↓3)改稿.2016/05/12...20160415...
二学期の始業式も終わり、いよいよだった。
教室に一穂が入ってくると凸激の構えが増した。
「はーい、それでは夏休みの宿題を提出してもらいまーす
まずは、夏休みの友から持ってきて」
教卓↓
蛍→←れんげ
凸激↑
机の配置がコの字だったこともあり、列の後ろからまとめて集めるという程になく
各自が教卓の所まで出しに行くのだ。
一つ一つ持っていくのも面倒な形ではあったが
先生のノリとしては、一つ一つ確認していくのが筋なのだろう。
蛍とれんげが、先に提出したのを見計らうと
凸激は、新品同様の自分の夏休みの友を、堂々と教卓の上にわざと裏返しに置いた。
一穂は、ピカピカのそれを見ると、まさかと思って、凸激の夏休みの友を手に取った。
すると、その下に、別のノートが重ねられていたのに気がついた。
‥別のノートとは、凸激のこの夏の短歌日記である。
(夏休みの友とは対照的に、表向きに置かれたノートには名前がしっかり付いていた。)
一穂は、怪しいとばかりに、凸激の提出した夏休みの友をぺらぺらとめくった。
その中身は、新品に見えた通りに何ら手付かずのままだった。
「どうして何も手を付けていないのに提出するのだろうか?」
明らかに、凸激のそれには、意図的なモノが感じられた。
下にあるノートもそうだったが、これは、どう考えてもよからぬ予感の狼煙なのだろう。
だが、教師の立場上、スルーというわけには行かない。
そして、注意深くことを運ばないと、凸激のペースにやられかねない。
‥一穂にも緊張が走った。
1-3)1
「ほーい、とっつん、ちょっと待ち
何にもやってないでしょ‥なんでこんなに新品状態なのかな?
しかも名前もなーい、どうしてこれで提出できるかね?」
「先生それ、提出じゃなくて返却でーす
それと俺、この夏休みにした宿題は、
そこに一緒に重ねた夏休みの日記の短歌ノートだけですから
あとは全部、中1の勉強の為に放棄しました」
‥なんというあっけらかんに言い放つのだろうか、ふざけるにも程があった。
しかし、宿題は宿題だ。スルーはあり得ない。
蛍もれんげも、一穂に注目だった。
「とっつんの気持ちはわかってるつもりだけど、宿題は宿題だからね
それに、勉強するのに小5も中1もないと思うよ
しっかりやって来てくれないと困るな」
「あれぇー、毎日、授業の時間に寝てるだけの先生が、しっかりやって来いですか?
そんな先生に、宿題宿題と言われても全然説得力ありませーん
転入生の手前、一学期の間は我慢して頑張ったりしたけどさ、
さすがにこの年の夏の暑さに両方は無理というものでーす
大体さ、居眠り残念先生に、宿題を出す資格なんてあるのかよ?
この際だから、宿題を廃止にすべきだと思いまーす
そのまま、家での学習も自由に任せてもらえると有り難いでーす
どうせ学習授業の時間に、先生の居ないも同然の学校なんだからな」
|分校を受け継ぎたるや卒業生 支えに来たのか?甘えに来たのか?
ここ一番の凸激の発言はいつも凄まじい。トドメとばかりに詠み上げた歌は殊更だった。
でもそれはそれ、これはこれである。
蛍はこう思った。
「ゆうちゃんの意見ももっともだと思いますが
それはそれで、この場でなければ言えない事なんでしょうか?
普段の宿題を無くせだなんて‥それはそれで聞いているこちらとしては頼もしくは見えますが
それもまた、やりすぎだと思います」
れんげはこう思った。
「これが、捨て身のボイコットという奴なのーん
やっぱり、とっつんは見ていておもしろいんなー
ウチが姉ねえに言っても、こうは無理ですのん
これで姉ねえが気持ちを入れ替えてくれたら、助かりますが
さてさて、姉ねえはどうでるのんな‥」
一穂はこう思った。
「いやぁ‥この子、本気でウチの兜取りに来てるよ
参ったな‥でも、そんな簡単に討ち取られる訳には行かないんだよね
ここはもう、本音を晒すしかないか‥
‥まさか生徒にここの事情を説明するはめになるとは」
どうやら、一穂には切り札があるらしい。「え、そうなんですか?」それは素晴らしい。
‥そんなら、存分に先生の貫禄ってのを見せてやって下さいまし、宮内先生!。
1-3)2
シーンとした冷ややかな緊張が、教室に張り詰めていた。
外からは蝉の鳴き声が、その空気の中に、より一層の光陰を放たんとして聞こえて来る。
‥一穂の口からは、思いもしない言葉が飛び出してきた。
「先生な、この分校にはいつも9学年分の生徒が一人ずつ居ると思って頑張ってるんだよね
宿題を考えるにしてもそうだし
テストの問題を考えるにしてもそうだよ
テストなんかいつも大変なんだよ、9学年分の全教科分の問題を考えなきゃならないからね
生徒がいつ来ても好いように、それをこなすことを日課に日々勉強なんだよ
一人だから相談する先生も居ないしね、
文科省もこっちのそんなことなんか配慮してくれないどころか
毎年のように指導要領を変更してくれるからさ、その度に全部見直さないと行けないんだよ
それも全教科!9学年分!‥積み重ねた問題のストックが必ずしも使えるとは限らないんだよね」
一同は唖然とした。凸激も例外ではなかった。
しかし、だからといって普段の一穂の居眠りとそれとこれとは違うだろう‥
‥凸激は、まだまだそれへのこだわりが、そりゃ張り付いていたのだ。
「だからってさ、それと先生の居眠りと関係ないだろうに、
それにそれだったら尚のこと宿題なんか無くしてさ
先生らしく、『どこか分からないところはないかな?』ぐらいの授業をすべきだろう」
「それはそうかもしれないけどな‥とっつん、
9学年分のノウハウを維持するのは大変なんだよ、それも全教科全部だよ
一学年分だけの知識見直しとか、自分の担当教科だけの学力維持とか
余所の先生様達はいいなとは思うけど、それはそれで多くの生徒を相手するわけだから
それはそれとして、ウチにはウチの事情があるわけで‥
そんなの本当に生徒が数珠つなぎで一学年ずつ居たらと思うと、誰だってたぶん寝ちゃうよね
気がついたら寝てるんだよ、分からないかも知れないけど
指導要領が毎年のように変わってくれるから
もう本当‥ウチ一人で9学年分の全教科の資料を確認しなくちゃならないんだよね
しかも、ウチ兼業だからね、それと、学級菜園も見て回らなきゃならないし
こんなこと生徒に言っても言い訳にしか聞こえないだろうけど‥
それこそ、宿題を出すことをしなくて好いなんて言い出したら
先生の勉強への張り合いは、
とてもとても、9学年分の全教科分のノウハウを維持することなんて‥とても無理ッ
とっつんだってさ、たかが小5と中1の2学年分の勉強でひいこら言ってるでしょ
ところでとっつん、お家のお手伝いはしてるのかな?
先生はね、たまには手を抜くけど、しっかりこなしている方だと思うよ」
凸激の足が、後ろに引けていた。仕掛けた相手が悪かったのだ。
‥気持ちに半分、「やっぱりすげー宮内先生」が再びもたげだしていた。
|撤退だ。まさかの不意打ち隠し球‥一枚厚いぜ一穂の覚悟
それでも、ただで引き下がれるわけもない。何か適当な好い言い訳はないだろうか?
‥敗走兵に残された台詞などもはや高が知れていた。
「しょうがねぇなー
それじゃ、今までの居眠りのことは大目に見てやるから
俺の夏休みの宿題してこなかったのとあいこだからな!」
凸激はその台詞を吐き捨てると、自分の席へと引き返し始めた。
しかし、ことはそんなに単純では無い。それは、捨て台詞を吐いた凸激としても十分解っていた。
‥そんな凸激が、なにやら浮かぬ顔で自分の席に引き返していく様子を見ながら、
蛍がすぐに気がついたらしく言いだした。
「あーあー、ゆうちゃんずるーい‥
自分だけ夏休みの宿題やらなくても好いなんて、そんなのずるいです!」
「そうなん、姉ねえどうなの?
ビッシと言ってやらないとダメなのーん」
れんげも蛍に続いて不満の声を上げた。
先ほどまであった‥姉ねえの居眠り改善への期待感などもはや吹き飛んでいた。
それはそうだろう、知らない姉の一面をまたもや凸激を介して知ることになったのだ。
‥それは蛍も同じだった。
「うるせーぞ!!!
そんなら、先生が作ってあるっていう‥その中1のテストをこの後のテストで俺がやって
全教科85点以上、もしくは、五教科合計で425点以上取れば文句ねーだろうッ
なにも夏休みの間にまったく勉強しないで遊んでたわけじゃないんだからな」
凸激は、席に着くなり、立ったままにそう言い放った。
‥たしかにそうだった。
凸激の中1学習の度合いも気になったが、
一穂が本当に全学年分のテストを用意しているのかどうかも、興味の及ぶところだった。
それに
平均で85点以上というのは、蛍にしてもれんげにしても、
夏休み明けのテストで小五の凸激がそれをクリアーするなら、まぁ大したものに思えた。
先生としても大目に見ざるを得ない微妙なラインでもあった。
(※中学のテストは通常50点満点。原作では100点みたいなので、ここでも100点で‥)
1-3)3
旭丘分校の夏休み明けの中学生テストは、始業式のその日に2教科、次の日に3教科で行われた。
‥れんげは小学生なので全部で4教科になる。
一穂の話は、まんざら嘘ではなさそうだった。
凸激用の中1テストがなんの遅れもなく、その都度凸激の目の前に現れては配られた。
(‥去年のコピーということもありそうだが、それを蛍が確認できたかどうかはここでは省こう)
結果
凸激の合計点は420点だった。
一穂のテストは一科目当たり20問だった。つまり一題あたり5点になる。
‥まぁ早い話が、凸激は、一問の差の×で自分の提示した点数に届かなかったのだった。これは痛い。
凸激の敗因としては、英語の70点が大きかった。
アクセントの問題で全滅していた。まったくのノーマークだった。
‥国語のテストにアクセント問題なんかない。英語との違いとやらを思い知ったのだった。
「いや−、とっつん、残念だったね
でも420点だよ、平均で84点か、小学五年生で中1のテストをそれだけ取れるなんて
ほんと大したもんだよ
でも、約束は約束だからね‥」
「(ちくしょう)
・・ふん、好きにすれば良いだろう」
「どうしたもんかね‥
ねぇ、れんちょんにほたるん、なにかアイデアないかな?」
「はーい姉ねえ、ぼうずあたまが好いと思いますん」
そのれんげの提案に、蛍が思い出したように、大笑いにも噴き出していた。
それもそうだった。夏休みのアレを思い出していたのだった。
‥それは、凸激の寝顔写真にイタズラ書きをするれんげのセンスという奴だった。
「ウワハハハハハ、ハハハッハ、ひー、アハハハ‥」
「(ほたるんウケすぎでしょう‥そんなに笑うところかね??)
じゃ、そういうことだから
とっつんは、夏休みの宿題をやってこなかったと言うことで
丸坊主ということになるね」
「へん!、
煮るなり焼くなり好きにすれば良いだろ
逃げやしねえよ」
|丸坊主‥負けて悔しき落とし前。夏‥味あわずんばとんだ泣き
‥凸激は、この夏の去りし日々を思い返し、噛みしめつつ‥
もし、部屋にばかりこもって勉強なんぞしてたら、それこそ、泣くに泣けねぇなと思うのだった。
なにしろ、一穂の先ほどの話の事情を知っていたとしたら、普通にそうしただろうから。
|自分にもしもが付いてトントンの攻め切るよりもまず悔い残さず
結局、この日の件があってから、
一穂も凸激のやる気を認めて、凸激の宿題を小五ではなく中1のそれにしてやった。
それはそれで、凸激にしてみれば一教科増えたことになる。
まぁ、望むところだと言った顔ではあった。
‥ちなみに、蛍とれんげのそれにしても、減ったと言うことはない。
宿題は、先生にとっての学力維持(100点満点)の原泉なのである。
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