2014年05月28日

【注意】九条解釈変更を許した場合の流れ

1-2)記稿.2014/05/28
 九条の根本理念「戦争放棄」をねじ曲げて、
 解釈の変更を許すと、次に何でも良いから前例を設けるのが流れとなる。

 解釈の変更を可能とした上で前例が生ずると、
 その後の外交において、様々な解釈が内と外の双方において可能になる。


> あれは受け入れたのに、これは受け入れないというのはどういうことだ?


 日本の玉虫色外交も嘘つき呼ばわりされる流れを生むばかりとなり、
 ついには、九条の文言を変更するという流れに持ち込まれることになる。

 自民党が崩壊しても、
 自民党のやりたかったことが達成されるという落ちになるということだ‥



1-2)1
 根本的に自衛戦争をするとかしないとかにしても、
 九条だけが憲法のすべてではない。

 主権の防衛手段について、具体的に書いていないからこその、
 ツッコミがそこに起こるわけだが、
 平和理念としてのそこをねじ曲げていいわけがない。


> 実際、自民党の憲法改正案は、


 いつでも戦争待機内閣改造案であり、
 平和への理想はどこに行ったのかと言わんばかりの中身である。


> 平和への理念を示しているのが九条なら、


 その理念を変えずに文言を見直すべきだし、
 自衛戦争をやむを得ずにする選択肢にしても、それに沿った条項を新たに割くべきである。
 ‥兎に角、そういったバランス感覚は自民党政権にはまったく無い。


> 自民党政権による


 真っ正面からの正攻法な議論展開をしない怪しさは今に始まったことではない。



1-2)2
 その上、いつももっともらしく、誰かさんが財源の話をしているが、
 そもそもは国際社会への支払い信用の話だし、
 日本にそれがないのなら、世界にそれが有るわけがない。


> カネと命を比重に掛けて、


 カネだと言っているのが、国際社会だというのなら、
 それは日本の文化ではないのだから、
 本当に日本を取り戻す気があるのなら、
 それに変わり得る提案こそを本懐とするべきである。

 ‥それをぬけぬけと、

 いつでもどこでも、財源と防衛戦力の確保しか口にできていないのだ。


> そもそもだ、支払えないからこそ戦争を仕掛けるのだ。(ここ重要)


 支払いを勘弁すれば、矛先が向くことはない。(向けるなら異常の極みである)
 それを泣き寝入りと騒ぐのは、発行権の平和活用の仕方を誰も知らないからである。
 ‥無礼な国との外交を続ける感覚(市場主義)こそを疑うべきである。

 とりあえずの自給自足にしても、
 そこをできないように金融支配しているわけだし、
 そこを勘弁してやらないと言っているのが、今の財務省であり政府と日銀のツーカーなのだ。

 そりゃ、防衛戦力の行使と強化に心理が持って行かれるのは当然だろうね。

 経済の勝ち組が、みんなでカネカネカネって言ってれば、嫌われるのは当然だし、
 ダメダメダメって口しか持ってないんだったら、誰からも好かれるわけがない。
 ‥国際社会なんて、ほんとそれだけだ。


> 黒船が持ち込んだそれをいつまでも日本の文化に据えとくんじゃねぇ!!
posted by 木田舎滝ゆる里 at 01:00 | Comment(0) | 刮目/2014 | 更新情報をチェックする
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