2020年03月02日

【命題】エリートと闇

記稿.2020/03/02

> エリートのおつむには、数値化せざるを得ない性癖が棲みついている
> 其はエリートが、自信を以てエリートたるに値すると自覚する為にも欠かせない魔物にある


 ‥数値評価には上限が付きまとう
 よりエリートたると認め合うには、Aランクでの安定評価が欠かせない
 ゆえに、満点(完璧)を維持できる奴は、エリート中のエリート(天才)と判断される

 ただしそこには、想定外を前提としていない脆さを含み持つ

 エリートにとって、物事を想定内でクリアーすることは秀才の域であり
 想定外を独創的アイデアで乗り越えられるタイプは鬼才の扱いとなる

 ただし、そこにある厄介な諸事情の多くは、人間関係である場合の方が多い


> エリートのこの傾向は、生活全般の多岐に渡り無駄に徹底されている


 ‥エリートと立身出世は切っても切り離せない
 自分の優秀さを誇示して美味しいメシが食える諸事情へのこだわりは尋常では無い

 (そこには、格差が保たれて当然とした思考すら正当化されていてどうしようもない)


 ‥毎日の食事にさえランキングが付く
 そこに個人差が顔を出すにせよ、決まって自分が認めたランク外を排除する傾向が強い
 世間一般においてもそのような傾向はあるにせよ、大抵の多くは
 何だかんだと、そこまで徹底はしていないだろう
 エリートにとって、贅へのこだわり(思い込み)は、徹底すべきスータスに位置する
 結果、そういう選択の日々を積み重ねてしまうので、想定外への対処が普段から不足する

 これは人付き合いにおいても同じ流れとなり、看板重視に偏りがちだ


> このような体質に人権云々など無い、それがエリートの本質と言うことである
>(自由とは冒険心に満ちてある空気だが、エリートは保守に満ちてある空気でどうしようもない)


 ‥それだけならまだしも、エリートの数値へのこだわりは
 数値で発表されるすべてに向けられてしまうので、都合が悪ければ化粧を施すことになる

 (まさに保守思考である)
 (エリートほど弱肉強食とした趣をこのような秘やかな場面を好んで放り込む)
 (エリートの多くは面倒を嫌うので体良くやっつけられる手段の画策に余念がない)


 ‥結果、数値へのこだわりから、エリートの多くは平然と数値でのずるをやらかすのだ‥


 世の中が数値で表現される資本を前提とした競争主義にあればあるほど
 ありとあらゆる数値の中身に、ブラックボックスが無くなることは無い
 何しろ‥やらかす判断がトップダウンにあれば、ポチ上等(渡りに舟)ということでもある

 そして、そのような慣習から

 うまく行かなければ、誰かのせいにしてしまえば良い
 ツケを下に回せば良いと思うようになるのも、エリートたる性癖の一つになっている
 (軍法会議はとくにそれ)


> この誰かのせいにする為に欠かせない条件付けが、性善説教育である


 ‥私たちの多くは、兵農分離の流れから性善説で育つ
 ゆえに、そこから逸れていると、間違っているとして批判できるレールに乗ることになる
 過去の聖人君子をさぞや褒めたたえている振りをして、実は
 エリート同士の揚げ足取り概念の育成に余念が無い

 ところが、エリート同士の多くは、学んだ環境が同じゆえに仲間意識が強い

 ‥結果、何かことある度の責は、外に向けられる
 その時の理由づけなんて何だって良い、性善説に絡めて巧妙に指摘してやると効果てきめんだ
 考えや学びの浅い者ほど、洗脳されてしまったかのように負い目を真に受ける者が多い


> なので、エリートに期待してみたところで、世の中が99%良くなることはない


 なのに世間は‥エリートに向ける期待がなぜか大きい
 無知盲目と恥ずかしき顛末しか起こらないのに、エリートへの期待だけが安定しているのは
 誰かのせいにしてしまえば良いとするエリート側と鏡似性ということなのだろう(依存意識)

 エリートが自らを誇示する為の根拠こそ「数値依存」である

 ‥ゆえに、結果を出せずに責任を負わないなら、それは能力主義では無い、単なる派閥差別だ
 ランク落ちを自らに科す気が無いなら、能力主義などただの言葉遊びである
 数値化評価ごっこ主義とでもランクダウンさせて表現すべきが筋である


> この世の競争は未だ、勝ち戦だけをやらかしたいお子様同士の嘘の付き合いレベルだ


 ‥其をエリートは、さも満足げにこう言い放つ
 「能力主義ですから」


> なぜ能力主義だけが、そんなにまでどや顔で居られるのだろうか?
> それこそ偏見だということを、エリート層が歴史を以て証明してきたとして認知すべきである


 ‥偏見に命を預ける者は愚かである‥
 ‥偏見のまま命を預かる者らは狂怪である‥



posted by 木田舎滝ゆる里 at 16:35 | Comment(0) | 命題 | 更新情報をチェックする

【エンコード日記】シャープフィルターを試してみたら驚いた件

記稿.2020/03/02

 ‥ブロッキング軽減をマイナスに寄せたエンコードは、テレビUSB挿しにおいて
 バックライトの強さ如何では怪しくなるらしい‥ということから‥


> Psy-Trellis強度(1.00)に物足りなさを感じ、ついにシャープフィルターに手を出してみた


 ‥XMedia Recodeに用意されているシャープフィルターの強度を(0.1)で使用してみたところ
 540pゆえのぼけ以外のぼけが一気に解消できているように見える

 たったの(0.1)ぽっちなのに?

 でもまぁじっくり確認していくと、Psy-Trellis強度でさらにバランスの調整が必要だった


> ‥540pにおいて
> シャープフィルターの強度(0.1)に対して、Psy-Trellis強度(0.17)を、とりあえず得た


 ‥さらにシャープフィルターの強度を(0.2)に上げれば
 1080pで、CRFを上げてもイケるかもと思ってやってみたのだが
 どうにもHDテレビからの観察では推し量りきれないので保留した

 ‥それにしても、なぜ(0.1)ぽっちでうまく行くのだろうか?

 で、ふと思い巡ったのが、luma(Y)とchroma(C)の扱いだ
 わかりやすく言えば、4:2:0の中身の扱いだ


> シャープフィルターという強制的調整によって
> 420の内容にてこ入れが入った
> 結果、劇的にピンボケていた内容が一気に解消された


 ‥その意味を裏返せば
 AVCエンコーダーの動き推定に苦手があるのでは無く、不備があると言うことになる
 不備に無ければ、その手の調整には、フィルター活用が推奨されていたとも解釈できる

 (まぁ結果オーライだからな)


 ‥ということだったとすると
 外部フィルターを使ってみたあとの補正に
 Psy-Trellis強度で微調整するひと手間は、テクニックとして有りなのだろう


 ‥にしても
 エッジを復活させて維持しようってんだから
 問答無用でその分のビットレートが追加される
 その効果は、Psy-Trellis強度(1.00)より圧倒的だ‥CRF(12.8)だし‥

(なまじ圧縮されやすいソースに対して、外部刺激を与えてみるのはサックと有効らしい)


> まだまだ確認調査が続くとは(それも増量方向だし)‥orz


 それにしても思うのは、540p画質というのがあるらしいということである
 (DVDのインターレース480p画質とも、BDの1080p画質とも多少違う)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 01:12 | Comment(0) | 黄岐の果ての黄嶺 | 更新情報をチェックする