2014年11月11日

【哲学】爬虫類脳を問う

1-2)記稿.2014/11/11

 爬虫類脳を英訳すると、" reptilian brain " だ。(そのまんまだな)

 人間のボディは、宇宙に有る生命すべてとリンクできるように造られている。
 具体的な言い回しをすると、人間のボディを介せばどんなキメラも合成が可能という意味である。


> ‥つまり、医療的なことを言えば


 他生物をモルモットにして、人間用に医薬開発を続けても、
 必ずしも人間に適合した物にはならないし、すべての生物に適合するとは限らない‥
 ‥まぁそういうことになるだろうか。

 その意味でも、人間の脳の中には、他の生物と似通ったメカニズムが存在しているということだ。

 ‥中でも爬虫類脳は、人間の生存本能を司っていると言われている。
 それが一体何を意味しているのかが実に曖昧にされたままである。


 「本能」の意味を読み解いておくことは、とても重要だ。



1-2)1

 爬虫類の「爬」の字意に、
 「地面をひっかくようにはって進む。」‥とある。
 ‥まるで、昆虫との違いを強調するためにあるような字意である。


> 例えば、


 一昔前の時代からと言うわけでは無いにしろ、
 未だに、女を物としてしか見ていない男の視点というのがある。
 言うならば、奴隷として買うなら「かわいい女」が良いと言った類いの発想だ。

 そこにあるむさぼり食うようなセックスのイメージは、
 ‥どうしたって、女体の上を這いずり回るかの如しである。(爪を立てるのは女の方だけどな)

 つまり、"女体"="ガイア"である。

 自分の足元にあるものをすべて支配したいという欲求は、
 即ち、ガイアを支配したい欲求である。
 心理的に言えば、すべてを自分の足元に配置したいとする願望になるだろうか。


 ‥そこにある科学観にしても、唯物主義としての物の見方があるばかりだろう。


 私たちのイメージの中にある爬虫類脳的であるという次第は、
 すべてを自分の思うがままにしたいという解釈であり、
 そのすべてとは、自分の足元にあるすべてであり、それは即ち"ガイア"="女体"="物質"を意味する。
 その対象となるすべてを、自由勝手にしたいという欲求を表す。

 ※ ちなみに、宇宙において嫌われ者にある特定レプタリアン人種は、
 物質の支配を象徴する意味でも科学に長けているという。それゆえに厄介で手強い。ただし、
 人間を介して何でもかんでもほいほいと合成するような技術には長けていないという。
 ‥調和に関心の疎い爬虫類脳の限界とも言うべき一面性としても、興味深い内容だ。



1-2)2

> ‥確かに私たちの好奇心にしても、すべてを自由勝手にしたい欲求を起因として
> 日々の活動を起こしていると言えるだろう。


 人類が科学を身につけて、あれこれしようとする意味が本能としてそこにあるにせよ。
 そのような爬虫類脳からの創出が、人間の目指すべき方向性では無い‥そこははっきりとしている。
 それの意味でも、ただ単に科学を、人間の勝手だけに用いることに意味は無いのだ。

 人間の目指す科学観の中に、自然や宇宙との調和が無いというのでは、
 大脳を使いこなしているとは言えないのである。


 ‥またその反対に、
 爬虫類脳を忌み嫌っていては、
 爬虫類に見られる肉体的能力の強靱さを引き出せることにはならないのである。

 私たちに求められているのは、そこのバランスであって‥

 各々の目指すべき欲求の形は千差万別だ。
 だからこそ、ひとり一人の中で解決のしようがない脳内上の事情もあるのだろう。
 (‥人間同士での調和もまた課題に与えられていると言うことだ)


 無論、これの問題を
 脳内の問題としてのみ捉え、脳工学的に解決を見いだそうとする考えもあるだろう。
 しかし、宇宙中のブレインを集めてチームを結成して作られたのが今の人類だという。
 早々安易に挑戦して解決してしまえるテーマではない。

 ‥なんでも

 人間の意識レベルが、とある段階に達する度毎に、
 隠されていた能力が、自然と解放されるように設計されているとの話だ。
 そのパワーの解放に、脳が鍵を握っていることだけは確かなようである。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 22:52 | Comment(0) | 哲学/一般 | 更新情報をチェックする
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