2014年11月20日

【詩】生き方用意

記稿.2014/11/20

 人が運否天賦を受け入れずに浅知恵に走ろうとするのは
 自らの進退に安堵を得ようとするからだ、その報を以て満足しようとするからだ

 「‥人が満足を得ることなど決して無い」

 ならば、どうしてそんなにもちっぽけな手段と報で以て満足を得ることが叶うだろうか‥
 そんなちっぽけな寸法で満足できるようになれたなら、自分はお終いであるとの報である
 ‥運の潮時ということだ


 運の流れを常に掴んでいる姿とは、

 自らをよくわきまえていることである。
 天地人の進退によく心を配っているとの次第である。
 その時々に於いて、自分の使い所を見いだして行こうとする意思ある姿である。

 それはある意味で、何も持たずに居るように見えるだろう
 それはある意味で、ただの無鉄砲にしか見えないであろう
 それはある意味で、神憑ったように見えるかも知れない

 でも、用が無くなれば、そこに現れた姿は変わって行かざるを得ないのだ

 ただ単にそこをわきまえているだけのこと‥
 己をその瞬間に最大燃焼させ得るために、日々を繰り返していなければ
 とてもとてもそのようなチャンスを活かせるものではない


 ただ貪りたいが為に満足を目指すのではないのだ
 人は、高みを目指すことは出来ても、満足を叶えることは出来ない
 後にも先にも、人の生きるとはそういうものである

 高みを目指せなくなったなら、そこで終わりである
 まだ終わりたくないと言うのなら、運の潮目だと言うことだ
 ならば備えざるを得まい、さらなる天地人と一体たる高みに向かって!

 「生き方用意!」
posted by 木田舎滝ゆる里 at 20:08 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする
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