2013年07月18日

【小説】かっ飛べ!!零式経済 NO.02 改訂20130718

1-3)0
 生活禄を使い切らなければならないルールは、それなりにストレスだった。そもそも富を溜め込むのが人類の習性であるのに、使い切れというのは、生理的に反していた。

 ‥かような意見が多数意見を占めた。

 論の焦点になったのは、足が出ることは勿論認められないが、のりしろとして済ますことのできる枠をどの程度容認するかだった。
 そこで、委員会が目を付けたのが労働分保証額と最低保障金額の二つをのりしろとした場合の、のりしろの幅の違いだった。
 残金が、各々の労働分評価収入の金額幅で収まっていれば良しとすれば、労働分保証額の多い人ほど使い切りの条件を満たしやすいという見方が成り立った。

 つまりこうなる。
 残金のりしろ枠={最低保障額のみ}
 残金のりしろ枠={労働分保証額+最低保障額}
 労働分保証額が多い方が、使い切りの条件を満たしやすい。

> しかしである。まだまだ、労働意欲に繋げるには何かが足りなかった‥


 仮に、最低保障金額を百万円程度で考えるならば、月額にして8万3千円程度である。家族構成等によっては、それだけで一年をやり過ごさなければならないとなれば、かなり厳しい金額だ。
 それにしたとて、それはペナルティーの一年間だけの話である。
 そしてそれは実質、無効にしてしまえる隠れ要素を含む。
 それが、夫婦間で交互にやり繰りすることだ。
(※ 成人になれば、誰でも最低保障金額が保障され、生活禄の申請が可能になる。)

 ‥用は考え方次第で、夫を立てて夫名義で生活禄の増分を用立てた場合‥妻の持つ金額はそっくりそのまま、予備費用と見なすことが可能だ。いわゆる臍繰り感覚である。
 早い話が、専業主婦のケースであれば、申請せずとも百万円、使っても使わなくても百万円を持っていられる勘定が成り立つ。無論、申請すれば、自分の小遣い程度は自由に小槌(こづち)ることが可能である。

 ただし、それでも足を出してしまった場合はペナルティーの期間を二年としよう。
 でないと公平にはならない。親権者が一人と二人のようなケースでは、条件の公平さに欠ける。そういう視点。裏技を使っても尚、足を出すようでは同じように扱うわけには行かないはずだ。
 しかし、どちらにせよこれらペナルティーが下された場合、ズルズルと足を出し続けてしまう恐れもある。生活禄の暮らししか知らない世代ともなれば、それは十分にあり得るだろう。ならば行政は、該当家族に対して担当者を付けて、指導または相談をしていく必要が生ずる。
 ‥何分にも別れ話のきっかけにだってなりかねない。そしてそれの繰り返しでは意味が無いのだ。



1-3)1
 その年、父ちゃんは焦れったそうな顔で秋口前にぼやきだした。

「どうすっかな、用意はしてあるが、今行くべきか、もう少ししてからが良いか‥」
「酒も飲まずになにぼやいているだよ、父ちゃん?」
「あ、あー‥、そろそろ一人で飲んでるのも飽きたし、お前を一人で留守番させても大丈夫かな‥なんて思ってな‥」
「!?、父ちゃん一人でどっか行く気なのか?」
「まぁな、いつも飲んでるどぶろくの蔵元だよ、今から行って、先方の返事が良ければ、そのまま米の収穫から拝めるかななんて思ってな‥」

「なんで留守番なんだ、引っ越しちゃえばいいのに‥」

「お前ね、いきなりそう言うか?、学校だって変わるんだぞ、友達だって変わるんだぞ、そうやすやすとだな‥、そうそう、まったく違う処に住むにしたってな、仕事が決まってからでなかったら示しがつかんのが、大人の事情って奴だ。」

「なに言ってんだよ、父ちゃんが毎日家で飲んだくれたままの方が、よっぽどこっちの示しが付かないよ。おれが学校でなんて言われてるか知ってるだろう。」
「おう、そういうかよ‥生意気言いやがって、それにしたってな、父ちゃんの仕事が決まらなかったら、引っ越した先でも同じ事になりかねんのだぞ。同じ恥を掻くならここら辺りのご近所さんだけで十分だ。」

「え!?‥それもそっか‥‥しかたないな、じゃ、行ってこいよ。」
「よーし、良い返事だ、それじゃ早速明日からでも気兼ねなく行かせてもらうわ。」
「え、明日!?」
「いや、その前に金慮に行ってカネを分けてこないとな‥とりあえず明後日かな。」



1-3)2
 父ちゃんの行動は唐突だった。否、のんびりし過ぎだと思った。
 次の日、渡されたのは家族用に小分けするための電帳カードだった。ぼくはそれを友達が持っているのを見て知っていた。「何だ、簡単に手に入る代物だったのか‥」と思ったが、「今になって作ってるんじゃねー」と、どことなく腹が立ってきた。
 それはいつものことだったが、それでも、必要がないといえば必要がなかった。
 父ちゃんはいつも、そのまま自分の電帳カードをぼくに手渡して買い物に行かせていた。だから、ぼくにしても、特に自分用の電帳カードを欲しいとは思っていなかった。


「このカードにカネを入れてあるから、最長で年末まで好きに使えや」

「え?、いつ帰ってくんだよ。」
「わからん。‥先方に断られれば、一週間後かもしれねーし、根張っても3ヶ月ぐらいだろうな。うまく行った場合は、それこそわからん。まぁそのときはメールでも入れるわ。」
「はぁ?、そんなんじゃ、どうやってやり繰りすれば良いのさ、計画なんて何も立たないじゃん。」
「まぁとりあえず、年末までに最低保障金額内に収まるぐらいでちょうど良いんだから、ケチケチやってみるのもいいだろう。それにしたって始めのうちだけだ。年末が近づけばそれこそケチケチなんてやり繰りしてられなくなるからな。」

「あと、被扶養者用のカードは、オーバーいくらまでの設定があるんだが、めい一杯使えるように相互リンクにしておいたから、俺の分と折半状態だから忘れるなよ。」
「??、忘れるなって?」
「だから、いつも使っている父ちゃんのカードの金額がだな、そっくりそのまま表示されるんだ。ただし、買い物をするときにしかお互いに残金の確認ができないって話だからな。気をつけろよ。」
「なにそれ?、それじゃおれからして見れば、父ちゃんの使いっぷりをいつもドキドキ気にしなくちゃならないのかよ。使いにくくないかこれ?」

「それはお互い様だ。そういう仕組みだって言うんだからしょうがないだろう。
 なんでもな‥電帳自体がオフラインでの利用を前提にしたシステムだとかどうとか説明していたな。それと、相互リンクさせて使う人も少ないだろうとかで、そうなっているとも言ってたな。完全に分けた場合は、そのまま電子マネーだってことだそうだ。」
「へぇー、でもそれだとさ、片方がカードを落とした場合はさ、どっちもヤバイぞ。」

「なに言ってんだ、知らないのか?
 他人のカードを拾ったまま使い込む暇なんて、大人であれば今の時代、誰も考える必要がなくなったのさ。
 仮にそうでない場合でも、届け出ないままに使い込んじまったどっかのお馬鹿さんは、家族ともども道連れで、次の年には最低保障金額での生活だ。落とした財布がそのまま戻ってくると言う日本の奇跡が、世界中で見られるような仕組みになったんだよ。
 あと‥拾ったその時に、最低保障金額の暮らしを味わってる誰かにしたってな、一年待つのとバレて二年待つのと、下手すりゃムショ暮らしになるのとを考えれば、ずうずうしくも知り合いの団らんに上がり込んで、一緒に食卓を囲む方を選ぶだろうさ。
 だから、落とした時はあわてずに交番に行って届け出ればいい。それから俺にもな。」



1-3)3
 電帳カードとは、電子通帳型ICカードの略である。

 口座が出金のみになっていれば、その口座には、出金したリストが記録され続けるという仕組みになる。
 だから、その機能をそのまま電子化してあるのが電帳カードである。

 電子化してしまった方が、自分の消費記録を過去に遡って統計を出すことが可能だ。
 それはそのまま、来年度の生活禄申請を決める上での参考になるだろう。

 ただし、落として拾われるような場合、ロックを外されれば、全消費リストを見られてしまうことになりかねない。そういう恥ずかしさの面はいくらか残るには残る‥。
 それでも、お金の方を使い込まれてしまう危機感と比べれば、ずいぶんと柔らかいリスクになったに違いない。あとは自分に恥ずかしくない使い方をしていれば良しだ。
 そうであれば、仮に誰かに見られたとしても、大した問題にはならないはずである。

 ちなみに、個人用の入金のみの口座は、お金としての機能性をほとんど持たない。
 必要があるとすれば、労働分保証額の労働痕跡リストを記しておく程度になる。
 早い話が職歴だ。ちょっとした半日労働から版権収入までの一切を書き込んで置くことになる。そこが成り立っていないと、きちんとした評価は得られまい。


 ‥例えば、最低保障金額に陥った場合のしのぎ方として、手持ちの物を売る手段がある。
 自由に消費ができるのだから、買い込んだ物をいざとなったら売ればいい。それが辻褄だ。またそうでなくても、お金が自由になることで、処分したい量が増える事になるだろう点に変わりはない。

> すると‥、中古で買い取る場合に新たな工夫が求められることになる。

 その時、ある程度無期限で扱えるポイントでの買い取りが有効だ。
 仮に現金扱いで買い取ってもらったとしても、次の年には断捨離で無効では意味が無い。
 ならば、最低保障金額に陥った場合等のお互いの辻褄合わせとして、中古で引き取ってもらった分をポイントに貯めることができれば、いざという時の臍繰り代わりになる。
 また、それのポイントを、子供の小遣いに用いれば、リサイクルを考える学びにも成る。
 皆がみな、大人になって尚、新しい物ばかりを買い続けるというのでは、誰が資源のことを考えるだろうか、それの意味でも中古利用は推奨され、それのメリットを見いだして行かないのでは意味が無い。
 中古品は、ポイントで買う事もできるし、生活禄で買う事もできる。
 いろいろとしたやり方で工夫し合えば、最低保障の底辺のてこ入れにもなりえ、見た目の金額よりもずいぶんと充実した形にできるだろう。

> みみっちく行く方が、環境負荷が少ないと考えれば、そういう選択肢も有りだ。

 今現在の中古品項目には、商売である以上収益性が欠かせない。それゆえに買い取れない物品が発生する。
 しかし、零式経済下での中古の買い取りは、そのままに資源リサイクル評価のポジションを得る。それゆえ再販利益に囚われる必要がない。収益よりも、如何様にして様々に不要になった物品の資源価値を再還元していくが、問われるばかりだろう。
 それが中古業の新たな形になる。原型の形で売るのか、再資源化にどんどん振り向けるのか‥それの塩梅が求められるのだ。

 だから、従来的に買い手が付かないような物品も、遠慮無く窓口に来てもらって、置いてってもらえばいい。すべてを再資源化するための仕組み作りがより進む事に成る。
 仕組みの改善を進めることもまた評価になるからだ。しないという手はない。
 不法投棄に出かけることを考えるよりも、中古引き取りの窓口に行った方が健全だ。無期限ポイントが得られるのであれば、誰もがそうするに違いない。
 であれば、不法投棄をする意味も無い。一石二鳥にも三鳥にもなるだろう。
 それでもし不法投棄されていたとなれば、事件性を疑われるだけの話だ。だから余計に不法投棄などできなくなる。

 また、リサイクルの仕分けには人手が必要だ。でも毎日毎日それをしたいとは、多くの者は望むまい。それでも分担は必要になる。
 だから、たまに手伝いに行ったりした場合の痕跡を個人用の入金口座の方に記すのだ。
 その時、金額で付ける必要は特にない。どこどこで何時間働きましたと記しておけばいい。勿論、金額で表すことも欠かせないことだが、同じ内容の仕事を百時間経験している者と十時間を満たない者との違いに、色を付けて行かないことには評価の意味も無い。
 また、全体的に協力者が少ない仕事の場合も厚遇していかないことには意味が無い。そういう相対的な部分を考えれば、必ずしも金額できっちり表せば良いということにはならない。税金制度下だと行政などはそれができないわけだが、零式経済に税金制度は無い。そこのところを間違えてもらっては困る。

 それらいろいろな要素の統計を出すには、どうしたって、申請と同時に行われる労働申告が欠かせない。集計が出ないことにはまともな評価(賞与額)を出しようがないのだ。
 そして、その結果を提示するのは何もきっかり申請時でなくても良い。多少のタイムラグがあっても用は足りるのだ。
 そもそも、生活禄をすぐに全部使い切ってしまうような生活感などあるわけがない。

 そうやって、電帳に記すことによって、人によっては開かれる活路もあるだろう。

 日常において‥、最低保障金額暮らしのままの者を、すぐに民間の側が雇いましょうという話にはならない。であれば、そういう実績の積み重ねを確認できる手立てが成り立っていれば、かゆいところに手が届く仕組みになるはずだ。

> 通帳に書かれるべきは金額では無い、命の痕跡である。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 05:00 | Comment(0) | …零戻経済思考の足跡 | 更新情報をチェックする
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