2015年02月10日

【川柳】素朴と雅と社会12射

記稿.2015/02/10

|つましくも花を飾れば禅の棚

|庭敷けど手入れせずんば見栄と恥

|雅とは、遠けき歴史夢想の嘆

|素朴とは、心得律する理想の嘆

|褒められずポジション不明と秋の風

|大物は黙して図太く進撃す

|大物も査定気にだしぁ斜陽社会

|中央が結束するほど管理社会

|自由ほど意見飛び交う保守社会

|小粒でも注目浴びたし情報社会

|取り締まり気ままぞ多しなれの枷

|潔く生きていきたしせいくらべ



1-1)1

 いやぁもうキビイシですわ‥
 だいぶ手直し手直ししましたわ。

 五・七・五に収めるのか収めないのか‥
 とにかく、そこにこだわると磨きは掛かるにせよ、しんどいっす。


 11射目の
 「気ままぞ多し」を「気ままぞ多き」にすると
 「詠み手の俺のことかい?」って印象になりますね。
 そういうことではなく、周りにそんなのが多くなったの意味なので「多し」っす。

 1射目の
 「つましくも」もそうですが、
 つましくの係るのが、詠み人なのか花なのか‥いやぁもう、両方っす。
 ‥なので、両方にドンピシャな形容詞を当てなければなりません。

 「え、はじめの当てですか?」
 「それは、申せませんな」
 ‥語彙少ないんで、はじめに語句を適当に放り込んでおき、後で吟味するのがスタンスっす。
 (辞書を引かないと完成しない‥orz)


 12射目の
 「せいくらべ」は、「♪五月五日の背比べ」からヒントを得ました。
 なぜか知らんけどしっくりきます。
 まるで五月五日の祝いは、世の中もまた背比べであると言わんばかりの比喩に思えましたわ。
 祝いっすからね、真っ直ぐ生きろって意味以外の何ものでもありません。
 (‥505など合わせてみましたが没。何のことだか今ひとつわかりません)
posted by 木田舎滝ゆる里 at 23:53 | Comment(0) | 短歌・俳句・川柳 | 更新情報をチェックする
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