感じか‥
 何にしても、すべての台風が熊本城を避けて通っているからな。
 ‥例年通りだったなら、とっくに崩落してグチャグチャのはず。


> そうやって眺めてみると、いろいろと


 関東方面寄りに何かを先に浄化しようとでも考えているのだろうか?
 ‥神奈川にも何かあるようなこと言ってるから、そっちが先になるのかも知れない。
 ‥熊本城を避けようとすれば、そうならざるを得ない。(確実に順序がゆるく入れ換わった感じか)


 まだまだ関東方面にもピンポイント豪雨が続くかも知れませんよ。
 ‥それの確認をするためにも、M9誤発信があったとか。
 ‥潜在意識化での拒絶、少しずつの水難との選択。
 ‥いくらでもいつでも、ピンポイントで大水を流し込める状況。(大気中に存在する水分量甚大)
 ‥いくらでも、洗っても洗っても足りないとばかりに。それがM9との引き替え。(くわばらくわらば)


> つまりあれだな


 車の生産(商習慣)が地球から拒まれてだろうから、一番に手っ取り早いのは
 一番の港(輸出ストップ)を襲えばいいと、それって、横浜含めた湾岸地帯か‥
 ‥それなら、竜巻の方が手っ取り早そうだが、どうなんだろうね。

 (それだと日本の台所にまで影響するからな、ただでさえ北海道が叩かれているのに)

 ‥もしかしたら来年の今頃は、日本でプチっと飢饉状態かも知れませんよ。(くわばらくわらば)
 (安倍政権から備蓄糧食を取り上げて、戦争持ち込み気運を排除しようとの狙いかも)
 (食料輸入の緊急性を唱えはじめたら、一息付くかも知れません。わかりませんけどね)
posted by 木田舎滝ゆる里 at 14:30 | Comment(0) | 黙示録 | 更新情報をチェックする

【勝手句帳】012 28-9-2 静岡新聞掲載分から

↓5)向宜詠吟.2016/09/09...20160908...

|ぶらんこに残る気配やかくれんぼ  焼津市・浜風句会


 目の付け所が面白いですが、無季ですね。
 ‥では、季語が入るように頑張ってみましょうか。

|ぶらんこに残る気配や秋の暮れ
|ぶらんこに残る気配や秋夕焼け

 阿呆の一つ覚えに上げてみましたが、どうにも「かくれんぼ」ほどの魅力を感じられません。
 では今度は、「残る気配や」をパクって冬に変えてみましょうか。


|かまくらに残るほっこり皆の声


 なかなか好いですね。
 ‥こんな感じでぶらんこもどうにかリスペクトしてみたいところです。
 ‥とりあえず、ぶらんこを削ってかくれんぼを残してみましょうか。


|秋里に残る気配やかくれんぼ


 動物たちが冬に備えてすっかり隠れてしまった感じが好いですね。
 ‥なるほど、「かくれんぼ」にはそんな余韻が隠れていたんですね。


|ブランコに残る気配や花ひとひら


 ‥なるほどなるほど、こんな感じにするとよろしいわけですか。
 「花ひとひら」‥様々な記憶を誘う仕掛けが「かくれんぼ」と同じにおいです。(やったー!)

 まさに侘びと寂びの極みのような花ひとひらです。(千利休もにんまりするはずです)

 ‥でも写真にしたら
 刈田と同じでショボいんでしょうね。お茶のもてなしでも解って貰えそうにないと。
 (そこの違いが詩情かと)

 (俺だったら、茶の器を別々にして白湯を注いで花ひとひらを浮かべて差し出してみようかな)
 (‥問題は器かあ)
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 11:33 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする

2016年09月07日

【勝手句帳】011 28-9-6 静岡新聞掲載分から

↓8)向宜詠吟.2016/09/07

|虹の橋落ちる水 音色に替へ  三島市・東大場土筆句会


 ‥これは、なかなかにリスペクトし甲斐のある着眼‥


|ししおどし瑞音わりて虹はやす
|すいきんくつ瑞響はなち虹さそう
|新棟やとんとん奏で朝の虹
|産声や拓く未来に虹新た




|故郷の村の賤けさ銀河濃し   静岡市清水区・羽衣俳句会
|故郷の村のしずけさ銀河濃し  打ち直し


 ※賤‥いやしい。いやしむ。みさげる。さげすむ。(しず)

 ‥何と読んで良いのやら
 しずけさと打ち込んだところ、賤けさに文字化けしたものと思われる。(夏バテかい)


 「銀河濃し」の言い回しが好いね。(やられたって感じ‥やられたって感じ‥やられたって感じ)


|銀河濃しありがとうと寝入る夜




|紫陽花の鞠ほどの幸 路地に棲み  静岡市清水区・羽衣俳句会
|紫陽花の鞠ほどの 路地に棲み  手直し


 「鞠ほどの幸」ってつまり紫陽花のことなんしょ。
 それじゃ、おもしろ味が今ひとつなので、紫陽花の鞠自体を庵に見立てて
 紫陽花の全部を路地に見立ててみた。


> さて、問題です。そんな所に棲まっている生きものさんとは誰でしょう?


 答え:カタツムリ
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 23:09 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする

2016年09月06日

【着眼】背面吸気型空気清浄機を効率よく速力化

↓1)記稿.2016/09/06

> シャープの空気清浄機は背面吸気である。


 背面から吸い込んで上方に吐き出すのだ。

 ということは、その背面に向かって扇風機を向けてぶっ放してやれば快適のはず。
 ‥やってみると、中で最大時と同程度か上の洗浄効率を感じられる。


> そんなぬか喜びにも、いつもと違う家電量販店をぶらぶらすること


 プラズマ発生付き扇風機が売られていた。(シャープ製)

 「‥こ、こ、これは!!!」

 と、うなる思いであれこれ確認してみると、とても静か‥恐ろしいほどに静か‥
 扇風機もここまで来ると21世紀だなとしげしげと思わんばかり。
 まさに、目の付け所がシャープですね。(パソコンのファンクーラー並の清音さ)


 いやいや、俺の考えている組み合わせで空気洗浄を思えばこそ、にんまりしてしまうのだ。


> 言葉にすれば、{ダブルプラズマ}×{ダブル風量}×{ダブルで清音}である。


 静かというのはとても重要で
 外の雨の音がかき消されんばかりの騒音はどうしたって、安全第一からはほど遠い。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 21:10 | Comment(0) | 目の付け所をナス/2016 | 更新情報をチェックする

【不覚】キーボードに汁をこぼした

↓3)記稿.2016/09/06

> 昨夕、キーボードに汁をこぼした


 ‥不覚にも、気がつかないでいたせいか、一部のキーがどうしても復活しない。
 ‥そこで本日、似たようなパンタグラフ式キーボードを買ってきた。

 以前のエレコム(TK-FCP026)と
 今回のバッファロー(BSKBU14)とを比べると
 同じ物だと思っていたのに、バッファローのには、エルゴ傾斜が付いてない真っ平らだった‥

 ‥これまた不覚にも、くびれの無い女子とお仕事をするのかと思ってしまった。orz

 ‥しかも高さ調整の脚がまた短く、付属品のPS/2コネクター入ってないし(要らないから良いけど)
 (快適タッチとか謳ってる割には、その辺ですでにぶれてるのが痛々しいオフィスレディな感じか‥)
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 20:13 | Comment(0) | 日記/2016 | 更新情報をチェックする

2016年09月05日

【勝手句帳】010 28-9-3 静岡新聞掲載分から

↓6)向宜詠吟.2016/09/05

|「おかげさま・お互いさま」に「お世話さま」大和言葉に仏やどれり  沼津市・萩の会

|丸くなるやさしき響きちはやぶる神意をつなぐ秘めりやまと葉


 「はぁ?」‥仏?‥仏ねぇ‥仏かぁ。
 そなたは知らんのか、言霊という言葉を。
 仏なる言葉が登場したのはたぶん釈迦発祥だろうし、
 日本に伝来する以前に、仏という概念はなく、もっぱら神もしくは霊が宛がわれていた。

 さらにいえば

 言葉に魂を込めるのは、発する側の心次第であり
 同じ言葉だから大丈夫などという響きではないのだよ。

 ‥見てみるがいい、現代人の言葉の乱れを、間違っていても乗っかっている気持ちが大事としておる。
 ‥外人の発音だって、日本語で話さんと懸命ならそれだけで寛大だ。それが日本人。
 ‥しかし海外はどうか?、発音がどうとか言い出せば言霊もクソも無い。
 ‥大和言葉に方言はつきものだ。其までとやかく言う八百万の神なんて聞いたことがないぞ。


> 一方、仏はどうだろうか?


 一字一句間違えないで唱えないとダメとか、そんな修行法を持ち込んでおる。
 ‥実に面倒くさい空気を持ち込んでおろう。

 日本の神々に、言葉の乱れを厳にするように頼もうなら、そりゃ、あれだよ
 途端に、背筋もピンとして生きるべしとした張り詰めた空気に変わり出す。
 ‥言霊にこだわると言うことは、そういうことなんだからな。


 そこまでの覚悟が無いから、仏とか言うておるのだろう。


 ‥大和言葉が大事と言っても、その人の価値観次第でいくらでも変化する。


> 大和言葉の欠点を知っているかね?


 それは、どうでも好いことには関心が乏しいと言うことだ。その様にしかできていない。
 だから、他の言語をそのままに取り込んでしまえるとも言えるだろう。
 乱れて当然、乱れ上等!
 ‥乱れからの再生こそ大和言葉の言霊の力。心髄。そうは思わないだろうか。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 11:53 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする

2016年09月04日

【勝手句帳】009 28-8-30 静岡新聞掲載分から‥その2

↓6)向宜詠吟.2016/09/04

|猿山も政治家さんもボス狙い  藤枝市・藤枝川柳番茶会


> 来た来た来たー、こういう視点があったのか!!!


 ‥それにしても、「さん」まで付ける必要なんてありません。
 それと、政治家×→政治屋○だそうですからね。


|猿山も議員も餌欲し右往左往
|閣僚や猿の心で米国犬(べいこくいぬ)
|キャンキャンとミサイル騒ぐ安倍政権
|犬猿の仲をよそおい戦争法

|財源と代替かつあげ麻生節
|危機感を煽るお仕事 歳入詐欺
|単式で鼻高々し官僚簿記
|複式で黒字がバレる官僚簿記
|一番のブラック帳簿 財務省

|鉄板や猿も議員もアメとムチ
|国会やカネと武装の議論の場
|しあわせを論ずる場なら井戸端で

|司法どこ?糾弾国会問う争い
|いつの間の三権束ねし議員砲
|司法は猿を、国会は猿山を
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 17:25 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする

2016年09月03日

【勝手句帳】008 28-8-30 静岡新聞掲載分から‥その1

↓6)向宜詠吟.2016/09/03

> ‥なんというのか大変な労力だな。余計なことをおっぱじめてしまったのか?


 あまりにも張り切っては、他の時間が減る‥加減が勉強らしいな。
 仕事って部類の奴は、主体的に選ぶほどそんなもんなんだね。

 加減に挑戦していくのが仕事‥(痛あぁぁぁぁ)

 歳を重ねる度に、加減を考え直さざるを得ない端境がやって来て一生勉強。(痛あぁぁぁぁ)
 ‥主体的に挑戦してみないと一生わからない。こき使われているだけでは一生見えてこない。
 ‥誉められてよろこんでいる程度の心構えでは一生知り得ない。ダラダラやるだけなら尚更。


|自らの加減の底を汲まずしてやり甲斐などと計れず
|自らの加減を振りかえらずして改善など口にすることも無し
|頑張るとした思い込みを言い訳にしても不快なり
|心地良さなくば、ただのわがままな登山にすぎず‥
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 12:55 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする

2016年09月02日

【レビュー】シャープ 空気清浄機 FU-E51

向宜詠吟.2016/09/02

|放屁するセンサーレッド即脱臭
|出荷臭、電子機器にもニオイ付け
|プラズマも出荷臭にはお手上げか?
|次の日にセンサーグリーンようやくかい



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 23:36 | Comment(0) | 短歌・俳句・川柳 | 更新情報をチェックする

【プレバト】句またがり添削は詐欺だと思う

記稿.2016/09/02

 夏井いつきは、いつも句またがりを奥の手とばかりに手直しをする。

 生徒には、五七五をモットーにさせ、
 テメエだけは、自由律半分な句またがりで、のほほんと切って捨てる。


> だったら始めから、自由律もありで添削しろよな、フェアーじゃない!


 どうにも俺は、本能的に、そういうところにカチンと来ていたらしい。


> 俺的に、句またがりの見解は、ミニ短歌だと思う。


 連歌という調べが省略されて短歌に下ってきた。
 上の句だけのリズムを拝借して整わんとしているのが俳句だが、
 それにしたって、下の句の存在感として、二つに句切れていた持ち味はどこ行った?
 ‥とした不快感は募るのだ。


 そういう主張は当然にしてあっても好いわけで、否定すべきところではない。


 だがしかし、それを一連とした俳句の定義の中に偉そうに持ってこられても、
 ルールとして如何なるものかと思わざるを得ない。

 そんなのはどうにも十七音句でしかない。
 少なくとも従来的な俳句ではないし、新しい風潮ということになる。

 (そもそもにして、古来から受け継いできた五と七の調べでは無いのだ)
 (そこを‥俳句という名のままに羊の皮を被ってやっているところがおこがましい)


> それでいて、如何にも俳句に思わせんがためにと‥
> 中七を重んじさせようなんて事の運び方は、まさにそそのかしのテクニックそのものだ。


 始めから句またがり有りきを前提としているなら
 そこの句またがり論を展開すべきだし、

 ‥其も有りとするならば、はじめから中七を重んじる云々に意味などあるだろうか?
 (本質は、どう考えたって十七音&季語だけである)


 先生の空気を読んで、同じ流派の調べを醸し出すなら才能アリなんて言うのは
 どう考えたって依怙贔屓そのものだ。(俳句を翳してやるなよな)
 句またがりの一七音句は、
 どうしたって五七五のリズムなんかではない。日本古来からの抑揚を前提にしないのだ。


> 如何にもなんちゃってのツラをして、従来の俳句(五七の調べ)を切って捨てんばかりである。


 それで好いのなら、自由律で詠んでもらっても全然かまいませんよと言うことにもなろう。
 ‥それがダメなら、夏井いつきは、フェアー精神無き教卓ヅラということになる。

 詩人であるというのなら、まずはその句またがりのスタイルに名を称するべきなのだ。
 ‥それができていないという段階で、流儀の主張の大事がわかっていないとしか思えない。


> 十七音句を、二つに区切るようにして詠む・詠みたいにしても
> どうして十七音でないとダメなのか?


 そこのところで、どうしても「?」になる。

 それは俺が平気で字余りを持ち込む性格だからかも知れないが
 二つに区切って詠むことだけを前提にするなら、それはすでに短歌の類だと思っている。


 なら、十七音をルールにするなら「十七音歌」とでも名乗れば好いじゃないか。


 ‥短歌との違いも把握していないからこそ、体言として浮かばないのだ。
 それとも、夏井いつきは
 十七音歌を俳句と勘違いしたままに、バッサバッサと切り捨てたいだけのキチガイなのかな?


 ‥まぁ、なんとなく半分はそんな感じか。
 これもすべて、五と七の調べを葬り去りたい在日放映の仕組んだ思惑だったりしてな。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 20:03 | Comment(0) | プレバト俳句 | 更新情報をチェックする