2014年05月04日

【驚異】在日に出会う確率≒佐藤姓に出会う確率

1-5)改稿.2014.05.14...20140504
 国内在日人口をググると、ざっと200万人程‥(※在住外国人数?)
 一方、日本で最大を誇る佐藤姓をググると200万とんで5〜6万人プラス程。

 日本を歩けばふつうに佐藤さん鈴木さんに当たるのだから、
 もはや、日常を歩けば在日に当たるということである。


> 単純に1億2500万人を200万人で割ると、62.5人に1人が在日の勘定になる。



1-5)1
 素直にこの現実を分析すると、
 日本人の血に、大陸や半島の血が混じっていないなどと言う論は寝言である。


> そこで問題になるのが、
> どうしてこんなにも国民性に差が見られるのかである


 遡れば、昔も同じだったはずである。
 佐藤さんにしろ鈴木さんにしろ、渡来人の帰化の末であろう‥


> 当然、突っこんだことを言うとだ‥


 渡来人の子孫が、国内で上位3割を占めている可能性が大である。
 「なぜそれが可能だったか‥?」



1-5)2
 日本の国内はどこもかしこも山がち湿地で、
 拡大しようにも労を要することになった。

 もちろん昔々の日本国内の土地事情の話である。
 ‥機械とハイテクを駆使した現代社会のそれではない。


> 自然と、身につけべきを身に付けざるを得ない状況を挺したということになろうか。


 日本の大きさは、労すればどうにかなる規模で成り立っていた。
 無下に狭いとか、資源のない国とか、下げて言われる筋合いはない。
 ‥古代の生活の前提だった水資源と森林資源に事欠くことはなかった。(ここ重要)

 昔の渡来人と現在の在日との違いがあるとすれば、
 その汗した質の違いであろう。

 地場に融合しなければどうにも立ちゆかなかったのと、
 情報の蛇口と金融の蛇口を仕切って暗躍してましたと言うのとでは、まったく異なる。

 ‥そこの違いをはっきりと言い表せば、


> 遥か昔の渡来人の帰化人はご先祖様だが、在日は単に在日でしかない。
> 日常のライバル、もといカタキか‥まぁそういうことになるはずだ。


 そこを在日や韓国の言い草を聞き及ぶ限りによると‥なぜか区別ができないそうだ。
 ようするに、苦労もそこそこに成り上がると、ああなりますってことのようである。
 ‥いろいろな意味で残念である。



1-5)3
 さらに突っこんで語ると‥

 日本の大きさぐらいの国家を支配するのに、
 それぐらいの数が揃えば十分に可能ということが示されたということである。

 まさに、ミリオンヒット。ミリオンブレーク。
 百数十万人(※陰謀在日筋の総数?)から注目を集めると国家の中身ががらりと変わる。
 ‥新たな文化の柱が立つということだ。その数わずか人口1%からの支持と注目。

 世界が100人の村だったなら、
 リーダー的存在が一人居ればこと足りることになる。

 ‥さらに、同意してくれる人が
 一人(全体の1%)居るか居ないかがとても重要になる次第を示唆してもいる。
 (これは別に特別な話ではない。)


> それを在日から学ばざるを得なかったのが戦後日本の不覚だった。
> とくにお茶の間TVの大衆娯楽に関して言えばビックリである。


 何はともあれ、有史以来、日本人の娯楽は始めこそほとんどが輸入であった。
 在日もご多分に漏れず、戦後日本のお茶の間TVを仕切っていたということになる。
 (‥振り返っても、昔貴族の悪趣味な側面含みばかりに思えるな)

 ‥昔からそうだったんだと思うと

 日本人が渡来人に期待して来たこととは、生活の余暇(娯楽)の部分だけであって、
 日常の羽目を外せる無礼講な空間の創出の場であったことになる。


> だから日本人は、なんだかんだと外への好奇心ばかりに駆り立てられ、
> 内への好奇心は当たり前発想(イケていない)ということになるのだろうか。


 当たり前すぎて、誰も誉めてくれないから革新的に見えない。
 簡単に言えば、真面目不器用、目的意識の希薄なる内的矛盾を内に抱え持つ。



1-5)4
 迷信を信じていた時代‥日本人は、兎に角、リスクや飛び火が大嫌いだった。
 一方で、娯楽に飢えていた。戦がなくなったことがそこを浮き彫りにしていた。
 ‥まるで、清潔環境を得て、手持ち無沙汰になった免疫機能みたいだ。

 それが民主化(見せかけ)と言うことで、勝手解禁が叫ばれる処となり、
 お互いに理解があれば(カネ尽くで)何でもありになった。
 ‥お互いの理解、即ち競争主義である。科学的合理性である。

 生活の合理性を含まない昔ながらの知恵などないのに、
 迷信と言い放ってはすべてを否定して、
 生活の合理性を、右肩上がりの数字と奇妙な多量実験に頼り切ることになった。

 生活力の根底にあった合理性とは、
 協調性であり、迷惑を掛けてしまうことへのリスク回避の気持ちだった。

 ‥一切が白紙撤回になったかの勢いが、黒船・戦後・バブル以後と順繰りに増速してきた。


> 勝てば優秀、後のことはその人次第の全部自由。
> それはどう考えたって、本来の日本人のあるべき形では無かった。


 例外的存在としての織田信長にしても、あの時代のあの時期だったからこそ、
 日本人が改善・改良の精神を、後の江戸時代において平和的に開花させたのだと断言できる。
 ‥黒船以後の時代を渡る上での免疫を、日本人が授かったのだと考えられる。

 しかしどうか、

 改善・改良はそれが目的ではない。
 戦であればこそ、それが目的になるだけだ。
 免疫機能にしたって、侵す害が居なければ、その力を奮う必要がない。
 ‥すべては役に立ってこそである。人々の理解が及ばないのなら単なる改悪そのものだ。


> そもそもにおいて、そこの理解を得る上での教育と理念がない。


 「学問のすゝめ」にしたって、競争を煽っているだけだ。
 最初の一行が嘘に見えてくるほどの中身でしかあれていない。

 ※「学問のすゝめ」の要約‥
 裕福な人は学問をしている。貧しいのは学問をしないからである。
 これからは学問を修めて個人の自由が尊重される時代である。
 豊かになりたかったら学問をするべきである。

 「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」の始めの一行と比べると、
 嗚咽が出るぐらい言わんとしていることが180度違う。


> そして格差社会である。


 ‥江戸時代の日本人の識字率は世界一だった。



1-5)5
 ピントのずれたままの日本人なんかくだらないだけじゃないか。
 世界から日本を見ると日本の良さとしてそう見えるのに、さらにのぞき込むとそうは見えない。
 ‥なにしろ、押し掛けてきて台頭し、それら多くのやり方を叩き込んだのは渡来人達だ。

 渡来人から学んである程度は進化させたものの、

 渡来人の悪いところはそのまんま放置してあるのだ。
 世界の側が直すべき内容をそのまんま据え置いてあるという不思議。
 世界の側が日本から学んで自分たちを改めるべきであろう。

 日本という国は、世界にとって折り返しの国にあるのだ。
 かがみの国でもある。

 在日勢力は、辛酸を舐めて日本の鑑の部分を学んで成り上がったものの、
 その鑑の本質である‥鏡を見て吾を振り返る精神を学ぶまでには及ばなかった‥
 ‥人口の1%の負が権力を握ると、どんな社会も壊れるという証明。それが在日。


> なんだかんだ言って、江戸時代の方がずっと美しい町並みだった。
> それはつまり、江戸の役人の方がまだ人間味に満ちていたという証であろう。
> 江戸時代の支配層もまた人口の1%程度だったと言われる。


 それにドロを塗って嘘を吹き込んできたのは、フリーメイソンと在日の勢力である。
 ‥こうなると代官と越後屋の馬鹿話も、見方を勘ぐって見極めねばなるまい。

 いずれにしても、狡い性格を否定する気はないが、

 人類を滅ぼしたいなんてことを目論んでいた極悪人は江戸の世に居なかったのだ。
 ‥日本人にとってそれは、マンガで身につけたような思考形態の何ものでもないし、
 ‥そもそもにして、そんなのがポピュラーに位置すること自体がへんてこりんなのだ。

 だから、

 江戸の正義感と、現代人の正義感は視点が違うだろうし、
 戦国の世と江戸の世の正義感もまた視点が違うことになる。
 ‥まぁ実際に居たんだからな、マンガで身につけた正義も時代の要求だったことになる。


> 時代に要求が無いなら、正義感とて進化することはない。
> 正義感が先に進化をしたように思えたなら、現実の悪もまた先を行っていることになる。
> 在日の存在こそがそこを証明していたような様であろう。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 12:41 | Comment(0) | 刮目/2014 | 更新情報をチェックする
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