2016年12月06日

【勝手句帳】051 28-11-29 其の2静岡新聞掲載分から

↓8)向宜詠吟.2016/12/06

|ひもじさも知らずに育ち子の背丈        島田市旭

|ひもじさを知らずに育つ子らに課題 いじめの根っこぞ世に溢るる


 ‥なるほど、腑に落ちましたよ。
 そこにあるのはどうしたって大人の問題でーす。

 デカくなればなるほど、凸凹も増えますからね。(世間間で競争なんて、それ以上でも以下でも無い)
 凸凹が乏しかったなら二極化しかありえません。(人類は確かにはめられたのです)
 ‥ゲームしててもわかりますが、二極化は意図的に計画立てないと起こり得ません。

 そこにあるのは、個性の差ではありません。明らかに造られた格差なんですな。

 豊かさの質を追うことを幸せなどと思い込み、その結果、二極化させられたのが現実です。
 今社会のそれはどうしたって格差なんですよ。個性だなんて見方は妄想に近い解釈です。


> ‥そこにあるストレスを濃縮してしまっているのが「学校」だったのです
> なめた先生が多いのも、なめられる先生が多いのもそこにある生活の差を想定できないからです
> その上、操作された命令や情報が飛び交います


 ‥高を括ってしまう育ちの良い子が、社会をなめてしまうのも競争が偽装と理解しているからですよ。
 「大企業に入れば大丈夫、公務員は安定‥」なんてのは、そんな大人のパターンの裏返しのままです。
 どこにも個性教育なんてありゃしません。あるのは、注目に値する芽だけを育てる仕組みです。

 学校での落ちこぼれ組が教師から放置されがちにあるように
 社会に出ても、同じことが起きているだけです。

 (‥まぁ基本は自分でなんとかしろでしょうけどね、そのなんとかの場が半ば戦場ですから)
 (‥途端に義務教育の多くに意味が無かったことを思い知らされて躊躇せざるを得ないのです)
 (人間としての扱いなんてどこ吹く風です。すべては好き勝手な損得勘定が渦巻くだけの世界です)
 (損得勘定を優先させる世界にある限り、幸せなんて露の如しです)


> 教える立場の者らが、お互いを対等に見ていない思えない段階で、すでに基本的人権もありません。
> 格付けばかりを気にせざるを得ない評価査定の先行する仕組みなんてそんなもんです。
> お互いの尊厳を背中で示せていない段階で、人格教育になっていないのです。
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 17:40 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする