これは、魂の永遠を信じない方には用の無い話です。
興味のある方もまぁ話半分でご覧下さい。
1-4)1
人間計画において、人間とは、宇宙を拡大させる上での発電パーツである。
技術を高めるには、部品の基本性能を上げるための基礎研究と、
高品質な部品を造り出すためにも、高度な分別工程が欠かせない。
> より強力なエネルギーを得るためにも、
より強力な闇を造りだし、維持するノウハウが求められる。
より強力な光を造り出すためにも、闇から取りかかるのが手っ取り早いという実情がある。
(物語で考えてもそれは明らかだ)
人間から見ると、この計画は非情に理不尽に映るし、挑戦的でもある。
しかし、魂の永遠をどのように過ごすかは、それ以上に難題だ。
‥体の良い暇つぶしと言えば、その限りだろう。
計画者側は、負荷を掛けすぎて人間が潰れてしまわないように、一定の配慮をしている。
それは公平というルールに集約される。
(実験に参加して貰う上で、誰もに課せられる負荷は均一である次第が望ましい。)
ただし、意思表示を明らかにせぬ者は、適当に割り振られるのみである。
なぜなら、人間は実験のためのパーツとして扱われているからでもある。
1-4)2
人間計画の基本的な拡大性は、
アメーバ状のような魂でさえ、
人間の中に放り込んでやることで、一定の知性レベルを会得する原理にある。
‥それほどに、人間に宿ることは強烈にその思考が人間化するという次第である。
勿論、段階を踏むなら、何も人間からである必要はない。
狙い通りの個性を纏わせ、一定の知性レベルと自我を会得させるスッテプは欠かせないことだ。
拡大させた意識を、また、別のステージに移し、より高度な意識の会得をさせることになる。
‥すべてが横に均等化した好奇心では、人間社会は形作れまい。
その先に望まれているのは、創造的な活動を自発的に起こす知性体である。
恒星レベルにまで到達させることがとりあえずの目標とされている。
> 一方で、人間には人間の肉体を通してでしかアクセスできない領域があるという。
高度な遺伝特性を発動させるさせないの次第は、宇宙を創造する上での肝になっている。
その意味で問うなら、生命意識全体での創造力が宇宙の深淵の限界になっている。
選りすぐれた面子を、数揃えられなければ、知性の停滞に悩まされるばかりだろう。
‥同じことを繰り返していても、永遠は退屈なままだ。
されど、遺伝特性を維持することからして、非常に難しい。
劣性遺伝等の負の因果をはね除けるためにも、遠回りな計画を余儀なくされている。
人間以上のパーツが開発されれば、とくに人間である必要性はどこにもない。
目的はあくまで、{意識の拡大}={創造性の拡大}={宇宙の拡大}だからである。
> 基本的なことを問えば、宇宙は創造性に対して未完成の状態を常に維持する闇である。
1-4)3
大がかりな計画ゆえ、役割分担も生じる。
そこから派生する派閥やグループ、
覚醒等から得られる新興勢力の台頭に見られる意見調整を疎かにしては意味が無い。
さしずめ大きく分ければ、
パーツの基礎性能の向上推進派と、パーツの粒を揃えることに熱心な派に分かれる。
一言に言えば、闇と光の葛藤である。
> 地球またはオーム宇宙は人間計画の発祥であり、ミクロ規模でのサンプル展示場である。
ゆえに、マクロに拡大させる前段階としてのありとあらゆる実験が行われた。
ここで人間がとりあえずの理解をすべきことは、
日本=神道=神界
地球=神界の管轄
人間計画=地球=オーム宇宙発祥(オーム宇宙管轄=天之御中主神)
‥である点である。
1-4)4
神道の神々は、ぴかぴかの粒ぞろいを揃えるのが大好きな集まりである。
一方の元々の計画者側は、科学者らしく、
人間性云々よりも計画の実行とパーツ性能の追求に関心があるようだ。
> ここに始めから意見の溝があったと思われる。
人間に与える技術が一定のレベルに達すると、
パーツ性能の実験をそのままに続けることは困難を極める。
なぜなら、元々が闇のパワーの追求実験を同時に進行させていたからでもある。
いつまでもごちゃ混ぜのままでは、天上界的追求を地上にもたらすことは不能。
つまり、
闇と光の徹底した探求をしたき者達はオーム宇宙を去るのが元々の決まりだったと思われる。
当然、オーム宇宙に残る側は、
ぴかぴかの粒ぞろい‥天国性、人間性、自立性の探求という次第になるかと。
ゆえに、獣と人間との仕分けに見られた文言は、
計画者側の言葉では無く、神道側の皮肉表現と考えるべき事だ。
計画は計画なので、事前告知が成されるべきであり、
それが公平たる姿勢と言えるだろう。
‥ただ、ふるい分けをする意図としては、著生のような丁寧な弁である必要はまったくない。
> 著生にしても、このような探求に至った次第は、
計画者側の意図が真っ黒に見えるばかりでも、
真っ黒な連中が興味本位に動いているばかりでも、
{奇妙な一致性]={釣り合い}がただ成り立つには不可解だし、
なによりもそれでは、神道の口にする「礼」に、正義なんぞ見当たらないと思えばこそだった。
それで正しいだけを口にしていては、自惚れも甚だしい限りになってしまうではないのか‥
そう思えば、どこに心理性があるのかということだった。
> まぁそれにしても、的を射ているとの保証はどこにも無いのであしからず。
> 何をどう解釈するかはあなた次第!
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