2013年07月20日

【小説】かっ飛べ!!零式経済 NO.04 改訂20130720

1-5)0
 再びの連休がやって来た。
 その日、少年は朝から布団を干し、洗濯をし、掃除をし、昼に買い出しを済ませ、取り込み、食事の仕度をし、日の暮れる前から早々と風呂に入った。

 少年は、自分が大人になってからやってみるだろうアレを今日試してやろうとしていた。
 それは風呂上がりの一杯もとい晩酌である。
 一本目は何も考えずに飲み干しただけだったが、二本目はきちんとしてから飲んでやろうと試みたのだった。

 それにしても、どぶろくのガス抜きは、見ている分にはおもしろいがすぐに飲みたい分にはめんどくさいように思えた。まるで、飲む前の下ごしらえの必要だった。
 父ちゃんも言っていたが、「このガス抜きをどうにかしないと本物人気に火は付かないだろう‥」と、その言葉の意味が、この時にして少年にはようやく分かったのだった。

 少年は目の前にある刺身を突っつきながら、ゴクゴクと始めると、「これが大人の極楽か‥」と、今回はどこか平凡に思いつつ、酔いが回るのを堪能しながら食べきり、飲み終えると、後片付けもそこそこになんとか布団に流れ込んだ。

 今にして思えば、父ちゃんがこないだの自分のように、だらしなく酔いつぶれていた姿を見たことが無かった。部屋の天井を見ながら、少年はそう思うばかりだった。
 父ちゃんはただの飲んべえなんかじゃなかったと‥そう思うか思わないか、少年は再び夢の中だった。



1-5)1
 そこには、一つの大きなテーブルが置かれていた。テーブルの周りには12〜13人程の大人たちが席に着き、機能的なイスに腰掛け、背にもたれ、なにかを話し合っていた。


「今日の議題は二つ。
 まずはバカンスについてだが、生活禄に上限がなければないで、全人類がアクティブになるだろう。ディスプレイの前で我慢できてたマヌケが、その時でさえ多いとは思えない。自堕落に与えられた映像なりを見てすごすよりは、実際の風景を求めて移動するはずだ。その時の数の制御が求められる。何か意見は?」

「‥ふふふ、どちらにしろ一度ぐらいは、どこもかしこも人混みに溢れてしまう事の次第のどうしようもなさと言う奴を、判断の鈍い連中に思い知らせてやる必要があるだろう。
 そうやって、逐一歴史に刻んでやらんことには、人類は学ぶ事ができんのだからな。愚衆のそうやって、いつもどこかで『まだまだ大丈夫』との思い込みとやらを、恥知らずと罵らずしてなんと言うべきか‥」

「いや、それは困る。考えても見ろ、カネの心配が無ければ無いだけに、人混みの少ないビーチを求めて移動を繰り返すのが落ちだ。それでは我々の日々の移動にまで影響する。そんな下らない状況は不愉快なだけだ。」

「そうだな。そこらのビーチが芋を洗うように身動き取れないほどに溢れかえるのは一向にかまわんが、乗る飛行機、新幹線、高速道、船‥それらすべての交通が渋滞でまともに使えんのでは、我々のライフワークにまで影響してしまうからな。」

「Dr.BB、あなたはこの課題に解決策をお持ちかな?」

「何を‥空とぼけてそのような質問を私に振るのですか、すでに解決策を皆さんはご理解のはず、冬と同じですよ。夏のビーチを課題にして、冬のゲレンデを課題にしないのはおかしい。」

「おや、‥というと夏もまた何か強制的に格差を設けるつもりですか?」

「ええ、もちろんです。他に手はありません。労働分保証額もしくは最低保障金額を12で割った二ヶ月分の生活禄金額しか使えない期間ロックを電帳カードに掛けるのです。
 その夏期ロックの二ヶ月を七月八月に割り当てます。ただし、教育と医療に関しては別です。夏期ロック下でもルールに縛られずに生活禄の持ち分から支払えるとします。早い話が、教育費と医療費はカウントから外すルールにします。
 また、北半球、赤道直下、南半球とでは季節にずれがありますから、国際間での協調対応は欠かせません。」

※(労働分評価収入=労働分保証額+最低保障金額)
※(生活禄=自己申請増分額+労働分評価収入(もしくは最低保障金額))

「ほほう、また自然界の理といった所ですか?」

「はい、野生の草食獣は夏場に草を求めて大移動を繰り返しますが、必ずリスクを天から与えられています。
 ‥ビーチやゲレンデの収容人数だけでなく、そこに待機する保安員ならびにレスキューチームの数にも物理的な限界があります。簡単に増やせる事ではありません。
 それの状況を想像するに、世界中のビーチの数を足せば、何十万という部隊を配置させるのに等しい。中華大陸を攻め落とすのに白兵戦力だけでは不十分であるように、全世界的な芋洗いビーチに対して、十分なレスキューチームを待機させておくのは至難の業です。
 大衆の娯楽に対する過度な期待と動きはゲリラ戦と同じです。許容を超えた安全の確保は成り立ちません。」

「なるほど。しかしそれで試練を受けるのは肉食獣も同じでは?
 我々にもある程度のリスクを覚悟しろと言っているようにも受け取れる発言ですな。」

「ええ、まぁそう受け取られても仕方ありません。でもメリットは得られます。」

「メリット?‥格差を味わう時間がさらに二ヶ月程増えた分だけ、物価の上昇にコントロールが働くとでも‥」

「おいおい、野次るな。下流の勘定のできない連中に、無知にカネを使うことへの警戒感を与えるには十分だろう。Dr.BBの提案した夏期ルールは、日常的な消費の基準を考える上で申し分ないと思うぞ。」

「それはそうだが、春と秋の問題がまだある。
 すべての者が好きなだけ車を買い、好きなだけ船を手に入れ、飛行機を手に入れようとすれば、それだけ収容スペースが必要だ。
 しかしそんなスペースがどこにある?、安全に飛ぶスペースもだ。
 そこまでのスペースを確保しようとすれば、環境負荷はさらに深刻になる。そこに生じるだろう惨たんたる事態を俺は見たくない。どうする気なんだ?
 今まではどんな形であれ、格差がそれを押さえ込んできたんだぞ。」

「ふん、それじゃ、すべての乗り物をシェアするように、社会交通を切り換えさせるだけのことだな。」

「ほう、それは皮肉なものだな。せっかく誰しもが苦も無く億万長者になれるというのに、カネを自由に手にできるようになった途端に買うことが禁じられるなんて、そりゃあんまりだ。連中気が狂っちまうぜ。」

「フフフ、何言ってやがる。こっちの方にまで公平にとばっちりが来るんだぜ。
 零式経済、実にトンデモねえ代物だぜ。」

「Dr.BB、あなたの意見は?」



1-5)2
 Dr.BBは渋い顔をしていた。まるでそこまで考えていなかったような顔だった。それでも答えないわけには行かない。Dr.BBはなんとか頭をフル回転させてこう一言、言い漏らした。


「ロボット‥」
「Why?、ロボットをどうする、どんなタイプのロボットの事を言っている?」

「‥あ、いえ、家屋をのぞいた高額品である車や船の所有の次に来るだろう高額品として満足できる分野は、今のところロボットしか見当たりません。
 今やロボットの金額も様々ですが、それにしても個人の目的に適った使い勝手になると数十万〜数百万円のパーツを組み合わせていくことになりますから、総額で数千万円ぐらいはすぐに飛びます。
 それらを家庭に置いて使うのが当たり前にでもなれば、大枚を前に浪費したい民衆のアドレナリンの新たな行き先を得るのではと‥そう思っただけです。」

「はははっは‥それはつまり、スターウォーズにでてくるドロイドのようなロボットのことだな。それにしたって、生活禄なら両方買えるだろう。解決案としては不十分だ。」

「‥そうだな。昔のスーパー・コンピューターが何千億円もしていた時代の性能と、今の時代のホームPCとを比べてもそうだが、どう見ても初期に出てくる人型はポンコツでしかあれないだろう。そんなものに何千万円投じて見たところで、アドレナリンの分泌に繋がるとは思えないな。」

「そもそも‥ロボットの定義する範囲が広すぎる。
 産業として大きくしようにも、その段階でまとまりを欠いているのが実際だ。
 もちろん、我々とてロボットの未来を否定しているわけじゃない。」

「お言葉ですが、その定義する範囲が広いところに職の裾野を広げる効果を求めるのです。であれば、高いだけのポンコツに、大枚を払うだけのインチキビジネスという揶揄な感覚にはならないと考えます。
 これは、売れる売れないではありません。誰しもに始められることが重要なのです。
 コツコツと築き上げていく過程の先にある何かが見えるまでの間、そこをどう持ち上げていくかです。

 車、船、飛行機の乗り物技術は、すでにその概念が固定化されており、全人類がそこに新たに好奇心を投影しようにも、想像性の余地がほとんどありません。
 その点、ロボットはまだまだ模索の段階であり、好奇心を投影するに十分な想像性の余地があります。
 つまり、大きな雇用を創出していく役割において、ロボットは有効と考えます。

 また、人型のロボット開発であれば、車の製造よりずっと多くのパーツの多様性とプログラム開発が求められ、その点だけを見ても、法人間取引のかさましされる分だけ販売単価の上昇が避けられないことは、誰しもが思い浮かべることでしょう。
 その時、車と同レベルで、実践的で多機能な人型ロボットが、購入できてしまえる現実が、あっという間に訪れてしまう方がむしろ脅威です。違和感です。絶望です。
 むしろそのような加速度的な進歩を、誰しもは待ち焦がれているようでいて、実は望んでなどいないのです。なにしろそのような現実は、経済効果において、雇用の創出を先食いしてしまうだけなのですから。

 雇用の先食いは消費の先食い以上に脅威です。

 前倒しに進む技術開発の過ぎたる程、夢を奪い取っていく形もありません。
 ゆっくりで十分です。科学の進歩に、民衆の関心と理解と、熟練工の育成テンポを超えた急進性を求めるのは良い選択支とは言えません。
 その一方で、環境に関する先回りは欠かせません。しかしそれにしたとて、そこを強いれば、コストがかさましされる解釈になるばかりです。
 車と同じ扱いで進んでしまっていいほど、人型の意味する所は単純では無いはずです。

 だからこそ、個人の購買欲を促す意味でも、個人単位での発行が必要になったとする説明のインパクト・解釈を、実践的で多機能な人型ロボットの実現に投影していくことは、無理のない説得力を有するものと考えます。」



1-5)3
「‥‥なるほど、それはそれだな。
 新たな産業の代替としてのロボットの件は、それで良しとしよう。
 しかし、それにしたって、春と秋の人口移動の問題に答えているとは言えないな。」

「なら、いっそうのこと、冬にしか買えないようにしてしまえば好いのではないかしら。」

「何だって!?、一月から三月の間の労働分保証額しか使えない時期にだけだと‥」
「‥その時期にしか車、船、飛行機が買えないということか?」

「そう、それも分割不可の一括払いのみの仕組みにしないと、購入制限にはならないわ。」

「それでは、売上げが伸びないではないか?」

「あら、もはや零式経済に売上げなんて関係無いのよ。売上げより評価でしょ。
 マイナーなモデルチェンジの繰り返しのどこに評価が付くって言うのかしら?
 それに、販売期間限定で売上げが伸びずに採算が合わないというのなら、単価を釣り上げればいいだけの話。民衆には、その辺の基準の見直しから心得てもらうしかないのよ。」

「それもそうだな‥、
 従来の経済モデルはあまりにも不用意に人件費を絞りすぎている。それに慣れたように、安い酒で酔いつぶれたようなままの金銭感覚では、実際の物の値打ちを知り得ることにはならないな。
 であれば、労働分保証額の格差の範囲内で、一括で支払える金銭感覚を適正基準として、民衆の間に植え付けていくことは、物の価値を考える上で見逃せない要素だ‥」

「ただし、それはあくまで個人の枠での話だ。法人はどうしたって別であるべきだ。」

「もちろんそれはそうしたいところだが‥、会社が社員に買い与えてしまえば意味が無い。法人にもリスクを与える必要がある。」



1-5)4
「ほらほら、結局はどこもかしこも規制が必要になるんだ。こんな調子だと普通に稼いだ分で何とかする従来通りの形の方がまだ分かりやすい。」

「今更何を言う、好きな物を好きなだけ買う金額を手にしても実際は買うことができないという現実を理解させた方が手っ取り早いということで合意したではないか、今からひっくり返す発言をするなら即刻メンバーから外すぞ。」

「‥俺はただ、ルールの複雑さが多岐に渡って全体像が把握しにくくなるようでは、新たな格差の火種の元だと言いたいだけさ。とりあえず、零式経済の理屈は気にいっている。

 ‥従来的闇の仕組みでまかり通ってきた、金本位制による人類一人あたり数グラム程度の割り当て勘定で、国債の発行を繰り返してきたそもそもの金本位による持ち分を、毎年毎年リセットして見直せるんだからな。
 為替のレート決めにしたって、毎年の国毎に創造される生活禄総量と法人禄総量とを元にして調整しあえばいい。
 経済規模の小さい国は大きいところと組んで、地球全体で工夫して、いくつかの地域通貨ブロックに分けて、闇は闇での都合上での裏付けを調整し合えばいい。
 どこぞの王様・貴族様にしたって、固定が年単位で取り決めされて変動し、愚直にそれが繰り返せるルールにできるから、それほどに嫌な顔は見せやしない。
 そもそもの裏付けは、たかだか一人あたり数グラムの金(Gold)なんかじゃない、国民の活力だ。
 その活力の元を先に満たしてやるんだ。その後から国民が頑張るかどうかだが、国民が頑張らない国家の国王や元首に信用なんてはじめから無いってわけさ。
 自分たちがどんなに金銀財宝(Gold)を隠し持っていたって、そんなのはただの妄想と同じさ。

 ‥ひっくり返す気は無いが、探るべきポイントを見失い、ルールが煩雑になりそうなら、外されるまでもなく自分から出ていくさ。」


「‥しかし、男はそれで良いかも知れないが、女はどうするのだ?」
「うん?、何のことだ?」
「ロボットだよ。
 生活の高額品目が冬にしか買えないとなれば、そりゃそれ以外の時には袖の振り先を新たに考えるしかない。
 しかしだ、‥下流の袖の振り先もロボットだって事になれば、男はそれを受け入れもするだろうが、女は初期段階のポンコツが幅を利かすような時期到来を納得できるのか?ってことだよ。」

「ああ、なるほど‥、その点ならDr.BBに聞けばいい。」


 この時、Dr.BBを指名した男の顔はどこかニヤニヤしていた。まるでその顔には、Dr.BBなら、この手の話を面白おかしく語ってくれそうだと書いてあるかのようだった。周りの者にしてもそれは同じで、ちょっとした息抜きをしたい気分に駆られていた。
 しかし、Dr.BBは、冗談を言わない人物でもあった。
 ここにいる連中は皆それを知っていた。そう、だからこそ、Dr.BBの直球しか投げて来ないしゃべりが、この手の話でどう出るかに興味が湧いたのだった。

 指名されてDr.BBは、次のように語り出した。それは、そのままに冗談抜きだった。


「女性にとって、春と秋ほどおしゃれに夢中になれる季節はありません。しかし春と秋は、天候に左右されやすい時節でもあります。
 気に入った衣装を買っておいたものの、期待通りにおしゃれをして出かける機会を逃してしまうこともしばしばです。
 ‥仮にお金に困らないにせよ、その日の気分に合わせた衣装を常時持ち合わせておくのはとても難しい。そこで、多くの女子は、手っ取り早くファストファッションに見られるような服装を様々に揃えておくのが、昨今の流れになっています。

 どちらにせよ、それらの主流は単色衣装に偏り、嘆かわしい状況にあります。
 ‥単色衣装ばかりで溢れてみたところで、所詮はお金を使った気にはなれません。
 またこの先、単色ばかりの衣装が、購入資金を手にできるようになった生活禄での生活感に見合うのかというと、そうではありません。

 むしろ、もっとすてきな衣装はないかと、血まなこになって探すことになるはずです。
 それが女性です。

 しかしどうでしょう‥はじめこそ探すでしょうが、すぐに気が付くことになります。
 自らの手で民族衣装に見られるような手の込んだ衣装を手掛けた方が早いことに‥

 すると、手の込んだ衣装を手掛けるデザイナーは注目を集める事になります。
 たとえそれが、年に一着程度しか生産できない代物であったとしても、注目を浴びるに足る出来映えであれば、時代の流れを変えるきっかけとして、十分に評価されるでしょう。
 その結果、手の込んだ衣装の人気はうなぎ上りとなり、その手の衣装に向けられる価値観は瞬く間に跳ね上がるはずです。オートクチュールの需要が咲き返るのはまず間違いないでしょう。
 であれば、単色大量生産の時代は主流から遠のくことになります。むしろ、作業着や下着のような分野との色分けが、はっきりする境になるでしょう。
 サイズの件をのぞけば、毎日汚れるのが前提にある作業着や下着にまで、オーダーメイドを求めるようになるとは思えません。

 それらを総じて評すれば、「女傾奇の時代到来」との表現があてはまるでしょうか‥

 女性の場合、それらの衣装を着てどこに出かけるにしても、結局はアンティークな物探しの買い物です。会話のネタになるような食事処への足運びです。

 そして最終的には、お出かけに熱が入るあまりに、女性自らが、使える家事ロボットや、情報の整理や収集をして置いてくれるような秘書ロボットを欲するようになるのです。」


「‥しかし、Dr.BB、宝石の販売はしないのだろう。それで大丈夫なのかね?」
「はい、何も問題ありません。
 それとも何か‥デート用に勝負アクセサリーがないと心許無いとでも?」
「まぁ‥はっきり言えばそうだ。男はどうしたら良いんだ?」


「いいですか、現状、生活禄のカネ回りをそのままに放置してしまえば、冬場の贅沢も贅沢に思えないままの不発に終わります。
 普段から贅沢状態で、何をもって、とっておきと言えるでしょうか?
 そのような生活ぶりに感謝は育ちません。緩急こそが感謝を導き出します。
 緩急無きくらしぶりを好しとしてしまっては、どんなに心尽くしにも冬の贅を演出して見せたところで、上流のステータスの維持には到底届きません。誰も有り難がらないのでは意味がないのです。
 であれば、従来のように勝負アクセサリーを求めるばかりでは返って無意味です。
 その代わりとして花があります。花束を贈ればいいでしょう。それだけの話です。」

「‥それで、それだけの花を用意するだけの土地をどこから都合付けるのかね?
 それこそ、そこら中に花畑が用意されていないとお話にならないご説だな。
 生活禄のお陰にも、人口がますます増加してしまえば、まずは食料の方に農地の活用が向かうことになる。それが流れだ。
 そんな抱えるほどの花束を、すべての女性に贈り届ける分の花畑なんて有り得んだろう。」

「ならば、花の値段を食料より高く位置付ければいい。薔薇百本の花束、百万円。
 たとえ生活禄の特性から、花束を贈ることが形式的に見えようとも、金額がある程度まで高くなれば、勝負所の意味合いもぐんと大きくなります。
 毎日毎日のデートにお安く扱われるような展開だけは避けられるでしょう。
 ‥いえいえ、むしろ花の命を気安く汝の欲情のために、チョキチョキちょっきんさせてまで喜ぶような女をどうして愛せるというのでしょうか?
 まぁ実際、花を土壌改良の肥料にする農法もありますから、言いすぎの嫌いはありますが、どちらにせよ解釈の焦点はその辺りに行き着くはずです。
 であれば、花一本でも、十分に恰好が付くことになるはずです。」



1-5)5
「(パチパチパチ)‥いや実にすばらしい。もっともな意見だ。
 花一本の命の価値を考えれば当然の解釈だ。食料となる命との比較論もあるじゃろうが、そこのわからぬ女に入れ込む必要などない。確かにそうだ。その通りじゃよ。

 相手の気を引くためだけにプレゼントをする行為が有ったわけではない。相手を秤に掛ける上でもプレゼントは用いられてきた。

 ‥なるほどなるほど、君の言いたい零式経済の輪郭という奴がようやくにしてわかったような気がするよ。御陰で閃いた。

 我々が何のために、格差の在り方を適正なレベルにしようとしているのかがな‥
 それもこれも、すべては地球環境の保全のためじゃ。人間の都合のためではない。
 しかし、人類の好奇心はただ黙って眺めている様には済みはしないのじゃ。
 神はその両方を理解して、あえてセットで並べて人類に与えたもうた。
 それゆえに順番らしき格差が演出され、それに不公平を感じてしまうのが我々人間だ。

 ならば、その優先順位とやらを今度は、地球環境のためにプラスになる何かをすれば、その努力をもって評価する形にすればいい。
 それこそが、零式経済下での公平さを考える上でもっともな方向になるはずじゃ。

 例えば、地球環境にプラスになるような活動や消費をした者には、労働分保証額と最低保障金額ともに、年利を足すように掛け増して足してやれば良い。
 一方で、マイナスになるような活動や消費を繰り返す者には税を課すように、労働分保証額を減損してやれば良い。最低保障金額の者が下げられることはないと考えても、老後の最低保証金額に影響が出かねない解釈なら、嫌でも知らん顔できんことになる。

 評価が、その年ごとの活動と消費の両方、さらにどちらにも+と−での相殺が絡んで査定されてしまうとなれば、自分のしている活動や消費を、どうしたって0より上に置いておきたい心境に駆られるはずじゃ。
 必ずセットでプラスになるように考えて生きねばならん。それがめんどくさいと怠惰に思うなら、愚直にもマイナス評価の何かを諦めるだけになるじゃろう。

 全体で、それらが上手く機能する塩梅を見分けながら、調整して行けば良い。
 どうやらDr.BBは、本能でそのバランス感覚をお持ちのようじゃ。ふへほほほほほ。」


 その部屋に居たメンバーの中でも最年長の翁の発言は、もっともに聞こえた。そもそも、それ以上に考えようがなかった。
 ‥が同時に、あるべき社会格差の許容を推し量る上での基準を、メンバーの誰しもは、どうしても従来通りの枠組みを参考にしてしまうことで、人類のもろさを思わずにはいられなかった。
 「私たちは何一つ、お互いの利害関係を解決し得るような文化も文徳を持ちえていないのだ‥」、そう言い切れてしまえる程に、その点において人類は何も進歩などしていないのだと思うばかりだった。

 そもそも、格差の改善を求めて零式経済の在り方を論じているというのに、従来通りの枠組みに収めなくてはならないと考えている事自体が、無力に思えるのだ。
 まるで、従来の在り方のそこから、人類は誰一人として革新しそうにあれない予想を前提にするばかりであるかのように‥
 もし、そこにある人類の成長しそうにない愚かさが、地球環境を考える上での限度枠なのだとしたら、私たちの行動は何をどう人智を尽くそうとも、許された自由の範囲はすでに決しており(しかもとても限定的で)、人類の行く末にしたとて、その枠内の中程に収まるように設計されているという見方が生ずるばかりだ。

 ‥それを表現するなら、地球の手のひらの上で踊っているだけということになる。

 そこには、進化などと言える何かがあるのではない、ただ自然界の法則が否応なしにも、人類の思考や精神にまで及ぶだけなのだ。
 私たちの日常とて、日常の遅々とした変化の積み重ねの辻褄合わせをするために、何らかの作用反作用が、愚直にも作用するばかりなのだと‥そう思わざるを得ない。
 ‥であれば、私たち人類が決定的な滅びのスイッチを選択してしまえば、もはや手の施しようがないのだという考え方も成り立つ。その逆も然りだ。

 それでもそこに居たメンバーの過半数は、それはそれこれはこれとして、しぶとくも自分たちが築いてきた経済の濁点ですら、零式経済の枠の中に、どうにか押し込もうと考えていた。人はそれを「ギャンブル」と呼ぶ。
 インチキ経済の源であった、国債をはじめとした債券等の仕組みを諦めざるを得ないとしても、彼らにとって、競馬やカジノの存続は絶対に譲れない文化だった。

 そもそも、ギャンブル文化の横柄さこそがインチキ経済を横行させたと言っていい。
 そんな穢れた精神のよすがを存続させようというのだから呆れて物が言えなかった。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 05:07 | Comment(0) | …零戻経済思考の足跡 | 更新情報をチェックする
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