↓6)向宜詠吟.2017/12/08
|あさがおの終りかないいえ今朝もひとつ咲く 浜松市・槙の会定例句会(12-5)
|終わりなど有り得ぬ楓 万歳す 日本魂 骨の髄まで
*日本魂(やまとだましい)
> ‥諦めの悪いのも日本魂の一つということで
> 途中で投げ出すこともそうだが、戦に負けるのも大っ嫌いと言うことだよ
> 自らの命に差し替えてでも、味方が勝たねば気が済まないところは、かなり独特に思える
> ‥楓を見てご覧よ、その最後は常に万歳だ
> 「万歳」には、達成の意味と玉砕の意味が重なっている
> そんな印象がダブるのも、旧日本軍の戦争からだろうよ
> 一番に負けず嫌いとの自覚があれば、戦争なんて始めないモノだよ
> 残念なことに、その自覚が足りなかったんだな
> ‥自覚が足りないと言えば
> その競争に何を見据えているかだよ
> どうせ負けず嫌いなんだから、命あってなんぼ、生き残ってなんぼだよ
> 時が経てば、敵だって隙を見せる‥白旗立ててポチの振りしてやり過ごすのも戦術のうちさ
> 競争事をわざわざ仕掛けてくる連中なんざ、上から目線だからな、粗相の無いようにしてれば良い
> そして、敵の秘したる勝つ上での前提を探るのが、その時のこちら側の前提だよ
> 前提が崩れ去ると、あっという間にも脆い
> なにはともあれ、争い好きのそもそもなんて奪った成果を、顎で使うだけだからな
> ‥顎で使われることにも、使うことにも、納得せずもまた「日本魂」だ
> 命はすべからく対等であるべきと構えてもいる
> そこから足を踏み出していたら、日本魂とは言えないわけだから
> ただの負けず嫌いとは違うわけだよ(勝ちゃ良いとかそんなんじゃない)
> そこが二本柱と言うことだから、履き違いをしないようにな
‥日本魂の前身に当たるのが三河魂だと聞く
その点、家康はケチだった(負けるわけには行かなかったゆえのケチっぷり)
織田信長が変容したのは、どうしたって、地球儀を見せられてからだろう
岐阜を手に入れて以来、人生五十年だろうと日の本をまとめる程度はもはや容易いと思っていた
‥そこを覆されたのだ‥
志は世界に飛躍してしまった(誰が考えても、人生五十年の枠で当時の世界に挑むのは無理)
だが、無理強いにも欲したがゆえに、志を飛躍させすぎて魔に落ちた
「日本魂とて、過ぎたる志に挑もうとすれば、悪役を買って背負わざるを得ない」
‥誰彼となく悪役に傾いていると思ったら
そこには無理な高望みがあったということだよ(道を外しているとも言うな)
‥あと秀吉は、自分の栄華の為にしかカネを使わんようになっちまった
だから、ますます武士から疎んじられ、人たらしと言うほどには徳を得てはいなかった
まぁ、敵を押さえたあとの寛容がすっぽりと抜けていたわけだな
(そこは、江戸幕府もさほど変わりばえしていないし、現代社会も大した差が無い)
秀吉の運勢的に、豊臣家の天下人維持は過ぎたる高望みだった
(織田信長が世界を望まなかったらを考えれば、そこまでの地位からして始めから無さそうだからな)
‥現代のような科学絡みなら
発見も開発も他者在っての形でもあるわけだから
自らが創り出している富なんか多くないというのが実際だからな
‥人生、どこで何が高望みに成っちまってるかだよ
時代も時代だから
器に適っているうちは、トントン拍子にスイッチが入ると想定を越える事も有り得ると言うことで
勘違いも横行しやすい
(その逆、ブレーク感に欠くようなら、自分や周りのレベルやら質を測り間違えてるって事だろうよ)
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