↓5)改稿.2016/05/06...20160401...
教室に来て、自分の席に着くと、凸激は机の配置が気になった。
昨日から気になっていたが
‥どうして自分の席は、女子二人の後ろなのだろうか?
「そもそもこの配置に意味なんかないだろう‥もっと自由に考えて好いはずだ」
凸激が、そう思ったのも‥
自分だけが、誰かの背中を見ているという配置が気にくわなかった。
隣に話し相手が居れば、そうも思わなかったかも知れない。でも、そんな相手など居ないのだ。
そこで、凸激は、蛍とれんげに、教卓に対してコの字になる配置を提案した。
‥つまり、先生を含めて、四人が向き合いになる机の配置ということである。
今の机の配置は、
教卓↓
蛍↑ れんげ↑
凸激↑
‥だった。それをそのままの位置でコの字にすると
教卓↓
蛍→←れんげ
凸激↑
‥という話になる。
その案に対して、今度は蛍がそれに違和感を抱いた。
コの字そのものはお互いの顔が見えるので、蛍としても賛成だったが
この位置のままにコの字になるというのが、なんだか腑に落ちなかった。
とりあえず、凸激の案のままに机をその配置にしてみると、それは一目瞭然だった。
今は春である。
自分だけ外の景色がまったく見えなくなるというそれに、
‥蛍は、納得できない由を主張した。
「やっぱり、机の位置はジャンケンで決めませんか?」
「え☆、なんで?」
「だって、私の位置だけ外の春の景色が見えないんですよ、あんまりです」
「・・・じゃ、一週間ずつのローティションというのは」
「それはそれとして、最初はやっぱりジャンケンで決めましょうよ」
どうやら、蛍はゆずる気が無い様子だ。凸激にしてもそうだったし、れんげもそうだった。
コの字の提案は良いにしても、せっかくの春の景色がチラ見もできなくなるのは
まったく以て、落ち着かないのである。
こうなると、どうしたって、
ジャンケンで負けた人が、この週の間だけ見頃のサクラの景色が見えないというバトルだった。
それは罰ゲームさながらに思えた。お互いに負けるわけには行かなかった。
‥結果、こうなった。
教卓↓
凸激→←蛍
れんげ↑
言いだしっぺの凸激が、外れくじを引いた。
‥しかも凸激は、チョキ、グー、グーのストレートで、一回戦脱落したのだった。
蛍は、凸激と向き合い&春の景色が丸見えの配置に、これだと言わんばかりにご満悦な顔だった。
一方で、れんげは、教卓とど真ん中に向き合う事になったのが、えらくしんどそうな顔だった。
‥凸激は言うまでもない、下手をこいたとばかりにうなだれていた。
そこに一穂がやって来た。
「みんなー、おはよう
あれ、なんだか新鮮な感じだねー
いいねー、コの字型というのも、ちょうど四人だし
じゃ、特に連絡事項も無いので、ホームルームは終わります
このまま授業に入るから、各自しっかりやっておくれ」
1-5)1
クラスメイト三人、各々が問題集を広げること3分が経っただろうか‥5分だったろうか‥
凸激の耳に何やら寝息が聞こえてきた。
なんだろうとそれを見ると、凸激はもの激しげに立ち上がった。
そのイスを後ろに引く音が、教室に響いた。
コの字の配置だけに、ほかの二人には、凸激の顔が嫌でもよく見えた。
目をまん丸くして立ち尽くす凸激の姿には、信じられないと言わんばかりの驚きが刻まれていた。
凸激が、これはどういうことだと言いたそうに、教卓を指しつつ
蛍とれんげの顔のそれぞれを見回した。
‥凸激と目が合うと
蛍は笑いを堪えようと口に手をやり、頭をやや下にかがめた。
れんげは、目をあっちに流して、さらに知らん顔をした。
凸激はその二人の反応が何を意味するのかを受け取りはしたが
いまだ信じられないとばかりに、その気持ちを詠んでから着席し、再び自習に戻った。
|錯覚だ‥生徒の前で先生が‥居眠りなんか‥まずは見ぬ振り
1-5)2
それから30分が経っただろうか
担当教師、宮内一穂はいまだ夢の中のあり様だった。
‥こなるともはや錯覚などでは無い。明らかにヘタレに見えてくる。
その様子に業を煮やした凸激は、勢いよく音を立たせてイスを引いて立ち上がった。
すると踵を返して窓辺にすすみ、窓を開けると大声一杯に言い放った。
「戻って、来て、くださーーい
すてきだった宮内先生ーー!俺、待ってまーーす!!」
‥ここはわらうところだったろうか‥
蛍にも、れんげにも
その凸激の‥教室から校庭に向かって大声を張り上げるという行為が、至って新鮮に思えた。
昨朝の校門でもそうだったが
よくよく考えても、自分たち以外に聞いてる者も居ないのだ。
‥特にそれが外に響いたからとて、勘違いに思われる事を心配する必要もないのである。
それから、一時限目終了の5分前程に、一穂の目がタイマーセットされているかのように目覚めた。
「おや、もうそろそろ一時限目も終わりだね
それじゃ、区切れの良いところで、各自休憩してね
‥ということで、今日の一時限目は終わりまーす」
そう言うと一穂は、職員室へと引き返していった。
1-5)3
一穂が出て行くと、凸激は、待ってましたとばかりにれんげに食ってかかった。
「おい、れんげ、お前の姉ちゃんのあれは、いつもあーなのか!?」
‥やはりというか
その凸激の一穂への気持ちも、どこか先生から格下げ気味の口調になっていた。
れんげは何を思ったのか、黙ったまま‥その問いに対して水平バランスをやって見せた。
「・・なんだよその水平バランスは???」‥れんげが凸激のそれを聞くと体勢を戻してこう言った。
「水平バランスでないん、フラミンゴですのん」
「‥フラミンゴって
なんだかのプランクトンを食って紅くなる一本足立ちの鳥だろう
それがなんだってんだよ」
「まだわかんないのん‥
とっつんも、ここまで来たら、もはや
同じ釜の飯を食って、紅くなるしかないん」
「なぁ☆!‥(
‥なんという的確かつ屈託のない表現
それでいて腹を括ってますと伝わってくる‥そして
諦めを込めて畳みかけるもさらりと抜けたユーモア‥
まぁちょっと高度すぎて分かんねぇけど・・気持ちは、的確に表現されている‥)」
れんげは、そのフラミンゴ即ち水平バランスの表現の中に
「朱に染まれば紅くなる」と「同じ釜の飯を食った仲間」を引っかけていた。
つまり
フラミンゴの好む湖を教室に、そのエサとして食べるプランクトンや藻を
一穂の居眠りに例えて、{同じ釜の飯}={同じ時間の共有}={同じ気持ち}と表現したのだった。
さらに、フラミンゴの一本足立には、先生なんかあてにしないで自分の足だけで立てと言いたげだ。
凸激は、れんげにこれ以上聞いてもあえてなにも話す気が無い様子を見て取ると
今度は蛍に、この置き所のない気持ちをぶつけることにした。
「ほたる姉は、越してきた時どう思ったんだ?
ちょうど俺と同じ小五だったんだろう‥」
「私の時は、東京から来ましたから、それはもう
田舎との暮らしの違いに驚きっぱなしでしたから、一穂先生のあれも
いろんな人がいるんだなぁってそう思うばかりで
あれこれ考えても、どうにもなるわけでもないですし、ここしかなかったわけですから‥」
凸激は、カマを掛けて質問したつもりだったが、蛍が越してきた時もそうだった様子‥
本当にそんなに頻繁なんだろうか‥却って、凸激には、ますます状況が分からなくなった。
「そうだよな、俺たちに学校を選ぶなんてできないからな‥
でも、俺‥
だからって、すんなり納得なんてできねぇぞ」
蛍には、その凸激の納得できないという気持ちが、自分とは異質の何かに思えた。
それは、ここらと多少の差はあれど、分校伝いにやって来た凸激との違いだからだろうか‥
‥蛍にはちょっと分からなかった。どちらにしても、なるようにしかならないのである。
凸激が言い捨てるなり机に戻ると
先生があんななら、俺は俺で好きにやってやるとばかりに
休み時間もそこそこに、また問題集を広げて勉強をはじめだした。
それはどことなく、蛍とれんげには自分たちへの当てつけにも思えた。
「ゆうちゃん、休憩時間も勉強ばかりするつもりなんでしょうか?
れんちゃんどう思います‥」
「さっきの大声のこともあるん、今はまだ様子を見ていた方がおもしろいん」
「それもそうですね
私も、あの当時は‥どうしたらいいのか全然わかりませんでしたから
ここはしばらく、そうっとしておいてあげましょう」
1-5)4
凸激はまだ、心の片隅に、
昨日に思い抱いた宮内先生はすてきな先生という気持ちを漂わせていた。
いまだに信じられないとして、なにかそれなりの事情があるに違いないと思い巡らしていた。
‥でも、二時限目が始まると、凸激は、どうにもその気持ちにも耐えがたい窮屈さを感じ始めた。
そうだった。一穂は凸激の疑いはじめを覆すことなく、ふたたび居眠りに入ってしまったのだった。
それから30分しただろうか、教室内でなにか折れるような音が響いた。
業を煮やした凸激の手の中で、最新式のシャープペンの先が折れていた。
力を入れるあまり、芯は折れないのに気がつかず、だんだんと先端に負荷が掛かっていたのだろう。
それゆえか‥シャープペンの先が折れたのだ。
近くに、すぐ補充の利く店も無いことから、凸激の心境は泣きっ面に蜂だった。
‥そう思うと再び、凸激の足は窓辺に向かった。そして言い放った。
「二時限目も寝てんなーー
どんだけ寝たらスイッチ入るんだーー、爆睡教師!!
俺のシャープペン、折れちまったじゃねーかーー!」
ついでに、外の景色を一通り堪能してから、気持ちを落ち着かせると、凸激はまた席に戻った。
すると、今度はれんげがウチもやるんと言わんばかりに窓辺に向かった。そして言い放った。
「姉ねえー、遅刻だけは直すんなーー!」
その言葉に凸激は再び打ちのめされた思いがした。
そして席に戻る途中のれんげに、思わず訊いたのだった。
「まじ、遅刻まですんのかよ、農作業の方の手伝いとかそういうのじゃないのか?」
‥その凸激の問い掛けに、れんげは腕を組んで考えはじめた。
思えば、一穂から「今日はうちの手伝いがあるから遅れる」などと一度も聞いたためしがなかった。
考えてみても、もしそうなら、
手伝いの時間まで寝ていたということになる。
もしくは、朝早くの手伝いがあったからその分を寝ていたとか‥どっちも考えられなくもない。
なぜなら、普段の生活を見ていても、時間という時間にそれ以外でルーズというわけでもないからだ。
もしかしたら、知らないのは自分だけなのではないのか‥
そう思うと、れんげの気持ちは、自分の物の見方が一方的だったのではと‥思い始めた。
蛍も横でそこを同じく思った。というより始めて気がついたと言った顔だった。
時間にルーズな先生でしかなかったら、学級菜園のお野菜がきちんと育っているわけもない。
それでなくても、自分の時間よりも作物に時間を合わせる。それが農家でもある。
‥確かにそうだった。農作業中の先生の顔はいつも生き生きしていた。
そう思えば、
先ほどの、凸激の納得できないという言葉というか、そう思う姿勢が
そこを気づかせたのだと、蛍には思えた。
自分はただ何となく曖昧に過ごしてきただけだった次第を‥蛍ははじめて知った。
納得できないなら、納得できないままに、何かあるだろうと
‥どこか粘り強く信じる姿勢も大切なんだなと、蛍は素直にそう思ったのだった。
1-5)5
そして、三時限目がやって来た。
もはや‥担任教師一穂の居眠りは、留まることを知らない様子だった。
‥凸激にしても、早々に見切りを付けざるを得なかった。
そう思うと、凸激の足は、再び窓辺に立ったのだ。
「ふざけんなー! 大外れじゃねぇかーー!!
さよならーー!
昨日までの、すてきな宮内先生ーー!!」
ついに、三度目のそれで休止符を付けんとばかりに、凸激は、窓辺から言い放った。
なんというか
変化の乏しい分校生活がてら、他の二人には、それがたのしい遊び感覚さながらに伝染していた。
‥凸激が席に着くなり、今度は蛍が席を立って窓辺に向かった。そして胸のつかえを放った。
「信じてまーーす
高校行っても、やってけますよねー、わたしーー!」
|選べずば ついていかざるを得ずけふここの 思い放ちて春風
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