2014年04月17日

【刮目】山枯れの本質、健康の本質

1-3)記稿.2014/04/17
 山をキチンと管理しなくなったのは、山に入る必要が乏しくなった結果である。
 その一方で、山に用があると言えばレジャーになった。
 その結果、道路で踏み固められるばかりになった。
 (‥雨が降ると道路沿いに水が一気に下まで下る流れになるわけだからそこが問題。)
 土に還らぬゴミもまき散らされるようになった。


> 斯様にも、山に関心が疎くなった結果、


 山林の腐葉土が著しく痩せており、
 樹木の育成に不安定要素が増加していると思われる。



1-3)1
 宇宙全史によれば、腸内菌のポテンシャルは高く、原子転換すらやってのけるという。

 ならば、日本の山野で狼が途絶えたことでリンの成分が不足しているのかも知れない。
 「狼煙」と書いて「のろし」と読む。
 狼の糞にリンの成分が多く含まれており、燃やすと狼煙として役に立つ煙を上げる。
 つまり、狼の腸内菌がリン成分を多く生成する能力を持っていたと想像される。

 無論この想像は、

 どのような動物の糞尿にも当てはまることであり、
 動物の種に有する腸内菌の可能性を推察する上で、食性からの引き算が期待される。



1-3)2
 これら動物の糞尿の規模は山林全体を論ずるに価しないかも知れないが、
 従来より、腐葉土を形成する上で、人の手が加わっていたことで得られていた何かを失った‥
 それゆえ樹木の養分に不足が生じており、結果として山枯れに繋がっていると考えられる。

 ‥その上で虫駆除の薬剤を散布していては、土壌の菌も巻き添えを食らうことになる。
 虫の害にもいろいろとあるだろうが、

 それへの抵抗力にしても滋養をどこから得ているかである。
 つまり腐葉土からだ。腐葉土の菌の育成に問題が生ずれば、山は枯れる。
 気候変動も絡んで、これはかなり深刻な問題になっているものと思われる。


> 腐葉土を成する菌が乏しくなれば、山は死んだも当然となる。
> 杉の木ばかりを植え、落葉樹が減ったことも要因になるだろう。


 栄養が乏しいから樹木とて冬を越えられなくなる。
 何も雪の重みばかりではないはずだ。樹木の足元の事情こそ大問題ということだ。
 ‥樹齢数千年級に至らずに枯れるという事態を顧みれば、そう結論づけるほかあるまい。

 逆算すれば、

 樹齢数千年級の樹木は、自立の生命力もさることながら、
 山を人が育ててきた伝承の力が在ってこそだったことになる。

 少しばかり落ち葉が邪魔になるだけで、
 一目散に斬っちまう時代の狂気に嘆かわしいばかりである。



1-3)3
 ‥腸内菌についてもう一つ。

 放射能に侵された福島で、
 ウシやらイノシシやらが平然と生き生きとしている。
 多少の疾患はあるだろうが、彼らの寿命と生殖において問題はなさそうだ。

 ならば、その因果を腸内菌の様子に求めてみるのも良いのでは‥
 彼らの腸内で菌がどのようなポテンシャルを発揮しているのか?
 サンプルとしてはやはり野ネズミが適当か‥


> 肉食と雑食と草食とでどのような違いが見られるかも面白そうなテーマだな。


 ただ問題は、飼育してしまうと食性が限定されてしまい、
 野生のポテンシャルを調べることにならない点である。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 23:28 | Comment(0) | 刮目/2014 | 更新情報をチェックする
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