2016年12月01日

【参考】食事と恋愛の関連

↓2)記稿.2016/12/01

> 所謂‥結婚をして後に劇的に変化するのが「食」です
> 食が変われば、性格にも影響し、以前ほどの盛り上がりも無くなるかもしれません。


 ‥まぁそういう推理です。
 勿論、あげまんよろしくにアップすることもある予想でもあります。


 よくよく考えてみるに、旦那にしろ女房にしろ、
 以前の食生活があって、そこにその人の性格基盤が形成されてきたのです。

 それが、グルメにも付き合い始めると、崩れ始める‥

 親元を離れての食生活にもあると思いますが、自分なりのペースになることで
 今までになかった自分が目覚めたりするわけです。(偏る場合も勿論あります)


> それもこれも、食の変化だからとして考えるのが、ここでのテーマです。


 まぁ上質の食事を取ると効率が良いというのもその一つです。
 でも、誰もがそれを得るチャンスがあるというわけではありません。

 だからこそ、お袋の味にポイントが置かれるのです。

 その親の性格にしても、そこにある食生活がどうかという事です。
 その食事になれていたから、素直だったかも知れないが、そこから離れてみて見えてきたものもある。
 ‥ここではそう考えます。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 22:40 | Comment(0) | 考察 | 更新情報をチェックする

【所謂】豆腐風味マヨネーズ

↓4)記稿.2016/12/01

> ガッテンで見た豆腐をすりつぶすと別次元の濃厚さを得るという豆腐の感想


 豆腐をミキサーにかけてとろとろにするだけなんですが
 それで豆腐の細胞に隠れていた脂分が表面化するという下りなんですが
 まぁこれが、早い話、豆腐風味のマヨネーズということです。

 豆腐でマヨネーズができてしまうと云う事で

 マヨネーズ好きならハマりそうな話ですが
 マヨネーズがそれほど好物に無いなら意味のない話です。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 21:44 | Comment(0) | 日記/2016 | 更新情報をチェックする

【プレバト】冬の足湯、俺も詠んでみた

向宜詠吟.2016/12/01

|枯野ざれ まばらな街の足湯かな
|冬夕焼 足湯の湯気の濃くなりぬ
|一人来る又来る鴨や夕足湯
|賑やかをあとに足湯の息白し



> うた詠み終わります、ありがとうございました。



稚草

> 今時の温泉街も、昔ながらの温泉街もよく分からないのですが


 まばらな印象を先に出してそのままでは雰囲気悪すぎるので
 「夕足湯」なんて‥文字連想にも演出してみました。

 わざわざ寒くなる夕暮れを狙って足湯というのもどうかなと思うんですけど

 景色が良ければ、それなりのスポットにはなりそうですよね。
 ‥というオチにしてみました。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 20:03 | Comment(0) | 日記/2016 | 更新情報をチェックする

【勝手句帳】049 28-11-26 静岡新聞掲載分から

↓5)向宜詠吟.2016/12/01

|天に向く楓小さくたたしめて青光りゐる苔玉のあり        静岡市・しおん短歌会

|多々しめる楓ぞ散れる風に立つ いざ無念とはこの抜け穴よ


 ‥「たたしめて」がよく分かりません。
 多々湿るなら、下の句の流れからして、散り落ちているようにも思えますが
 天に向くと出だしにあるので、多々占めるとも解釈できそうです。

 ‥ですが
 湿る[しめる]四段「しめりて」、占める[しむ]下二段「しめて」ですので、活用が異なります。
 その辺がどうにもとんちになってしまっているのです。(分かりづらい)
 (そもそも苔玉ってのは、苔の苗木みたいな奴らしいので、ますます分かりません)


 ‥まぁその辺は兎も角、「たたしめる」×「楓」は面白いと思いました。


> 状勢はとても悪い。すでに赤備えの兵も多くが失われている‥
> そんな中私はまだ生き残ってしまっている。
> こうなっては、もはや‥秀頼様だけでも逃げのびて頂き、家康に一杯食わしてやることぐらいだ。
> ‥誠‥無念とは、この抜け穴をくぐり抜けることよのう。


 (むろん、拙者も武士としての本懐を遂げずに)
 (ここに、生き恥を晒してでも、秀頼様の脱出を最後まで見届けなければならないのだ)


 ‥なんでも、手鞠唄に歌われた伝承通りだったそうです。子孫まで居りまーす。(TVで見たよ)
 「花のようなる秀頼さまを 鬼のようなる真田が連れて のきものいたり鹿児島へ」

 真田幸村の見てくれは、普通のオッサンだったらしいが
 「鬼」とか歌詞に出てくるのは、それが逆に、討ち死に説をそそっているような気もするのだが
 ‥まったく以て謎である。

 家康に迫ったのが別人で、幸村は大坂城に居たままにないと辻褄が合わない。
 ‥それとも、秀頼が出陣していたのか?

 只でさえ生き残ってれば赤備えは目立つんだし、弾が飛んでくるんだから、城まで戻る方が難しい。
 家康も逃げられたのを気取られないように、秀頼が出陣しなかったように書き換えたとしか思えない。
 しかし、秀頼が出陣してればしていたで、そこから幸村が離れられなくもなる筋になるから
 ‥秀頼もまた多少豪傑に描かないと幸村のイメージもポシャる感じになっちまうんだよな。




|来年も見たいと思ふまんまるの神無月の月夫と一緒に        静岡市・駿府短歌会

|神無月の夫婦の月見まんまるや
|神無月の月見夫婦のまんまるや よしなに願うそのまたの月見


 *神無月(かんなづき)‥陰暦十月(十一月)頃

 ‥無難に整っているので、直す必要もありませんがリスペクトしてみました。
 やや、第三者視点の上の句になりますが、「夫婦の月見まんまるや」にすると
 俳句としては悪くありませんが、+七七に引っぱると途端に面白くないのです。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 16:29 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする