2020年03月15日

【エンコード日記】アンシャープに減量効果の件

記稿.2020/03/15

> https://www.gen-zo.com/technique/ret_usm.html
> https://silkypix.isl.co.jp/how-to/tips/sharpness-unsharp-mask/
> http://www.clg.niigata-u.ac.jp/~medimg/practice_medical_imaging/imgproc_scion/6unsharp/index.htm


 ‥アンシャープマスク処理は,画像の高周波成分を強調する古典的な処理である
 ‥アンシャープマスクは画像内の全てのピクセルに対して処理を行う

 (なるほどなるほど)早く言ってくれれば良いのに‥とかなんとか

 結果、見た目でもJPEGノイズが減衰してスッキリと仕上がってる分、減量しちゃってる
 (減量比はそれぞれで異なる‥シャープ比で5〜30%の範囲ぐらい)
 (しかも時短になってる‥言うこと無し最強ッ)

 ‥これはもう、アンシャープ(0.1)での確認をやらかさないければならない
 (なんだ、またやり直しかよ)


> エンコードレシピ鮪丼の弱点は


 狭い面積に、細長の線で、暗い色と鮮やかな色が挟みこまれていると
 540pにダウンコンバートする関係上
 どうしても灰みがかった色に置き換わってしまう(理屈を考えれば当然)

(インターレースだけでの傾向かと思っていたら、プログレッシブでも確認したった)

 これは、720pにおいても微に発生する(理屈上そうならないと却って不可解)

 ‥DVD480pでもそれは十分に有り得るわけだが
 インターレースやら、bt601やら、色々とした間引きの結果、そういったグレー化は気が付かない
 代わりに、エッジが強調された嫌んな画に仕上がっていたりする




 ‥一方、1080pの減量エンコードでは
 グレー化も、エッジ化も見当たらないし、器用にJPEGノイズをぶっ飛ばしていると
 普通にキレイに仕上がって見えてはいても、ぼかし表現がダメダメだったりする
 ぼかし表現がダメダメだと、まったく違った表現に見えてしまう
 また、パンチが足りていなかったりする
 これはアニメにおいて致命的な欠陥と言える程のもどかしさを叩き付けてくる

 まぁそういうことなんで、そういう意味では
 BDの方が美麗ということになりそうではあるが
 BDでもインターレースを採用したアニメタイトルは結構あるようです

(つまりなんだ、減量1080pには、素知らぬふりのプログレッシブも雑ざっていると)

 ‥しかも、フィルムソースの場合、4:3に収まらない横幅のものもあり(結果黒塗り16:9採用)
 ‥それもまた素知らぬふりで、せっかくの横幅をぶっ飛ばして4:3になりすましているのもある
 (それとも比率を変えちまってあるのだろうか?)
 ‥知れば知るほどに、残念なエンコードなんだなあと思わざるを得ない

(とはいえ、ネットの無料配信の程度と比べてどうかという所に無知な好奇心が集くのは当然)
(あれでいいなら、これぐらいでいいだろうとかなんとかの思い込み)




> ということで、業界が懲りもせずにUHD化して再販をやらかす動きはあるだろう
> (だって、当人らがプログレッシブで見たいだろうからな)


 ‥どうでも良いけど、そういうのは、株主待遇で販売すべきだろうと思う
 でないと辻褄が合わない、一体そんな高価なタイトルを誰がいくつも買えるんだよ
 お金があれば誰もが安易に買えちゃうから流出することにもなる

 UHD化の予算を募って、UHDで支払うみたいな光景が妥当としか思えない

 それでは投資の割が合わないと思うなら
 市場での販売の価格には、初版配当枠を設けて、上乗せすべきだろうよ

 (株主には特別版、一般消費には通常版‥とかなんとか)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 21:04 | Comment(0) | 黄岐の果ての黄嶺 | 更新情報をチェックする

2020年03月14日

【エンコード観】アニメにテキスチャーの保持まで必要か?

記稿.2020/03/14

> 「君の名は。」ブルーレイはこうして作られた ー “映画の感動を封じ込める” 徹底したこだわりとは?


 ‥という記事を見つけた、そこで思わぬ情報を得た


{抜粋:P2
支給されたデータは、DPXという非圧縮の静止画連番ファイルです。1,920×1,080/RGB4:4:4/10bit/BT.709になります。

{抜粋:3P
作品によってはバンディングやモスキートノイズなどに悩まされることもありますが、『君の名は。』のオリジナルデータにはそういったところがなく、非圧縮のDPXマスターが使えたこともあって、歪みの無い理想的な4Kアップコンバートができたと思います。

{抜粋:6P
HEVCは圧縮アルゴリズムが進化していて、ブロックノイズやモスキートノイズは出にくいのですが、ビットレートが足りないとグレインなどの微細な情報がスッパリと消えてしまいます。人間の眼の特性に照らし合わせると一概に圧縮効率が良いとも言えないんですよ。HEVCだからキレイ、とはならないんですね。

{抜粋:6P}
『君の名は。』は、デジタルアニメのフラットな画に様々なテクスチャーが乗っているので、余計に残すのが難しかった




> まず、一番に驚いたのが
> 動画エンコード屋さんに渡されるマスターデータが
> 流失云々対策から、必ずしも非圧縮状態のそれとは限らないらしい


 ‥長い記事を読んでいくとそうとしか思えない言い方をしている
 もっともそれの多くは、DVDの頃の話も被っているのかも知れないが‥驚きだ
(予算というか人材枠をケチって、ビデオデータしかない場合の丸投げ等は十分に該当するだろう)




> 次に驚いたのがテクスチャの取り扱いである


 ‥昔の感覚からすると
 アニメを見るのに、背景の見映えとして、画用紙の目地にまで注目したりしない
 そもそもそんなところまで確認できるのは、フルHDを再生できる環境だけである

 (HDテレビならそんなのは概ね潰れちまっているはず)
 (現場が頑張っても、却って、ノイズにしか見えていないだろう)
 (画質調整がまずければ、色彩からして的外れなんだから尚更だ)
 (現場は最先端との格闘だからそんな一般家庭の底の再生環境までは取り合わない)


 ‥つまりここに、圧縮はこの程度、このぐらいでとした
 未成熟な視聴環境に置かれたユーザー側の要望との間に、不一致が発生していた
 もとい、利便性を高めたいユーザー側の勘違いが発生してきた
 結果、世界中に再エンコードされた筋違いリップが巻き散らされる結果にもなった

 (多くのユーザーに理解が無いなら、そりゃ拾って確認したくもなる)




> しかしである


 テクスチャーまで残すとする考えは制作サイドのこだわりだ
 お話を楽しみたい思考からすると、絵本でも十分だとした思い込みは拭えない
 原画レベルで絵本を楽しみたいなどと、そこまで考えるこどもはほぼ皆無だろう

 そこに現場が自慢げに押し付けているのが、デジタル由来の現場感覚からの差だとすれば

 HDR以降の映像の世界は(需要と供給の理解からすれば)現場の勘違いとする見方も成り立つ
 記事を読んでいくと、エンコードだけでHDRになるもんでは無いことが理解できる
 一からの作り直しと、手作りによる最適化が前提だ

 つまり、リマスター作業レベルから、さらに光彩処理での特殊な調整を施す事を指す

(ハリウッド発で、映像のデジタル化が深化しすぎて、そういう流れになったと言うことだろう)


> そしてそこに、それの理解を促すレベルにあったのが新海誠だった
> 技術があっても看板的人材がいないと理解を得るのは難しいとした一例だった
> でも、HDR化の主役はエンコード屋さんだった(新海誠でもHVECでもねぇ)


{抜粋:7P
マスターのデータ量と圧縮率の関係としては、2K解像度でMPEG-4 AVCのBDが最もバランスが取れています。
2K/SDR環境であれば、UHD BDをダウンコンバートするのではなくて、是非BDで観て欲しいですね。



 ‥なるほどなるほど
 これが現場の一致した見解と言うことになるようだ
(資本家の資本の事情が、果てしなき無謀を急かしているだけともとれちゃうのがHDRらしい)

 その発言は、実にわかりやすいのだが
 赤字部分どうにもリップ前提なんすけど‥(法的にも業界的には炎上っすから)




 ‥現場がそう思うほどなら
 それと同質の視聴環境に無きユーザーが欲するルベルは
 やはり、DVDとBDの間に在る


> ならばその時、テクスチャーまでを残したい判断とて、丸めざるを得まい
> 興行的にもこちらが正解なのに、ハリウッドの制作意欲に付き合った結果、誰も買わなくなった
> 多くが、ネットで視聴できる画質程度で満足なのは、指摘するまでもない


 一番に美味しいところ & お手本たる見せ所に手を抜いて、著作権侵害も糞も無い



posted by 木田舎滝ゆる里 at 13:08 | Comment(0) | 黄岐の果ての黄嶺 | 更新情報をチェックする

【謎】デスノートの所有権理解

記稿.2020/03/14

> 夜神月はデスノートを切り取って、それに名前を相手に書き込ませたりしていた


 ‥ここが問題だ
 デスノートの所有権を放棄すると、デスノートに関する記憶が消される
 そういう内容だったと思うが

 この相手に名前を書かせるとした手法は、デスノートの所有権放棄に相当するのでは?

 所有権があるから意図して使えるとした見方も成立するにしても
 基本的に、名前を書き込むのは権利者のみに断定されるはず

 (所有権理解?‥もとい、所有権発動とはそういうもの)


 死に神同士で自分らのノートをたらい回しにして使うことは無いだろう
 つまり、夜神月のデスノートの使用法は、死に神の使い勝手を凌駕していたと言える

 ‥だが一方で
 死に神は自分のノートに関して所有権を自覚している
 地上に落ちたら、地上界で拾った奴の者
 その所有権とはなんだろう?

 つまり

 ‥俺は名前を書き込まない‥それは主義
 ‥俺は名前を書き込めない‥それは掟


> デスノートにでてくる死に神は、デスノートを用いてでしか人を殺めない
> そういう内容だとして自分のノートの所有権を論ずると


 ‥死に神のノート所有は、死に神としての権限なりプライドと言うことになる
 否むしろ、命に等しき能力そのもの(源)として解釈できる

 ならば、地上にノートを落とした場合、その死に神はどうなるのだろうか?
 どうにもなっていないなら、死に神にとってデスノートはただの道具でしかない
 もしくは、スタイルだ


 ならば、デスノートの所有権云々は、死に神の個性として
 それを使用する人間にカマを掛けただけになる(より面白さを得る為に)




> 悪人は上等になればなるほど
> 不思議と日常的にカマを掛けていたりする(より面白さを得る為だけに)


 正直者は、それを「嘘」と見下し
 大悪党は、それを「戦略」として日常的に使いこなす

(カマを掛けないと成り立たない恋愛なんざその時点ですでにピュアじゃない)
(カマを掛けないと成り立たない就職採用なんざ‥その時点でブラック上等だ)
(されど、悪の心理を頭から否定した無警戒なおつむでは、平和も幸せも長続きしない)

 ならば、競争を絶賛する世界では、嘘は正当化され
 戦略の秘密を明かさない権利を行使できる世界は、不誠実も又正義と宣言しているに等しい


> ‥普通に生きていたいだけなのに
> 正直者はそれだけで馬鹿にされる‥成果主義とはそういう見下しの推奨世界
> 大悪党の戦略にまんまと填まっているだけの無能な社会


 ‥そもそもの「普通」に誰も疑問を抱いていない時点でアウト

 それはつまり自分なりのペースとした解釈に過ぎない
 だが、心の中では、過激になっていく競争社会を誰しもが否定している
 なのに、生きて行かざるを得ないとした心理が、益々の画策ありきを受け入れている

 それらの多くは、「恐怖」に屈しているだけの自分を無意識的に受け入れただけのスタンスだ

 もとい、お得やサービスからこぼれるとした恐怖だろう
 今やそれが「普通」にあるのが、現代社会の普通にある


> 私たちの「普通」は、こうしてすり替わる


 ‥競争が過激になった結果、お得にありつけるか否かが生活の中心になっている
 ‥それのそもそもは、一人一人が無力であるとの思い込みを真に受けた積み重ねである

 (「無力」=「無価値」を無意識で了承していては、パワーなんて湧くわけねぇ)
 (それを又、見下すようになっても同じこと‥着目がブレるから‥)

 ‥無力からのスタートは、赤ん坊のまんまの思考というだけの話(性善説段階)
 ‥そこから少し棘がでているのが悪党の思考(悪ガキ、悪たれ、性悪説段階)
 それらを脱ぎ捨てたのが、ようやくにして人間らしく見え始める思考の段階


 ‥私たちの多くは、未だその先の世界を知らないままだ‥



posted by 木田舎滝ゆる里 at 05:22 | Comment(0) | 日記/2020 | 更新情報をチェックする

2020年03月12日

【妄想】奴らのワクチンが怪しいなら、PCR検査キットも怪しいのでは?

記稿.2020/03/12

> ‥コロナ騒ぎで誰しもが忘れかけていること


 それは、景気はいつしか頃からか世界的に下り坂だった
 もはやどうにもならなくなったので、ウイルス騒動にすり替えることが決定された

 すべての不景気はコロナのせいにしてしまえ‥(奴らにはグッドアイデアだった)
 すべての不景気はコロナのせいにしてしまえ‥(奴らにはグッドアイデアだった)
 すべての不景気はコロナのせいにしてしまえ‥(奴らにはグッドアイデアだった)

 ウイルスに責任を押し付けて、そのままにお家と席を安泰とする
 そこまでやるやつらだからこそ、それこそ何でもありなのだろう


> ということで、PCR検査キットも怪しそうだ


 ‥検査を存分にやらかしたイタリアと韓国は轟沈
 ‥そこに、孫正義が100万人分の提供発言である

 きっと‥検査キットに仕掛けがされていると思っていた方が無難なのだろうよ
 裏技としては、100%で感染させられるし、貶めたい国家から壊せるわけで
 まさに画に描いたような悪党の手口とかなんとか(くわばらくわばら)


> つまり


(検査キットの中に当たりくじが仕掛けられていて、区分は困難)
(悪党なら当然のバレない為の作戦遂行判断だ)



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2020年03月11日

【エンコードレシピ】最果てのマクロブロック極まり丼(540p)

↓11)記稿.2020/03/11

> テレビUSB挿し勝手の極意とかなんとか
> キュルキュルサーチできてこそのテレビUSB挿し


 ‥USB2.0前提だと、なにかと帯域が怪しくなる
 トコトン適度にIとPフレーム増やして、さらにマクロブロック増やして
 キュルキュルサーチをやらかすわけだから、選択肢としても、540pでやらざるを得ない
(調子こいて毎時30MB/Sなんてやらかしていると、今度は逆に音飛びが気になってくる)

 ‥540pで画質を良くしようと、1080pと比べてどうしたって低解像度の分だけボケる
 DVDのインターレースのエッジ感は、それを誤魔化してもいたらしい(特にアニメ)

 ‥だがしかし
 540pゆえのぼけが、アニメにおいて、どうにもセル画っぽく見えてうれしい
 実写でも、どこかレトロな雰囲気が醸し出されてほっとする

(そりゃ、高解像度には高解像度の魅力があるわけだが、手間すぎるのでどうしようもない)
(DDR5で8コアぐらいにならないと、日用的にサクッとエンコードできる扱いにならない)
(でもそうなろうとも、容量削減に欲掻いて、HEVCで奮闘するイタチごっこだろう)


> ‥そこはさておき
> 今回は540pで高画質を叩き出す為のあれやこれを追求した結果の集大成になっとります
> テクニックとしては、マクロブロック大盛りになってます
> 略して「まぐろ丼」でーす


 ‥ここまでの道程を振り返ると、ようやくに日の目を見られそうではあるが
 知れば知るほどに、他人のエンコードの粗と不思議で一杯になる

(でも基本は数学だから、計算ルートが違うだけで、得られる解が近似値を伴い怪になる)
(ならば、誤差の少ないエンコードの方が美麗で速いに決まってる)
(されど、圧縮率も絡むことから、BD規格自体が、素晴らしく美麗な計算ルートとは限らない)
(それはつまり、断崖絶壁ほど美麗に見えてしまう景観を避けて、時代の手頃感を求めた結果だ)


> ‥繰り返すが
> 著生にとって、それの手頃感への要望が、テレビUSB挿し&サーチキュルキュルだった
> とくに大画面&高解像度とした視点に無かったという事である
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 16:51 | Comment(0) | 黄岐の果ての黄嶺 | 更新情報をチェックする

2020年03月10日

【アイデア】スマホの二画面化を画面増設で対応する案

記稿.2020/03/10

> スマホの二画面化を見ていて思っているのだが


 ‥あれはつまり
 モニター増設+電池増設であれば、間に合うはずだから
 合体拡張構造にして、規格化しちゃうのが良いと思うのだが、なぜそうしないのだ?

 バッテリーの規格にしたって
 新型固形電池登場で、すべてのラインを切り替えるべしなんてべたに考えるよりも
 合体拡張構造の方だけ新型固形に対応させる規格を採用しておけば混乱も減る


 又、スマホの同型サイズモニターと合体できるなら
 ノートパソコン然り、テレビ然りで、色々としたアイデアの種になるだろう


> どうして、二画面化するのに、折り目の無い形状にこだわってんの?


 例えば、5Gレベルの通信能力とテレビが合体
 スマホのカメラ機能を介して、テレビ画面サイズでテレビ電話
 これこそ、待ち焦がれていたテレビ電話のポジションになるはずだ

 そうすると、テレワークもずいぶんと低コスト化できる(コロナ騒ぎはそれの流れだよ)


 ‥テレビはテレビ、スマホはスマホとしか考えないのは西洋脳だから
 いやいやほんと、どこか欧米化脳なんだから困っちまうよ



posted by 木田舎滝ゆる里 at 14:03 | Comment(0) | 日記/2020 | 更新情報をチェックする

2020年03月06日

【哲学】引き寄せの現実(ソウナンですか?)

↓5)向宜弁論.2020/03/06

 人生には諸々のトラブルが多い
 其を遭難になぞらえたなら、不運な人生観を思い描くばかりだろう

 ‥しかしどうか

 あなたが諸処のトラブルに対処できる人生のエクスパートだったなら、そうとばかりには思うまい
 そしてそれが皆に知れ渡ろうなら、あなたの所に相談が山ほどやって来ることになる
 そうだ、あなたは動かざるしてトラブルを引き寄せてしまうのだ

 ‥そのようなエクスパートが旅先に出ようなら、どうにも大厄に導かれるに違いない
 ‥なんと冒険と遭難と脱出の引き寄せ劇場の主人公だろうか‥

 だが、これを冷静に考えれば
 ただのトラブルメーカーと変わらぬ運勢の「強運×狂運」の持ち主と言うことになる
 これを訝しげに捉えれば、はた迷惑な存在に映りだすばかりだろう
↓/続きを読む/↓
posted by 木田舎滝ゆる里 at 23:47 | Comment(0) | 哲学/一般 | 更新情報をチェックする

2020年03月05日

【注視】コロナざれで無観客試合五輪&おもてなし不十分

記稿.2020/03/05

 コロナざれで、観光客が来ないと五輪前に観光業界は縮小
 五輪前に破産が続出すると、五輪のおもてなしを十分にできかねる

 それ以前の話として
 無観客試合で続行するとなると、チケット代の返金を余儀なくされるだろう
 (しかし、お金なんて無いんだろうから無理ッ)

 そこで実験的にも、スタジアムの各所にカメラを倍増して
 チケットを持っている人にそれのアクセス権(カメラ視点の切り替え自由視聴)を
 案内するとかなんとか‥ぐらいの対応はしないと収集がつかない


> それにしたって、不慣れな実験含みで下手をこけば、すべてのテレビ観戦がダウンしかねない
> (チケット席で仕分けして、切り替え自由度に差を設けるのも一案)
> (普通にすべての観戦で実験的にやらかせば今からでも技術ノウハウは得られる)


 そのほかにも、食材の調達絡みにもダメージが出ているので
 その手の人材がちりぢりに離れてしまえば
 MRJの延期に見られるような末端問題に陥りかねない

 (‥どうしたって、中止気配は濃厚だ‥)


> ‥これではまるで
> 安倍政権下で唯一最後に残った観光事業での成果云々を待たずして
> ダメを言い渡された形であーる


 ‥もとい、観光業で稼いでボスに貢いでいた流れだったわけだが
 そのボスが間引きキャンペーンとして、色々とばらまいてるっぽいわけで
 最後の頼みの綱を、雲の上側から自ら断ったということになるのだろう

 切ったというより、それより都合の良い資金が手に入ったとかなんとか
 兎にも角にも、安倍政権の成り行きは、ますますのやっつけになりそうである


(‥それとも、痺れを切らしたアンチ安倍派が強硬手段にでたのだろうか?)
(結果、二種類ものタイプのコロナが登場しているとかなんとか)
(政権ダメージ用の殺傷力弱タイプと、人類間引き用のマジに死ぬタイプ)


> ‥どちらにしても一年半程度の大騒ぎということらしい
> それにしても、毎日が戦況放送みたいで、酷く落ち着かない


 ‥児童・学生の「おうち疎開」が始まったし(給食頼みの児童は、まさに疎開)
 学生にしたって、学業中止まではならずとも、授業数削減なんて措置にもなれば
 それはそれで戦時下の大学で勉強できなかったに近しい雲行きにだってなりかねない

 ‥なかなかどうして
 戦時下の国家経営に発令されていた諸々の事柄が、現代社会ではサクッとできない
 というよりそういうものであったとの理解ともなれば
 軍事国家の強権という奴が、如何に強引だったかの見方の見直しにも繋がるのだろう


> 非常時への強力なリーダーシップ像は要らない
> 平時の安全を第一に進められる日常に、全力を尽くすリーダー像こそが本命


 ‥とした声にならない社会の方が狂怪だった‥とかなんとかに



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2020年03月03日

【アニメ鑑賞】父譲り「ソウナンですか?」生き抜けど 遭難相の家系とあれば

記稿.2020/03/03

> アニメ「ソウナンですか?」は、小学生の視聴向けにはできていません


 (キューティーハニーをOKと思うなら全く問題なし‥いやいやどうだろう‥)
 (オタクに育っても良いと思うなら全く問題なし)
 (メイド・イン・ザイニチ要素を害と思うなら有害要素あり)


 ‥沖ノ鳥島を彷彿させるような面積に、女子高生が4人漂着していた
 4人は、目の前に見えた島に向かって泳ぎだし、無事泳ぎ着いた

 ‥その四人の中には、なんと
 父親からサバイバル技術を叩き込まれて育った鬼島ほまれ(おにしまほまれ)がいた
 彼女は持ち前の知識と才覚を発揮し、女子高生四人による赤裸々な島での生き残りをこなして行く


> なんて大胆な設定なんだぁ‥(感服致しました)


 ‥とはいえ、一気見して、一晩寝て起きてふと気がついた
 ほまれの父(丈一)は、サバイバルのエキスパート&冒険家というよりは
 遭難の相の持ち主ということだよね、娘にもしっかりその血が受け継がれていると‥

 ‥「お前がいたから墜落したんだろうがッ」
 という解釈が可能であることに気がついちまったz

 スリリングな冒険がしたいと思ったら、是非ともゲットしたい逸材ではあるものの
 平和に旅がしたいと思ったら、相当に迷惑な疫病神っすね

 (キャラを立てようと思ったら、必然的にその手の運勢を背負わせざるを得ない)


> 日本人がどんなにマンガ好きでも、マンガチックな人生は望んでいないはず‥
> (否、相当に欲しているのかも知れないz)


 ‥汚れた水を尻の穴から水分補給の技が‥(究極奥義すぎて衝撃っすた)
 是非ともキットの販売をしておくべきだろう
 世界中のオタク共が興味本位で買うかも知れない
 否否、遊び半分にも尻の穴からコカコーラを飲ませるとかイジメになりかねないからやっぱ没

 ‥さらにツッコんで語るなら
 父娘でこの技を駆使して、難を逃れた経験があったということに
 (そういう解釈がされると米国での販売はアウト!っすね)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 21:34 | Comment(0) | 日記/2020 | 更新情報をチェックする

2020年03月02日

【命題】エリートと闇

記稿.2020/03/02

> エリートのおつむには、数値化せざるを得ない性癖が棲みついている
> 其はエリートが、自信を以てエリートたるに値すると自覚する為にも欠かせない魔物にある


 ‥数値評価には上限が付きまとう
 よりエリートたると認め合うには、Aランクでの安定評価が欠かせない
 ゆえに、満点(完璧)を維持できる奴は、エリート中のエリート(天才)と判断される

 ただしそこには、想定外を前提としていない脆さを含み持つ

 エリートにとって、物事を想定内でクリアーすることは秀才の域であり
 想定外を独創的アイデアで乗り越えられるタイプは鬼才の扱いとなる

 ただし、そこにある厄介な諸事情の多くは、人間関係である場合の方が多い


> エリートのこの傾向は、生活全般の多岐に渡り無駄に徹底されている


 ‥エリートと立身出世は切っても切り離せない
 自分の優秀さを誇示して美味しいメシが食える諸事情へのこだわりは尋常では無い

 (そこには、格差が保たれて当然とした思考すら正当化されていてどうしようもない)


 ‥毎日の食事にさえランキングが付く
 そこに個人差が顔を出すにせよ、決まって自分が認めたランク外を排除する傾向が強い
 世間一般においてもそのような傾向はあるにせよ、大抵の多くは
 何だかんだと、そこまで徹底はしていないだろう
 エリートにとって、贅へのこだわり(思い込み)は、徹底すべきスータスに位置する
 結果、そういう選択の日々を積み重ねてしまうので、想定外への対処が普段から不足する

 これは人付き合いにおいても同じ流れとなり、看板重視に偏りがちだ


> このような体質に人権云々など無い、それがエリートの本質と言うことである
>(自由とは冒険心に満ちてある空気だが、エリートは保守に満ちてある空気でどうしようもない)


 ‥それだけならまだしも、エリートの数値へのこだわりは
 数値で発表されるすべてに向けられてしまうので、都合が悪ければ化粧を施すことになる

 (まさに保守思考である)
 (エリートほど弱肉強食とした趣をこのような秘やかな場面を好んで放り込む)
 (エリートの多くは面倒を嫌うので体良くやっつけられる手段の画策に余念がない)


 ‥結果、数値へのこだわりから、エリートの多くは平然と数値でのずるをやらかすのだ‥


 世の中が数値で表現される資本を前提とした競争主義にあればあるほど
 ありとあらゆる数値の中身に、ブラックボックスが無くなることは無い
 何しろ‥やらかす判断がトップダウンにあれば、ポチ上等(渡りに舟)ということでもある

 そして、そのような慣習から

 うまく行かなければ、誰かのせいにしてしまえば良い
 ツケを下に回せば良いと思うようになるのも、エリートたる性癖の一つになっている
 (軍法会議はとくにそれ)


> この誰かのせいにする為に欠かせない条件付けが、性善説教育である


 ‥私たちの多くは、兵農分離の流れから性善説で育つ
 ゆえに、そこから逸れていると、間違っているとして批判できるレールに乗ることになる
 過去の聖人君子をさぞや褒めたたえている振りをして、実は
 エリート同士の揚げ足取り概念の育成に余念が無い

 ところが、エリート同士の多くは、学んだ環境が同じゆえに仲間意識が強い

 ‥結果、何かことある度の責は、外に向けられる
 その時の理由づけなんて何だって良い、性善説に絡めて巧妙に指摘してやると効果てきめんだ
 考えや学びの浅い者ほど、洗脳されてしまったかのように負い目を真に受ける者が多い


> なので、エリートに期待してみたところで、世の中が99%良くなることはない


 なのに世間は‥エリートに向ける期待がなぜか大きい
 無知盲目と恥ずかしき顛末しか起こらないのに、エリートへの期待だけが安定しているのは
 誰かのせいにしてしまえば良いとするエリート側と鏡似性ということなのだろう(依存意識)

 エリートが自らを誇示する為の根拠こそ「数値依存」である

 ‥ゆえに、結果を出せずに責任を負わないなら、それは能力主義では無い、単なる派閥差別だ
 ランク落ちを自らに科す気が無いなら、能力主義などただの言葉遊びである
 数値化評価ごっこ主義とでもランクダウンさせて表現すべきが筋である


> この世の競争は未だ、勝ち戦だけをやらかしたいお子様同士の嘘の付き合いレベルだ


 ‥其をエリートは、さも満足げにこう言い放つ
 「能力主義ですから」


> なぜ能力主義だけが、そんなにまでどや顔で居られるのだろうか?
> それこそ偏見だということを、エリート層が歴史を以て証明してきたとして認知すべきである


 ‥偏見に命を預ける者は愚かである‥
 ‥偏見のまま命を預かる者らは狂怪である‥



posted by 木田舎滝ゆる里 at 16:35 | Comment(0) | 命題 | 更新情報をチェックする