2013年07月21日

【小説】かっ飛べ!!零式経済 NO.05

1-12)0
 カイジの絵ヅラは目立つので、作品の存在だけはなんとなく知っていた。
 しかし、手に取ることはなかった。

 2010年頃辺りに、読む機会を得たので、福本伸行作品の中身を一通り確認した。
 そこで、著生の金慮概念に欠いていた視点を見いだすに至った。
 「‥こんなにもくだらない決め合いに、運否天賦を気取って、命を粗末にも平然と打ち合う世界観があったんだ。」と、まぁそんな感じ。

 そして、そこに描かれていた死に道の境を歩く喘ぎに‥なんというのか、外道にもそそちまったのである。勿論、這い上がろうと抗っている主人公の方に。
 今回の中身は、その辺の理解が下地になったことは確かだと思う。これが、哲也辺りだとそこまでの刺激には至らない。なにぶんにもあちらは時代背景のせいもあるだろうが、師匠が居るし、なまじ優等生だし。今から思えばそれで坊やか‥なるへそ、本人にも自覚があったと‥
 生き死にの境に先生なんか何も導いちゃくんねー、そこんところの甘さが取り除かれてるのが福本伸行作品の持ち味だ。あまりにも突然、強烈、そして絶句。


気をつけよう。憧れは、それ以上を生み出さない。
いいじゃんか、捨て身の命くれたって、俺の覚悟は俺の物。
物が欲しい憧れの裏に隠れた豊かな生活願望‥「かぁくだらねー」
ねーちゃんに興味はあるけどその気は無い、だって俺に憧れはないからな‥OTL


> ‥どうでもいいが、麻雀はわからん。チョンボの形を忘れちまう時点でダメ。勘定の仕方と捨て牌気配なんてちっともわからん。わかった方がもっと面白く作品が読めそうな気のするところだけ、ちょっと癪。
> ちなみに、「魂」を賭けてしまうとマジにその手の宇宙に通じてしまうので止めておこう。願掛けも同じく。せいぜいが「命」の表現までだと言っておく。



1-12)1
「では、本日2つ目の議題に入る。

 ストリートファイトは単純に腕っ節の強さの力比べだ。自ら己の肉体を鍛え抜いて、力比べをしたい者同士で死合えば好い。それを我々が興行に利用するとしても、試合をセッティングしてやればいいだけだ。何も強くなるための投資を連中にしてやる必要はない。

 その点、ギャンブルはそういうわけには行かない。

 運否天賦に強い者を絞り出すための舞台作り、風俗、何よりも得たいという欲求を植え付けておくための低俗的かつ拝金的な社会基盤が必要だった。
 カジノでは、自らの命ともいえる稼ぎを賭け合って来たが、それは経営する側にしても同じことだ。負ければ双方共に命を取られたも同然の末路が待っている。
 それだけのリスクを抱えても尚、得られるだろう見返りに誰しもが魅了されたのだ。それもこれも、負けた相手のことなど知ったことでは無いとする了承の下にである。
 それがゆえに、マネーに対する畏怖がカジノを始めとした賭博に高級感を漂わせてきた。
 しかしどうだ。零式経済に完全移行してしまえば、生活禄の導入により、その得たいと思わせてきた物を、欲求を、いくらでも手にして満たすことができるのだ。
 使い切りのルールにしたところで、そのペナルティーはたかが一年、一生を賭け切るリスキーにはほど遠い。

 そんな甘甘な有り体に、一体何を賭け合えば良いというのだ‥

 もはやカネを賭け合って得る事の意味そのものが不十分だ。子供のままごと遊びになりさがってしまって、それでどうして高級感を維持できると言うのかね?
 カジノ経営がギャンブル文化の象徴であり続けるためにも、命のひりつくスリルでもって、人々を魅了することが成り立たなくてはならない。
 競馬文化にしても同じことが言える。

 Dr.BB、あなたは我々のこの要求に対して、十分かつ有意義な回答を示してもらわねばならない。

 それでなくてもあなたは、我々からマネーゲーム(金融市場)を取り上げてしまうのだ。それはそれで‥社会的な公平と継続可能を見直す上での理解から手を引くこともできよう。
 しかし、なぜそれだけのことのために、ギャンブル文化までが衰退しかねないような状況に貶められねばならないのか?
 すくなくとも‥Dr.BB、あなたが本能で公平を訴えるように、我々もまた本能で命のひりつくスリルの味わいを愛している。その愛する文化を失うわけには行かないのだよ。ドーン!(机を叩く音)」


 進行役のメンバーのその言葉が終わると、部屋に居たすべての顔がDr.BBに注目していた。Dr.BBは、その周りの自分への目が、いつもとは違っているように思えた。
 その時、Dr.BBは、まだまだギャンブル文化がどうなろうと大したことではないように思っていた。それが顔にうかがえ見えたのだろう。彼の耳には、別のメンバーから注意を促す言葉が続けて飛び込んできた。


「そうそう、ひとつ君に伝えておくとしよう。本日の席にカジノ王が居ることに君も気が付いていると思うが、それがどう言うことだか分かるかね?
 今日、翁は我々の賭けの見届け人としてここにお越しいただいておる。
 賭けの内容は、君が、ギャンブル文化の継続を可能たらしめると認めるに十分な提案をすれば我々の勝ち、できなければ我々に対抗する連中の勝ちというわけだ。
 勝った方が今後の仕組み作りの主導権を得るというのが、今ここでのギャンブルだ。
 ‥言うまでもないが、我々が賭けに負ければ、この部屋を出た後の君の生命の安全を保証することはできない。くれぐれも死を覚悟してアイデアを捻りだしてくれたまえ。」



1-12)2
 その言葉はあまりにも衝撃だった。Dr.BBは思わず、テーブルの片端中央に座していたカジノ王に視線を向けた。
 そんなDr.BBの視線と鉢合わせしたカジノ王は、悪戯にも彼に向かってニヤッと笑って見せたのだ。その笑みを見てDr.BBはすべてを理解した。
 ・・・この注文に、君が応えても応えられずしても、儂のカジノ経営には何ら問題はない。じゃがむしろ、儂は君を前向きに評価しておる。是非とも有意義な案を提示してくれたまえ・・・

 いきなりの制限。いきなりのリミット。いきなりの崖っぷち。

 Dr.BBは自分がギャンブルのど真ん中に立たされたことで、それへの不満と欺瞞を感じながらも、周りの者に自分のギャンブル理解を分からせておく必要を感じた。
 そう、彼にはその手のプライドやステータスなど、その場にこれっぽちも持ち合わせてなどいなかったのだ。
 まず何よりも、自分が‥晴れてこの部屋を出て生き長らえてこそ、今後の世界のためでもあると、それだけだった。


「実を申し上げると‥恥ずかしながら一度も、カジノも競馬もその敷居を跨いだことがない‥カジノ経営の現場感覚、経営視点がまるで分からない‥、聞いてもよろしいですか?」

「・・・・」
 Dr.BBから出たその言葉は、部屋に居たメンバー全員をひっくり返らせた。それはもう、本人に黙ったままに、賭けに駆り出した方の落ち度だったと言え(その通りではあったが)‥Dr.BBのそれは、それにしても賭けに駆り出されていながら、臆面も無く、はじめに口を開いて言う言葉の想定の範囲を逸していた。


「(オッホン‥)、‥‥いいだろう、で、何が聞きたい?」

 部屋の空気は一変していた。Dr.BBにだけのし掛かるはずだったプレッシャーが、いつの間にか部屋に居るメンバー全員に均等化されていた。
 当然の理解といえば、当然としてあるべき形になったにせよ、何か煙に巻かれた感触が逆に周りの空気をゆるやかにしていた。
 生き死にの懸かったギャンブルのど真ん中に放り込まれたというのに、Dr.BBには、どこかギャンブルの匂いがしきれていなかったのだ。

「そうですね、今現在の段階で、どんな経営を検討されているのかをうかがいたい。
 零式経済のルールで、ギャンブル以外の部分でどう収支を得るつもりでいるのか、新しいカジノスタイルの基本みたいなところを簡単に‥」

「そうだな、我々が現段階で口にできる事は、実に簡単なことだ。カジノに出入りするのに必要な料金を頂く。例えば、昼なら一人五万円、夜なら一人十万円だ。
 従来なら朝から長居の客に対して公平性を欠く事になるところだが、生活禄からの支払いであればそうではない。なにしろそんな金額の違いにケチを付けるぐらいなら、生活禄の申請額を多くすれば良いだけの話だ。こちらとしては昼と夜の客足の違いさえ推し量れればそれでいい。
 仮に、昼と夜の両方を支払って頂いたとしても生活禄でなら何ら問題にはならない。

 そしてこのやり方は、大概の賭博場への出入りに当てはまる商売の基本形になるだろう。
 何分にも、現段階ではそれ以外にビジネスとしての形を保ちようがない。

 とりあえず、それで中に入ってもらって、その料金内での掻い摘んだサービスを受ける事が可能だ。フリー・ドリンク、フリー・オードブルを手にするのに料金は掛からない。
 ただし、こちらが別料金扱いにしている物に関しては別だ。
 そうやって、高級感を楽しんでもらいながら、鴨れそうな相手や、石をぶつけてみたい奴や、誰彼かまわずに足を引っかけてやりたいと思えば、ルーレットの前なりに出向いてもらう‥まぁそういうことを考えている。

 ・・・ところがだ、そのルーレットの前に立って何を賭ければ良いのか、そこが問題になっている。

 賭けに勝って生活禄が増えたってしょうがない。勝てば勝つほど予算が増えて使い切れなくなるなんて、罰ゲームじゃあるまいし、何も楽しくなんかない。むしろ不愉快だ。
 それとも何かね、女の欲する光り物の権利オークションの予算繰りをそれで増やせとでも言うのかね。馬鹿言っちゃいけない。
 そんなのは、我々の望む命のひりつくギャンブル文化の存続とは言えんよ。」



1-12)3
「(‥なるほど、入場するのに料金を取る。それは消費する方にしても商いをする方にしても当然の形。何はともあれ‥生活禄だから、{入場料}={基本サービス一括込み}にしてしまおうというわけか。

 これは、遊園地の入場料金と乗り物代の関係にも言えそうだ。フリーパスを買うのが筋であれば、込み一括にしてしまえばいい。なにしろ自分発行の生活禄だ。何ら問題にならない。

 ‥それにしても、そんなにも博打がやりたいのだろうか。
 どんなにまじめに何かをやっていたって、ひりつくときはひりつくものだ。それが自他共に、命に関わることになれば、本当にひりつく。
 この人たちは本当のところは我が身に対するひりつきにしか興味が無いのだろう。それもゲームに勝つか負けるかというだけのことで、実際における自分の命の右か左かにひりついているわけでもない、自分のプライドが保てるかどうかなだけだ。
 そして、その裏返しとしての相手の惨めを見るのを楽しみたいだけだ。
 そんなプライドの有り体に、私の命までが賭けの代償になってしまっているとは、なんともあきれてものが言えないな。
 なるほど‥プライドか、プライドの虫の居所さえ確保できればいいわけか。なら、虫は虫同士で喰らえあえば好いじゃないか。あとのことなど知ったこっちゃない。そういうルールにしてしまえば善い‥。)

 ‥では、こうするのはどうですか?
 
 生活禄は生存保障の一貫として賭けの対象には一切できない。その代わり、申請した生活禄の金額と同じ額を、また別に賭け専用の種銭にして設けるのです。もちろんこれも行政申請の手続きを前提にします。

 繰り返しますが、種銭はきっちり生活禄申請と同額です。額の変更はできないとします。 それと‥当然の理解になりますが、種銭は種銭以外の用途を認めません。
 また、種銭の申請は、生活上必ずしも必要な義務ではありません。賭け事をやるつもりが無いのなら、無理に種銭を用意する必要はありません。
 その上で、カジノ等の業務サービスとして、ギャンブル初心者に対して、即座に種銭の用意ができるようにすることは、業務成績‥つまり手数料を稼ぐ意味でも欠かせないもてなしになるでしょう。

> その種銭を資本として賭け合う場合のルールはこうです。

 種銭が消化決算日の前に尽きれば、生活禄次回発行の春まで賭博場回りの出入りを禁じます。同時に、年明け後のその一年間、種銭申請もできないとします。
 これがペナルティーとして手ぬるいと思えば、敗者に対して、負け犬気分を存分に味わってもらえるように罰則規定を設けることにします。
 例えば、そこから一年、カジノ等の呼び込みに精を出してもらうなんてどうでしょう。
 生活禄のご時世にもなれば、好きこのんで呼び込み看板を背負って道端に立つなんて風景もないでしょうからね。負けた気分を味わってもらえるような労働を担ってもらえば、雰囲気を醸し出す上でこの上ないアイデアだと思います。
 勿論、罰則規定による労働でも、働いた評価は得られます。借金まみれの強制的無賃労働同然の扱いをしようというほどの惨めさを味わってもらうまでの必要はありません。
 また、出禁負けする人の中には、普通に働いている人も居るでしょうから、それはそれで時間の都合を調整してもらうことになります。この時、罰則の方を優先主体とするか、本来の仕事の方を優先主体とするかは、それぞれの自治方針等に則って決めてもらえばよろしいかと思います。

 それから、これの罰則規定に基づく労働は、法に定められた範囲での取り扱いとし、賭博場経営側の好き勝手になるというわけではありませんので、勘違いしないでいただきたい。
 職業選択の自由があれば当然として不人気稼業には不足が生じます。あくまで、それの穴埋めができる範囲で検討していくことになるでしょう。

 逆に勝った場合の利益として‥
 とりあえず仮に、種銭からの獲得合計が、自己申請額の二倍に達して、めでたく消化決算日を迎えれば、労働評価として最低保障金額分を稼いだとして認めましょう。
 つまり円換算で最低保障金額分が百万円なら、百万円の労働評価を得たことになります。
 ただしその百万円の価値は、汗を流した評価とも、生活禄の最低保障金額のそれでもありません。
 ‥そうですね、汗を流した評価を「金(Gold)」とすれば、ギャンブルで得た稼ぎは「銀(Silever)」です。最低保障金額だけであれば「銅(Copper)」です。」


(※以降‥労働層をG層、ギャンブルコンプリート層をS層、非労働層をC層と呼称する。G層の中に生ずるSは、評価の多少に関わらずそのままG層と扱う。

 表記上、G層の支払いをG銭、S層の支払いをS銭、C層の支払いをC銭と呼称する。並びにG銭、S銭、C銭の価値は、原則等価であるとする。
 G層の一部が持つであろうS銭はそのままS銭として扱い、区別する。並びに、年金概念のリベンジに基づく最低保障金額の老後増分をS銭、通常分をC銭として区別する。ただしだからといって、S層に属すという意味にはならない。それでもS銭の支払い適応には、問題なく利用できるものとする。)


 その語りを聞いていたメンバー一同は、その淡々としたDr.BBの発言に、ただただ釘付けになった。それはどこからどう見ても、自分がギャンブルの賭けの対象にされていることを少しも感じさせない、いつもと変わらぬクールな言動ぶりだった。



1-12)4
「ほほう、それはおもしろそうじゃないか。まずまず安心といった所だな。」
「フフフ、金・銀・銅で色分けしてしまうところが好い。生き様や格差が、目で見える形になる点がとてもシンプルで分かりやすい。」
「そうそう、夏と冬のカジノに出入りするのが、素人のアリばかりになってもらっても困る。盛り上がりに欠くからな。
 玄人キリギリスのチップが銀で、アリのチップが金‥見た目でわかれば、お互いのプライドを押し通さないと気が済まなくなるぞ。くすくす。」
「‥なるほど、キリギリスの連中にもチャンスはあっていいわけか。ギャンブル有能なら冬の出入りも許される。運否天賦もまた人間の価値としての魅力の一つだからな。」

「それにしても、チップの色の違いは冬だけなのか?」
「なーに、そこは普段からそのように色分けしても良いだろうさ。そっちの方が良い。
 金・銀・銅のチップの色分けに金額上での価値の上下はない。あるのは生き方の印だ。
 ようは身分証の代わりさ。」
「そして、その違いだけでも価値を持つことになる。G銭以外はお断りなんてな。」

「それなら、もう少し色分けを増やしても良さそうだな。アトリエや研究室にこもりっぱなしの人物が一目で分かるにこしたことはない。その方が会話も弾みやすくなる。
 そもそも彼らの中には利益度外視で稼ごうとしない輩も多い。その者たちまでが、冬の社交の場に現れないというのでは拍子抜けだ。」
「そうだ。冬の出入りに関していえば、C層の入場だけをお断りにすればいい。だが、社交場の晩餐会期間でもあるのだから、話のネタを有してそうな連中にも来てもらわない事には意味が薄れてしまう。」

「それにしても、評価の中に色を持ち込んで、色を変えるだけですべてが事足りてしまうとは見事だ。
 夏と冬の格差期に、考えていたシンボリックさを価格に求める必要もない。それら価格変動に伴うはずだったやりづらさや混乱を先回りで封じている。さすがDr.BBだ。」

「‥ふふふ、これなら宝くじにも芽が出て来そうね。」
「ああ、そうだな。それとテレビショッピング等の商品調達でも、客からのブーイングを見ずに済みそうだ。季節毎に生じかねなかったシンボリックな意味での価格差ギャップをどうしたものかと考えていたが、春になってからも、C層にも同額で売り出すだけで良い。
 夏にはG層とS層、秋になったらまた全層、そしてまた冬になったらG層中心にと、取り扱いの品を工夫すればいいだけにできる。値段をいじる必要がほとんどない。
 これなら、従来のプレミアムな商品格差の位置づけと、さほど変わらない演出が期待できる。」

「つまり、格差を表すのに、無理に金額を変動させて表現する必要はないということだな。
 格差を表すに必要なのは、プレミアムな新製品やサービスを消費できるのは、働いた者から順だとの理解が通れば、それで十分だった‥というわけだ。」
「その通り。商売する上で何をどれだけ払ってもらうにせよ、金・銀・銅のそれぞれに優先順位を求めて行くにせよ、従来サービスの知恵の応用が成り立たなくては意味が無い。
 食料や衣料等の日用品目で、売れ残りを売り切るための策が減ってしまうようでも本末転倒だからな。」


(※例えば‥特に夏と冬の格差期における通常タイムでは、G銭のみ、もしくはG銭とS銭での購入が可能。タイムサービスになるとC銭でも購入可能になるような在庫処分の仕方。
 これのメリットは、価格を変えずにタイムセールスが成り立つ点である。ただし国民性にもよる。愚直にも仕事のシェアが進んだ国家では、夏のそれにはあまり意味をなさない。

 これのイメージを鑑みれば、夏の格差期の支払いでは、生活禄のそれ全体がG銭、S銭、C銭として扱われることになる。
 一方で、冬の格差期では少し趣が異なる。
 G層であっても、最低保障金額の分、つまり労働分保証額からのはみ出し分を自動的にC銭として算出し、消化決算日の時点で分けてしまうことになる。
 それが、労働評価で得られるお金の在り方を、色で区別した場合の公平さとして考えられるのだ。老後資金の最低保障金額の増分の色分けとを合わせて鑑みても、その辺りが妥当だと思われる。

 そうであれば、冬の格差期にも色の違いから生みだされるタイムサービスは、十分に理に適ったサービスになるはずだ。
 ただし、G層が、C銭の利用を検討せざるを得まいとしても、そのG層ゆえのプライドを剥きだしにすれば、C銭を使うまいと考える者も出てくることになるはずだ。

 その時、ここに寄付の概念を残すことも可能である。
 「C銭ならほらくれてやる‥」みたいなね。

 例えば、冬に金慮に行って、電子的なC銭を実貨幣に交換。冬にのみ可能。
 さすれば、子供の小遣いに用いるなりできることになる。
 ただし、その実貨幣には使用期限が刻印されている。例えば二年間である。
 こうすることで、年明けの正月のお年玉やお賽銭等の風習の存続もまた難しいことにはならない。

 ‥それの売り上げは勿論、金慮に出向いて処理を受けることになる。といっても、零式経済では、売り上げとして記載されるだけであり、回収された貨幣はそのまま鋳造資材として再利用されるばかりだろう。使用期限が刻印されているのだからそういう形になる。)



1-12)5
「‥しかし、ひりつくようなギャンブルにはまだまだだ。」
「まぁそうだが、2倍から上の銀評価をどうする?
 2倍から上をそのままの比率通りに認めてしまうようなら、まずい事になるぞ。」
「ああ、同感だ。現案は一見、生活禄を使い切る能力が伴わないと高額の資金を持てないように見えるが、そんなことはない。誰かと組めば良いだけの話だ。」


 そう、組めば良かった。そうするだけで、いくらでもS銭を用立てる事が叶う。そういう意味ではおもしろくもなんともないのが原案での欠点だった。
 百万コインを用立てて、二百万コインにするにしても、一億コインを用立てて二億コインにするにしても二倍は二倍。その点はいいとしても、レートを変えれば難しさに大した差は生じない。
 それでいて、インチキの通りづらいカジノのような賭博場に通わずとも、雀荘のような庶民的なストリートギャンブルで成り立てば、仲間の種銭を誰か一人に八百長よろしくにまとめるだけで、冬のS銭を大量に得られる話になる。
 それも、仲間がコインを失わない程度に調整すれば良い。そうすれば、仲間同士の間に、生活する上でのリスクは何も発生しない。仲間の誰か一人が最低保障金額での一年間を過ごす羽目になるだけでいい。夫婦や家族、親戚同士でこれをやられるととんと意味が無い。
 だからその程度の枠組では、誰しもはすぐに裏技に気づくことになる。
 そしてそれはギャンブルではない。単なる穴の開いたゲームだ。否、単純な作業だ。それがその部屋に居あわせたメンバー共通の理解だった。

 そこにDr.BBが話を付け足してきた。


「皆さんは、ギャンブルであればいくらでも稼いでも構わないとの考えを当然のように思い込んでおられるようですが、ここでの話はそうではありません。
 労働者が休日のたしなみの一つとしてギャンブルをするにせよ、そのままにのめり込まれては困ります。
 であれば、S銭を得られる二倍の次は三倍です。三倍にしてようやく最低保障金額の二倍が稼げるだけとします。つまり二百万銀です。中途評価は認められません。

 これは労働評価の仕方にも関わります。労働評価をどうするのかを公平に考えた場合、どうしても通知表のようにチェック項目を設けることになるのは避けられません。
 仮に、労働評価が、一万金置きであれば、当然として博打で得られる評価金額の方は、それよりも大ざっぱでなければなりません。そうすることで、ギャンブルゆえの性格上、儲けも大ざっぱの扱いなのだという理解になるでしょう。逆に細かいようでは、労働評価の方が厳しく見えてしまうだけです。

 ゆえに、百万コインの種銭であれば三百万コインに、一億コインの種銭なら三億コインきっかりに増やしてようやく二百万銀の労働と等価の評価です。中途の獲得コイン数は切り捨てになります。それ以上での換算もこれに準ずるとします。
 ‥場合によっては、さらに大ざっぱに割り振っておく必要も出るかも知れません。
 例えば、百万コインの種銭ではじめて、九百万銀獲得の次は、一千万コインではなくその十倍の一億コインを得ないと一千万銀を得ることはできない‥と言う具合にです。

 あくまで、しっかりと汗した方が確実であるとの意識付けが必要です。それが理屈です。そこを見落としてはなりません。実経済活動の方の意欲が減衰してしまうようでは困るのです。息抜きがないと張り合いもないとの理解からギャンブルを認めるのです。であれば、主体が逆になってしまうような発想に意味はありません。
 その辺り、個々の心理バランスを織り込めば、納得もしてもらえるでしょう。

 それに、際限なきS銭の獲得を認めてしまえば、法人賞与とのバランスを欠く事になります。G層の生活水準以上に生活禄(種銭)を仕込まれても困ります。一般とギャンブラーとの間に、世間離れした消費水準(高級品目での価格インフレ要望)が形成されても意味はありません。
 であれば始めから、常識の範囲で種銭(生活禄)を持つのが適当である‥との理解共有があって然るべきになるはずです。」


 このDr.BBの発言を受けて他のメンバーたちは面食らった。それは、なんとなく、自分たちの流儀との違和感を肌に感じたからだった。
 ギャンブルはある程度を凌げば、その後は出来レースになる。それは資金力が物を言い始めるからだ。軍資金が増えれば増えるほどに、有利に躍り出るのがギャンブルのおもしろさだった。そしてそこには、何にもました優越感が生ずる。そしてその重みが生みだす重圧との対峙が、堪えられないから止まらない‥それがギャンブル文化の本質だった。
 ‥なのに、どこまで行っても均一にハードルが課されるばかりではなく、さらなるハードルを課してでも、実経済と勤労を重視だというのでは、どうにも従来のギャンブルとは勝手が異なるように思うばかりだった。
 しかし、Dr.BBの指摘は的確であり、異論を挟む余地はなさそうだった。

 そこで、メンバーは気持ちを整理すべく休憩を挟んだ。



1-12)6
「‥やれやれ、どうにも納得できない部分は残るものだな。」
「しかしアウトラインはなかなかどうして、的確としか言いようがない。」
「まぁ普通に考えてもギャンブルで死合えば、残るのは勝者だけだ。
 それでも、9ヶ月間という間に猛者同士で、どれだけつぶし合うかは未知数だ。」
「‥まったく、それで最終的に、労働分評価額の一等と同列の者たちがわんさか出現するようにでもなれば、収拾がつかなくなるのは火を見るよりも明らかだ。
 仮にそうなってしまえば、労働評価の仕方にも大なたを振るわなくてはならない。
 その時、評価項目の多様化や一項目における上と下の額に差がありすぎるように成りだせば、元も子もなくなる。何のための格差縮小なのかがわからなくなるばかりだ。」
「冬の3ヶ月間だけとはいえ、その手の連中にデカイ顔されるのもやっかいだしな。」
「ああ、想像してみるだけでも虫唾が走るよ。」

「フフフ、それほどでもないだろう。俺たちは陰で君臨することだけを考えれば良い。」
「またまた、もう何かズルでも思いついたのか?」
「いいや、美味しい話さ。」
「はいはい、別に話さなくても良いぞ。」
「まぁそういうなって、このギャンブル・ルールの特徴は、いかに生活禄を実生活の中で消費できるかが、もう一つの要素として問われている。
 そして組むにしたって、単に子分を増やして八百長してみようにも、生活禄で自由に暮らせるのに、何を好き好んで子分になる必要がある。そんな奴は相当の馬鹿だ。
 馬鹿をどんなに束ねても運なんて付いてくるもんじゃない。だから、せいぜいが程度人数でのチームプレイだ。
 ならば、その中でも豪腕チームを丸ごと抱え込む策を考えれば良い。」

「ほう、どんな?」
「だから、いかに多額の生活禄を有意義に消費できるかだ。」
「だから、どんなだ?」
「なんだ知りたいのか?」
「‥ああ、知りたいです。どうか教えて下さい、マスター様。(‥たく、めんどくせー)」

「では教えよう。
 例えば、世界中からありとあらゆる食材を買い集める。そうなると貯蔵庫が必要だな。当然、冷却効果を考えれば地下にその施設を造ることになる。
 するとそこに食材を求めて、嫌でも一流のシェフたちが世界中から集まってくるだろう。
 なにしろ一通りの食材を自分で揃えるのと、有るところに移動するのと、どちらを選ぶかと言われたら後者でしかない。
 ならば、俺は一流のシェフたちが集えるように料理の横町都市を造ってやろう。

 もちろん、俺は食うだけだ。

 そのついでに、俺の稼ぐことになる巨額の種銭を狙ってハンターたちが群がってくる。俺は美食とゲーム三昧に飽きるところがない。
 そして、ギャンブラーとして強ければ、そこに留まることができるとしよう。
 つまり、ギャンブル最強チームの結成だ。そこで最先端の美味いもんが毎日食えるんだ。一般客を相手にするだけのカジノが物足りないような奴らにはうってつけだろう。
 それを運営していく運と才覚のある俺は、嫌でもチームのオーナーに君臨できるってわけさ。」

「‥‥‥って、お前それって法人扱いだろうが‥生活禄の使い方の範囲を超えてるぞ。」
「フフフ、凡人ならそう考えるだろうな。実がそうではない。獲得することになるS銭の範囲で、冬場に食材を予約買いで消費しきれば好い。誰にも文句は言わせん。」

「‥じゃ、生活禄は人並みで勝負するつもりなのか?、それじゃ、普通だろう。」
「フンあまいな、だから豪腕チームを結成するんだよ。運否天賦のギャンブル梁山泊と化してしまえば、どう考えたって最強だ。生活禄の大きさは普通より多い程度で十分だ。
 無論、砦の完成までには多少の無理は強いられるだろうけどな。

 まぁ‥何度も言うようだが、俺にはそれを運営していくだけの運と才覚がある。

 法人評価にはG銭も付く、だから梁山泊のメンバーは全員その法人に属するとする。
 そうなれば、誰もその分のギャラを蹴るなんてしないだろう。そこに居るだけで、金も銀も手に入るのだ。
 それを夢見させるためにも、メンバーは、概ね勝ち続けた者だけが残ることのできる持ち額高上位入れ替え制だ。もちろん再度挑戦は自由だ。抜けも自由だ。
 なにも人殺しの実戦部隊を作ろうなんて意味での生き残りじゃない。
 あとは、鴨葱の構造だ。こちらのテリトリーで勝負する限り、種銭は一つも外に出ん。
 なにしろ持ち額高上位入れ替え制だからな。鐚一文出て行くわけがない。
 途中で抜ける奴が出でもしない限り、増え続けるしかないのさ。

 ‥そうだな、経営評価を高める上でも、食材と人材とを被災時には吐き出せるように行政協力を結んでおくとしよう。実に楽しみだ。」

「なに、それじゃお前は、途中からギャンブルチームのメンバーから抜けて、その法人のギャンブラー部門を抱え込む形にするのか?」
「しかたあるまい、ギャンブルするにも経営管理するにも、そのどちらにも時間は必要だ。それに老いれば無理は利かなくなる。ならば始めからあるべき形に落ち着くだけさ。」

「でもね‥」
「でもなんだ?」
「なに、聞きたいの?」
「フン、教えないというのなら‥、俺の横町都市にお前は出入り禁止だ。残念だったな。」
「く〜それはつらい。
 ‥じゃ、ギャンブラーを抱えて、そいつらを社員認定して、他の社員はどう思う?」

「なんだそのことか、一流のシェフたちが客も来ない界隈で居続けたいとは思わないだろう。ならば、ギャンブルの勝負は客寄せのセレモニーになるだけだ。
 それと、ギャンブル梁山泊に残るには条件が課されることになる。獲得したS銭で食材を買い漁るのがその契約内容だ。
 であれば、シェフにしたって文句を垂れるわけがない。そもそもにして、良質の食材をより多く仕入れるのに協力しないわけがないからな。
 まぁ、普通に法人禄からでも仕入れは出来るが、冬の美味いもんを買い漁るにS銭は強い味方になる。無理な経営をしなくて済むからな。
 場合によっては、一企業の用意する法人禄を上回ることにだってなるだろう。そこに発生するだろう軍資金は実に魅力なのさ。それと生活禄の方もな。
 そのS銭を得るためにも、定期的に勝負相手を募れば良い。シェフもそれに合わせて腕を振るうことができれば張りも出る。なんならシェフ同士の料理バトルを賭けにしてもいいだろう。興行評価によるG銭増量も欠かせまい。
 もちろん、料理バトルを見に訪れた客には、その料理が振る舞われるようにしよう。

 あとの通常経営は通常経営だ。そんなのはそれぞれのシェフが好きにやればいい。一流しかそこにいないのだからな。俺が指図しなければならないことなんて、ほとんどありゃしないさ。
 どちらにせよ、シェフにしたって、法人に属せないのでは経営もままなるまい。横町とはいえ、個々を競わせるようにだけ配置するよりも、一帯を一団として集合の価値で評価を得られるようにしておいた方が、小細工無しで料理に打ち込めるというものだ。
 そもそもにしてそのための食材の共通調達基地が、これの構想だ。
 それに、雇用の規模拡大は、評価採点からして有利になるんだからな。小さな店でちまちまと一流を語ってみたところで、周りのレベルが同じなら、考えることは一つだ。
 なら地域ぐるみで組んじまった方が、より看板がでかくなって、一流としての意欲が湧くはずさ。まぁ中には変わり者も居るだろうけどね。

 言うまでもないが、俺は遊んで食うだけだ。な、美味しい話だろう。」


「‥そうか、分かったぞ!!
 つまりS銭をきちんと制御しないと、創造マネーがダブ付いて、金融の時代と代わり映えしない状況に陥りかねないのに、俺たち自身もまた従来のやり方の失敗の渦に戻ろうとしていたから違和感を感じていたわけだ。」
「そうだ。新しいやり方には新しいやり口がちゃんとある。そこを見極めてやれば良い。 そして、主役はあくまでG層であらねばならない。誰かがS銭を制御しなかったら、それこそ、G層に魅力なんて感じられずに終わるだけだ。俺たちはそんな状況を望んでまで、ギャンブル文化を残したいわけじゃないさ。」



1-12)7
 休憩を終えると進行役がこう切り出した。


「まず確認しておくこととして、G銭、S銭、C銭の価値を等価に置くことに反対意見はあるかね?」


 反対意見はなかった。


「では次に‥
 実経済での公平性を考えたとき、S層に与えられる権利がG層を上回らないように注意することはもちろん重要だが、ギャンブルと女、女と光り物はつきものだ。
 そうなるとどうしたって、宝飾品目に向けられるだろうレンタル枠拡大への要望は尽きるところがない。

 しかしだ。S層のもてあますことになるだろう資金力のあり様如何では、ここを無策にも野放しにしていると、いつの間にやら全部をダミーにすり替えられていたなんて事にだって成りかねない。なにしろそれもまたギャンブルの内だからだ。

 そこを踏まえれば‥ただ単に、G層S層C層それぞれに見合ったレンタルの枠を提示して『さぁどうぞ』と風呂敷を広げてみても、間が抜けているように見えてしまうものだ。
 勿論、本来的に値打ちのある宝飾品はG層にしかレンタルが許されないルールに変更はないわけだが、S層にもある程度納得のいく範囲で商品枠を用意できていなければ、ギャンブル文化を維持していることにはならない。
 何はともあれ、楽して儲けて女と遊びたいのがギャンブラーでもあり、そんな男に近づくような女が何を期待しているかと言えば、楽して光り物を手にしたいというそれに尽きる。
 ‥そう、この前提が崩れていては、誰もギャンブルで遊びたいとは思わないだろう。

 また、女にしてみても、男の手を借りずとも自ら打てばいいわけだが、それにしたとて、それで借りられる光り物の枠組みがショボイようでは、どうにも魅力的には映らないことになる。

 そこで提案だが、宝飾品のレンタルには、レンタル用のポイントを購入するという形に置き換えて、そのポイントを永続的に繰り越して維持できるとするのが良いかと思う。
 当然ながら、レンタルポイントに交換できるのは冬の間だけとする。
 ‥ちなみにこれは、休憩中にDr.BBと意見交換して得たうけうりだ。

 ああ、それと‥私の方から付け足しておくなら、その時のレンタルポイント購入時にだけ、G層S層C層それぞれに交換レートの比率の違いが発生する諭旨を提案したい。
 例えば、1レンタルポイントあたり、G銭=1:S銭=2:C銭=3の割合での交換レートになる。尚、一度レンタルポイントに交換した物を、元に戻すことは受け付けない。

 高額商品のレンタルを希望する顧客に対しては、その者の位置情報並びに宝飾品の位置情報をGPSで監視し、24時間体制で常にSPを配置することになる。ここに変更はない。

 それとは別に、誰がレンタルできるかの超プレミアム宝飾品の「年越しオークション&レンタル祭」だが、この時のレンタル料の支払いに、貯めてあるレンタルポイントを活用することはできない。支払いはあくまでその時点で手にしているG銭のみとする。

 ‥と、ここまでが宝飾品レンタルにおける私からの修正案だ。まぁこの件に関しては、今すぐに決定する事項ではないが、とりあえず頭に入れておいてくれ。」



1-12)8
「では、本題に入るとしよう。」


 ‥時間をおいたことから、議題の中身は、この新しいギャンブルの在り方の公平性をどのように維持するべきかに、論点の定まりを見せていた。


「‥資金力が多いからと言っても決して有利ではない。
 それは種銭からの稼ぎの2倍は2倍だし、3倍は3倍でしかないからだ。
 それと生活禄を使い切れなくては来年には繋がらない。きっちり消費生活の方もして行かないとダメで、カジノに暮らすように入り浸っていてもしょうがないと言うのが、先のDr.BBの原案からイメージできる中身だ。

 が、しかし、このままでは大きな穴が開いている。

 ある程度強い奴が、少ない種銭からはじめれば、大きく持っている奴を鴨にして大きく倍々にしていくことが可能だ。そちらの方が効率が良い。そこで八百長にも、倍々に増やすための種銭持ちと組むだけで、それは簡単に実現する事ができてしまう。
 これでは、なんのギャンブルにもなっていない。ただの作業だ。
 そこで、そのような手段を規制したいわけだが、誰と勝負するかに規制を設けることはできない。それと、誰と組むかも規制できない。
 そもそも、それぞれはギャンブルに欠かせない要素であり、それ自体がギャンブルになっている。
 しかし、ストリートギャンブルに至るまで、これの管理が行き届かなければ、G層の労働評価を台無しにしてしまいかねない。それはそれで、現在の金融がインチキと言われているのと同じ轍を踏むことになってしまうはずだ。」

「誰か妙案はあるかね?」

「‥とにかく、この手の問題は、ギャンブラー同士でつぶし合ってくれれば良いだけだ。」
「同感だな。」
「では、種銭の金額を随時公開していくのはどうだ?
 国毎にTOP100を大々的に掲示して、大衆をその気にさせれば良い。
 面子が欲しければ、近くに居る登録された相手を検索できるようにして、つぶし合うようにできれば十分だろう。」

「‥順位公開するだけで、S銭獲得だけのわかりきったコンビ組は、順位公開自体がプレッシャーになって、ただのチームにしかならないってわけか。
 なるほど、おもしろい。それなら、すべての賭け事には映像記録での証拠が必要だな。それと、勝負は後から誰もが閲覧できるようにしないと表明にはなるまい。」

「イカサマはどうする?、バレバレになるぞ。イカサマもギャンブル文化の一つだ。一切を認めないのでは、ただのゲームだぞ。」
「なーに、対戦中は黙ってみているのがマナーだ。相手にバレなければ勝ちさ。
 勝負する同士で白黒付ければ良いだけの話だろう。」

「では、対戦中のオンライン公開に料金を課すのはどうだ。
 どうせ、どいつもこいつもある程度は多めに種銭を持ちたいんだ。消費手段を増やしておいてやるのも悪い話じゃない。遊んでいるだけの奴らのカネそのもので、管理評価を得て運営の存続を確かにするのも良いだろう。」

「それはそれで良いと思うが、相手の映像分析に熱心になりすぎて、肝心のギャンブルの方を忘れてしまいそうな話だな。従来なら資金力にものを言わせて秘書を雇って報告させれば良かったような話だ。
 しかし、生活禄のご時世に、誰が好きこのんでそんな秘書をやりたいと思うだろうか。」
「いやそんなことはないぞ、何も無理に有能な人材にその手の仕事を振る必要もあるまい。仕事にあぶれた連中から応募すれば事足りる話じゃないか。中にはギャンブル映像ばかりを見ていて頭角を見せる奴が現れるかも知れんぞ。」

「判定委員会の設置が必要だな。意義を申し立てるにしても、司法を介するようでは煙たがられるだけだ。」

「‥では、勝負開始にはオンラインを介した判定委員会への申し入れをするのが、手順と言うことになるな。」
「それなら、お互いの種銭を記録してある電子カードを所定の場所に置くようにすればいい。カードを置いた者同士の勝負が自動で申告され、カードは、勝敗の記録が書き込まれるまで動かせない。その一部始終が公開の対象になるというのはどうだ?」

「ほう、そうすると‥自動的に、夫婦や家族、親戚間での勝負も禁止にしてしまえるな。
 まるで株の取引にありがちな禁止事項ソックリにできるじゃないか。」



1-12)9
「ふほほほほ、おもしろそうな話じゃわい、儂も一言良いかの?」
「あ、どうぞ、翁。」
「なら儂は、冬のイベントとしてギャンブル世界王者決定戦を催すとするかの、すべての国のギャンブラー上位20名を戦わせて、その年の一番を決するのじゃ。」

「OH!、ファンタスティック!!!(誰かさんを除いた一同)」

「‥で、そうなると、いろいろとどうするんじゃ?」

「ああ、なるほどそうですな、冬に生活禄はない。当然、勝つ方に賭けて小遣いを増やしたい。他人の評価・成果を奪って小遣いを増やしたい。確かにそうです。それこそが我々の望んできたどうしようもないギャンブル性分の何もでもない在り方でしたな。」
「出場プレイヤー自身の賭け金をどうするかも重要じゃわい。本人たちがその気になれんのでは意味が無いからのう。」
「うーん‥肝心なのは、世界王者決定戦ばかりに注目が集まっても、通常経営の方が閑古鳥では困る。うまい具合に枠組みを決めておかないと、まじめなG層にウケが悪いとなっては、企画倒れになりかねない。」
「その通りじゃ、儂としてはギャンブル&ピースで行きたいが、現物を賭けて勝負する中身がないことには、ひりつけんからのう。
 儂はそういう時代の人間じゃしするからの、それ以外に何を認めろと言うんじゃね。」


「‥では、こうするのはどうでしょう。

 まず世界大会の賭け金は、勝負の度に出場プレイヤーへの投資の扱いとします。
 種銭はもちろん、冬の間に持てるだけの各自の金額です。現物のままを賭けて頂きます。
 勝負の毎にギャラリーは、{賭け金}={投資額}を支持するプレイヤーの方に投じるとします。投資ですから、投じられた金額を用いてプレイヤーは相手と勝負するとします。
 ただし、あまりにもオッズが偏ってギャンブルが公平にならないと判断された場合は、ギャンブラー自らの身銭を削って勝負してもらうとしましょう。
 勝った投資は増額にて戻ってきますが、負ければオケラです。身銭を切ったギャンブラーも同じ扱いです。

 このようにあれば、ギャラリーもプレイヤーも共に勝ち続けて行く気分が味わえます。従来のひりつくとは意味は異なりますが、全戦全勝への挑戦は何もプレイヤーだけではない独特の興奮を味わうことができるでしょう。」

「それで、得た金額はどうなるんじゃ?、まったくの白紙じゃつまらんのう。
 冬が過ぎるまでに使い切らんとダメでは意味が無い。」

「翁、それには及びません。
 先に申し上げたレンタルポイントに置き換えることが叶えばそれで事足りるでしょう。
 何はともあれ、宝飾品に限らず、有名な美術コレクションを手元に置いておける機会を増やすことができれば、それで十分に意味が生じます。たとえ一年程度の短い期間だったとしても、十分に有意義な時間を過ごすことができることになるのです。
 そもそも、それ以上に管理をしていかなければならないとなれば、気苦労ばかりで、気が気でないのもまた、多くの資産家たちの本音にあります。」

「優勝したギャンブラーの評価はどうなる?、G層扱いにするのか。」
「当然だろう、それだけの名声を与えた上で歓迎されるべきことだ。
 三位まで認めれば良い。」
「そうだな、我々の文化なんだからな。ここで盛大に賞賛しないのでは嘘になる。」

「では、次に、冬の間のカジノ等の通常営業の方だが、こちらはどうする?」

「‥そうだな、持ち金と同額の種銭を冬用に別にして用意する形にしてはどうだ?
 冬の間の小遣いを増やしたいと考えれば、ギャンブル世界王者決定戦に賭けてもらえば良いし、店でのプレイは、集まって中継を見る間の余興にしかならんだろうからな。」

「おいおい、それだけではおもてなしにならんだろう。何の得にもならんぞ。」
「ではどうするのだ、世界王者決定戦の種銭を作るための賭けを店の中に持ち込むのか?、それで下手をすれば、世界王者決定戦の賭け参加人数を削ってしまいかねないだけだぞ。」
「それもそうだな‥G層がS層の鴨にしかならないんじゃ、そうなりかねない話だな。
 それで‥S層の敗者復活戦になってしまうようでは、意味が無い。」
「‥冬に主とされるべき目的は、優雅な社交であって賭博ではないからな。」

「あら、それなら、さっきのレンタル・ポイントの話のG銭=1:S銭=2:C銭=3を、G銭=1:冬のプレイコイン=2:S銭=3:C銭=4に、してはよろしくて。」
「・・・・」
「なるほど、それは妙案だな。」
「しかし、持ち金を丸々種銭にするというのはどうなんだ‥、ただでさえS層の鴨にしかならないのが多くのパターンだとすれば、G層ウケが良いことにはなるまい。」


「それでしたら、こうしてはいかがですか?

 持ち額から申請した金額しかカジノ等の賭博場では使えない。勿論現金と同じ扱いです。
 そして、大会への賭け金の申請もまた同じ。双方に共通した特徴にあるのは、あくまで小遣いの範囲でしか動かせないという中身です。
 ‥そうですね、冬にできるその賭け金申請の回数を3回までと決めておくとしましょう。

 生活禄の春夏秋とは違って、主に労働分保証額だけで過ごすことになる冬は、きちんとした節制が求められる時節でもあります。せいぜいが持ち額の10%程度を博打に回すぐらいが健全なラインでしょうか。
 用意周到にも、食料等を貯め込んでおき、全額全力で賭け金に回すような御仁も中には現れるかもしれませんが、そんな奇策に出るような方は単身世帯者が相場です。
 普通に考えても、申請した金額の範囲まででしか賭けられないとルール化しておけば、S層の敗者復活戦の意味合いを薄くしておくことが可能です。

 ただ、そうやって賭け金の枠組みが制限されるとなれば、店内の賭けで勝った分を再び大会の賭け金に回して使いたいとする要望はそれなりに生ずることになります。それが可能ならその反対の要望も生じます。
 ならば、どちらも冬のプレイコインの扱いにしてしまい、それを購入する形にすべきです。つまり、冬のプレイコインを購入できる回数が3回までになります。
 あとは、そうですね‥G銭、S銭への再両替を大会終了後1週間以内までなら可能とするのはどうでしょう。勿論どちらも1:1での交換です。
 それが過ぎれば、自動的にレンタル・ポイントにしか交換できないとしておけば、どちらかに活況が偏ってしまうようなことには成らないと思います。

 そうそう‥

 申請3回が終わっている段階で、オケラになってしまった場合は、そうですね‥、冬の間の出禁だけで済むとしましょう。もちろん請求できる回数が残っている場合は、払える分を払うように要求されることになるでしょう。この辺もギャンブルです。

 逃げるが勝ち。まぁそういうルールの適応ですね。
 冬にカジノで楽しみたいだけなら、無難に、始めから申請3回分を使い切っていただければ良いだけのことです。

 でもそうではなく、稼いだ金額を大会に賭けようと目論めば、どうしたって、請求回数を残しておくことになるはずです。
 その時は、きっちり相手に負けた分だけを支払うとしましょう。
 ‥で、すぐに支払えない事態が生じた場合は仕方がありません。
 私からこれを意見提案したくありませんが、借金という概念を持ち出すより他はありません。次の冬が来たら、その者のG銭またはS銭でもって、その勝負の勝ち主に、きっちり払って行くことになります。ただし利子分の請求を認めないとします。また、その時の支払いにG銭S銭には区別なくどちらも1:1の等価とします。
 どちらで返すかは、払う人の都合次第ということになるでしょうか‥」


 この思いもよらぬDr.BBの借金持ち出しの発言に、一同は意外に思ったが、逃げるルールの提案は、やはりDr.BBらしい意見だった。

 それにしてもDr.BBはどうして借金などという在り方をここに来て持ち出したのだろうか?

 一同は、首を傾げたままに質問してみたが、Dr.BBに言わせると、ここまで来たら、そこまでの形が残っていないと文化の存続にならないと言うばかりだった。
 その心を裏返せば、だからこそギャンブルなんかに手を出すべきではないと言うことを言わんとしていたのだろう。
 なぜなら、ギャンブルとはそういうものだから‥それ以上でも以下でもない。



1-12)10
「俺が出場プレイヤーなら、ギャラリーと同じ扱いにしてもらわないと困るな。」
「同じって、大会の賭け参加か‥」
「ああ、そうだ。それで増やした金額を大会の勝負にも反映させるべきだと考える。 」

「なんだなんだ、出場する気満々だな。何か言いたそうじゃないか。」

「もちろんだ。俺が出場プレイヤーなら優勝を目指した上で、ギャラリーからも儲けをふんだくってやりたいと思うね。
 それを実現させるには、まず出場プレイヤーは共に大会のスタートにおいて、種銭を定額分用意して、それを増やし合うところから始めるべきだと考える。
 つまり賭け金持参。常にそれは勝負の前提だ。

 それと、申請回数3回までOKのルールも付け加えるとしよう。
 ただし勝負中に申請追加はできない。あくまで勝負前に選択すべき追加分とする。
 もちろん、いきなり3回分申請してから勝負するのもありだ。
 またギャラリーとは違って、ここでの申請は定額額での追加申請と言うこととする。

 ギャラリーからの投資を扱う時のゲームと、そうでないサシの種銭だけのゲームが同じゲームだというのも見せ場のない話だ。最低でも2種類、それ以上の数のゲームで演出がされて当然だ。
 まぁどちらにしても、原則、プレイヤーの種銭こそが勝負の争点でなければ意味が無い。

 であれば、自動的に試合が進む度にそのプレイヤー同士の賭け金は、勝者プレイヤーが敗者プレイヤーの分を手にする形になる。(未申請分は数に入れない。)

 しかしそれだけじゃおもしろくもなんともない。

 そもそも、勝負以外の所からも増やせないのでは、プレイヤー同士の優勢は勝ち抜けの数だけの常に等しいままだ。それではギャラリーだって判断に困るだろう。
 それと、とにかくスリル感に欠く。
 そこで大会だからな、隣の試合に賭ければ良いだけの話だ。勿論、これは自分のその時点の持ち分から賭けて増やすという意味だ。だから未申請分を申告して隣の賭けに賭けることはできない。出場プレイヤーの申請は、あくまで自分の勝負の開始直前だけとする。
 予選であれば、同じ時間帯の試合に賭けることはできないが、それでも工夫して合間を縫って賭けて、増やすことに成功していれば、勝負が進むにつれて、プレイヤーの優勢は手持ちの種銭の増え方次第という形で現れることになる。当然の解釈だ。」

「‥って、それだと優勝者は、定額分比率で‥誰よりも種銭を増やして大会を終える可能性が濃厚になるよな。」
「当然だ、ギャンブル王者になるんだからな。それだけの欲が伴ってこその王者だ。
 そういうルールでなくてどうする。そこに挑戦してこその王者だろうが。」
「・・・・」
「‥ということは何だ、プレイヤーが隣の試合に全賭けしたままドジを踏めば、不戦勝もあり得るって話だな。おい。」
「ああ、そうだ。ギャラリーはブーイングの嵐だろうな。それで決勝戦が不戦勝になったなんてことにでもなれば、とんださらし者さ。
 一生の運をそこで使い果たすことにだってなりかねん。」

「ふほぉほほほ、なかなかに魔物が棲んでおるギャンブルよのう。気に入ったわい。」



1-12)11
 ‥こうして、Dr.BBの首は繋がった。

 賭博市場を牛耳る世界からして見れば、賭け事が世界的に合法に至っただけでなく、すべての承認賭博への参加者と勝負を記録できることになった。
 そしてそれは治安の維持にも役立つだろうとの見解がされた。

 ‥多くの者がライフワークすら見いだせずに、暇を持てあまして発狂しだすようでも困るのだ。無駄にブラブラされて、とんでもない事件ばかりを巻き起こすようでも、生活禄に意味は見いだせないことになる。
 それならば、適度にストレス発散できる仕組みとして、ギャンブル&ピースが唱えられたとしても不思議ではない。何はともあれ、人類の文化の一つとしてあるのだから。

> 恥ずべき恥として追いやるか、それとも革新させるかは人類次第なのだよ。



1-12)12
 ‥少年は夢から覚めると、目を開けたまま部屋の天井を見つめていた。

 少年にとって、大人の晩酌も、ガキのゲーム遊びも、大しておもしろいと思えるものではなかった。少年はどこか世間の楽しいとはかけ離れた感性を抱え持っていた。
 それにしても、少年に将来何かしたい事があるのかというとそういうことでもない。
 そこにあった得体の知れない空白が、少年を憂鬱にさせた。

 生活禄があるから、きちんとだけは生きられる。それでも、夢や目標がなければそこまでの話だ。
 将来的に何が楽しいのかって、少年には何も楽しそうには思えないのだった。
 それが奇特な父親の背中を見て、育ち、唯一あった願望を果たしてしまったがゆえの答えのような感触がそこに漂っていた。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 05:32 | Comment(0) | …零戻経済思考の足跡 | 更新情報をチェックする
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