2021年08月02日

【勝手句帳】r071(21’0723-21’0731)静岡新聞掲載分から

(11)↓向宜詠吟.2021/08/02

令和3’7’23
牧之原市・相良田沼塾俳句部
|街中が飛びはねている大夕立


|街中に飛びはねにける大夕立 ビルのカフェにて座する打算


> やれやれこの夕立では仕方がない、どこかで時間を潰すとしよう
> それにしてもここ近年の旱気味だったのに比べれば
> 本来の日本の夏風情だが、これではまるでスコールだ(夕立とは言えんなぁ)
>(果たして、コーヒー一杯を飲み干すまでに止むだろうか?‥そこが問題だ‥)

01

令和3’7’23
牧之原市・相良田沼塾俳句部
|泥の鍬梅雨の溜まりに濯ぎけり


|泥の鍬梅雨の溜まりに濯ぎつつ こぎれひしまひ五右衛門風呂へ


> やれやれ、梅雨時の畑の手入れの何が大変ってこの泥んこだ
> さっさとやっつけちまって風呂に入りたいね
> なんだよ、こんな所に塩梅の良い水溜まりがあるぞ、丁度良い、鍬の泥を落としていこう

02

令和3’7’24
御前崎市・浜岡短歌会
|幼児が上げる両手のその先を二羽の蝶々ひらひらと行く

※ 蝶の数え方が学術的にはいつのまにやら「頭」なんだとさ(英語からの影響とか‥)
 だがしかし、文学的にそれに何の意味があるだろうか‥
 口語表現とした価値基準に迷いなんかあるわけねぇ

 だがしかし、蝶ほど「匹」でも「羽」でも似合わない空気もまたとない
 そもそも、蝶の「翅」とこだわって書くほどだ
 なら「1翅(いっし)、2翅(にし)‥」だろうよ


|追ひし里 二翅のてふてふひらひらと 小川の流れ花のそよげり


> おつむお花畑とはつまり
> 春の里を歩いていれば、小川の流れがさらさらと聞こえ、野菊らがそよいでおり
> そこに、どこからともなく二翅の蝶が舞い来るとしたイメージだ
> たったそれだけを冬篭もりの間に恋い焦がれ過ごし、目の当たりにするとほっとする
> それが故郷で迎える躍動だった‥常春常夏の世界にそんなのあるわけねぇ
> ならばここに宣言しよう、「本当のお花畑脳には冬もまた存在して在ることを」
> 「をとめ」と「ギャル」の違いを述べよというのなら、其が解答だz

03

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posted by 木田舎滝ゆる里 at 01:04 | Comment(0) | 名句にポン/2021中途から不定期分 | 更新情報をチェックする