2011年12月04日

改名を税財源としてはどうか?

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 今や奇抜な名前のオンパレードは、日本語の乱れに通ずる民族的な危機感すら感じられる我が国の関心事の一つである。
 そこで、それを解消しておくための策として、親が役所に届け出た出生児の名付けを、幼名扱いにできるようにしておく方向性を提案する。


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 つまり、成人後、改名したいと希望のある者は、役所に届け出料を添えて申しつければ改名できるという具合の財源の捻出と言うことになる。
 日本ならではの風習‥もとい文化として、ちょっとした地域の税財源になると思う。

 例えば、会社面接の時、君の名前はわかりづらいから‥と、実は思われていて、不採用などというような事が起きていないとは限らない!
 なにしろ、名付けは親のセンスもしくは精神の反映でもある。
 その名付けた親の下で育っているとの考えはそのままに、当の人物の性格に織り込まれていると思われることに繋がっていたとしても仕方あるまい。
 そこを思えば、名前を変えるためだけに、逐一裁判が必要などと言う従来的な認識は不適切と言うものだろう。
 またそうであれば、親としても子供に対する名付けの在り方を見直すことになるだろう。



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 勿論、細かい所は慎重にならなければならない。

 例えば、何回も名前を変えたいような人の場合‥仮に一回目の改名料として10万円程度を掲げておくとして、二回目となればその倍の20万円、三回目は40万円、四回目は80万円となるようにルール化しておけば、やたらと名前を変えることへの熱も冷ましておけるというものだ。
 親としても、我が子が自分の付けた名前に不服があるようなら、成人の日に改名料を手渡して「好きにしろ」と言ってみるのも一つの祝いのスタイルになるかと思う。

 そのような時、気になる点が三つほど挙がる。

 まず一つは、改名ではなく改姓を望んでいた場合である。
 姓は血族の流れを示すものであり、早々簡単に変えられるようにしてしまっては意味がない。しかし、結婚する時になら創造姓への改姓が可能というルールにしておければ、夫側の姓を名乗るとか妻側の姓を名乗るとかでもめている婚姻後の改姓問題にもそれなりの目処が付くというものだろう。
 そしてそれにはこんなルールが求められる事になる。
 親が創造姓の場合、初代から数えて七世代を経ていないと創造姓を名乗ることができないとするような趣向である。
 つまり八代目以降の男女同士であれば、創造姓を名乗ることができるとする内容となる。
 なぜこのような意見が登場するかというと、とある宇宙人の見識によると‥血縁同士でも間に近親交配を入れないで七世代を経ていれば、近親交配による奇形が発生しないのだという話。
 まぁ実際、その信憑性についてはなんとも申し述べられるような技術は見当たらないので返答することはできないが、ここでは、それなりの理屈付けの方向としてはありだと思うので挙げて置くとする。


 二つ目は、犯罪もしくはその手の経歴を有している場合である。
 当然ながら、指名手配中の者に改名など許されるわけがない。それと同じ理屈で、罪を犯した者は罰則の一つとして、出生児の名前に強制的に戻すとするような考えが生ずるだろう。
 また、それに加えて、向こうン十年の改名許可が下りないとするような罰則が登場することになる。もちろんこれは、行政側の報道時の扱い等が主であるため、当人への罰則になるかどうかは別の話となる。改名していないケースにおいてはなおさらとなる。

 しかし、自分の名前について関心の高い人物であったかどうかは、その人物の心理面を考える上で重要な資料となるのだから、無駄というわけではない。しかもそこに選ばれている言葉や文字には、その人物の好む精神が表れるのだからなおさらとなる。


 三つ目は、ペンネームを本名に改めたいとする希望の場合である。
 条件としてはやはり、それなりの社会的な功績と知名度が求められる所となる。 
 しかし、そこを織り込んで考えれば、税財源としてはまたとない機会となるので、届け出行政側との時価取引とする考え方もあがるのだ。また、あえて時価取引としておくことで、ペンネームだからということで何度も変えられるわけではないとする認識の共有にもなる。
 そして、これはそんな人物にとって不名誉な事柄となるが、二つ目の内容とを考慮すれば、その時は旧本名を復活させて報道する扱いとなる。もっとも、周りから見て、だから何なの‥と思えてしまう点は、いささか拍子抜けに見えてしまうかもしれないが、当人にしてみれば、耐えがたい状況にさらされる意味においては確実だろう。



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 とまぁ‥こんな具合になると思うが、名前に税を課すとは何事かというご意見もあるかと思う。

 それでも、それを管理しているのが、江戸の昔なら信者集めをしやすくするための坊さんへの割り振り仕事だったわけだし、明治維新以降では、なんだか知らないうちに行政の管理下に置かれているのである。
 それにしても、明治の始めにおいては、江戸時代の風習で姓を名乗ることが許されていなかったとかそうでなかったとかで、国民全員に姓を名乗らせたわけである。それはそれで、行政に権限が移ったという事実の変化を示す上での、サービスの一環だったと捉えても無理はないと思う。

 つまり、お国の役所にとって、各自の出自の証明管理を担う権利は、司事の仕事であると同時に国民に対してのサービスでもあるのだ。
 それはもちろん税収入の賄いの中で行われるべきであるが、改名については個人向けサービスでしかないのだから、手数料を取ってみてもなんら差し支えない部分と言える。

 そういう意味で言えば、グローバル化した今時分の姓は、時代の流れにそぐわなくなったと言え、それが名付けの乱れとも言えるのだ。
 そうであれば、行政はその変化に対してなんらかのサービス精神を発揮するべきだろう。
 そう思えば‥いっそうのこと創造姓を自由に名乗れるように、期限付きで財源確保のためのキャンペーンでもすればいい‥と思うしだいである。

 ただし、一つの条件として、世帯家族単位で丸ごと姓を変えるということを定めて行うべきである。独り身の場合は不可。改姓料登録は5万円ぐらいを目安とし‥肝心なのは値段よりも期間だが、長すぎるのも良くないだろうから、開始から3年間ぐらいが適当だろうか‥。
 そしてそれを、東北の復興財源にするとか‥今だからこそ捻った税策をするべきであるのなら、行政として、国民の要望を反映するような考えを基に行えばいいと思う。


 日本の姓や名は、外国とは圧倒的にその性格を異にしておるのだから、創造姓改姓の地域差によっては、その土地々々の考え方の違いや国民の趣向がはっきりと表れるまたとない国勢調査みたいなものになると思う。
 創造姓改姓した割合からでも、新しいことに関心を示す割合とそうでない割合の違いみたいな判断もできるし、それが経済的にどう表れていたのかを知る上でも役に立つだろう。
 さすれば一石二鳥にできるというものだ。

> ‥とは言うものの、嘘と思惑の立ち込める税政の在り方に、塩を送るつもりなどない。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 12:48 | Comment(0) | 目の付け所をナス | 更新情報をチェックする
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