2014年01月07日

【推理】八咫烏は、神道にありながら神道に非ず

1-5)0
 「うほ、これまたなんと大胆な見出し。」

 語弊のないうちに、先にお断りしておくと、
 日本人のいい加減な宗教観の原点が八咫烏にあったとする推理である。


 日本の地に他の神が入ってくると、
 必ず日本独自の神(?)に置き換えられてきた。

 その舵取りを担うようになったのが八咫烏‥

 道教は陰陽道に、
 密教は修験道に、
 漢字はひらがなカタカナに、
 拝火教やらユダヤ教の足跡も見られ、
 ひいてはピラミッドも来ている模様。
 そして儒教や仏教はなんと無神論&学問に‥OTL
 キリスト教は‥世界同時に陰謀論に発展したことになるのかな。


> どうしてそうなって来たのかが今回のお題である。



1-5)1
 時は、大国主の時勢、伊勢を始めとした太平洋側の各地に上陸した勢力があった。
 大国主にふっかけた勢力がアマテラスの子孫を名乗ったことを鑑みると、
 ‥エジプト文明からの渡航者が候補として有力だろうか。

 なんでも、

 伊勢神宮は、外宮と内宮の他にもう一つ宮を構えているのだという。
 つまり三つ星。オリオン座の見立て。しかも、もう一つは小さ目とのこと。

 ちなみにこれは、雑誌「ムー」の金鴉談話からヒントを経た着想である。

 そしてその三つの宮を結んだ直線上の延長に籠神社が位置し、
 籠神社の方向を向いて建てられているのが出雲大社なんだと。
 (‥大観して、天橋立が参道、籠神社が外宮で、出雲大社が内宮とかね。)


> では問題、「伊勢を始めとした、上陸集団が携えてきた技術とは?」


 ずばり、小麦栽培と暦かと思われる。エジプトであればそうならざるを得ない。
 稲作より先に小麦栽培が伝来していた。これはスクープである。

 ところが、

 日本の地は、高温多湿の気候のため、
 小麦栽培は思ったほどに収穫を得ることができなかった‥?
 (‥当時の地球の気候は今よりずっと寒い、さぁどうか。でも伊勢は雨の多い地域。)
 そこで、栽培するための別の作物を探す手間となり、上陸早々つまずいたと思われる。

 もしくは、

 適切な栽培地をもとめて移動したグループも居ただろうか‥


> ‥10年20年もすれば、周辺の国々との国力差は明らかに開いたと思われる。


 時期が来たので、その集団は出雲に行って大国主にふっかけた。


 始めこそ高圧的に息巻いて出てみたものの、
 高齢になっていた大国主は、二言返事で承諾の様子。
 それに待ったをかけたのが、地元の勢力。
 ‥大国主は自分の目の黒いうちに白黒付けておきたかった。
 そこで、「勝った方が治めれば」とのご沙汰。

 もともと、

 先代のスサノオにしても外から来た御仁、
 大国主も同じく外から来た御仁、とくに血筋でないとダメとするこだわりはなかった。
 まるで、中国の神話の堯舜のような流れ。

 結局、エジプトから来たと思われる集団には、
 ピラミッドを建造してしまえるような特殊な何かを有していたことを鑑みれば、
 出雲の反勢力程度では、相手にならなかった何かがあったと思われる。
 (さて、なんだろうか?)

 国譲り後、しばらくしてから、大国主が崩御すると、

 エジプトの神話に見られるように、
 冥界の王ということになり、神殿を建てて奉られる次第になった。
 ‥勿論これは、伊勢側の表記であって、出雲側の表記ではそうでは無いと思われる。
 (よう知らんけど。)



1-5)2
 国譲り後も、エジプトから来た神官一族は、暦を秘匿した。
 それが、八咫烏の発祥になったと思われる。

 さて、ここで問題になるのが、やって来たエジプト一行様が、
 多神教であったか、一神教であったかである。


> ここの違いがとても秘中の秘。


 先に国追われることになったのは、多神教。
 だから多神教である点に間違いがないとの推論。
 ツタンカーメンの父が起こしたのが一神教。
 ツタンカーメン王は、父の一神教を土着の多神教に戻した。
 でも、若くして崩御することに。

 この点においても、

 当時、一神教が日本にまでやって来るなんて時間的経過を得るよすがが低い。
 だから、日本にやって来たのは、多神教の追われ組ばかり。
 なぜなら、ソロモン王が多神教だったから。

 地球上において、偽りの一神教は、
 ツタンカーメンの父アクエンアテン王によって始めて創設されたと思われる。


 話を戻そう。


 なぜ、鴉になったのかに疑問は残る。エジプトならハヤブサである。
 日本においてのハヤブサは、残念ながら、他の猛禽類と比べて、
 それほどにインパクトのある方ではない。小型だし。
 そこで、イメージを改め、身近で繁殖力に旺盛な鴉を象徴としたのではないだろうか。

 ‥他には、隠す意味も込めているだろうか。

 そもそもは、アマテラスを偽ってふっかけた成り行きにあたるわけだから、
 それに負い目を感じていたのかも知れない。

 ‥では、三本足の意味は?
 (ハヤブサを鴉に変えたジレンマの試行錯誤の末の三つ星を意図した三本足とかね。)
 (‥キリスト教のそれとはまた違う由来が伝わっていたということも。)


> 大国主の寛大な人柄に感化されちゃった証が、籠神社の位置関係なのかどうかは、なんとも。


 ただ、そうであったればこそ、
 八咫烏は、エジプトの多神教と日本の地に存在した神道の多神教との融和を尊重し、
 以降においても、他の神の出入りに寛容だったのだと思われる。

 ‥そう考えないと、辻褄が合わない。



1-5)3
>  さて、そうなると次の稲作が到来してからの経緯が、どうなのかである。


 八咫烏が、伊勢が、なぜその後も重宝される立場を維持できたのかである。
 やって来た大和を名乗る勢力は、その土地における正確な暦(風土)に不安があった。
 ところが、その暦を握っているのが八咫烏だと聞く。

 八咫烏は、その時、一計を案じてふっかけた。

 「国はそちらがお治め下さい。しかし、
 神社と暦の管轄は、そのまま当方でお預かりしたい。」

 ようするに、仲良くやりましょうという感じだったのではなかろうか‥。
 日本の国体、縦割りの発祥だったりとか‥


> 置いてきぼりを食らったのが、出雲。


 以上が、八咫烏は、神道にありながら神道に非ずの次第である。
 (‥あくまで推理である。)



1-5)4
 ‥いつしか、ピラミッドを支えている内部空洞の三角屋根の形が、
 神社の社の形と似ていると思うようになった。
 (‥石を取り除いて簡略化した形が日本の神社。山がちだから簡素にしたとか。)

 そのうえ、

 狛犬は、スフィンクスのなれの果てだって言われているし、
 エジプト文明が日本に伝来していてもおかしくはない。

 さらに、そのエジプト文明は、アトランティスの流れにあると言われる。
 その前に、日本の地は、ムー大陸と繋がっていたと言われる。


> そんなことより、大国主はどこの出身なのだろうか?
> ここが謎。


 大国主の方針を受け継いできたうちは、
 日本の地において、神は増えるばかりにあった。

 ところが、

 インチキ偽造の人工の神が日本にやって来た。
 ご存じキリスト教である。アクエンアテン王創始の一神教のなれの果てということか。

 キリスト教の一神教を取り入れてから、
 天皇の系譜は、法律的な意味合いにおいて、衰退の危機に瀕している。

 一神教だから、それ以外の神を認めない。

 一神教を取り込んでしまったことで、八咫烏も微妙な立場にあるように思われる。

 なにしろ、外から神を招き入れるよすがを得られようが無いからだ。
 今の時代の外と言えば、宇宙になると思うが、
 ‥八咫烏が宇宙人をどう解釈しているのかは、知る由もない。



1-5)5
 雑誌「ムー」掲載の金鴉談話解説がおぼつかないと思ったので、思案するに至ったが、


 このように推理が展開してしまうと、
 昔から日本の地にはいろんな民族が訪れていて、
 日本からも、いろいろと旅に出かけていた模様を浮かべざるを得ない。

 来訪者が特定の時期にしか居なかったかのような歴史観は、
 もはや、明らかな勘違いとして認知されるべき事柄である。

 なぜそうなったのかは、日本語のもつ柔軟性にあったとしか思えない。
 それとも、陰謀だろうか‥

 大和言葉の主格に位置する和歌にしても、外来した何かが種になっているかもしれない。
 ‥和歌ぐらい、その発祥を日本由来のオリジナルと信じたいところだが、
 なんとも言いがたいのが、ポリネシア語の枕詞訳などなど。


> 「枕詞とは何か?」を顧みた時、他に答えようがない。orz


 枕詞の生まれた日本での歴史的な土地事情を調査すれば、
 一定の傾向が見いだせるのかも知れないが、その当時の流行りの部分もあるだろうしなんとも。

 ‥言うなれば、

 歌詞に横文字を混ぜて歌うような風潮の流行りが、
 その昔の和歌にも見られた痕跡に違いないなんて、程度だと良いけどね。
 なにせポリネシア語は、主語と述語の位置関係が日本語と逆のようだし、
 日本語のそれは、述語と目的語にしても違うのであり、
 またそれは、世界的に見ても、少数派に位置している。

 同じムー大陸に繋がっていたと言われるのに、どうしてこうも違うのかが、とても謎。


 日本で起きたことは、世界に起きる、その逆も然り。
 ならば、アクエンアテンの宇宙人説を事実と判断すれば、
 日本においても、降り立った何者かが確かに居たという解釈で整うことに‥

 では、雑誌「ムー」での金鴉が、うちは一神教が秘儀だからみたいな話は、
 由緒ある神官の末裔として、毒されちゃったって次第だってことでもあり、
 ‥ご先祖様に顔向けのできない発言ということに。


> で、そんなおぼつかない事情から、吉村作治をエジプトに送り込んでいるのかと‥
posted by 木田舎滝ゆる里 at 04:37 | Comment(0) | 刮目/2014 | 更新情報をチェックする
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