2016年11月20日

【勝手句帳】043 28-11-15 静岡新聞掲載分から

↓9)向宜詠吟.2016/11/20

|楊貴妃の眉はさにあり夕月夜       掛川市・鴟尾の会

|楊貴妃の眉はさにあり夕月夜 をる傾城の闇とよぶらし   (るる訂正:2016/11/27)


 *傾城【けいせい】‥その美貌で以て主をたぶらかし城や国を傾け滅ぼす意。美人。遊女。

 「楊貴妃の眉はさにあり」‥楊貴妃の眉はあんな感じなんだろうな。
 ‥ここで見る夕月夜が、どんな月なのかが解っていないと理解不能に陥ります。

 考えること暫し

1、「月は東に日は西に」としたパターン。
2、夕方前から‥月が西空の上方あたりから仄かに姿をのぞかせ、暮れる頃にか細く輝くパターン。
3、卑弥呼が死ぬ時に‥沈みながら日食となったような極希なパターン。

 ここでは2が想定される。(普段に見たことの覚えが無い‥OTL)
 ‥まぁ気がつかないでいるとすぐに沈んでしまうパターン。
 ‥太陽との角度を考えると、新月寄りの形の月という事になります。

 ここではその細ましき月の輝きを、楊貴妃の眉に例えている詠みです。
 さらに、すぐに暮れて闇に沈む様を傾国の美女になぞらえて+七七に詠み足してみました。




|虫時雨楯なす空地の草の丈        掛川市・鴟尾の会

虫鳴夜闇なす土手の草の丈 心ゆくまでしみじみと聴く


 「虫時雨」‥まぁ基本、朝か昼か夕か夜か分かりません。その辺使いづらいです。
 「楯なす」‥隠れているという意味合いだとは思いますが、捻り不足だと思います。
 ‥それもこれも、季語としての「虫時雨」の意味合いが弱いからだと思います。


> それにしても、「草の丈」ここの着眼が鋭いですね。


 +七七にしてみた時のインパクトがとても奥床しい、茶室に添える花の印象です。
 季語を引き立てるに、脇役たる花鳥風月仕込みのお手本のようです。(ごちそうさん)

 ※ 「空地」のイメージは個人差ありすぎます。
 ‥どちらかという「更地」ですが、どちらも字余りになるので「土手」にしました。



1-9)1

|ふる里の長き縁側流れ星         三島市・東大場土筆句会

|ふる里の長き縁側流れ星 あの日々あの顔らあの夕日


 それにしても直すところが無いとただ載せるだけになってきます。
 ‥レベルが上がればそうならざるを得ない。
 ‥対抗して詠もうにも、ネタなんて繰り返しになるだけで面白くもない。


> コンセプトはあくまで「名句にポン」なのです。


 ‥というところで+七七連歌との流れになったらしい。
 俳句や川柳に+七七を追加して連歌と為す。(遊びとしては十分に面白いかと)




|秋探し紙飛行機の宙返り         掛川市・鴟尾の会

|秋探し紙飛行機の宙返り あの空につづく風を掴まむ


 ‥「あの空」、どんな空を思い描くかは各々の自由。それが紙飛行機に抱く思いかと
 (それにしても目の付け所がにくいっすね)



1-9)2

|初冠雪富士山頂のベレー帽        島田市・茶の花島田句会

|‥ベレー帽??2016富士の初冠雪 夏気分にも頂薄化粧


 ‥こんな形で今年の富士初冠雪を詠もうとは!
 (「ベレー帽」ねぇ、その発想は無かったっす)

 手直ししてるみたいに見えますが、俳句のままならそのままで十分でしょう。
 しかし、短歌にまで盛るには、
 「ベレー帽」が何を意味しているのかが一気に不明になってしまうのです。

 ‥調子が伸びると云う事はそういう事で
 上の句の段階で、その問題を解決しておかないと下の句が厳しくなってきます。

 (結局、下の句も字余りにしましたが‥)




|床の間の要となりし菊の花        三島市・東大場土筆句会

|日本の要にありし菊の紋 今じゃすっかり欧米化


 ‥まじにイギリス籍なんだろうか??
 ‥だからだろうか、地球に残らないって話にもなるのだろう。(積年の闇も深そうだし‥)




|再稼働ノー今年の米もうんめえぞ     島田市・茶の花島田句会

|新米の殻にもならぬ再稼働 二度と御免だベントの騒ぎ


 ‥ネタのままですと
 原発止まってるから、作付けの自家米の味が増したように思うんだけど、だから動かさなくて良いよ。
 という意味合いになり、それは残念なことに
 「○○のコメは食えねぇだろうね」と語ってしまっているかのような落ちになってしまってます。

 どうにも新米の意味にある「新人」=下手を嫌っているのか、
 「今年米」と詠み好む傾向があるようです。


> 農家では、新米の籾殻を炊きつけに用いたりします。
> ‥と言う視点から、詠み直してみました。



1-9)3

|漣の寄せくる淵や秋気澄む        掛川市・鴟尾の会

|漣の寄せくる淵や秋気澄む されど傾げるさち減る暮らしに


 ‥漣(さざなみ)の寄せてくる淵(岩場)にも秋が来たようだ。
 そんな具合のネタですが、
 風景としては、それほどの具体性が足りず物足りないところです。

 というよりは、読む側まかせゆえに普段の光景が浮かぶかどうかです。
 ‥掴みが大ざっぱなほどそんな感じかと。


 海にも秋がいつもと変わりなくやってくるというのに‥どうしたことか、
 海の幸の漁獲は減る一方だ、まるで分け隔てなく暮らしぶりを準えているかのようだ。




|秋刀魚食べ我が家笑顔で食進み      三島市・東大場土筆句会
|秋刀魚食う食卓囲む笑顔かな       手直し

|秋刀魚食う頭付けずに頬張りぬ 家長欠きたるトレンドかも


 ‥べたな手直しですが、べたな着想ゆえ
 どう詠もうと同じ言葉が繰り返されるのでそうなります。
 それはまるで、さんま料理なんぞいつもの塩焼き・醤油味+大根おろしで十分と言わんばかりかと。

 ゆえに、普段のさんまから発想を広げるという意味では、骨の折れる部類です。
 ‥料理にしてもそんなところかと。


> 頭からばっさり全部食うのが秋刀魚ですが


 ここのところのマイクロプラごみ問題が気になり、えらは避けざるを得ません。
 内臓はなにやら消化が最も早いと云う事で、まぁ気にする程に無いのかなと思ってます。



1-9)4

|どこにまいても芽の出ない種を懐に    島田市・茶の花島田句会

|どこさ蒔くも芽の出種を懐に この傷と往くべ青春


 ‥季語が見あたりませんが、詩情としては十分で+七七してみました。
 それにしても連歌の着想としては、単調だったかと思います。
 なんにせよ、その手の内情は複雑ですから。




|世渡りが下手でつるりと衣被       掛川市・鴟尾の会

|世渡りが下手でつるりと衣被 マスクぞ定番どこに往くにも


 *衣被【きぬかずき】
 ‥平安時代ごろから身分ある女性が外出時顔をかくすために、衣をかぶったこと。また、その衣。

 「えっ」、あれは顔を隠す為なんですか??
 日よけを兼ねたファッションだと思ってました。


> +七七に続けてみると、「衣被」が枕詞風に見えてきます。(サングラスでもイケそうです)
> ‥もしかして枕詞とは、一昔前の風情を懐かしむように見立てて折り込んでいたのでしょうか
> ‥だとすると、枕詞には、さらなる昔が例えられて詠み込まれている事になります



1-9)5

|穴に入る前の禊ぎか池に蛇        掛川市・鴟尾の会

|穴に入る前の禊ぎか池に蛇 ここらのかつて知りたく眺む


 ‥蛇が特定の住処を持つかは知りえませんが(それならそれで季語通り)
 「穴に入る」には、穴に籠もる冬眠前とした印象もうかがえます。(少なくとも夏ではない)

 滅多にお目に掛からない生きものを目にすると
 ‥しげしげと生い立ちを思い浮かべ、空想に更けてしまう処を例えて見ました。




|来客は畳の色の飛蝗かな         掛川市・鴟尾の会

|来客は畳の色の飛蝗かな 土手来てなにを‥客は俺


 *飛蝗(ばった)
 ネタの詠みは、庭でしょうか、畑でしょうか‥
 その辺よくわからないので、ボケて+七七に詠んでみました。



1-9)6

|息災や朝な夕なに落ち葉掃く       三島市・東大場土筆句会

|息災や朝な夕なに落ち葉掃く 見事な庭をうらみつ笑みつ


 ‥近所の迷惑な落葉かも知れませんが、まぁどこぞの庭の掃除仕事に見立ててみました。
 「うらみつ」‥ここでは羨ましいとした意になります。(自分の物でないのが残念、そんな処です)
 (又、自分の所有なら、それはそれで維持管理が大変だ。そんな意に変わります)

 それにしても

 「息災や」‥の情感にとても良く整っていると思います。
 *息災【そくさい】‥達者。無事。無病息災の息災です。




|鰯雲崩れて遠き山覆ふ          三島市・東大場土筆句会

|鰯雲崩れて遠き山覆ふ しばし秋空お預け前線


 ‥俳句だけですと、なんだか物足りない詠みですが、+七七にすると腑に落ちます。

 今日の空は見事な鰯雲が出ていたが、天気予報によれば、明日から崩れるようだ
 ‥これでは、予定していた秋のハイキングはしばしお預けみたいだなあ。




|夢ん中五里も歩きし紅葉山        三島市・東大場土筆句会

|夢ん中五里も歩きし紅葉山 さしずめ二十kmそりゃ遭難だ


 ‥これは、単に洒落っ気&ダジャレ含みの詠みです。
 なんじゃこりゃと考えずに、そのまま、ボケにツッコんだ形です。


> このような流れの短歌には、お目に掛かったことがありません


 *五里霧中【ごりむちゅう】‥広さ五里にもわたる深い霧の中に居る意。
 現在の状態がわからず、見通しや方針の全く立たないことのたとえ。
 心が迷って考えの定まらないことにもいう。
 *無我夢中【むがむちゅう】
 我を忘れるほど、ある物事に熱中すること。



1-9)7

|卯の刻と鳴く時決めし法師蝉       掛川市・鴟尾の会

|卯の刻に鳴くと決めたる法師蝉 追い込む夏や宿題に汗


 *卯の刻とは、朝の六時前後の二時間頃を指します。
 *法師蝉とは‥ツクツクホウシと鳴く蝉の事です。朝にも鳴くことが知られています。
 なぜか同じ蝉のくせに、法師蝉は季語が秋に変化します。遅れて鳴く蝉のようで、
 どうにも季語上の秋がお盆からという見方がある事から、そんな感じになっています。


 「鳴く時決めし」‥法師蝉を擬人化しただけのような詠み具合です。
 「鳴くと決めたる」‥こちらの方は、より強い決意の表れを示します。
 ‥「決めし」は単に過去形の意ですが、「決めたる」は継続の意を含みます。


> 夏休みの宿題が溜まってる辺りを盛って、詠み足してみました。
> 他にもアレンジできそうです。




|天高し大型クレーン校庭に        掛川市・鴟尾の会

高し大型クレーン校庭に ぬくもり得ずや窓辺去る頃


 ‥ここで「天高し」は、季語として強すぎると思います。
 理由としては、それは単に工事が始まったという意味でしかないからです。
 そこに夢を馳せるにせよ、工事の終わる頃は卒業になりかねないのです。

 普通に短歌に詠もうとすると「新校舎」「工事始まる」としたワードが出てくると思います。
 ‥それが無くても意味が通ってしまうのには、正直、驚きを隠せません。

 「自分たちが卒業した後は、旧校舎は解体されて余韻もなにもあったもんじゃねぇ」
 ‥まぁ、そういう事ですからね。



1-9)8

|俺の飯臥せてる妻に初メール       島田市・茶の花島田句会

腹鳴夜臥せてる妻に初メール 向こうの虫は「ごめん無理だから」


 *臥せる(ふせる)

 実に奇怪なタイミングでの初メールだと思います。
 普段は電話派同士なのでしょうか??

 それにしても、どうして臥せているのでしょう?

 風邪で寝込んでいるなら、自分が作るべきだと思います。
 何が食べたいのかを妻にメールで伺ったのでしょうか?
 喉がやられていたりすると、文字の方が楽ですからね。


> でも、「俺の飯」で始まっとります。全く以て無情の掴みです。


 ‥まぁその辺ちっとも分かりませんが、「虫鳴夜」を「腹鳴夜」にもじって詠んでみました。




|新居図に小さな書斎星月夜        掛川市・鴟尾の会

|新居図に小さな書斎星月夜 見上げむ夜空家族と共に


 ‥自分の希望を先に思い浮かべるてみせるのは当然です。(支払うのは当人ですから)
 俳句だとそこでお終いですが、短歌にまで引き延ばせば、家族との具合を付け足せます。


> 「星月夜」の使い所が見事な構成です。


 あ、でも、「書斎」からは家族と見上げることは無いと思います。
 かといって、「縁側」にしては星月夜がぼやけてしまいます。
 「星月夜」を縁側からわざわざ家族と見る習慣もありませんからね。
 どちらかというと、屋根窓とかベランダとか庭とか‥まぁそうなるかと。

 ‥その辺を考えると、後付け感ありありに見えてしまうのが痛いところではあります。



1-9)9

|孫と摘む墓に供える曼珠沙華       島田市・茶の花島田句会

|孫と摘む先祖をいとう曼珠沙華 知らぬる顔もなぞらえてこそ


 墓に供えるというのは、どちらかというと抽象的な意味合いです。
 しかもここでは墓参りを詠んでいるわけではありません。
 主体は曼珠沙華の用い方になっています。


> 行為自体を詠むのか、その心を詠むかの二択です。


 *厭う(いとう)には、非常にわかりづらい所があります。
 基本は嫌う意味合いに使われているようですが、大事にするの意味でも使われます。

 ‥まぁ先祖にも良い悪いの見方はあると思いますので
 両含みにも「厭う」は適当な言葉なのかなあと思いもしますが、
 当てる字を変えて読むべきとも思うところです。





|五十年逢はぬ弟星月夜          掛川市・鴟尾の会

|五十年逢はぬ弟星月夜 同じく思ひ抱へたるかも


 ‥それにしても五十年も逢ってないというのはどういうことなのでしょうか?
 お互いにどちらも会おうともしなかったという事になりますが
 それはそれで、ものすごい事かと思います。

 まぁどこかシラけてしまっている部分があったのでしょう。(それっきりと)

 片方は仕事が忙しい、片方は迷惑になってはイケないから‥とか。
 ‥でも、五十年も顔を見たことが無いお互いともなれば、考えてる事なんて同じです。


|五十年逢はぬ弟星月夜 見分ける自信あるわけもなし
|五十年逢はぬ弟星月夜 生きてゐるのか死んでゐるのか


 ‥まぁそんな所かと



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 02:39 | Comment(0) | 名句にポン/2016 | 更新情報をチェックする
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