↓3)改稿.2021/03/10...20210303...
> 西洋(中世ヨーロッパ)の金と銀の交換率(1:12)
> 東洋(中世中華)の金と銀の交換率(1:6)
(↑は異世界暮らしの理解に役に立つネタっぽ)
是の差に気がついた横着な西洋の船乗りどもは、銀を運んで金に交換した
すると、始めこそ二倍の金貨を手にできて浮かれていただろうけれど
本国の銀貨はあっという間にデフレの流れに乗った
次第に両替するのにさえ不便この上ない状況に陥った
(是は、ゴールドスミスの話に銀貨が出て来ない謎の解明でもある)
(当時、本国の金持ちは両替できず運ぶの面倒だったので、預かり証明書に渡りに船だった)
(フランス革命の都合だって、本質は銀貨不足だったので民衆の暮らしがデフレだったからになる)
‥一方の中華では
人口が多い事から、銀貨は頭からデフレだっただろうから
困った事態にはならなかったと思われる(バブル状態)
(当時の清国のスケール半端ねぇ建造物の財源のそもそもを想像すれば辻褄が合う)
(西太后とは、結果的に西洋船乗りの欲と愚が産み落とした史上最高峰の金満女子だった)
両替する銀貨も足りないなら、結局は金貨で払わざるを得ない
新たな商品を開発しないなら、金貨だって途端に中華に流れることになる(結局はボロ損)
‥折角、苦労して新大陸を発見し
大体的に盗み出した金銀だったにもかかわらず、あっという間にすっからかん
「盗んだモノは長持ちしない」とは歴史の事実だった
(船で運ぶべきだったコインもそもそもが不足してりゃ、世界初の株式会社も誕生するって話!)
(金貨ばかりの金庫を眺めていりゃ、銀貨との交換率を気にする必要が無かった)
(なら貸付証明を発行したって問題なし‥どこも事情が同じだったオチ‥)
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