1-4)0
明治以来、否、西洋のルールの税回収の性格は、国民からそれぞれの言い分を課すという多重課税方式であると思う。
その上さらに銀行に、投資家に、金利や配当を工面しなければならない。
当然それらの負担はサービスや商品に上乗せされるマージンとして転嫁されるのである。
当方では、行政と銀行を合体させてしまえと言う考えを述べているが、この手の税のあり方に関してはあまり語っていなかった。
そこで、意見を述べておくとする。
1-4)1
江戸時代、幕府は各地の大名による謀反や内乱を起こり難くしておくために、飛び地での管理を押し進めていた。
飛び地とは、一つの地域の中にいくつもの幕府直轄地を設けると同時に、大名に与える土地を細かく分断して分け与える仕組みのことを言う。
これは大名自らが企業経営のように、あちこちの土地に自分たちの拠点を設けているような状況を生み出していた結果、政治においては二重行政・縦割りという汚点を現代にまで引きずる要因となった。
ところが、経済文化においては、あちこちの様々な文化要素を、大名自らが複数の土地と縁を持てていたことから、独自色に偏らずに、あちこちの好いと思う部分を取り込みやすくなっていた点が幸いし、日本文化の裾野を良い意味で広げる要因となった。
そこにある日本と世界の差を考えるに、どうして日本だけが文化の裾野の広さを維持できているかの差に対しての感触が掴めるかと思う。
1-4)2
民主主義なのだから文化の裾野は広くあって当然だ。
だからこんな考えが浮かぶことになる。
> 個人や事業所に課される税はすべてその地域自治の取り分とし、国は地域行政に対してのみ税を課す。
これだと容赦なく地域産業の活性化を余儀なくし、国としても国内の活性化に結びつくのが容易に推測されるだろう。
ただし、グローバル産業として、様々な国に拠点をおいているような企業の場合、その売り上げや純利益の計算が不能に陥りかねない‥ここが難問だ。
企業は何も、事業所単位での融資を銀行や投資家に対して求めるのではない。
財閥にしても売り上げを管理するにあたって、不採算部門の切り離しという考えはあっても、不採算事業所の切り離しという見方はしないだろう。それは必ずしも不採算部門と不採算事業所がイコールでは無いからだ。
それにしても国家単位ともなれば、海外の売り上げを国内に持ち込むと新たに課税されるように、外と内とでは、事業所単位での帳簿計算が行われているのが実際だ。
つまり、やってやれないことはないということになる。
それでも、国内における分については疑問が残る。
国内のあっちこっちに拠点をおいている場合、それぞれの売り上げに課せられる税をどこの地域行政に治めるべきかという問題がそれだ。
国内地域間で税率がバラバラともなれば、まるで国内に関税が引かれたような話にもなる。税率の低い方に移動した方がお得と言えばお得かもしれないが、それはそれで、過疎化地域であれば、企業自らが必要な物を揃える必要に迫られるのである。
結局の所、掛かる負担は同じと言えば同じかもしれない。
それにしても、国内事業所の帳簿計算は国内として一つの計算にまとめられているのが現状なのだから、移動しなければ成り立たないようでも困るだろう。
しかし、その辺りの事情がクリアーできるとすれば、中央集権である必要はまったくなくなる話として、すべての改善が加速し始めることになるのは必然だ。
1-4)3
国は地域行政からのみ課税することになるが、それにしても税率を一律にするような判断ではまずいだろう。やはり均等にする発想ではなく、経済枠の段階に応じた税率を課すべきかと思う。
その結果、嫌でも中央に回る金額は減ることになるはずだ。
そして、焦点は、中央に残すべき機能として何が必要かが問われる事になる。
二重行政二重行政と言っても、条例を細かく考えようとすれば、立法は入れ子式構造になるし、そういう意味での行政も入れ子式構造になるのは致し方なき中身だ。
もっとも、問われているのは経費削減なのだから、国も地域自治も互いに、自由にやってもらっても構わない部分と自由にやってもらっては困る所の分捕り合戦を繰り広げることになるのは避けられない命題となる。
だからそういう事情下でのマニュフェストともなれば、地域と中央との利権のあり方に対して、「我々はこのような分捕り合戦を考えています」というアピールをしていくことになる。
これは、内戦という奴を銃口を向けずに、咆哮を向けての選挙戦に置き換えた模様となるのだから、立候補する側は自分たちがそういう戦争をして行くのだという気概を示すべきとなる。
1-4)4
こういう話の流れで道州制を問うた時、事業所の構え方も落ち着くことになるのかもしれない。
地域=地方として考えて良いのなら、経営スタイルにもそれほどに打撃を与えることなく、その程度の帳簿変更なら問題なしとする考えも多くなると思う。
ただし、問題もある。その手の経理部門の経費までを海外の方が安いからとして丸投げしている場合だ。
道州別ごとに帳簿管理してもらえば済む話かもしれないが、内部構造の改変は求められるだろう。その変更の結果、事業の内部構造までもが丸裸になりかねないとすれば、海外への経理部門丸投げはリスクになるのかもしれない。
だが、国民からすれば、不正も発覚しやすい管理スタイルになるとして歓迎されてもいいはずだ。
とくに中国人的な視点で物言いしておくとすれば、あっちの事業所の売り上げとこっちの事業所との売り上げをネタに、給与の多い少ないのストライキなんかも考えられるだろう。それはそれで査定管理の公平性が明確になる流れを生み出すことになると思う。
2012年01月06日
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