2016年03月29日

【見方】今時のラブドールをどう見るか?

記稿.2016/03/29

> 世の中にはいろいろとした大人の玩具というのがある。


 その発展系としてラブドールの見た目というのがかなりの領域に迫ってきた。
 ついに、人が、囲碁でAIに押されたとか‥そんな様相になってきている。
 ‥これをどう捉えるべきかというのが、ちょっと悩ましい。


> 普通に見ると発展の過程が過程なだけに、HENTAIにしか見えない。


 しかしである、石膏美術からの技術的変換として眺めると結構正常視できてしまうのだ。

 リカちゃん人形が等身大→裸体像になったとか、そんな風に考えると退くことになるわけだが‥
 ギリシャ彫刻、木造彫刻の素材で形作ってきたそれを
 単に、素材が、シリコンまたはソフトビニールになったと考えれば良い。

 すると

 ‥なんとか素材が最先端になったというだけの解釈に切り替わる。


> いやいや、しかし、生々しいし、稼働するでしょう‥


 だから、そこをもっと日常レベルで普通に感じられるような
 正常視できる方向に仕上げるのも芸術性ということだと思えば良い。
 ‥そうじゃなかったら、それこそただのHENTAIだ。

 否否、変態視しかできないという視界があるばかりである。
 ‥改善するのが人間の本懐にあるのだから、見方を変えれば良いだけだ。
 ‥改善できるかどうかのそもそもにしたって、見方云々からの出発だ。


> ではあなたなら、そこにあるリアリティをどう追究する?


 行き着く先はそう、空想キャラの生々しさの登場ということになるだろうか‥

 フィギアレベルのそれが猛烈にレベルアップして
 武将像のように等身大で街角に飾られる日常‥
 銅像ではちらほらし出しては居るが、それはあくまで銅像のレベル。
 ‥シリコン可動式になってくるとまた意味合いが違ってくる。


 例えば、ゲーセンのようなアミューズメント施設で言えば

 一緒に写真を撮るのに、稼働してくれれば、画期的この上ない。
 腕を組んでみたり、手を繋いでみたりと、そんな写真の撮り方だよな。
 五人組キャラの決めポーズチーム撮りなら、ひとり外して自分がコスプレして混ざるとかな。
 両手に花の立ち位置で、写真を撮るとかな。

 そういうのは、どう考えたって生々しい方が、しっくり来るに決まっている。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 00:20 | Comment(0) | 目の付け所をナス/2016 | 更新情報をチェックする
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