2021年08月01日

【ツッコミ隊】村社会のアタリとハズレ

記稿.2021/08/01

> 村社会にはアタリとハズレがある
> もとい、ならば如何なる暮らしにもアタリとハズレがある


 ‥現代人は、カネさえあれば住まいを自由に選択できると思い込んでいる
 だからだろう‥それの裏返しとして勤めによっては移転や単身赴任ありきに晒される

 ‥それは楽しいことでは決して無い
 幸福追求権をかざせば、概ね五分五分だ
 だが、誰も勤め先を相手取ってまで裁判沙汰には持ち込まない

 これは、一度越してきてしまったら後には引き返せない事情と同質だ(人質ならぬ時間質なのだ)


 ‥その引っ越しがアタリかハズレかは住んでみないと判らない
 ‥その就職がアタリかハズレかは勤めてみないと判らない
 だからつまり‥住み続けたいと思うかどうかは、人間関係で大きく変わってくる

 そうだ、人を選ばずに、住まう場所だけを選んで消費するとした考え方自体に無理がある


> 土地には歴史がある‥その最小単位は村だった


 村が気の合う者同士だけで集まって形成されてきたなら
 そこは奇跡的にも、よそ者に対する警戒感が薄いかもしれない

 だがしかし、襲撃されてきたなら、新入りだろうと確実に防衛戦に駆り出される事になる
 そして常に撃退できてきたなら、それはそれでまた独特の一体感に包まれてる事だろう

 だがしかし、侵略されていたなら、独特の縄張り意識に定着しているに違いない
 侵略されまくってきたなら、さらに癖の強い縄張り意識剥き出しだったりするかも知れない


 ‥では、江戸期に新田開発に集まってできた村ならどうだろうか?
 指導的立場に立つようなまとめ役が居たなら、村の空気はそれがベースになったかも知れない
 又、襲撃に悩まされるような時代では無いのだから、担当する役人で違ってくる話でもあったろう


> 村社会でもこれだけの差を想像できる
> では、現代社会の会社勤めはどうだろうか?


 全国もとい世界からシャッフルされて人が寄り集まる企業なら、異様に土地の歴史のごちゃ混ぜだ
 アタリもあればハズレもあるどころではない、さらに資本構造には代官風情が付きまとう
 どこが気に入らないとも関係なしに、ハラスメント症候群はわんさかして当たり前だ

 であるにもかかわらず、実入りが良いからと村社会より格上扱いしている現代人はクレイジーだ


> どちらかといえば、村社会の醍醐味は旗揚げ時にこそ人間性としての楽しみがある
> 自分たちで頑張ってやり繰りして、各自の役割分担が特徴付いていく
> (大筋で、パーティ制ネットゲームと同じだよ)


 ‥だがどうだろう
 パイプの太さにほだされて手軽にホイホイとカネを借りてきたり、助っ人頼みをやらかすと
 自分たちのペース以上の商いに駆り出される毎日に怒ハマりだ
 世界中でそれをやらかそうってのが資本主義なのだ(クレイジーだ)

 お互いの個性をただの消耗品としてぶつかりがちにあるのも、それがストレスだからだ

 その上、給料の奪い合い、席の奪い合いなら、分け合う事のきっかけすら見出せない
 精精が‥派閥ありきの仲良しごっことした内輪意識が成り立てばとりあえず満足の空気だろう


> ならばどうか?


 うまい汁を啜れる関係を維持したい保持したいと思うのは当然だ
 それが、悪党三昧だろうとブラック三昧だろうと、バレなきゃ勝ちなら当然だ
 (誰にだってその手の思考に甘ったれた空気はある)

 だがしかし、不思議なことに、その手の黒い関係には
 必ずや出し抜きがあり、その手の警戒からストレスが付きまとい、発散とした獲物狩りを要求する
 チームとしてまとまるには、狙った獲物を狩る共有感・一体感が必要なのだ
 (植民地侵略の延長線の文化色だから、それが当たり前と言うことだよ)


 ‥なのに無知にも、狩り場に参加して獲物にされがちな事に気が付かない
 人権だから保障されてるからなんて通用しないのに
 どいつもこいつも、気持ちだけ正義の味方気取りの漁夫の利狙いでどうしようもない


> お前らが村社会大っ嫌いなら、俺は現代社会大っ嫌いだよ!!!



posted by 木田舎滝ゆる里 at 04:44 | Comment(0) | 日記/2021 | 更新情報をチェックする