2016年10月04日

【勝手句帳】023 28-10-1 静岡新聞掲載分から

↓7)向宜詠吟.2016/10/04

|この風はむくげの花にふれもせずもの憂げ顔でゆく夏の風    吉田町・玉ゆら短歌会

 ※憂げ(うさげ)

文芸部男子Aは、新学年始まりの春風誘う部室で、おもむろにそう口ずさんだ。
「おう、それって自分が詠んだんかい?」文芸部男子Bが男子Aの歌に反応した。
「いやぁ残念。こないだ家の物置の片付け手伝わされてさ、くるんであった新聞に載ってた奴だ。」男子A

「なんや投句かい。わいはてっきり男子Aがついに脱皮したのかと思ったわ」男子B

「いやぁそこなんだよ。哲学に染まった文学青年な余韻が、実に良いと思ってさ、部室で気分に浸ろうと思ったわけなんだ」男子A
「‥さよか、なら、もういっぺん聴いたるわ。あっちにも聞こえるようにも、声デッカくな。」男子B


|この風はむくげの花にふれもせず ものうさげ顔でゆく夏の風


この日の××高校文芸部の部室の窓際には、女子Aと女子Bが陣取っていた。
ここの文芸部の窓際の席は、その日毎早い者勝ちがお約束だった。

「あれ、今の短歌、男子Aが詠んだの?」女子A
「まぁね、実に文学青年としての僕らしいとは思わないかい」男子A


(なんや‥男子Aカマ掛けてとるんか‥)男子B


「‥ええ?、そうかな。槿なんて時節外れだし、なんか無理矢理な感じが、借りてきた感じ。
 まぁ私としては、仮にお薦めされてもその本読まないけどね。」女子A

「あーあ、せっかく、良い句を見つけたから、部室で哲学と文学の伴った響きに浸ろうと思ったのに
 女子Aの頑なな好みにはお手上げだよ」男子A
「そうだよな、今時、キラキラ青春おいでませ(女子妄想)なんて世界観‥
 どのマンガ・小説めくってみてもどこにもあらへん。どこもかしこも奪い合いの血みどろな話ばっかりや。
 よくて萌えとかゆうて誤魔化しとるような筋書やからな」男子B

「あーヒドい。私のキラキラ青春好みの、なにがダメって言うんですか?」女子A

「あのな、アカンいうとらんわ。文学として表立った形になっとらんからツッコんでるんやで。自分の好みだって言うなら、まずは一句にでもして詠んでみいや。まぁせいぜい、夢とか花とか恋とか綴って行き止まりや。そっから先のないもんを妄想で補って納得しとるんは文学とは言われへん。文学崩れや!」男子B

「ちょっとそこ、静かに」女子B

「へーい、失礼しやした。
 それにしても部長はん、今年は一年入ってくるんかいな?」男子B

「え?、そんなの私に聞かれても困るわよ。まぁ、入ってこなかったら、入ってこなかったらよね。文芸部なんてそんなものと思って諦めるしかないわよ。まぁこうして一学年のメンツで四人もいれば上等なんじゃないかしら」女子B
「かぁ、なんやそれ、去年も確かそのパターンやったで。お陰で後輩得られずや‥」男子B

「なぁ男子B、そんなに後輩が欲しいのか?」男子A
「あったり前や、目の覚めるような文学少女と恋におちるもおちへんも、まずは先輩と後輩や」男子B

「‥ああ、なにそれ!
 私の文学の好みあれこれ馬鹿にしといて、本音では同意なんだぁ、ずるーい」女子A

「なにいっとるん、わいのは実践願望、自分のはただの妄想願望、まるっきりちがうわい」男子B
「そんなにちがってないよ、同じです」女子A
「ちがうわい」男子B
「同じです」女子A

「はいはい、そこまで、静かにね」女子B


> これはいい。お借りするとしよう。(ちなみにトミヱさん♀でした)



1-7)1

|新聞を静かに閉じて溜息す深く頭を垂れ謝ること多し      御前崎市・もくせい短歌会

|新聞を静かに閉じて溜息す深く頭を垂れ謝る記事多し      手直し1
|新聞を静かに閉じて溜息す深く頭を垂れ顧みるの多し      手直し2


 ‥謝るべきは詠み人ではなく、明らかに記事。
 「どうしてこうい所で、細かくないんですか?」、なめてるの?なめられたいの?

 もしくは、反省の意を同意に込めるなら、「謝る」× → 「顧みる」○ です。




|大仕掛け昼と見紛う遠州の河原に轟く歓喜のあらし       吉田町・玉ゆら短歌会
|大仕掛け昼と見紛う遠州の河原に轟く花火のあらし       手直し


 「昼と見紛う」のはなんですか?それが後半に掛かるわけですから、
 ‥「花火」と据え置かないのでは、お話になりません。




|宙をケリ立ちぶらんこも豪快に巣立ち間近の園児たのもし    御前崎市・もくせい短歌会
|宙をケリ立ちぶらんこも豪快に卒園間近の子らたのもし     手直し


 幼稚園で「巣立ち」って、ちょっと大げさすぎやしませんか?



1-7)2

|紫陽花の藍の色濃き梅雨晴れに声を聴きたし母遠すぎる     御前崎市・もくせい短歌会
|紫陽花の藍の色濃きに思い出す母と話したくも遠き日々     手直し


 「梅雨晴れ」と断らないとダメなのはどうしてですか?
 いらんでしょ。
 ‥降ってようが晴れてようが、「藍の色濃き」を見て思いだしたんじゃないんですか?




|真鍮の大鍋出してカレー炊く子等の分まで炊きし日はるか    静岡市・しおん短歌会
|真鍮の大鍋出してカレー炊く親子の食卓遙かすぎ        手直し


 子が男子三人ぐらいにあれば、真鍮の大鍋なのでしょう。
 それでは、上の句が多少かさばってみえようとも致し方ありません。

 一方で、「はるか」と最後に据え置くなら、「炊きし」と過去形を使うのはクドすぎます。

 しかもその前に「カレー炊く」とあるので、繰り返す意味も不明です。
 ‥その上「‥分まで‥」では、却って嫌々だったかのように聞こえてしまいます。


> 上の句が説明っぽいんですから、下の句はズバッと単刀直入に置くべきです。




|木が茂る谷田の上を通るたび泥にまみれし母の偲ばる       御前崎市・もくせい短歌会
夏木立谷田の上から母の見え 泥にまみれし姿を偲び       手直し


 ‥「谷田の上を通るたび」ここがよくわかりません。
 通学路が自分所の畑の見えるコースだったと言うことなんでしょうか?
 そのような生活感を伝えんとするにしても、必然があるとは思いません。
 その度合いがどのようであれ、マンガなら2ページ程度で勝負せざるを得ない場面です。

 ということで、季節を限定したくはないとは思いますが、敢えて「夏木立」と置いてみました。

 星明子が一徹と飛雄馬を見守るにしても、木立から見ているシーンで伝わってしまうわけですからね。
 (‥そんな風に茂っていたとは限りませんが、それが言葉のインパクトというものです)


> 情景を伝えるべきなのか?心情を伝えるべきなのか?‥それは常に二択です。
> 面白きに、そこの選択を変えると言葉も置き換わらざるを得ません。
> 日本語には、ちゃんとそこの変換が成り立つように用意されている次第は、常に驚かされます。




|病癒え足が我が身に帰り来て床の冷たさ脳につたわる      御前崎市・もくせい短歌会
|病癒え足の感覚帰り来て床の冷たさしみ渡れるや        手直し(るる訂正:2016/11/27)


 う〜ん、ちょっとね。
 「脳につたわる」‥イメージは伝わりますが、気持ちまではどうでしょう。
 ‥全身で感じているよろこび感を表現しようと思えば、「脳」では足りんでしょう。

 (とはいえ、こちらとしても表現しきれたかどうかまでは定かにありません。失礼。)



1-7)3

|誰が人の供えし花か曼珠沙華台風まぢかな川除地蔵       吉田町・玉ゆら短歌会
誰ぞ供えし花か曼珠沙華台風まぢかの川除地蔵         手直し


 ※曼珠沙華(まんじゅしゃげ)、川除地蔵(かわよけじぞう)

 「誰ぞ供えし花か」セットのフレーズです。
 後に続く筋が、台風だけに、「ぞ」の強意が自然とそのまま緊迫感をそそります。

 「ぞ」を好んで使うような時代でも無いとのことで、出て来なかったのだとは思いますが、
 大和言葉を噛みしめれば噛みしめるほどに、助動詞と助詞は魔法のような効果を発揮します。
 ‥まずはそこを押さえて確認しましょう。


> 助動詞と助詞に活路あり。(そこから派生した言い回しもお見逃しなく)




|残照に淡くかがやく花すすき残生われに初心ありたり      吉田町・玉ゆら短歌会
|残照に淡くかがやく花すすき残生われに余韻ありたし      手直し


 ※残生(ざんせい)、初心(しょしん)

 「初心ありたり」の意味が分かりません。
 大体、「初心」ってなんですか?、そこで初心を出す意図とはなんですか?
 そう思ったにせよ、それはどうして「すすき」なんでしょうか?
 ‥「すすき」で好いなら何を見ても同じでしょう。
 ‥あなたにとっての「すすき」でないとダメな理由を他の人はなにも知り得ません。


> それ以前の問題として、すでに余生の話をしているのに


 「初心ありたり」とか‥
 「何一つ志を果たしておりません」などと告白したも同然の哀れそのものです。
 ‥上の句は俳句かと思わんばかりに整っているのに、下の句は実に無念な残生にあるかのようです。
 ‥ちぐはぐすぎて「?」です。



1-7)4

|うだる陽に大楠の蔭に入り涼む人らの眉根弛む         静岡市・しおん短歌会
いかめしき眉で大楠求め来て涼む人らの眉根弛む        手直し


 「眉根弛む」‥まぁここがポイントですよね。
 それならそれで、そこが活きるように対比にしないと味わいも深くなりません。




|昔は「急げ」今は「次まで待て」と読む横断報道の青の点滅   静岡市・しおん短歌会
青信号、昔は「急げ」今は「赤」老いたカラダにゃ点滅キツし  手直し


 う〜ん、どうして、「次まで待て」なんですか?
 「赤」で良いでしょう。どうせ歩道の信号には「黄」は無いんですから。




|歌会の醍醐味と思ふ丁々発止遠慮なく意見言ひ合ふ時間     静岡市・しおん短歌会
醍醐味や丁々発止遠慮なく歌会検討学ぶ時間          手直し


 ※醍醐味(だいごみ)、丁々発止(ちょうちょうはっし)

 「え?」
 「と思ふ」‥どう考えたって「醍醐味や」でしょ。音数の勿体ない。
 「検討」で良いでしょう。そもそも歌会の「言ひ合ふ時間」を単語に示せば「検討」です。
 ‥そこにある時間をもっと具体的に言えば、学ぶ時間です。野次る時間ではありません。

 それともなんですか、句会戦争でも始まるんですか?
 「私は○○派」「俺は××派」に分かれてやっつけ合うんですか?


|醍醐味や丁々発止遠慮なく歌会紛争負かす時間


 ‥こちらも悪くはありませんけどね、人の寄りつかなくなるのは確実です。
 (ほめられすぎても気持ち悪いだけですから)




|ウォーキングの朝の楽しみ六月は頭上にひらく合歓の花あり   静岡市・しおん短歌会
六月や朝の日課のウォーキング今日か明日かと合歓の花     手直し


 ‥やれやれ
 しおん短歌会さんは、なかなか詠めているようですが、詠み始めの掴みがまるでダメですね。

 ※合歓(ねむ)

 ちなみに、ここでの直しは、もう何年も朝の日課が続いているのが前提です。
 そうでなくても、合歓の花を知ってるなら、その土地で合歓が咲く頃を把握しているのが前提です。
 ならば、「六月や」と頭にもってくるのが気持ちの高ぶりを一番に掴んだポジションです。

 「ひらく・・花あり」、まだ咲いたかどうかも曖昧にしかない詠み‥
 ‥そんなにテンション高いなら尚のことです。


> 掴みに失敗しては、あとは何をやってもダメなのは恋愛の如しとわきまえるべきかと。




|門扉片面びっしり覆うノアサガオ一輪が咲き夏が始まる     静岡市・しおん短歌会
ノアサガオ門壁びっしり夏初めの一輪見つけ来たれ朝      手直し


 ‥これもそうですね。
 こちらはおまけにしっぽも見きわめがあまいです。
 どうしたって、朝顔なんですから、夏より「夏の朝」ですよね。

 (幾分‥ノアサガオの覆いを脚色しましたが、問題ない範囲かと思います)



1-7)5

|五月風さやかに吹きて木の葉たちざわめき揺れて喜び踊る    御前崎市・もくせい短歌会

|五月風さやかに踊る木の葉かな路ゆくボクを誘う木漏れ日



 ‥それにしても、器用なものですね。
 中身が、風に揺れる木の葉だけという攻め方にちょっとしたずれを思いました。

 「五月風さやかに踊る木の葉かな」‥俳句で詠むならこんな感じでしょうか‥


> 短歌の31音を俳句の17音と同じままに詠み閉じるという勿体なさを噛みしめるなら、
> 下の句には、異なる視点を投げかけて、自分の気持ちを織り込むのが味わいというものです。




|沼の辺りに伏せられてゐるボートあり夏草はしから被さりてゆく 静岡市・しおん短歌会

|夏草や沼に朽ち逝くボート影 お化けが出そうな宝舟
|夏草や沼に朽ち逝くボート影 お化けが出そうな幽霊船
|夏草や沼に朽ち逝くボート影 お化けになりけりスワンかな



 言っては何ですが、まるで詠めていません。
 「夏草や沼に朽ち逝くボート影」‥俳句に収まってしまいました。(着眼は名句だったのに惜しい)

 ‥蛇足にも短歌にしてみましたが

 リスペクト1ではどこか微妙です。(少年の好奇心を宝舟にたとえてみました)
 リスペクト2でもまだまだ微妙です。(沼の破棄ボートですから‥きっと小さいんでしょうね‥)
 そこで「足こぎスワン」を想定して、リスペクト3を並べてみました。(こちらは、好い感じかと)


> つまり、「朽ち逝く」リアルに対して、具体的かつ象徴的物証こそが必然にあったと。


|古池や蛙飛び込む水の音しとしと雨間の江戸暮らし




1-7)6

|信号の青みずみずと輝きて夜明けの運転眼にもさわやか      静岡市・しおん短歌会

|夜明けかな。LEDの目にやさしき青の輝きアクセルGO



 免許がないので、従来との差がちっとも分かりませんが
 ‥21世紀への宣伝句のようなLEDの賛歌に仕上がりましたとさ。

 (それにしても、青LEDは目に悪いのかそうでないのか‥よく分かりません)




|歌詠めぬ時にはいつも空を見る夕日あかあか沈みゆく空     静岡市・しおん短歌会

|飯食えぬ時にはいつも夕日見る腹ぺこカラスの路上ギター



 ‥なんともまぁ、優雅な歌の詠めなき時間にございますな。
 ということで、カチンと来たので、当てつけに詠んでみました。(お陰で好い句が詠めました)



1-7)7

|激動の昭和は次第に遠ざかる歩みこし世を記し止めん      静岡市・しおん短歌会


 ‥失礼ながら、激動の昭和と言っても昭和寄りなんですね。
 まぁそれはそうにございましょう。(ご自分の若かりし頃ですし)
 でもね、昭和も平成もさして変わりません。(もっか下寄りですから)


|高齢のカネのあるうち昭和かな使い込めば平成プア
|使わずに溜めに溜め背負う昭和 気づけば格差背負う平成
|汗の質 なんぞ淘汰か‥ガッチリと頑張りましたの独り相撲
|儲からず暮らしもゆかぬ仕事では皆で征くまじ赤信号
|青信号実りあるとこ集まって皆で往く征く赤信号
|片寄れば端から限界やって来る 言わずと失敗資本社会
|壮大な勝ち組世代も廃墟から右肩あがりに梯子あり
|梯子なく谷底付いた平成にケータイ文化の吊り橋架かる
|ケータイ通信料損してお得を掴めとポイント三昧
|理不尽や体力着眼記憶力いろいろあるけどやっぱカネ




|赤貧の学徒やうやく購ひし「一握の砂」今も我が朋       吉田町・玉ゆら短歌会


 ※購ふ(あかふ)

 ‥失礼ながら、他人様の詩集に憧れたことはねぇ。(文字読むの遅えからとりあえず本読まねぇし)
 ‥ついでに、ここまで根に思える本というのもどうかな。
 ‥気分的には資料の扱いだからな。(記憶力が弱いから)
 ‥使い捨て文化の毒を思わざるを得ない。

 ‥そもそも、パソコンのデータ作成って、ゴミはどんどん消すからな。(原稿丸めるのと同じ)
 ‥パソコンのデータでさえ、大事に取っておこうなんて希薄だし。
 ‥そもそも、ハードの方からして維持できねぇんだから尚更だよな。(HDDだけは動く限り保管)

 ‥必要なのは、人間としての視点と視界だと思っております。
 ‥それ以外の細かき世事に疎いのが欠点と言えば、その通りです。
 ‥でもね、他人の句を詠んでみるにつけ、超内向き思考から得られた才もまんざらではないと。

 ‥世の中、やっぱり自分に撓ることを心掛けた方が自然かと。
 ‥尤もそこにあるのは、自分になく自分であるという感覚ばかりなんですけどね。
 ‥反対も見えていないと撓らないというわけですからね。お間違いなく。(ここ重要)



> うた詠みおわります、ありがとうございました。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 17:02 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする
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