行政が通貨発行権を持つとき、税金とは何であるのかを問わねばなりません。
他にも行政窓口や施設の利用料金であるとか、行政機能に吸収された銀行業に関わる手数料であるとか、貸付金であるとか、それらに求められてきた金利であるとか、その関連にある郵政であるとか、農協であるとか、様々な法人に求められる経費など、どうあるべきかが問われると思います。
並びに、年金や各保険料に関しても同様に問われるはずです。
税収の範囲ですべての公務を賄おうとすれば、どこかを削らなければならないわけですが、通貨発行権の権限と行使がそれぞれの行政で認められるならば、そこにあるべきモラルで通貨発行の決定を左右して行くことになります。
その時、発行できるとばかりにその割り当てが公職にばかり集中していては、官と民で公平さを保てるわけがありません。税収であれば、その予算はたしかに行政の取り分であり、行政がどう活用しようがある意味おまかせ状態にあったわけですが、行政に通貨発行権があるのならば、民にも公平な視点からの慎重さが求められるのです。
そこで民にも補助金をとばかりに、上から順繰りに優先順位を決めてみた所で、景気の影響を受けずに公務職の給与が常に安定していたり平均給与に大きな開きがあるようでは、公平さを保てていることにはなりません。
それでも、税収という枠を外して公務員の数が増やせるのならば、それはそれで雇用の確保が成り立つという見方もあります。必要であると思われているのに増やせなかった部署などそれに相当するはずです。
また、半官半民のような体質であれば、補助金という支援枠の他に、優先的に貸し付けても健全にあれるような事業体質にあれているかどうかも問われるようになると思います。
それは同時に民間側にも問える内容にもなるでしょう。
そこが、行政が通貨発行権を直接取り扱うという意味になると思います。
それぞれのケースにおいてどのように線引きされるかも重要な事です。
補助金なのか貸付金なのかという二択の支援策から自助活性を求めるというわけです。
従来の在り方にあるとき、税歳入からのみ予算を組むしかありません。
それではいつまで経っても不足分には国債発行が強いられます。国際競争力とばかりに補助金で支援すべき新技術の獲得や新事業への期待も後を絶ちません。
その結果、たしかに国民生活のレベルが向上したとしても、それは常に首都圏から始まります。当然裏では過疎過密による富や機能の集中化が絡むのです。それが人間側の心理なのです。心理ゆえに、そこにはいつまで経っても地方の一次・二次産業の活力回復には結びつかない仕組みが付きまといます。
そしていつまで経っても、国家全体としては新技術による収益に頼るだけでしかあれていません。
攻めこそ最大の防御との意識が行き、守るべきを守れない安易な発想が日本の国民性であると浮き彫りにされているのならば、そこを改めるべき事です。
生きることは短期決戦ではないのですから。
その割に内部構造においては、縦割りうんぬんでお互いの縄張り意識を尊重し合い、長期的な視点での縄張りの存続意識にだけは余念がない有様です。
結局はどちらも国民不在でしかあれていません。
予算が限られていたからこそのいやらしい仕組みにあったと考えるかはまた別の話ですが、そのような区分や概念にとらわれず、発行のあるべき形として有用にあれば、官とて公職雇用の在り方に、柔軟性に富んだ発想での人材活用と国民生活に求められるべき機能を得るべきだと思います。
行政自身が通貨発行権から発行される予算繰りにあるとき、どうして公職給与に対して税収分の発行をしなければならないのかという疑問が付きまといます。そのような公務員数だけのデータを管理する分の労力や金庫管理など無意味です。
そう思えば、公職給与ははじめから税引きの数値を示して提示されるべきになるでしょう。
すると、民との混乱を避けるためにも、収支報告だけが義務づけられ、直接税徴収は撤去されてゆくべき流れになると思われます。
法人税すらそのようであるとき、こんな考えもあるでしょう。
法人税がなくなると言うことだけも、全体的な民間支援の在り方の一つです。
それはまた、通貨における全体的な必要枠を減らす意味でも成り立ちます。
利益の大きな事業との差は生ずるでしょうが、そのような場合には補助や貸付が為されないとすることで棲み分けができると考えます。そのようなケースにあたる企業や事業の資金調達は民から募るしかありません。
つまり社債や株式の仕組みは残る事になるわけです。
国債もなく、行政銀行に預けていてもインフレ対策の一環として利息が発生しないとなれば、富裕層の資金運用は嫌でもそのような大手企業への貸付に向かうことになるはずです。
弱い所は行政に面倒を見てもらい、強い所は自ら資金繰りに奔走すれば宜しいわけです。そこに求められるべき塩梅が求められるべきなのです。
2009年12月02日
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