2015年08月01日

【詩】木の根で首を吊る

記稿.2015/08/01

「‥トリクルダウン‥トリクルダウン‥」

お前はどこからやって来た?
お前はなぜそんな言葉をしているのだ?
人はなぜお前を真に受けるのだろうか‥人はなんと愚かだろう

‥富裕層

つまり債権を握る投資家らは、決して無駄な浪費をすることは無い
少なくとも信用の無い買い物はしない
そうだ、信用の無いところからリターンは生まれない
リターンの得られない投資なんかするわけがない
投資家の得ている形こそトリクルな儲けなのだから

富裕層の富は、そんなトリクルのなれの果てに起こり得た
その結果、泉が生じたのだ
でもその泉が清らかであるかどうかは分からない
ならばどうして‥盗泉の泉かもしれぬ雫の分け前を期待できようか‥人はなんと愚かだろう


トリクルダウンは幻想だ‥雫なんか垂れてこない
根から葉まで、投資家という博打打ちは、それの稼ぎも全部博打に注ぎ込んじまうものさ

‥一つのプールの中に黄金が一杯に入っている

人はそのプールの中の黄金に、お互いの名義を翳し合い、自分の持ち分を主張する
毎日毎日、プールの中の黄金は、名義だけがグルグルと変わっていく
でも、プールの中の黄金は、何も変わり映えのないままに一杯だ
あるのは‥競争・欺瞞・詐欺・横領の熾烈な戦いだ、色彩だけが変化する
俺たちこそが勝ち組だと言わんばかりの賭けのへし合いが、他人の汗を札に打たれるばかりだ


私たちが欲しいのは、そんなおこぼれなんかじゃない「平道」だ


平等に分け合ったって、プール一杯分の黄金が変わるわけじゃない
ならば、他にも生き方を選べるはずである

それが分からない盲目の連中のうんちくにいつまで耳を貸すのだろう
博打好きで懲りない連中の要求に応えてみせようとて、知らぬ顔をされるだけである

「ああ、今日もまた誰か‥木の根で首を吊る」
posted by 木田舎滝ゆる里 at 21:07 | Comment(0) | | 更新情報をチェックする
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