2017年01月08日

【勝手句帳】067 29-1-3/1-5 静岡新聞掲載分から

↓7)向宜詠吟.2017/01/14...20170108...

|冷え著く静もる杜の大鳥居を零時の時報待ちてくぐれり      浜松市中区(1-3)

|冷え込めり鎮まる暮れの大鳥居 時報ぞ零時今くぐらむと


 ‥いろいろとツッコみたい詠みだったので手直ししてみた。


 いくら俳句・短歌でかなを端折る傾向があるとは言え
 「著しく」とちゃんと書け、しく活用の活用部分までを端折っては、意味不明になりかねんだろうが!
 動詞・形容詞・形容動詞の区分までを端折ったら、日本語が乱れるだろうが!

 「静もる」は方言ぽく見えるがこれも好かん。

 どう考えたって、新年が明けるのを待ってるんだから「鎮まる」だ。
 その鎮まっているのは「杜」で無し。「暮れ(行く年)」なのだ。


> ‥そもそも何が詠みたいのだ?、年明けのその瞬間だろうに
> ‥どうして「杜」になったんだ、真夜中に杜なんざ見えてねぇだろうが!


 「時報」がまた微妙なところだ‥昔なら「時計の針」をイメージするのだろうが
 今や、ケータイで確認する時代だし、気分を盛り上げようとして音をセットしてもおける。
 (自分で適当な音ファイル探してきて、タイマーセットすりゃ好いだけだ)

 ‥表現がやや紛らわしいのだが、まぁ許容の範囲だろう。


 「待ちてくぐれり」‥文法的に間違いは無いが、なんかこう、イベント感が今ひとつだよね。
 年始の頭にお参りしようとの意気込みはあるのだろうが
 ‥それを言葉にしようとすると
 どうにも、ただの勢いみたいなのは、マンネリな感じで、新鮮味に欠くばかりかと


> 詠みってのはね、常に瞬間の最高に生きて、最高の瞬間を味わうように記すべきなんだよ
> いつもの調子、いつもの勢いのどこに詩情たる新鮮味があるわけ??
> 最高の瞬間を創造して、そこに詩情が立つるべきでもある




|春耕や先づ一呼吸一礼す         静岡市葵区俵沢(1-3)

|春耕や先づ一呼吸一礼す 宜しく生きさせて貰います


 ‥まさに最高の瞬間を得ようとしている意気込みが伝わってくる一句である。

 これもマンネリでしょうとのツッコミもあるだろうけど、
 凛としているかどうか‥頭の毛から爪先の爪まで伝えようとしているかどうか‥
 そこの違いは、どうしたって、集中観という奴だろう。


> ‥無造作と集中観の違いということである。




|棟上げや槌音秋の空にあり        掛川市・句会あさかぜ(1-5)

|棟上げや槌音秋の空にあり 届けよ響けよ里恋しけれ


 ‥是もなかなか、集中観が極まっています。

 何事も無造作に取り組んでいては、凛としてこないという事です。
 頭でわかっているという事でなく、意識して集中する次第がそのままに顔を覗かせるという事です。


 集中の集中(プロ加減)を説いているのではありません。
 集中する方向を確かに念い描いてから、事に取り組む習慣付けが肝心だというだけの話です。
 ‥同調すればこそ湧いてくる感覚があるのです。



1-7)1

|初夢は国産機から望む富士        焼津市坂本(1-3)

|初夢は国産機から望む富士 酉を逃してやはり戌らし


 ‥情報によるとMRJの納品は来年に延びるそうです。
 ということで、ポチ精神丸出しっぽく‥斯様な心掛けの流れになったかなと思わざるを得ません。

 (まぁそれにしても安全第一ですから)

 ※ さらに延びることになったようです。
 なんでも飛行機の部品点数の調達手配のスケジュール調整の見積もりが甘かったとか‥



|新年会アッポーペンの勢揃い       静岡県駿河区西島(1-3)

|新年会アッポーペンの勢揃い 右手に「私」左手に「会社」=私の会社
|新年会アッポーペンの勢揃い 右手に「会社」左手に「私」=会社の私
|あら不思議、私の会社の私とは外と内では別の人格
|お互いに別の人格引っ張って何を為さるの民主社会
|村暮らし表も裏も盛らぬ顔 そこにふるさと生きる活力


 ‥不思議なノリのノリだけのアッポーペン。
 にしても、新年会で流行るんすね。「へ☆〜」

 ‥ちなみに是と上のネタの句は共に川柳っす。俳句としてみても共に面白いかと。



1-7)2

|寒風へ覚悟の一歩踏み出せず       湖西市・川柳浜千鳥(1-5)

|寒風へ覚悟の一歩踏み出せず 世間も政治も経済も


 ‥神界情報によると、今年の日本の景気は総じてさほど悪くならないそうです。
 まぁそれにしても、何かが変わらない事には、そうにはならないわけでして
 そこが何なのかは、さっぱりでーす。


> 暮らしやすくなるって、あんたどういう意味さ??




|捨畑に生うるにまかせ泡立草       牧之原市・相良田沼塾俳句部(1-5)

|捨畑と栄ゆるにまかせ泡立草 潔くあれ共にまほろば


 *捨畑(すてはた)‥(辞書に載ってねぇっす)
 転作の流れ等で、中途に遊ばせてある畑のこと(‥だと思う)
 その時期に生えた雑草は、そのまま漉き込まれて肥料として扱われるかと。
 栽培する作物にもよると思うが、特定の雑草を肥料にすることが目的もあるかと。
 (畑作放棄の意では無いはず)

 ‥転作ゆえに毎年土壌の養分の度合いが違うのか、雑草も同様に、毎年生える風景が変わるそうです。
 ‥それもまぁ手入れしてこそでしょうね。放置&そのまま草茫茫では雑草下克上も起きないと。
 (何事にも言える事です‥まるっきり同じままでは、発見も変化も現れないと)


 *生える・映える・栄える(はゆ)下二段[はゆる]連体形
 どう見ても、「生うる」は間違いかと。

 *まほろば‥「素晴らしい場所」「住みやすい場所」の意の古語。


> +七七の「潔くあれ」とは、捨畑の意を汲んで、連綿とした畑作の流れの中にある次第を意図します
> 雑草だからと無下に扱わずに、交代で繁栄を享受する様として「共にまほろば」を盛りました


 「捨畑」の解釈が誤っていると‥滑ってるかも知れませんので、あしからず。



1-7)3

|片言の少しの意志や初電話        浜松市浜北区高畑(1-3)

|片言の少しの意志や初電話 孫から発せり親しむ電波


 ‥なかなかの整いです。
 やはり、黒電話の時代とはまったく世界観が違うように思います。
 家族割なら電話代気にしなくて好いし。

 赤ん坊の段階で、電話での会話に興味の無い子は、
 その後も似たようなもんだと言う事にもなりそうです。(相性もあるかも知れませんけどね)




|寝正月ポケモンGOにゲットされ     島田市河原(1-3)

|寝正月ポケモンGOにゲットされ 孫は来ねえとふて寝にござい


 ‥こちらは川柳です。「ゲットされ」の解釈が微妙です。

 寝正月で過ごそうとしていたのに、孫に引き回されましたと‥読み解こうとするか
 誰も来ないから寝正月同然だと‥拗ねているのかに分かれるかと。

 新聞の説は、前者だけで後者がありませんでした。

 前者では、どうしたって解釈がおかしいのです。
 ‥孫が居るのに始めから寝正月を決め込んでる爺婆が居るとしたら、随分と変な話です
 ‥その段階で、ポケモンGOの単語が出てくる必要がありませんからね


> 「ふて寝」解釈の方が妥当に思われます‥(しかし孫の年齢がどうにも不自然です)


 「はて?」‥独りもんが、毎年の寝正月を決め込んでいたのに
 今年は不思議と、ポケモンGOにハマっているとした解釈もありですな。


|寝正月ポケモンGOにゲットされ あちらこちらへ詣で三昧


 今や、若者よりオッサンの方が夢中だとの情報もあります。
 (‥まぁそういうオチになるのかなと)



1-7)4

御輿納め街の路地路地冬に入る      富士宮市・裸子玉藻句会(1-5)

|迷い路や街の路地路地冬に入る 来た順わからずさ迷えり


 ‥ここの「御輿納め」の意味合いがよくわかりません。
 納品との意で宜しいのでしょうか?
 その納品をトラックで無く、台車を転がしていったのでしょうか?
 その辺、ちっとも景色としてぼやけて見えてしまうのです。


 ‥ということで、「御輿納め」は没にして、単に迷子の心境に仕上げてみました。


 ‥ぼやけている景色印象が、迷子の曖昧な記憶に実にマッチしているかと
 (概ね、高齢者の失踪も、こどものそれと同じ感覚になってるんでしょうな)

 バックすれば善いにせよ、振り返った景色は見てきた景色とは幾分違うわけですから
 街の中とて、山なり森なりの迷子とさほど変わらないと。

 ‥方向音痴を遺伝子で説明できるなら
 脳内で似たような現象が起きているという事にもなります。
 成長の過程、老化の過程の間に似た反応があるのもまぁ当然かも知れませんね。

 (否否、もしかしたら、成長の端境が再現されている状態だったりして)




|八十路越え凛と立ちたや返り花      藤枝市・時ヶ谷明句会(1-5)

|八十路踏む凛と立たねど返り花 老いとはなんぞ立つ人のあり


 ‥「八十路越え」‥「越え」と含みますとですね、80にもなって未だ何一つできかねる印象です。
 「どうせ、でくのぼうですから」とした見方も湧いてしまうのです。

 そこの気配を注意深く消す必要が、このネタにはあるのです。

 あくまで、老いたので身体の自由が思わしくないとした形にする必要があります。

 ‥でも、中には、そうに無く元気溌剌の人も居るのはどうしてだろうか?
 「返り花」の意を効果的に引っ張るには、それしか無いかなと。




置き去りの亡き夫への想ひ掻き集め八十二歳の一歩踏み出す    静岡市葵区瀬名川(1-3)

先立たれ夫の写真掻き集む 八十二の一歩踏み出す
はや八十二‥亡き夫の遺品整理して いよいよ離るるや


 ‥「置き去りの」をどう解釈するかです。(とにかく曖昧すぎるのです)

 新聞の評には、私を置き去りにしてなどとありましたがどうでしょう‥
 82歳ですからね、ドラマの向きは様々です。

 10年ぐらい前なら♂の平均寿命も75歳前後程度だったように思います。
 その筋で考えても「置き去りの」は十分に成り立ってきます。(遺品の放置)

 ‥ということで、手直しを二点揚げてみましたが、
 他界してからの時間経過がどのぐらいかを、先ず示さずして、この句は読み解けません。


> まぁ実際の所は、どうにもわかりません
> しかし、そこから導き出された内容は、他人事に無い衝撃を含んでいました


 ‥「はや八十二」「いよいよ離るるや」
 つまり、過疎or買い物弱者ならどうにも住めなくなりますし、そうでなくても
 年金だけでの暮らしが厳しければ、住むところを見直さざるを得ないという含みにも読み解けます。

 若い頃に熱愛して結ばれたとしても
 老いて、先立たれて、想い出の品さえ手放さなければ成り立たなくなる時代と言う事です。
 まさに、電通の戦略十訓二条にある「捨てさせろ」の行き届いた暮らし向きじゃありませんか!

 (都会がええと思えば買い物弱者にハマり、田舎暮らしに失敗しては過疎にハマるのです)
 (皆で、おいしいくらしとやらに邁進しての勝手向きが、斯様な未来に至るということです)

 若い頃に恋愛症候群を植え付けられて、挙げ句、老いてすべて捨てざるを得ないという下り。
 まさに、鬼の戦略そのものです。

 戦略十訓十条「混乱をつくり出せ」‥なかなかどうして侮れない展開です。
 ‥どうしてたって、「鬼畜電通」と言わざるを得ないのです。


> ‥想い出が残るからってね
> 甘いですよ。認知症に至るように仕込まれてるんですな(まさに鬼に金棒のブラック)


 すべて電通の仕業との極端を申し上げる気はありませんが、そういうバックがあるんです。
 其のバックの精神を妙実に語っているのが、まさに戦略十訓なのです。

 電通のような不遜な組織が存在するだけで、世の中は廃れるしかなくなるのです。

 (まぁ逆も有り得るって事です)
 (それはさほど難しいことではないとの証明を電通はしているようなものですけどね)



1-7)5

|張り替えし障子を透かし入る光今朝やはらかく春着に当たる    静岡市清水区西高町(1-3)

|張り替えし障子を透かし入る光 晴れ着に当たり良き日和かな


 ‥「春着」??「晴れ着」やろ。
 「晴れ着」は着物を意味しても、「春着」はただの日常服でしかない。
 その辺の成り行きの差がまるで示されていないので、焼くも煮るもできん。

 晴れ着なら‥「天気も良いしさぁでかけるぞ!」という気持ちにも伝わりますが
 春着ではどうにもさっぱりです。「春制服」ならまだわかりますが、どうにもさっぱりです。


> そもそもだ、「障子」のインパクトと「春着」では釣り合わねぇだろうが
> 出掛けるにしたって、障子の張り替えと何の絡みがあるわけ?


 どうしたって、寿を迎えるに障子の張り替えもすましました
 晴れ着も用意しましたっていったら、正月詣での用意しかねぇ!
 ‥そしたら「春着」は、ひどく下手な言い回しでしかねぇじゃん!

 それを新聞の評ときたら‥作者の工夫が感じられるなどと。
 (検討違いを褒めてどうすんだよ、もう勘弁して下さい)




|妻誘い小春日和へ行く散歩        焼津市・焼津川柳同好会(1-5)

|妻誘い小春日愛でに町ぐるり 待たるる日和どこもかしこも  (2017/01/14)


 ‥よくよく考えると、俳句で「小春日和」と盛るのはくどいかなと。
 (しかし、「小春」は陰暦十月の異名なので、小春日と置くほかなさそうです)

 (現代的に‥小春は「冬場の穏やかで暖かい日和」で、異名意識は薄いように思われます)

 「散歩」の詠み自体がムズいのに、「日和」まで盛っては
 ‥ただの呟きです。(小春日和だったので妻と散歩なう)


 *待つ[四段・未然形-待た]+る[連体形-るる]=待たるる
 四段動詞に助動詞「る」の連体形[るる]がついても、多くはさほど様にならないのに
 「待たるる」は、受身・尊敬・自発・可能が、同時的に発せられてるように思えるのは面白い。

 とくに、手直し+七七の引っ張りでは
 春を待っているのは「受身」でも、春が来るかどうかの扱いとしては「尊敬」含みで
 春を自然体で待っているのは誰もが同じ「自発」で、待っていちゃうのは「可能」に当たるのだ。

 (うほ、おもしれぇ。今度は已然形での良質なパターンを詠んでみてぇぞ)
 (○○るれ‥なんてほとんど死語だからな)



1-7)6

|楽園とはこんな香りか金木犀       牧之原市・相良田沼塾俳句部(1-5)

|この香り楽園たるや金木犀 比ぶべけれなぜに忘るる


 ‥上五と下五の両方で字余りです。(やはりこう言うのに慣れてしまうのは問題かなと)
 ということで、手直ししてみました。


 *べし‥推量・意志・当然・適当・命令・可能の意味をもち、主に活用形の終止形につく。
 その已然形が[べけれ]です。

 比べる(くらぶ-下二段)
 「比ぶべけれ」‥ついつい他と比べてしまうというのに
 「なぜに忘るる」‥どうしてか比べるという事を思い浮かべる事も無いのだ


> 詩情としては、字余りだろうと、ネタのストレートさの方が好い感じではありますが
> そのままでは、どうにも引っ張りにくいのです。


 なぜかを問えば、「こんな香り」の意の中に、どことなく見下した観が混ざるからです。
 期待していた程では無いが、不似合いとも思わないとしたどっちつかずの空気です。

 このどっちつかずの気持ちが混ざっては、どうにも気持ちを推し量る事ができないのです。

 そこで、手直しでは「たるや」と、かなり言い切ってしまっています。

 何事もそうですが、どっちつかずのアバウトさの漂う場合が多く、其が素直な感想でしょう。
 しかし、句にする場合に斯様な気持ちでは、どっちつかずと言う事です。
 ‥とりあえず、ズバリと一つの形を言い切ってしまうのが大事という事です。


> 「是はこうだからこう思います」
> ‥其もまた一つの形そのものです。まずは見方の提示としての形があるという事になります。


 日常会話の中にも、言語の違いにも、それぞれに見方の提示の形があるわけですが
 馴染むか馴染まないかという違いは、各々にあるでしょう。

 ‥和歌の中に潜むその形とやらが馴染まないようなら
 同じ日本語でも異言語という次第になるのだと思います。

 まぁ概ね慣れなんでしょうけど

 日常会話がつまらんとした見方もあるわけです。
 又、和歌の形がつまらんとしても、どっちもどっちなわけです。


> ここで重要なのは


 そのフレーズが和歌の形なのか、詩の形なのかを判断できているかどうかです。
 ‥中にはラップソングの形というのもあるわけです。




|初恋プラットホームに冬すみれ     牧之原市・相良田沼塾俳句部(1-5)


 ‥是なんかは、概ね「詩」の形をしていますが、問題点が隠れています。

 「初恋の」の「の」が曲者です。
 「の」では時間経過を連想してしまうので、どうしたって、昔なじみのプラットホームの印象です。
 その‥初恋した思い出の場所に、今、冬すみれが咲いていましたよ‥(そんな趣です)

 まぁそれはそれで詩情ではありますが、句としては浮いた感じです。


> 大体、駅のホームがてらに「冬すみれ」なんかあるわけねぇ、どんだけ田舎なんだよ!
> それなら、「ブラトニックに」と盛った方がずっと「詩」寄りだ‥


|初恋のブラトニックや冬すみれ うつむく姿待たるる春よ


 ‥おお、ここでも「待たるる」が好い感じだしちょるとよ。
 ‥詩寄りなのに、一気に和歌に寄るというこの面白さ。(ふふふ)

 それもこれも、季語が間に挟まるからに他ならない。(季節感は外せないのでーす)


|初恋やプラットホームに冬すみれ 募るめる通い路遠目から
|初恋に告白なうや冬すみれ プライスレスの踏み堪えけり


 *めり‥推量・婉曲の意味をもち、主に活用語の終止形につく。
 その連体形が「める」です。

 「募るめる通い路遠目から」‥通学途中、あの子の姿を見るたびに気持ちが込み上げてくるんだよ。


 *プライスレス(priceless)‥非常に貴重なこと。値段をつけられないほど貴重なこと。

 「プライスレスの踏み堪えけり」‥今まさに人生の貴重な体験をしているところであります。





道の辺に連なる笑顔石蕗の花       沼津市・若草俳句会(1-5)

田舎辺に連なる笑顔石蕗の花 子らのびのびと意地放ちたれ


 ‥「道の辺」では今ひとつ風情に欠くので、「田舎辺(いなかべ)」にしてみました。

 「伸び伸びと育てる」=「意地を放て」って事だったんですな。


> ‥なるほどなるほど、誰も気が付いとりゃせんな
> その意味で問うなら、「ゆとり世代」コンプリートなんじゃねぇの



1-7)7

|愛犬の寝息かすかに冬ごもり       富士宮市・裸子玉藻句会(1-5)

|愛犬の寝息かすかに炬燵布団 ふかふか好きなの皆同じ
|愛猫の首だすおこた寝顔かな ぬくまるままにドカねえ奴ら


 ‥「冬ごもり」ってのは、巣穴から出て来ないって意味どえす。
 外飼いですか?、いやぁそれで「寝息かすかに」はどうでしょうかね?
 内飼いなら、尚更に「冬ごもり」は不似合いですな。(全然ダメやん勘弁してちょ)


> 季語は適切に選びましょう。(無ければ編んでみせい)




|本堂の静けさを消すコンサート      湖西市・川柳浜千鳥(1-5)

|御仏の稼業は静けさ冬に入る 流行り廃りとて残りたり


 ‥さてさて、この先、仏教が残れるのかはまったく不明です。
 宗教は後退する流れにあるようですからね、まるでわかりません。

 ところで、ネタの句の本堂はどこの本堂なんでしょうかね??

 「静けさを消す」って
 お経を唱えるいろいろも「コンサート」の類と言えば類なのでーす。

 でも、仏教観としては、お経も含めて「静けさ」と謳わんばかりの所があります。
 ‥いろいろと考えると、微妙な掴みですな。



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 15:09 | Comment(0) | 名句にポン/2017前半 | 更新情報をチェックする
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