2014年03月30日

【刮目】和を以て‥の解説

1-3).write.ver.2014/03/30
 毎度お粗末ながら↓こちらの「和」の解説を致します。


|「和」を以て貴し。和を以て馨し。
|馨しき人の当たりの良さぞ和と為すは偏りなり。
|なりならずとも彼我の差を畏れて和ぞ得られじ。
|自顕を捨て自嫌を閉じ空しくし、和を以て準え。


 ‥まずは、準え(なぞらえ)です。

 意味としましては、
 規準となる事がらに比べあわせる。
 転じて、そうなるようにまねびつとめよ‥でしょうか。(まねび=学び)

 「和を以て準え」
 ‥こちらの方が現代人向きかと。



1-3)1
 「‥和を以て貴し」が原文ではありますが、
 当時の解釈がどうあれ、後世人の解釈としては「尊し」を用いたいところです。
 しかしそうすると、その「和」とは何か?
 かような疑問が生じます。

 馨し(かぐわし):うつくしい様の意‥を用いて並べたのは、
 ‥後世の立場から貴しを用いると、ニュアンスとしてそれに近しいと思ったからです。


> 実際そこに用いられた「和」とは、貴族を上に奉った価値概念であり、


 そりゃ聖徳太子は、才有れば上に用いるとする志を説いておりますが、
 聖徳太子の意がどれほどに尊重されていたかは謎です。

 ‥聖徳太子も招かれた御仁、その回りに居た御仁らも外から来られた方々が半分、
 つまり聖徳太子としても「和」なる響きを用いざるを得なかったわけです。
 この場合の和の意は、明らかに貴族人へのマナーを説いた程度。

 "Be gentleman."
 英訳すればこんな心境だったことになります。
 ‥無論、同じ立場に投げかけるには問題ありは当然で、


 「和」を用いた響きのインパクトの如何に大きかったか‥であります。


 裏を返せば、その当時の社会は貴族からして物騒だったことを意味します。
 ようするに、「上が品を保てばこそ、私たち貴族は貴いのだ。」
 ‥かような意の発言だったことになるかと。
 裏を返せば、「‥私はそのような政治の模範になるつもりです。」とも解されます。

 だからこそ、

 後世的に貴しを尊しと置き換え、
 単に、和こそ尊いの意に変化したことになるかと思います。



1-3)2
 しかしながら、 「和を以て尊し」に置き換えたとて、
 和の外にある不和や何かを否定している様であり、
 どうしたって、それ以外の不和や何かに対する否定に気持ちが向いてしまうわけです。


> そもそもにして、和はどこにあるのか?


 「理想なのか?」‥それとも、
 「現実にもたらされるべきここに無き何かなのか?」

 ‥さらに、その和を以て、具体的にどうしたいのかもまるでわかりません。
 どう見ても、「尊し」では象徴的にしかならず、そこからの発展性を説かないままです。


 そこで、「和を以て準え」に至ったという具合です。


 ついでに述べておきますと、
 前の句と上の句の部分が、和を、まずは自らの心に宿せと説きます。
 ‥ここは禅問答のような話です。

 自顕は自己顕示の略意であり、
 自嫌は自己嫌悪の略意になります。(字数制限から縮めたまでです。)



1-3)3
 つまり、和とは、「自らを鏡に写して見よ」の意になるのです。
 御姿でも、心でもどっちでも良いと思いますが、

 「理想を思い描いて比べてみる‥さてどうか?」

 志が低いと意味がありませんが、
 無論、「和」は、志の高さを以て和たり得るのは申し上げるまでもありません。


 ゆえに、


 「足らざると思うなら、どうすれば良きかは汝のまねび次第‥」


> ‥とまぁこんなところかと。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 22:09 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする
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