2014年02月10日

【刮目】大奥御台所の食事事情のアレ再考

1-2)0
 何でも記録によると、大奥における御台所は、
 鯛の尾頭付きでも何でも、一箸付けただけで、
 おかわりなんだかよくわからない取りかえをしていたそうだ。

 ‥どうしてそんな発想に至ったのかを考えてみた。



1-2)1
 江戸城に、江戸前の魚が毎日どれ程に届けられていたかの記録はあるようだが、
 上から下まで賄えるような数ではなかったはずである。

 そんなわけだから、

 御台所が一匹の鯛を、尾頭付きで頂いていても、お残しがでてしまったはずである。
 そんなのを毎日するようでは下の者に示しが付かない。
 残しても、誰も手を付けられる状態にないだろうし、猫の餌にしかならない。

 ‥それはそれで、おイヌ様ではないか。
 そもそもにして、二口程度しか手が付けられていない残ったそれらを、
 誰も口にしなかったと考えるのはおかしい。


> そこで、こう考えられることになる。


 届けられる魚の数は決まっている。
 上から下までの数はいつも無かった。
 それを京料理よろしくに小分けに均等にお膳に据えても、見栄えが宜しくない。
 また、見栄えを好くしても食べきれるわけもない。

 見栄えも好くして、権威を高め、なおかつ下の者も遠慮なく口にできる形‥

 つまりそれこそが、記録に残されているようなあんな形だったのではないかと。
 当然、ほとんど突っつかれていないのであれば、後は好きに致せということだ。
 ‥それも毒味の範囲ということであれば、当時の感覚としては、
 その残り?を、下の者が自分たちの食事としてしまっても、侮辱であると思う必要はなかった。



1-2)2
 しかし、そんな形を見いだしてでも、見栄えの良い豪華さを求めるだなんて、
 子孫繁栄の吉凶を思えば、先が見えていたも同然じゃないか。

 分け合って食べていた民衆は子宝を授かり、
 そんなえげつない食事習慣だったからこそ、罰当たりにも子宝を授からなくなっていた‥
 ‥そんな風にだって解釈できそうじゃないか。

 そもそもにしてしあわせそうな食事風景にはとても見えんからな。


> こう考えると軍隊にも似たようなケースがうかがえる。


 将校は尾頭付き、
 士官は何を食べているのかの形を見ることのできる切り身、
 下士官もたまには切り身が回ってくる。
 一般兵になると、これがもうネリ状態。原型なんかどこにもない。

 ‥権力やプライドに取り憑かれていると、
 発想による判断が幸福感から遠のくってことのようである。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 06:20 | Comment(0) | 刮目/2014 | 更新情報をチェックする
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