2020年09月12日

【是論】是資本と公募競争1

↓1)記稿.2020/09/12

> 是論では、是資本を得るための公募競争をせざるを得ないわけだが
> 株式優待のようなサービスをやらかす判断を有効とすべきだろうか?


 ‥是について考える前に、まず、是論の中身を要素分解してみよう


 是資本:是金=世間枠:個人枠=B貨:C貨と呼称しよう

 さらにB貨は、事業や自治に投資する事で移動するので
 投資前:是投資=B0貨:B1貨と呼称しよう
 さらにB1貨は、事業協同を組むと是資本を持ち寄れるので、其をB2貨と呼称しよう
 さらに
 C貨からの売上をS0貨
 BtoBにおけるB1貨又はB2貨からの売上をS1貨
 現金からの売上をG貨と呼称しよう

 (このような名称は、プログラムでの統計処理の効率に必須です)
 (又、S貨とG貨は収支の分析上有った方が良い程度で、価値に差は発生しない)


> 次に、BtoC(個人消費)におけるサービス価格の内訳を分解してみよう
> ずばり、マージン+諸経費です
> ずばり、C貨+B貨でしょう‥(ここ重要)


 ‥つまり、BtoC(個人消費)としては
 限られたC貨を最大限に利用したい心理から
 「うちの企業に是投資してくれたら割引します」としたサービスの中身として
 マージン+諸経費=C貨+B貨‥(個人枠から見れば割引感覚を誘える見方)
 を持ち出すことは、資本&配当とは又違った説得力を得られそうです

 という事からも‥年賦にしても同じに応用できるでしょう


 ※ 但し先に注意しておきますが
 個々の是投資(B1貨)の扱いでのトラブルを避ける上での基本則として
 購入の度にB1貨を継ぎ足す用を求めるのは、全体での総額を鑑みれば物理的に無理です
 なので、一口いくらの一口が先に是投資されていたならそれ以上の要求はありえません
 そもそもの売上としてもB1貨は枠外です、B1貨を無理に欲張ったところで売上にはなりません
 リピートして貰ってこそなんぼでしょう

 (保証期間等を追加する意図なら現金でお願いするのも手です)
 (といってもシステムが複雑になりがちなので店頭扱いのみです)

 その点を細かく問うと、必ずしも「マージン+諸経費=C貨+B貨」は不正確です(あしからず)


> という事からも、これはサービスの考え方の一つであって、規定として扱うほどにはならない


 ‥又、B貨の上乗せを求めないなら、B貨分プラスした価格を通常価格該当に見なせる扱いです
 (といっても、大ざっぱな見方でしょう)
 ‥この手の考えが一般的になるなら、「五公五民=B貨C貨」の比率感覚は崩れるでしょう
 (どう考えたって、B貨の比率を多くして配布せざるを得ない用向きです)


 ‥是の差を整理できてると、サービス価格に対して、どんぶり勘定に陥らずに済むという話
 何はともあれ、利益(マージン)を得ないことには給料(サラリー)は上がりまてん
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 17:48 | Comment(0) | 科特隊どころか無理だからウルトラ経済大作戦 | 更新情報をチェックする

2020年09月11日

【考察】効率も七曲がりも多数決ではどちらも解

記稿.2020/09/11

> ホリエモンのような頭脳自惚れタイプは、自分の考え方に納得していると
> その反対意見に対して頑なに否定的な姿勢を見せる


 しかしこの世は多数決には抗えないので
 その考え方が如何に非効率的でもどかしく映ろうと、少数意見に正義は無い

 民主主義はお互いの意見を尊重してこそ正義とは言え

 必ずしも優れた意見を理解できるとは言い難い駆け引きも絡む事から
 劣った選択支に対して圧倒的になろうとしても無理がある


> 優れた個人がジャンプして成功できるからと言っても
> 集団ともなると、ホップもステップも繰り返してようやくのパターンが通常だ


 そもそもこの世はどちらかというと
 物覚えの悪い連中の方が多数派だし
 様々な物事を連想で関連付けている思考の持ち主は、不思議と少数派にできている


 少数派が多数派に対して、自分の意見を曲げられないなら
 喧嘩腰になる前に、頭を下げてお願いして廻るより他は無い

 それが嫌なら、黙して静かにしているしかない

 それが大人の姿勢ではあるものの
 多数派の方は、到ってツッコミもイケイケの論理に片寄りがちなので

 ホリエモンのようにイケイケだった側の御仁が
 少数派に回っている場合、どうにも頭を下げてお願いして回るべき空気からして侮るらしい
 それが多数派だった頃との勘違いを修正できないとんでもなさとして目に付く事を
 今度は自由ですからとスルーする

 (まぁ社会相手に意見をしようとしまいと誰にでも起こり得る要素ではある‥)


> 例えば髪型なんかそうだな
> 坊主頭こそが一番に生活効率が高い
> しかし誰だろうと坊主頭を推奨しやしない(なぜならそれはつまらない事だから)


 どんなに土下座して回ったって無理なものは無理ッ
 坊主頭に統一すべきとの暮らしぶりを実現したいなら、仏教徒にでもなるしかあるまい
 でも、仏教徒になるのもまっぴら御免と思っていたら、そりゃ静観のみである

 それでも我慢ならんとして
 強制的に実現したいともなると刑務所の番人か犯罪者かのどちらかだ
(今の教育に我慢できないから学校を作ろうなんてやらかしてもミイラ取りがなんとやらだろう)


 ‥静観しちゃうと存在感が薄れるから、注目して貰おうとうんちく垂れるんだろうけど
 オリジナル要素はどこにも見当たらない少数派とした実態を時として晒すだけである
 それってつまり
 思考はリベラルだったつもりなのに、保守をやらかしちまってるって落ちッすね

 トラブル上等の物好きならそれはそれにしても
 トラブルを避ける上での言葉選びこそ智者の条件である点に変わりは無い
 もといそれはトラブルを遠ざけたい人の論だから、ホリエモンの肝には不釣り合いなのだろう


> とはいえ、客観的に
> 学び方が下手になりましたって語りに落ちた姿はどうしたってクドい



posted by 木田舎滝ゆる里 at 20:26 | Comment(0) | 日記/2020 | 更新情報をチェックする

【妄想】北斗の拳で起きた核戦争は、原爆か?水爆か?

記稿.2020/09/11

> 北斗の拳の舞台は核戦争後の世界
> それなのに荒廃したはずの大地に、ビル群が林立したままに描かれていたりする
> 普通に核兵器が大量にぶち込まれた後ともなると後から建造なんかできるわけがないので謎


 ‥一般に昭和の頃のマンガネタとして
 生物だけを殺傷する核兵器なんてのが登場してて、それを中性子爆弾と呼んでいた

 だがしかし

 中性子線の発生にあたっては、核分裂よりも核融合の方が効率が良いため、水素爆弾が用いられる
 ‥とある(普通に威力が高すぎて生物だけを殺傷する用途としてはすでに不向きすぎる)

 こちらが水爆の最高峰ツァーリ・ボンバ映像
 (22分40秒あたりから秒読み)

 上空6000mぐらいだろうか‥マジで太陽が誕生している
 いやぁこんなん建物だけを破壊しようとかそういう夢物語兵器とは質が違います
 つまり、北斗の拳の背景表現はやっぱり謎っ


 ‥興廃した大地で暮らすにしたって
 生活するのに必要なのは水源であって、ビル群の確かさではない
 もっとも軍団どもはバイクで移動をやらかしているので、ギリギリで辻褄は合う

 (目標から逸れたミサイルのお陰で都市のビル群が体良く残ったとかなんとか)


 ‥それにしたって、威力の想定が違いすぎる点は無理すぎる
 でも小さな島は消し飛んではいないので、そうした兵器の範疇とも言えそうか???


 ‥そんなこんなで、広範囲への殺傷威力としても謎を残す映像だ
 (時系列的にはソビエトで色々とした病が増えだした件は確認できそうである)
 (しかしこの時の実験による中性子被爆についての程度は怪しい)


> ちなみに‥中性子爆弾には中性子を効率よく地表に向かわせる為の反射材として
> クロムやニッケルが用いられるそうだ


 つまり
 中性子を防ぐには、ニッケルやクロムを多く含んだ遮蔽物を用いるのが手っ取り早いらしい
 軽くググっても宇宙服の素材に使われているのを確認できる

 (じゃ、ウルトラマンの科特隊施設の外壁に使われている特殊合金とやらもそんな感じか‥)


> ちなみに近頃の水爆は、「アタッシュケース爆弾」とか言われていて
> 原爆の誘導で水爆を起こす必要が無くなって
> レーザーで閉じ込めるとかなんとか‥言われている


 ‥なので、北斗の拳のような核戦争を今更にやらかすにしてもそれはそれで
 思い込みで、過去の遺物の廃棄合戦とした形式でしかない

 効率よく都市部だけを破壊したいなら、その手のアタッシュケースを目標に持ち込んで
 起爆させた方が標準を外さない点においては優れる
 そういう時代に至っている話を大衆の多くは知らないでいる‥


 ‥そのようなアタッシュケース兵器がある時代での核戦争を
 わざわざ力押しでやらかす必要は無く
 テロにすべてを被せて本質を隠蔽しつつ、見せしめで都市のいくつかを劣化させながら
 経済的混乱に追い詰めて、比較的少ない爆発を以て人口間引きをやらかすパターンだろう

 但しそれではなんだかんだと儲けられないし、火星への脱出準備(電子機器)にも影響するので
 核では無く、ウイルスの類に変更したように思われる


> 今や核戦争としたワードによる一人歩きだけが、恐怖の大王の引き寄せになってそう‥



posted by 木田舎滝ゆる里 at 15:01 | Comment(0) | 日記/2020 | 更新情報をチェックする

2020年09月10日

【妄想】核戦争とコバルトの怪しい絡み

記稿.2020/09/10

> コバルト



 ‥核兵器構想の中にコバルト爆弾というのがある
 爆発により発生した中性子がコバルトに取り込まれてより多くの放射線を放つようになるそうだ

 つまり原子爆弾が頭上で炸裂すると

 今や電子機器の多くにコバルトが用いられているので
 問答無用で多くの放射線が身の回りから発生する流れになっている

 (そんときゃ、スマホを身に付けているだけでも十分にインパクトを放つだろう)


 ‥戦略物資として備蓄もされているので、その備蓄庫周辺に住んでいたなら
 目標から随分と逸れていたとしても
 まさかの核攻撃の後ともなれば、何事も無かったようでも、飛んできただろう中性子により
 とんでも被爆の憂き目に遭わないとは言い切れない

 (きちんと遮蔽処理して保管されてあるかどうかを問うべきだろう)


> ‥核開発当初には無かった放射性物質が
> 今や生活回りにとけ込んでいるので、それの相乗効果による被害は相当になるはずだ


 高高度核爆発して、電子機器が使えなくなる絶望的なうんちく以前の要素として
 お空の上で炸裂した原爆から放たれた中性子の影響については語られていない
 地上にまで降り注ぐ主体が電磁波の類とは語られてはいても
 届くともなれば、中性子だってそれなりに降り注ぐだろう点に変わりはない
 つまりその分スマホを介して被爆しかねないという話でもある
 そしてこれは物理現象なので、装置が非作動だったにしても作用は同じく起こり得る

 (どうなんでしょうね?)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 17:01 | Comment(0) | 日記/2020 | 更新情報をチェックする

2020年09月07日

【メカ設定】原子炉の起動には中性子源の起動がまず必要だった

記稿.2020/09/07

> 原子炉内のウラン燃料を反応させるには、中性子をぶち当てる必要がある
> その中性子の発生には、中性子源の起動が必要である


 ‥原子炉搭載型ガンダムを例に挙げれば
 中性子源を発生させ続ける為の基礎電力か燃料を必要とする
 原子炉が起動する度に充電したりして副次的に調達する事は可能でも
 中性子源周りの装置に故障が発生すると、途端に起動停止に追い込まれる

 (といってもそれのバッテリー性能が相当に高くないと、スペースかさばりそう)


 ‥仮面ライダー一号の設定が
 風力だったり原子炉だったりとコロコロ変わっていたが
 結局のところ両方無いと原子炉起動の場合は成り立たない


 ‥現実的な要素として、大規模停電時なら
 まず火力発電所等の再起動から始める必要が付きまとうらしい

 電気が来なければ、どうしたって制御装置周りの起動が成り立たない
 ちょいとした有感地震なら、原子炉は強制停止だから尚更

 原因不明の大規模停電だと、暫くは炉が熱反応している分だけタービン回ってるだろうけど
 そのうちに‥いきなり広域で真っ暗になるパターンが想定される


> 原子炉の熱量からすれば、要基礎電力なんて目くそ鼻くそなんだろうけど
> 原発の起動には、いつだって予備火力ありきが前提だった


 ※ 原発には予備火力が必要とした話はチラホラしていても
 このような説明を一切聞いた試しが無かったので、綴ってみた

 (つまりこれの点から見ても、原発は夢のリサイクル電力の理想を満たさない)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 14:42 | Comment(0) | 日記/2020 | 更新情報をチェックする

2020年09月06日

【詩】しっかりと育てられたい症候群

向宜詠吟.2020/09/06

人にはなぜか「しっかりと育てられたい症候群」が植え付いている
然れど、「しっかり」とはなんだろう?

自分の中の其れの思い込みから外れている時
たいていは、育てる側に逆恨みを覚えたりする
家庭であれ、学校であれ、仲間であれ、会社であれ、世間であれ
何でもかんでもまずは、自分の身の置き場に対して期待をやらかすのだ


つまり、「しっかりと育てられたい」と思っている
然れど、「しっかり」とはなんだろう?

単純にそれは「私らしく」という事になるだろうか?
しかしそうは言うものの‥多くの者らは具体的な「私らしく」を知らない


‥知らないからこそ
憧れや劣等感に引き寄せられていたりする
得か損か、善か悪か‥価値の有無に引き寄せられていたりする
満足できるか否か、自慢にたるか否かに引き寄せられていたりする

私たちはクズだから、クズ脳でしか無いから
知らぬ間に「私らしく」よりも偽りのそれらの方に納得したりする


「しっかりと育てられたい」気持ちを、わざわざ好んで競って裏切り合うのだ


失敗も過ちもすべて糧になるから大丈夫などと調子こいている
それでいて、世間からお叱りを受けようなら、ふて腐れたり、開き直ったりする

そもそもが幼少期の多感さゆえから始まる「しっかりと育てられたい欲求」など
得てして横並びの受け売りだ、人並みで十分だったその頃の空気は
歳を重ねるにしたがい、格差上等に腐りだす


‥斯様にも
一般的に人並みと思える環境に育った者らの多くは
「用意されていないと始まらない症候群」に陥っていたりする
お膳立てされていないと自分が大事にされていないように思い込むらしい

それが愛情豊かに育った結果のパターンの過半数なら、人類に救いなど無いだろう

否、自らクズ脳に陥っていながら
「しっかりと育てられたい」などと病まざるを得ない多数決群など、それこそ死に体だ
そんなことではいつになったら、「しっかりと育てよう」のその気になるというのだろうか?


‥育てられていないのでは無い
自らが自らを育てようとしていないだけである
いつだって、まずは「自分をどう育てるか‥」から始まっている
それが「私らしく」としての姿だ

(すべてはそこからの鏡似性だった)


その「私らしく」から背いていては
誰だって‥すぐに不満を並べる才だけを伸ばさざるを得まい
そしてまた世間体さえ良ければ、都合さえ良ければ、それで十分などと白を切る
徒然に甘ったれた数々のクズ脳からなる鏡似性世界からの脱出は、どうしたって険しい

「この(どうしようもない)クズ脳がwwwッ」



> うた詠み終わります、ありがとうございました。



posted by 木田舎滝ゆる里 at 17:45 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2020年09月03日

【マンガ】人間牧場‥協力し合えない症候群‥

記稿.2020/09/03

> 修学旅行バスがトンネルを抜けるとそこは人間牧場だった
> というような出だしから始まるのが人間牧場のお話です


 ‥そこでは少人数のエルフがまとめて連れ込んだ人間どもを
 連れ込んだ人間どもに管理させる方式で人間牧場を運営しています

 (現場のエルフの間にも、上下の立場に厳しい管理体制があります)

 ‥で、人間同士を管理する上で取られているのが班分けです
 班長は出荷を先延ばせるだけでなく、班員よりは多少マシな程度に優遇されています
(所謂、班長命令は絶対みたいな口ぶりをふっかけてもエルフは肉に損害が及ばないなら放任です)

 ‥ここ絶望的な環境において、班長になれるかどうかは生き延びる上での最低限の選択肢です
 ‥当然、このマンガは脱出がテーマです
 ‥当然、脱走をチクると高評価となり、班長への道が開ける仕組みです


> 兎にも角にも、脱出できるかどうかは自分の班長が脱出を諦めていないかどうかが欠かせません
> その点、このマンガでは、班長を選ぶのは早い者勝ちです(定員あり)


 さて、あなたは始めにおいて、逆らえば、より酷い環境に置かれるだけでなく
 暴力を振るいがちな班長もいる次第を目の当たりにしてしまいました
 どのようなタイプの班長を選びますか?

 ‥まぁ人間の思い込みとして、とりあえずの場当たりで
 当たり障りの無さそうな班長を選びがちです

 ‥ところが、このような管理システムに採用されている班長はどうしたって普通とは言い難い
 当たり障りが無さそうな班長に見えたとしても、それが偽りの仮面である可能性は高いでしょう
 当たり障りの無い様子の裏側には、リスクを嫌う性質が見え隠れしています
 なにしろ、ヘマをやらかせば自分から先に出荷されかねないわけですから
 リスクは全部、班員に押し付ける豹変ぶりを見せるかもしれません

 それでなくても、脱出を諦めきっていれば

 長く班長の座に留まるための得点稼ぎをやらかすはずです
 つまり、目障りと思われれば、当たり障りの無いヘマを仕掛けられるかも知れません
 そして有りもしない言いがかりをふっかけて自分の得点を稼ぐ上での空気を作る事でしょう
 (そしてまたそれに便乗する班員がチラホラと)


> 競争社会においても、自分の立ち位置にこだわるタイプに、似た空気はありありです


 マンガ「人間牧場」の主人公は、幸運な事に脱出派の班長を選んでいました
 ですが、その班長は、早急な脱出計画を自分たちの仲間とやらかして失敗しました
 やる気のある有能な班員を手にしていながら活用する事もせずに失敗したのです


 ‥なぜ、班長は、新しい班員を味方に取り込もうとしなかったのでしょうか?
 (一致協力こそ必勝のパワーです)
 理由はざっくり二つあるようです

 まず、自分が班長になった経緯です
 ただの人員不足からお鉢が回ってくるとは言い難いのがここでの班長であり、出荷の要素です
 どうしたってエルフ側に有益に働いて見せますとした結果を得ていないと成れそうにありません
 つまり、班員を信用する・しない以前としての負い目があった
 また、それがゆえに裏切られる事を警戒していた


 ‥そして次が重要です

 脱出には、綿密な調査とそれに伴うリスクを背負わざるを得ません
 主人公の行動を見ていても驚きですが、かなりの冒険です
 それを自分もしてきたと思えばどうでしょう

 「お前ちょっと下見に行って来い」とした命令でさえ恐ろしいでしょう
 (そいつがヘマをしてチクりでもしたらどうしよう)
 そんなストレスを四六時中抱え込むわけです

 それでなくとも

 新しく入ってきた班員の性質を見極めるのを待っていては、出荷で居なくなる事もありえます
 悠長に観察してから打ち明けて‥などという段取りもままならないのです
 まぁどうしたって、「組む」選択肢を持てないのが流れでしょう


> 競争社会においても
> 自分や仲間との性急なチャレンジにこだわるタイプに、似た空気はありありです


 ‥それにしても
 脱走したいのは誰もが望んで一致しているのに、恐怖と立ち位置にそそのかされて
 団結できずに好きかってやる自由に奔るのって、それが一番に惨めでしかないらしい

(それって、脱出に到るまでのどうしようもない犠牲に、面と立ち向かえない弱さなんでしょうね)
(まぁでも誰だって、目先の死の選択を遅らせたいわけですから、なるようにしかならないらしい)
(ならば一番に分け隔てなく供養できる才覚にある者ほど強運だったりするのかもしれませんね)


 ‥このマンガ
 ネタも構成も大ざっぱだし、絵柄も普通だし、てなわけで注目されづらい作品だけど
 まぁ結構、見えてこない心理表現の嗅覚は面白いらしい



posted by 木田舎滝ゆる里 at 20:38 | Comment(0) | 日記/2020 | 更新情報をチェックする

2020年09月02日

【新型コロナ】現状を第二波と呼べるのか?

記稿.2020/09/02

> ぶっちゃけの話で恐縮だが


 ‥「宇宙NOW!」には、第一波の頃から
 9〜11月頃に第三波がやって来ると、コソッと載っていた

 (なんで第二波を飛ばして第三波言っちゃってんだよ?‥と思ってた)

 結果はどうにも、死亡数に繋がらない感染拡大としたオチだった
 それの見方としては
 それはそれで市中にウイルスが出回っている証拠として捉えられている
 だから、少し涼しくなってから‥どうなるかってのが実に恐ろしい


 ‥しかし、現段階を第二波と呼べるのだろうか?

 死亡数に繋がらないなら、それはただの風邪とした表現そのものだし
 死因のトップへの勢いも感じられないのなら、第二波呼称には無理がある
 まぁせいぜいが「1.5」とした表現が今風なんじゃないのかなあと思う


> それにしても意味ありげな「菅」と「菅」


 東日本大震災の時の窮地の総理は「菅(かん)」
 第一波より強烈になると思われる秋頃の総理が「菅(すが)」っぽ

 いやはや、管(くだ)を通らざるを得ない雲行きが共に同じで意味深げだなあ

 しかもそのあとに控えているのが「枝野」としたキーワード
 枝野という顔が見え隠れしているのも意味深げだなあ


> コロナの猛威次第では政権交代もありえそう
> まさに運は「カゼ」まかせ(なーんてな)



posted by 木田舎滝ゆる里 at 21:11 | Comment(0) | 日記/2020 | 更新情報をチェックする

2020年09月01日

【生活環】「頑張ろう」に酔う意味などあるだろうか?

↓5)記稿.2020/09/01

> ‥敢えて語ろう
> 今時代の「頑張ろう」に酔う意味などあるだろうか?


 現代社会は、制度的にも経済的にも土地に縛られる事がほぼ無い状態と言える
 結果、仕事の都合が地球大に広がった事で、より儲かる都合を求めて、トモダチをチェンジする‥
 俯瞰してみればトモダチのシェアにも見えるそれは

 さらに見方を変えると格差の強化だったりしている

 その証拠に経済が行き詰まると、途端に景気の落ち目が縁の切れ目と言わんばかりを繰り返す
 そしてそれが人によっては家族のチェンジだったりするだろう

 ‥そのような傷を繰り返す事で
 人とのつきあいを忌み嫌うトラウマの量産をし合っている事にもなる


 ‥経済不安定からの助け合いにしたって、土地に縛られているわけではないので
 輪から漏れてしまっているパターンは当然として発生する

 ‥そもそもが競争だ
 それでトモダチをチェンジし合っているのだから漏れてしまえば蚊帳の外になる
 日々蚊帳の外に追いやられてしまった側の気持ちをないがしろにして
 皆で困ったときだけ一緒にやりましょうを持ち出しても憤りでしかない

 さらに、輪から外れた者を非人のように扱うような錯誤に縛られるようなら本末転倒だ
 そのような行政が、平和宣言を掲げる事自体が偽善団体だったと言うことになる


 ‥そんなの‥友達付き合いとしては最悪なわけだから
 助けて貰いたくても、助けてくださになんて口にできるわけがない

 それでなくても

 急に現れて「お金を貸して下さい」パターンにうんざりなのはお互い様でどうしようもない


> だから、現代社会の私たちの「頑張ろう」には、いつまで経っても道理が無い
> 「頑張ろう」に道理を得るには、暮らし補償の構築をまず第一にすべきである
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posted by 木田舎滝ゆる里 at 17:48 | Comment(0) | 科特隊どころか無理だからウルトラ経済大作戦 | 更新情報をチェックする