2014年02月14日

【刮目】原発全電源喪失を想定した訓練の矛盾を知るべし

1-2)0
 そもそも、原発において全電源喪失などあってはならない。
 それのもしを想定するのであれば、
 訓練ではなく、原発の破棄を決断すべきである。



1-2)1
 それを訓練せざるを得ないのでしておきましょうというのは、
 狂気の沙汰としか思えん。


> 仮に、そのもしを前提に訓練するのであれば、


 破棄時における危機的状況を想定した訓練を意図すべきであり、
 運用中の震災時想定とか、運用中のテロ攻撃の想定だとか、
 そういう内容を前提にしているのは明らかにおかしい。

 そもそもにおいて、

 そのような欠陥を有した代物を運用維持していこうなどと
 考える事自体が不適切である。



1-2)2
 日常においてリコール騒ぎになりかねない物の中でも、

 どうして原発になると物の見方が二分するのであろうか?

 欠陥品だったことはすでに証明されてしまったことであり、
 被害が出ているにも拘わらず、
 まだまだしっかり管理すれば大丈夫ですなどと
 馬鹿もいい加減にしろ。

 昔であれば、切腹、死刑に相当するヘマをしたのだから、
 そういうときこそ潔さを見せないというのでは、
 何を以て法と呼び、何を以て民主的と呼ぶであろうか。


> 民主的とは、主体的誠意の尊重であって、積極的卑怯の尊重であってはならない。


 そうでなく、あべこべなのだから、ただの利権主義ではないか。


 いくら訓練をしておくに過ぎたるはないとは言え、
 目的がすり替わった中身を前提にした訓練など空しすぎる。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 22:38 | Comment(0) | 刮目/2014 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。