2013年12月29日

【刮目】王首民立を憲法風に書き下してみた

1-3)0
 日本の民主主義は、
 神道の教えたる天と地の調和を軸とし、すべて国民の自立たる探求を保障する。
 天皇を頂きに座する国政の体制は、王首民立を受け継ぐものである。

 それら話し合いの場として、国会を開き、議会政治を敷くものとする。

 議会政治の営みは国民の役割とする。

 天皇は、国民が行う政が神道に適っているかを顧み、否とあらば決断権を発する責任を有する。
 天皇は、決断権を発する際、必要とあらばその都度、審問委員会を設置することができる。

 決断権は最高権限であり、内閣の罷免と統帥権の発動の二つに限って認められるものである。
 決断権の行使により、天皇は年号を改めるものとする。

 審問委員会並びに統帥権の発動の際に必要となる人事権は、天皇に有する。



1-3)1
 ‥疑問として浮かび上がってくるのが、皇族を始めとした公家の血を引く面々の思惑ですかね。

 「天皇の権限の回復はわかった。」
 「それが日本だし、そうするのが正しいことだ‥」と、

 でも、そうなったらなったらで、
 継承権絡みの勢力が黙っているわけがない。


> じゃ、めんどくさいんで、


 参議院を廃して、貴族院を復活させ、
 北朝党と南朝党で二大政党を築いていただいて、
 公に晒して展開してもらうのが解りやすいかと‥


 裏でこそこそやらかすよりは、正面切って堂々とやり合うべきである。
 裏でこそこそ仕切るのは、泥棒みたいだし、そもそも、
 神道の礼の精神に反したみっともないあり方でしかない。


 ‥そんなのは誠の日本の形じゃない。
 いつまで経っても天の岩戸の穴暮らしのまんまだ。



1-3)2
 その代わり、

 北朝党と南朝党の面々は、衆議院に対して口を挟まず、派閥の数に取り込まない。
 一旦、貴族院議員になったなら、民衆の議会である衆議院には立候補できない。
 つまり、公家の血を引く面々は始めから衆議院に立候補できない。

 そういう形にしておくと、
 天皇が議会判断を覆すと言うことの意味合いの事の次第が殊更に大きく見えてくる。


 衆議院から上がってくる法案が気に入らなければ、
 貴族院で握りつぶすなり、訂正して突き返すなりすれば良い、
 押す気があるなら通せば良いだけの話になる。

 貴族院政党勢力は、衆議院政党勢力に対して中立を保ち、

 政策に関してのみ、北朝党と南朝党に分かれて対峙するか、
 もしくは、貴族評議会のような形にして、純粋に衆議院から上がってくる法案に対して、
 意見対立するという形を取るかのどちらか。

 そうでないと、二院制議会とする意味合いはまったく保てない。


> ‥どうせ、


 上とのコネが第一の社会だって構造になんの亀裂も入らないのなら、
 せめて、解りやすい形にすべきだと思う。



1-3)3
 これの視点で注目すべきは、

 法案を提出することができるのが、民衆が担う衆議院側であり、
 それに対して、貴族院側は採択審議と訂正の要求しかできないとする形である。

 法案を上げるのが民衆議会であり、
 その下意に対して、上意を申し渡すのが貴族議会。

 ‥どちらも議員になるには選挙を通る必要がある。

 ただし、
 血統議員は、貴族院からしか出馬できない構図になるわけだから、
 大衆は誰がどういう身分であるのかが一目瞭然にて分かる。


> 会社の構造で言えば、下に自由にやらせて、上が認可するという構造と一緒。


 下は上に対して、好き勝手にあれこれ法律を作らせないとする構造を担保することができる。
 上は下に対して、上の考えを表だって示すことが適うとする構造を担保できる。


 ‥下が優秀にあれば、ますます人材が豊富で、国家は安泰。
 ‥上からの押しつけばかりだと、下はやる気を欠いて国家は衰退。


> しかしそうなると、貴族院の立場としては少々おもしろくないだろうから、
> もう一工夫必要と言ったところだろうか。


 例えば、

 財務大臣と外務大臣は必ず貴族院議員から選ぶこと‥
 それで、民主主義が怪しいと思えば、
 総理大臣は、衆議院議員から選ぶことという中身になるだろうか。

 どうせ首相になったって、頭を下げるのが仕事なら、
 始めから、財務と外務は貴族様で、お願いします構造でいいじゃないかと。
 権力の座についてふんぞり返ってるような態度が、
 大衆レベルの勘違いとして蔓延する形式という奴は、どうも礼節を欠くようで宜しくない。


 選挙を通る時には、国民様にお願いします。
 上に立ったら、オーナー同然でもある貴族様にお願いします。
 所詮、首相は中間管理職だって次第を明らかにしてしまうべきだろう。

 それこそが国の元首は天皇だって事の次第で、
 天皇にしたって、高天原からの請け負いってことで、どこまで行っても礼の形が成り立つ。


> 早い話が、大衆と貴族間における縦割りっすね。


 こういう風に、中世を民主社会風に置き換えてみるとこんな感じになるのかな。
 まだまだ参考のレベルである。あしからず。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 17:54 | Comment(0) | 破棄処理中 | 更新情報をチェックする
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