2017年01月28日

【勝手句帳】074 29-1-21/1-24 静岡新聞掲載分から

↓4)向宜詠吟.2017/01/28

この寒さ六根清浄の気が満ちて身のひきしまる一人の部屋に    浜松市・アカシャ短歌会(1-21)

|冬将軍「六根清浄」声デカく 雪まるサハラ緑まるやも


 ‥「六根清浄」寒波に迫られる寒さの中、部屋の中でふと思い浮かんだと
 狙いは面白いと思いますが、どうにも部屋から飛び出した発想にすべきかと。


> 今冬は、世界中で風変わりな状況が起きているようです。


 サハラ砂漠やアラブで雪国並の積雪が起きたり‥まぁ色々と
 地球環境の激変が催されているようです。

 (夏に起きた太陽コロナ&フレアの爆発の影響があるのだろうか?)
 (方角的に、概ねその辺りを通過中にあるんすけどね‥)


 ‥砂漠が急激に緑化した後に、野生の大移動が起きれば是は本格的で
 そのまま緑化ぱしって、どこかが崩壊し始めるのが辻褄に思われます。
 そうでないと、今冬のような冬が、毎年のように続くという事に成りかねません。

 (地軸がひっくり返るよりは影響が小さいのでしょう)
 (‥まさかの人工的な気象操作をやらかしていたりして‥)

 欧州を襲っている寒波が2〜3月になっても引かないようなら
 ‥今年から来年に掛けて、サックと飢饉も有り得ます。小麦の値上がりは避けられないでしょう。

 (小麦一ますは一デナリ。大麦三ますも一デナリ。オリブ油とぶどう酒とを損なうな)
 (パン屋は麦にこだわらずに、さっさと国産米粉パンに慣れといた方が賢明かと‥)




咲く椿さかぬ椿の道よぎり今日入院の友見送りぬ      三島市・銀杏樹の会(1-21)

|咲く椿咲かぬ椿の道よぎり 残しき思い多けれこそと


 ‥確実に、句会を三つは掛け持ちしている勉強不足の選者の詠みでーす。
 (今回はなかなか、三つは掛け持ちしている片鱗をそれなりに見せたかなと)


> リスペクトはこんな解釈になります


 ‥人生、寒い時期に咲かす椿の花のように
 ‥皆一様に咲かすという訳でも無く、まばらで、栄枯盛衰に見えるものである
 ‥中にはまったく咲くところの無い足取りもあるのだろう、私たちの暮らしはそんな道半ばだ
 ‥仏の教えは、そんな生老病死の世界に思い残さずを唱えてはいるが
 ‥それはそれでどうだろうか?
 ‥人として生き抜こうと腹を括れば、どうしたってそういうわけには行かないのだ
 ‥付き合いが手広ければ、それだけ思い残すことも多くなるのが当然だ
 ‥ならば、思いを減らすべく煩うよりは、自然と多くなることに、なんぞ戸惑いなぞあろうか?
 ‥仏にしたって、そこは同じだろうに
 (そうでもなければ、どうして仏としての教えを残そうとしたのだろうか?)



1-4)1

|満月明かり落とし境内の御手洗鉢に金色に浮く     御前崎市・新野池成新田短歌会(1-21)
|満月明かり落とし境内の御手洗鉢に金色に浮く     手直し



 *御手洗鉢(おちょうずばち)


 ‥なかなかに手堅くまとまっています。
 難を言えば、夜半のお参りは、
 どうにも人がお参りする時間には無いそうなので、避けた方が良いようです。

 (正月の三が日は特別なんだそうです)

 そんなこと知る由もなき藁にもすがる状況にあろうなら、
 ‥ドラマの場面宜しくに真似しちまうようですけどね。(やるなら朝です)

 (宮司またはその家族には、その手の守護が付いてるように思われまーす)
 (ハメを外したことをやらかしては、その反動も大きいと)




|冬ざれの狭庭に一つ赤い薔薇風にもまけず悠然と立つ    浜松市・アカシャ短歌会(1-21)

|冬薔薇や庭に一輪負けじ立つ その気高きをしみじみと問え


 ‥また狭い庭の(さにわ)かよ。
 「さ庭」で良いだろう、接頭語のさ○○のパターンでさぁ、自慢のお庭って感じでさ。
 狭さを強調するだけのどこが良いんだ?、馬鹿なの阿呆なの暗いの?

 ‥冬薔薇(ふゆそうび)‥とも読むそうだ。
 (いつの間にか、薔薇は年中咲くようになってるんだな、知らんかったわ)


> 庭の冬薔薇が、寒さに負けまいと一輪咲いたようだ
> あの姿を見る度に、しみじみと思うものだよ、人生とは気品とはあのようにあるべきだなぁと



1-4)2

朱しるき楓散る庭苔や石彩どりそえて光りあつまる     三島市・銀杏樹の会(1-21)

|ひかり澄む庭の楓の苔や石 朝見る巧み散り始まりぬ


 *彩どり×→彩り○
 *朱しるき‥「朱を知る木」‥マジっすか??(意味不明っす)
 「秋覚ゆ」の方がまだマシっすけど‥無理に押し込む用が不明。
  ‥怪しいと思ったら、すぐに撤退して別案を用意すべきです。


 ‥着眼は悪くない。しかし、楓が何色だって向きをなぜに説明する必要があろうか?
 色づき始めなら薄紅葉、色づいてれば紅葉、散ってしまったなら落葉。
 楓として盛るポジションとしては紅葉に当たる。そうじゃ無かったら季語としての立場が無い。

 語るべき事は、沢山有ります。
 (そんなにその「あか」が良いなら、絵筆でも取りなされ)

 語るべき所が見えてこないなら、遊び半分でも良いから言葉を放り込め、活用させてみるべし。
 ‥まずはその辺の変化の楽しさの理解を、習慣づけるべきでしょうな。


> そのあとは、現象において不自然さが無いかどうかに注意を払うべきです。


 リスペクトでは、昼間(十時過ぎ)の庭に、そんなのちっとも普通だなぁと思い朝にしております。
 ‥「朝」とキッチリ盛らないと、「朝」とは伝わりません。(遅くても八時前)




錦秋の木洩れ日纏ふいろは坂       袋井市・高南句会(1-24)

|錦秋に声を掛けられ明日かな
|錦秋が袖を手に引く山の道
|錦秋がここで休めと山一番
|山照らす錦秋にけり夕に下る


 *錦秋(きんしゅう)‥紅葉が錦のように色鮮やかな秋。
  秋の錦(あきのにしき)‥秋の野山のはなやかにいろどられた美しさを錦にたとえたことば。

  ちなみに、秋錦(しゅうきん)‥金魚の品種の一つ。(と言うことなので注意)
 *下る(おる)


 ‥どうにも、好みに無い季語だが
 (二十四節気をネタに詠めと云われてるような雰囲気ありあり)
 (言葉に、圧縮が掛けられているような響き、そこをどう扱うかでもある)

 ‥ネタの句は、そこをどうにかまとめているようだが
 「いろは坂」と締めくくるのでは、「紅葉でええやん」と思わざるを得ない。
 もっと大ざっぱに見繕っても成り立つのが「錦秋」たる響きのインパクトかと。


> 紅葉を見に行こうと誘われて、いよいよ明日だな。楽しみだ。
> 「おお見事」天気も良いし紅葉も見頃で綺麗だし、山路を往く足取りも軽く感じられる。
> 「さぁてここらでお弁当にしましょう」「そうですなここが一番に見晴らしが好い」「賛成!」
> 「おお夕日が差して是また見事」今日はこの錦秋の山路を歩いていたんだなぁ



1-4)3

|底冷えやひと日始まる厨より       焼津市・豊田句会(1-24)

|底冷えや朝を始むる台所 火水に輝く湯気沸き立ちて


 *厨(くりや)‥台所。、火水(ひすい)‥火と水。ひと日(ひとひ)‥一日。終日。


 ‥「厨より」、台所で好いだろう。(としては、モロにありきたり過ぎを嫌った放り込みか‥)


 朝は手抜きの代表的時間帯です。
 朝ほど手抜きの代表的な時間帯もありません。
 ‥手を抜いてる人と抜かない人の差が、運勢に現れるのは当然かなと。

 (いやぁ、抜いてますけど)
 (というか、トコトン抜いてますけど)
 (一日二食でええやん。って違います。朝は他にも色々とすることがあったのでーす)

 昔は電気なんて無かったので、皆概ね、朝が待ち遠しかったんだと思います。
 ‥そこを知らずと、電気に漬かった今の暮らしが、如何に、朝嫌いになっちまってるかですな。
 ‥時間に感謝してねぇ輩が、タイミングに恵まれる分けがねぇ。

 (時間に感謝して暮らすってことは、朝を意識して生きるって事でーす)
 (様々に商売があるにせよ、その点は抜かりなく公平と言う事でーす)




|柚子三つ湯槽に浮かせ温まる香りほのかに顔をなでゆく   御前崎市・新野池成新田短歌会(1-21)

|柚子三つ湯船に浮かせほのかなる香り温しくついついのぼせ


 ‥「湯槽」か「湯船」か
 湯船でしょ。(湯が張ってある前提はどうしたって湯船でーす)

 又、ネタの語順通りに読ませては、「温まる」のが、柚子三つに思われてきます。

 ‥つまり、湯に浸かってなくとも
 しばらく眺め見ていて、良き香りだけを愉しんでいるようにも思えるのです。
 湯槽の響きがさらにそれに拍車を掛けて、そう思わせてしまっています。


> ゆえに‥「顔をなでゆく」、これがどうにも半端です。


 メインは風呂です。おまけが柚子です。
 季語が柚子にあろうと、主役は風呂です。
 風呂に浸かってこその柚子が次に来るのがここでの風景です。
 湯に浸かってる気配を、まずはもっと具体的に盛るべきです。
 ‥そうしないのでは、ここでの柚子は、季語としての意味合いが半減です。

 (「温まる」だけでは、気持ちが和む意もあるがゆえに弱いのです)



1-4)4

|シーソーからこぼれる声に銀杏舞う    袋井市・高南句会(1-24)

|シーソーからこぼれる声に銀杏舞う 上に下におそれぬ頃よ


 ‥ネタの句は字余り気味ですが、まぁそのままで好いと思います。
 (間の端折り方がなかなかに面白いかと)


> シーソーで遊ぶ子らの声に、応えるように銀杏が舞うものだなぁ
> 上に下に行き交うシーソーは、大人からすれば随分と波瀾万丈に見えてしまうところだが
> ‥こうしてみると、子供の時分という奴は、随分と肝が据わってるのだな




|ばあちゃんが一番きれい七五三      湖西市・川柳今切れ(1-24)

|ばあちゃんが一番きれい七五三 ヒョウ柄ジマの富士の袖


 *縞(しま)

 ‥「ばあちゃん」の格好が気になりますが
 まぁわからんので、その辺適当に想像を膨らませてみました。

 ‥ヒョウ柄をドット画に見立てて、背中に富士山を描き出すと‥

 まぁそんな袖は誰も思いもついてないだろうなと
 ヒョウ柄にはさほど興味はなくとも、これには興味がそそられるだろうと
 ヒョウ柄での薔薇ジマ袖とかになると、さすがに意見が割れるかと。



> うた詠み終わります、ありがとうございました。
posted by 木田舎滝ゆる里 at 22:39 | Comment(0) | 名句にポン/2017前半 | 更新情報をチェックする
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