2014年02月18日

【恋愛観】貴族好きと庶民好きの内的矛盾

1-3)0
 異性の好みという奴に今まで自己矛盾を感じてきた。

 著生のように糞難しい話題を連発していると、
 貴族好きだろうと思われても不思議はない。
 早い話がインテリ趣味だ。

 しかし、実際はそうではない。

 生まれと育ちの兼ね合いもあるのだろうが、
 貴族風情な暮らしぶりの所謂お嬢様って奴に関心があるんだかないんだか程度で、
 なぜだか、庶民好きという方向に傾く。

 ‥言わずとも、

 庶民が糞難しい話題に付いてくるかというとまずあり得ない。
 早い話が、見た目の好みなんて、糞の役にも立ちやしないのだ。
 そういう矛盾が、恋愛をせずにして湧いてきてしょうがない。



1-3)1
 ‥そこでいろいろと詰まっていたのだが、
 ふと気がついた。

 王様が、貴族にしか興味が無かったら、
 国はちっとも良くならない。

 王様が、庶民にまで興味関心があればこそ、
 国は隅々にまで配慮が行き渡る。


> こういうのを、勉強ができるできないで考えても同じことが言えそうだ。


 なまじ真面目に勉強の虫みたいなタイプだったり、
 生徒会に参加するようなバリバリしてそうなタイプだったりすると、
 勉強が苦手な奴が近づくことはない。
 ‥いつの間にか、インテリ趣味まっしぐらの器に育っていく。

 そういうのが社会の上に収まると、
 貴族同士の付き合いしか好まない王様と同じ思考回路しか持たないことになる。


 だから、適当にいろいろとした好奇心丸出しのタイプは、
 ピンからキリまで何でもござれで、
 好い思いもするだろうし、そうでない思いもすることになり、
 そういう何でもありの器が育っていく。

 まぁ何でもありって言うのは、
 ほんと落ちるところまで落ちる場合が多い。
 ‥そこで、修行僧的な素養がないとまず切り替わることがない。



1-3)2
 ‥そうなると、無駄に禁欲的な傾向が手伝って、
 何事にも深入りしないという淡泊な器が育つことになる。
 こうなると、貴族が好むような贅の話を受け付けなくなる。
 つまり、その手のギャルに興味関心なんかこれっぽっちも湧かないということになる。

 ところが、

 もともとは好奇心の塊みたいなもんだから、
 文化的な興味関心ぐらいはまだまだ抱えもった状態だ。

 そもそも、修行僧的素養ゆえに、

 「真善美」「心技体」「禅」にみられる精神のよすがに引かれることになる。
 つまり、インテリ趣味の何ものでもない。

 ‥すると、そういう生業を家督として受け継いでいる貴族好みの回帰心が生ずるのである。

 しかし、元々が好奇心の塊みたいなもんだから、
 どうしたって、落ち着くわけがない。
 これと決められてしまった世界での暮らしにちっとも向かないのだ。
 ‥キッチリした人間関係の見られる異性でさえ、其への興味関心はひどくいい加減なものだ。


> 大体だ、庶民の暮らしぶりに興味関心を示すっていうのはそういうことだと思う。
> そういうわけだから、そういう感性の王様ってのが、実に希少なんだよ。


 ここで言ってる「庶民の暮らしぶりに興味関心」‥てのは、
 善悪で考えて王様があれこれ論じてるんじゃなくて、
 もう徹底的に、自分から染まっていくような感じを指す。

 
 例えば、

 自分の贅沢な暮らしぶりを后に迎えた女に、
 一から十までたたき込まないと気が済まないようなそれではなく、
 しきたりはしきたりだろうが、
 学ぶべきところがあれば、どんどん取り込むなり改める成りと、
 しきたりですら、新鮮みを保ち続ける演出感のそれを指す。

 そういう性格を発揮するのに、

 {貴族好き}={伝統、しきたりそのまんま}‥では、
 何をどう考えたって、国造りもその程度にしかならないってことになる。
 ‥で、そういうドツボにはまった后同士でまき散らしてきたプライドの確執が、
 国を滅ぼすのに一役買って来たのは明らかなことだ。



1-3)3
 じゃ、発想の柔軟な異性が好きかと言うと、

 ‥その手の異性に限って、
 男勝りだったり、家庭に興味関心が無かったり、
 贅への執着が、美への関心に移行しているだけの目利きなだけだったりと、

 まぁいろいろと恋愛の対象に成りにくいトゲ炸裂って感じにある。
 裏を返せば、俺もそういう見られ方をされているってことなんだろうけどね。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 04:27 | Comment(0) | 刮目/2014 | 更新情報をチェックする
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